反逆者は魔王の一撃をその身にて受け止める
先攻!魔王の必殺技!
互いに、高め合う形にて魔力を増大させていたシェイドとサタニシスであったが、彼の言葉に促される形にて、彼女の放つ魔力が頭上に浮かべられた魔法陣へと注ぎ込まれて行く。
元々、ソレを形作る為に注がれていた魔力により発生した魔力圧にて、周囲の有象無象が吹き飛ばされる程の圧倒的な魔力が込められていた場所へと更なる魔力が注ぎ込まれた事により、サタニシスが展開した魔法陣は臨界を迎えようとしている様子であった。
濁流とも、奔流とも取れない魔力の迸りが注がれる事で、それまでは『ただソコに在る』と言う表現が最も似合っていたであろう魔法陣は、完全に暴力装置としての本質を取り戻し、今にも解放される事を待ち望んでいる囚われの猛獣であるかの様に低く、轟く様な唸り声にも似た響きを持つ音を周囲へと発し始めていた。
その事実に、思わず背筋に冷たいモノが伝い降り、額に浮かんだ汗を袖で拭い去るシェイド。
対峙する両者の事を詳しく知らない者が見ていたとしても、確実に『絶体絶命』だと評するであろう場面であるにも関わらず、その口許には獰猛で好戦的な笑みが浮かべられたままとなっていた。
命の危機を前にしても、笑みを浮かべて見せるだけの胆力を誇りたいのか。
それとも、確実に生き残り反撃する手立てを用意しているからなのか。
もしくは、目の前に現れたモノの圧力に負けて心が折れ、正気を保っている事が出来なくなったのか。
はたまた、現実を正しく認識する事が出来ない、妄想がちなただの狂人の類いであったのか。
彼がそれらのどれであるのか、またどれでもあるのか、それともどれでも無いのかは定かでは無い。
だが、ソコには確実に、これから放たれるモノを受け止めきって見せる、と言う強い意志だけは存在している事が見て取れていた。
そんな彼の表情を目の当たりにしたからか、何処か諦めた様な表情を浮かべつつも、その瞳には何かを期待している、と言わんばかりの光を宿しながら、ポツリと短くその口から告げる。
「…………ちゃんと、生き残って見せなさいよ。
『最小の虚無』」
彼女が口にした鍵言により、彼女が展開していた魔法陣が激しく明滅と回転を開始する。
空気と空間とを軋ませながら回転していた魔法陣は、その果てに小さな魔力光を纏った粒を標的へと向けて射出する。
元より、回避するつもりは無かったシェイド。
しかし、仮にそうでなかったとしても、容易には回避出来はしなかったであろうその粒は、彼の間近に瞬く間に接近を果たすと、瞬時にその体積を爆発的に膨張させる事となる。
流石に、その反応は彼にとっても予想外であったらしく、驚愕によって目を大きく見開く事となった。
が、その次の瞬間にはその額には深く大きなシワが寄せられ、表情は険しいモノに固定される事となっていた。
…………彼の身に、何が起きたのか?
彼の周囲には、一体何が起きているのか?
ソレは、端から見ているだけでは、とてもではないが彼女が放っていた魔力を費やして『何かを起こしている』とは見えていなかった。
いや、より正確に言うのであれば、ミズガルドオルムを除いた他のギャラリー達には、何が起きているのか、は見えておらず、一様に何も起きてはいないと言う風にしか見えてはいなかったのだ。
しかし、魔力を視覚的に捉える事が出来る『龍』であるミズガルドオルムは直接事の成り行きを視る事が出来ており、自らの主ながらも『そこまでするのか?』と一人背筋を凍えさせる事となっていた。
また、闇属性の素養を持つズィーマも、意図して視ようとしていなかった為に視覚的には事の起こりを捉える事は出来ていなかったが、本能的にヤバい事が起こっている、と言う事を察知する事は出来ていた様子だ。
…………では、実際の処として、彼の身には一体何が起きているのか?
それは、肉体的、物理的に発生している出来事、と言う意味合いに於いては『起きている』とも言えるし、『起きてはいない』とも言える状態となっている。
…………何を言っているのか?説明する気が無いのか?と問われるかも知れないが、実際に彼に発生している事態を端的に説明すると、そうとしか言えなくなってしまうのだ。
では、サタニシスが発動させた『極小の虚無』とは、一体どう言った魔法なのか?と言う点から説明をするのであれば、多少は事も易くなるだろう。
それは、端的に言うのであれば、『相手の最小の単位に対して『虚無』を発生させ、ソレを割り込ませる事で塵へと還す』と言うモノである。
対象へと向けて放たれた例の『光の粒』は、高密度に濃縮された極上単位の『虚無』の集合体。
本来ならば、無理矢理闇属性魔力によって生成されなければ発生する事も無く、かつソレだけであれば光を放つ事も無く寧ろ光を吸収する様な性質すら持っている『虚無』を、異常なまでの密度にて集める事で逆に光を放つ事となっていたのだ。
そうして発生させられた『虚無』は、丁度シェイドの目前にてそうした様に、標的の近くにまで到達するとそれまで圧縮されていた状態から解放され、目標の近辺へと拡散し、一種の『閉鎖空間』にも似たモノを形成する。
ソレの内部へと囚われた目標は、例え魔力で身体を覆って防備していたとしても、例え物理的に頑強な肉体を持っていたとしても、関係無く身体中を『虚無』によって包囲される事となり、謂わば『虚無』に浸かっている、とも言える状態へと強制的に移行させられてしまう。
そして、その後にはどうなるのか?
それは、術式を発動した術者次第で、肌の表面を軽く焦がされる事になるか、もしくは文字通りに細胞単位でバラバラにされる事になるのか、まで様々である。
何故、そうなるのか?何故、そう出来るのか?
その理由としては、展開・散布された状態となっている『虚無』が対象の身体へと潜り込み、その身体を細胞単位で破壊する事を可能としているから、だ。
元々、闇属性として持ち合わせている『空間支配』の権能により、本来存在しないハズの『虚無』は物理的な強度に囚われる事は無い。
また、空間操作の系統の能力である以上、全身を膨大な魔力によってくまなく覆って防御する、と言った類いの事でもしないと完全には防ぐことが出来ないし、またそうして防げなかったのであれば、抜かれた箇所から充満していた『虚無』が標的へと向けて殺到する事になる為に、やはり防ぐ事は出来なくなってしまうのだ。
そうして身体への到達を許してしまったのであれば、後は話は単純になる。
極小の、それこそ細胞一つ分の大きさしか無い空間を切り裂く刃が、術者の意志に従う形で対象の体内にて好き勝手に暴れまわり、周囲を切り回る事となる、と言う訳だ。
細胞単位の刃でしか無い、とは言え、ソレはあくまでも数本程度であれば問題は無いのかも知れないが、周囲を覆い尽くす程の量が在るのであれば話は変わる。
何せ、内臓から、なんて話では無く、文字通りに『身体の内側から』ヤスリで磨り潰される様なモノなのだ。物理的・魔力的な強度なんてモノは、ソレの前には意味を成しはしないだろう。
基本的に一度食らってしまったのであれば、耐える事は物理的に不可能(どれだけ耐久力が在ったとしても意味が無い為に)だし、一度展開されてしまっては回避する事も容易では無い、と言える。
何せ、一度展開されてさえしまえば、その周囲は術者の意のままに操作される『虚無』に満たされた状態となってしまうのだ。そんな中、回避するもしないも無い、としか言えないだろう。
対処する為の方法として挙げられるとすれば、展開される前にどうにかして術者を叩く位のモノだ。
ついでに言えば、術式を行使した術者がポンコツであり、展開していた『虚無』を上手い事展開を維持しながら操作する事が出来ない、と言う流れを期待するのは勝手だが、流石にソレを成せるだけの実力と能力の持ち主であればそうなるハズも無く、やはり無駄な期待となる事は間違いないだろう。
そんな、致死性は極度に高いながらも、それでいて手加減の利かせ方にもかなり幅が持たせられる、と言う便利で強力な術式(『展開に時間が掛かる』『阿呆みたいに魔力を消費する』『制御と維持の難易度が鬼畜』と言う欠点は在るが)である『極小の虚無』へと見事にシェイドを捉えて見せたサタニシスであったが、その表情は浮かないモノとなっていた。
いや、より正確に言うのであれば、彼女の顔には苦虫を百匹程も纏めて噛み潰した様な、苦々しい色が浮かべられる事となっていたのだ。
…………それは、何故か?
言わずとも分かるとは思うが、そこまで術式を展開して操作しているにも関わらず、彼の様子に変化が無いから、だ。
いや、より正確に表現するのであれば、既にサタニシスは標的として定めているシェイドに対して攻撃する様に、と展開している『虚無』に対して指示を出している。
しかし、そうして対象とされているハズのシェイドには攻撃を承けている、と言う事を示すだけの様子は見られず、同時に彼女の手元にも手応えの様なモノが返って来てはいなかったのだ。
…………姿は見えているし、声も聞こえていた。
また、面倒な事になった、と言わんばかりに表情を歪めている事も、見て取れていた。
しかし、そうしてソコにいるハズであるにも関わらず、攻撃の手応えは返って来ないし、効いている様子も見て取れない。
…………であるのならば、答えはたったの一つしか無い。
「…………シェイド君、さては位相をずらしてソコに逃げ込んだね?」
苦々しい表情のままにそう指摘するサタニシスに対してシェイドは、口許へと半月の嗤みを浮かべて見せるのであった……。
しかし、反逆者には効果は無かった様だ!




