魔王は渾身の一撃を反逆者へと放つ
シェイドに促される形にて、魔力を解放して行くサタニシス。
彼をして、鳥肌が立ち冷や汗が流れる程の量と質とを兼ね備えたソレは、それ相応の魔力圧を『突風』と言う形にて周囲へと撒き散らして行く。
もっとも、自身の扱いうる範疇に於ける最大出力と比較した場合にはまだ劣る為に、多少力を込める程度にてシェイドはその場に留まる事が可能であった。
しかし、そうでは無い者達。二人の戦いの観戦者と化していたナタリア達アルカンシェル王国側の一行や、現在は物理的に無力化されてしまっている魔王軍と言った者達にとってはとてもではないが耐えられるレベルのモノでは無かったらしく、彼女を中心としてミズガルドオルム戦と時と同様に吹き散らされる事となる。
一応、傷付きながらもその巨体にて動かされる事は無く、その場に留まり続ける事がミズガルドオルムには出来ていたが、それでも全く影響を受ける事は無く、と言う訳にも行かなかったらしく、未だに血が滲み出る牙を食い縛り、巨大な瞳を細める事でどうにか耐えている、と言った様相を呈していた。
そうして、周囲の環境を激変させている張本人であるサタニシスは、その様子を気にする素振りを全く見せず、高めた魔力を術式へと流し込む事によって魔法を起動させ、自身の周囲へと魔法陣を展開し始める。
その規模は正に『巨大』の一言に尽きるモノであり、先に展開されていたシェイドのモノと比較したとしても遜色の無いサイズを誇ると同時に、彼の展開したソレよりもより複雑な構成をしている様にも見て取れた。
互いの頭上に展開され、ソコに在るだけで押し潰されそうになる程の魔力圧を放ちつつ、燐光を放ちながらゆっくりと回転して行く二つの魔法陣。
片や、近代に成立(と言っても数百年程度は経っているが)し、人間の手によって連面と伝えられて来た、誰であれどんな者であれある程度は扱える様に、と編纂された技術である『魔術』として。
片や、古代より人々の手により継承され、個人の資質に大きく左右されながらも、その性質故に個人へと絶大な力を与える可能性を秘めていた法則の権化である『魔法』として。
それぞれの技術と意志によって展開されたそれらは、二人の立ち位置を何よりも雄弁に表しているかの様に、圧倒的なまでの存在感を放っていた。
「…………へぇ、流石は『魔王』って処だな。
闇属性、空間操作系統、規模の極大拡張、とまでは読み取れるが、結局『何がしたい術式』なのかは俺じゃ読み取れないみたいだ。
とは言え、確実に規模・破壊力としては第九階位に相当するだろう事は、容易に予想できるがね」
「そう言うシェイド君こそ、また例の【固有魔術】ってヤツなのかしら?
闇属性、空間操作、範囲拡大後の範囲の極小化までは私じゃなきゃ読み取れなかったでしょうけど、その後に関しては、君固有の魔術独特の記述と構成になってるみたいだから、流石に読み解けないのよね。
だから、私も君が『何をしたいのか』までは分からないわね。なにせ、一緒にいた時にも、見た覚えの無いモノなのだもの」
「そいつは、こうご期待、ってヤツさ」
「…………あんまり、期待出来そうには無い位に凶悪で極大な術式なのだけど?」
そう言って肩を竦めて見せるサタニシスの姿は、すっかり平時のモノへと回帰していた。
流石に、破れたり汚れたりしているドレスや装飾品の類いはそのままとなっているが、ソレ以外の部分、つまりは彼女の肉体その物としては負っていた怪我の類いも完治しており、少し前まで震えていた声も通常の通りに力を取り戻した状態となっていたのだ。
何故そうなっているのか?と言われれば、当然の様に答えは一つ。
解放された膨大な魔力によって副次的に彼女の肉体の持つ回復能力が賦活化され、勝手に治ってしまった、と言うだけの話である。
以前から、シェイドが貯蓄魔力を解放した時等にも見受けられた現象であるが、逆に言えば今まで彼が本気を出した時にしか見られなかった現象である、とも言えるのだ。
それは即ち、本人も口にしている通りに、今この場に於いてだけは、彼女は全力を出した彼と比肩しうる存在となっている、と評する事も出来ると言う訳だ。
…………既に理解はしていたものの、初めて自身の前へと姿を現した、本気を出した自身と比肩しうるだけの存在。
ソレを目の前にしたシェイドは、彼女から寄せられる圧力や殺意と言ったモノによって背筋を凍えさせながらも、その口許にはまるで『愉快で堪らない』と言わんばかりの喜悦に満ちた笑みが浮かべていた。
確実に勝てる、とは口が裂けても最早言えない。
おまけに、絶対に勝たなくてはならない、と言う使命にも似たモノを個人的な要望によって背負う事となってしまっている。
…………しかし、しかしだ。
これまで、彼が本気を、全力を出す事に値するだけの『敵』であり、ソレを受け止める事が出来るだけの存在には、終ぞ出会う事は出来ていなかったのだ。
これまで、彼が遭遇し、その上で敵を蹂躙する事は、幾度も在った事ではある。
が、その中で、彼が本気を出さなくては、全力にならなくては到底打倒しきれなかった、と言えるだけの相手は、本当に『一握り』程度の数しかおらず、最早片手で数える方が早いかも知れない。
そんな中で比較してさえ、飛び抜けて強く、その上で彼をしても『勝てないかも知れない』と思わせるだけの実力の持ち主を相手に取り、その全力の一撃をその身に受けようとしているのだ。
それだけでは無く、同様に自身が放とうとしている全力の魔術を、その身一つで受け止めた上に耐えきって見せる、とまで豪語して見せたのだ。
ならば、本来ならば比較的穏やかであり、人の話を真っ向から否定する事すらも良しとはしなかった彼の中に永らく眠り続けていた『戦闘狂』としての形質が表面へと浮かび上がり、彼の愉悦を引き出して具現化させ、その口許に笑みを浮かべさせることとなっていた、と言う訳だ。
例えそれが、彼としては忌むべきモノである『両親』から彼が引き継いだ、唯一のモノであったとしても、彼の根底に横たわる要素の一つであり、同時に彼の根幹を成す要素でもあるのだ。
そんな、ある種の『欲望』にも似た衝動を、渇望を刺激して止まない様な事を成してくれようとしている最高の異性にしてパートナーが目の前に居るのだから、笑みの一つや二つは零れ出て当然、と言うモノだろう。
例えソレが愛を語らい、情を交わし、結婚の約束をした女であれ、今現在殺し合いをしている相手であるのだから、やはり彼も何処かしら『人』としての感性や感覚が狂ってしまっている、と言う事なのかも知れないが。
とは言え、今この場に於いて、巨大な魔力がぶつかり合う戦場に於いてそんな事はあまり関わりの在る事では無いし、必要となる様な事柄でも無い、と言える。
ついでに言えば、遂にシェイドとサタニシスの両者共に準備が整ったらしく、二人の身体から放たれていた魔力がこれまでの無い程の高まりを見せ始めて行く事となっていた。
「…………さて、取り敢えず互いに準備できたみたいだが、どうするね?
同時に放つ、って事で良いのか?」
「ソレ以外に、どうするって言うつもりなのかな、君は?
まさか、どっちか先に放って交代で、とか言うつもりなのかな?ん??
流石に、それは無理が在るんじゃないかしらね?」
「そうかね?
俺としては、そっちが放つ魔法を受けても立っていられる自信が在るし、逆に俺の魔術を受けてもお前さんが立ってはいられないだろう、って確信も持っているんだがね。
まぁ、そう言うのならば別に良いさ、取り敢えず俺は前でも後でもどっちでも構わないぞ?どうするんだ?」
「…………へぇ?随分と、大きく出たじゃない?
お姉さん、そう言う大きな事を言うのは嫌いじゃないけど、それも場所とタイミングを読んでするべきだと思うんだよねぇ~。
こう言う、割りと真剣に事に臨んでいる相手に対しては、あんまりそう言う事、しない方が良いよ?本気にしちゃうから、ねぇ……」
「いや、俺は本気だぞ?
本気で、お前さんの放とうとしているソレに耐えきる自信が在るし、そうした後であろうと俺が放った魔術がお前さんを打倒して、俺に勝利をもたらしてくれる、と本気で信じてるのさ。
これで、満足かね?」
「…………そう、じゃあ、先に私が放っても良い、って事よね?
だって、君は今、ソレをされても大丈夫だ、って言った訳なんだし、ねぇ?」
「あぁ、構わんよ。
俺は、逃げも隠れもしない。真っ正面から受けても尚、生きて耐えきって見せてやる。
ソレが、お前さんと、ニースと二人で将来に渡って生きて行く為に必要な事なんだからな!」
「…………っ!なら、耐えきって見せなさい!
私との未来を、二人きりの未来なんてモノを望むのなら、周囲を黙らせられるだけの結果を、成果を出して見せなさい!私の為にも、貴方の為にも!!」
彼の放った、挑発とも取れない程に傲慢で、強欲で、常識破りな言葉により、サタニシスの表情が崩れ、瞳が揺れると同時に『魔王』の仮面がひび割れて、その中から『一人の女』としてのサタニシスが垣間見える事となる。
そして、本来ならば彼女の持つ立場により、絶対に口には出せなかったであろう言葉と想いを彼へと向けて放つと、自身の頭上に展開していた魔力を解放し、留めていた魔法陣を全力にて稼働させると、シェイドへと目掛けて解放して行くのであった……。
次回、次々回に掛けてクライマックス……になる予定です
お楽しみに




