反逆者と魔王は渾身の一撃の為の準備を整える
…………負傷の残る箇所へと、更に圧搾する形にて圧力を掛ける魔術を受け、苦痛に満ちた悲鳴を挙げながら回避行動を行おうとしていたその足を止めることとなってしまう。
が、それも言ってしまえば『当然の事』である、と言えるだろう。
何せ、既に負傷し、最早形容としては『破壊されている』と言っても良いであろう状態となっている場所へと、同じ様な属性で同じ様な破壊方法を取るモノによって攻撃されたのだ。
言わば、一度斬られた場所をもう一度斬られたり、一度焼かれた場所をもう一度焼かれたりする様なモノだ。
その苦痛は一度目によってもたらされるモノとは桁違いに大きなモノとなっており、尋常ならざる域に在る、と言っても過言では無い程のモノと成り果てていた。
…………一般的に言えば『拷問用』として行われる手法である、と言えばその苦痛がどれ程危険かつ大きな存在であり、ソレを受ける事でどれ程心身に対して大きな負担が掛かるのか、ソレがそもそも人の身で耐えられるモノであるのか、と言う事は、言わずとも理解して貰える事だろう。
そんなモノが身に降り掛かったが為に、彼女はその強靭な精神力と肉体を以てしても耐える事が出来ず、悲鳴を挙げながら足を止めてしまい、その場に踞る事となってしまった、と言う訳なのだ。
…………流石に、自身で狙ってやった事であり、かつ最愛、と言っても良いであろう相手に対してソレをやってしまった、と言う事に良心が痛み、思わず勝負も何も投げ捨てて彼女の元へと駆け寄ろうとしてしまいたくなるシェイドであったが、今後の未来の為にグッと堪えて魔力を解放し始める。
周囲の連中がどよめく程に、巨大で濃厚な魔力が彼の身体から放たれた始める。
ソレは、彼がこれまで幾度か行ってきた様に、彼が普段は使用せずに貯蓄し、その結果圧縮されて密度が桁違いに上がっている魔力を解放した時に発生するモノその物であったが、今回に限ってソレは発生しえないハズであったのだ。
それは、何故なのか?
そう問われたのであれば答えはたったの一つのみ。
彼は、そうして蓄えていた魔力が底を突いている、と思われていたからだ。
少し前にも触れた通りに、彼と間近に触れ合っていたサタニシスでさえ、彼が持つその貯蓄魔力は既に枯渇しているか、もしくはとてもではないが戦闘に耐えられない程には少なくなっているのだろう、と予想していた。
そしてそれは、彼が対ミズガルドオルム、と言う絶対的な強敵を前にしても使う事をしていなかった為に、ほぼ間違いの無い事実である、とすら言える事態である、と言う認識となっていたのだ。
故に、彼がソレを解放し、振るう事になるとは思っていなかったが為に彼女は大きな負傷を負う羽目になった訳だが、コレはただ単に彼が予想以上に蓄えを作り、その上で命懸けとなりながらも使う事無く節約に走っていたが為、と言う訳だ。
とは言え、決して今まで相手にしていたミズガルドオルムやサタニシスの事を嘗めていた訳でも、甘く見ていた訳でも無い。
現に、対ミズガルドオルム戦の際には回復目的に蓋を開けていただけ、とは言え実際に使用する手前まで行っていたし、サタニシスを相手にしては『そうした方が確実だから』と言う事で油断させる目的も在り、ギリギリまで使う事は無かったものの、残っているモノを使いきる勢いにて使う事を強要される羽目になってしまっていた。
もっとも、使わずに済むのならばそれに越した事は無い、と彼が考えていた事もまた事実。
何せ、彼をしても作るのには中々に手間と時間が掛かるモノであり、一日に彼が無意識的に生産する魔力全てを費やしたとしても、そこまで多くは作り出して貯める事は出来ない、と言うのが正直な処であるのだから。
そんな彼が、残されている僅かな貯蓄魔力を、今回で使い果たしきる!と言わんばかりの勢いにて手にしている得物へと注ぎ込んで行く。
今回の様な事を予期して、と言う訳でも無かったのだろうが、幸いな事に彼が持つ『無銘』は魔術の発動を助けるだけでなく、必要とされる魔力の内の幾分かを軽減してくれたり、威力や操作の精密さを向上させてくれたり、と言った効果の在る『発動体』としての側面も持っていた。
とは言え、普段の彼は、あくまでも『無銘』の事は武器であり、得物である、として扱っていた。
常日頃から魔術を扱う際には基本的に使用してはいなかったのだが、ソレはあくまでもそうする必要性が無かったからであり、使おうと思えば使えるし、現に要所要所に於いて彼は『無銘』の事を剣としてでは無く発動体として使用している。
…………つまり、何を言いたいのかと言えば、彼がこれから成そうとしている事は即ち、彼の技量や魔力量を以てしても、発動体を使用する事による補助を必要とする程の難易度・規模を誇っている、と言う事に他ならないのだ。
そんな彼の大袈裟とも取れる準備を裏打ちする様な形にて、彼の周囲に巨大な魔法陣が展開され始める。
汎用術式として編纂され、纏められた事により彼ら人間が扱う術式は画一的なモノへと、元々の個人の才覚がモノを言う為に千差万別な多様性を見せていた『魔法』から大きく変貌を遂げていた。
そのお陰、と言う訳でも無いのだが、そうして編纂された事によって魔術に対して造形の深い者であれば、唱えられた呪文の類いや展開された魔法陣を見さえすれば、行使されようとしている魔術がどの様なモノなのか、上手く読み解けば『何を使おうとしているのか』まで判別する事が可能である。
故に、普通はある程度までは並行して展開する術式によって本命の魔法陣の展開を隠したり、そもそも多少威力が下がろうと魔法陣の展開をせずに術式を行使したり、と言った手段を選ぶ者が多い。
しかし、そんな者達が多い中でも、彼はそうする事を選択しなかった。選択する必要が無かったとも言えるが、正直な処としてはそうする余裕が無かったと言うのが本音に近いのだろうが。
そんな彼が展開する魔法陣は、淡い光を放ちながらその規模をどんどんと拡大させて行く。
低位の魔術であれば数cm程度のモノにしかならないハズなのだが、彼が展開するソレは数m単位の大きさへと瞬く間に到達しており、今もその規模を拡大させ、直径にして早くも十m級に到達しようとしていた。
…………基本的に、展開された魔法陣の大きさは、その後に放たれる魔術の規模・階位・威力が高く・大きくなるにつれて巨大化する事は避けられない。
そして、あくまでも『汎用術式であれば』と言う話になるのだが、個人で行使する事が可能である、とされている『第七階位』の汎用魔術が行使される際に展開される魔法陣がモノにも依るが精々が二mから三m程度のモノである、と言えば、彼が展開しつつあるソレがどれだけの規模・破壊力を秘めているモノであるのかは想像に難くはないハズだ。
そんな、物騒極まりないモノが身近で展開されてしまっては、流石に何時までも痛がっている事も出来なかったらしく、涙やその他(彼女の尊厳の為に詳細は伏す)によって顔を汚しつつも、彼の魔術によって破壊されてしまった腕を押さえながらどうにかその場に立ち上がるサタニシス。
「…………ちょっと、大規模術式は、反則だって、最初に決めた、わよね?
お姉さん、あんまり、そう言うのって、良くないと思うんだけど、なぁ……?」
「いや、別段ルールには抵触していないハズだぞ?
なにせ、事を始める前に取り決めたアレは、あくまでもお前さんが大規模術式を使うのは禁止、と言う風に言っていただけだったハズだ。
俺が使う事に関してまでは言及していなかったハズだし、況してや『双方共に使用禁止』ともなっていなかっただろう?なら、俺が使う分には、特には問題は無いだろう?
違うか?」
「…………まぁ、ソレを言っちゃえば確かに、そうと言えばそうだったけど、でも別段、どっちの、って感じでも、無かったハズじゃなかったかしら?
なら、やっぱり、シェイド君が使うのも、ルール違反はルール違反なんじゃ、無いかしらね……?」
「なら、双方の同意の元に、解除してみるか?
大規模術式の不使用に関しては、この一度だけ、お互いに一発ずつなら問題無し、って事でどうよ?
ついでに、その一発は同時に放ち、その後で耐えきって立っていられたのならばそちらの勝ち、って事にするのでも良いぞ?
少なくとも、そうした方が俺にとっては都合が良いからな」
「…………私も君も、両方立っていられたら、どうするの?」
「その時は、取り敢えず引き分けって事にして日を改めるか、もしくはそのまま勝負続行、って事で良いんじゃないか?
まぁ、もっとも、俺としてはそんな温い結果に終わらせるつもりは、毛頭無い訳だから心配する必要は無いんだけど、な」
「………………へぇ?言って、くれるじゃない。
不意打ちや騙し討ちが、悪いとは言わないけど。それでも、それしかしていない、君にそこまで、言われちゃったら、流石に私も思う、処が在る、ってモノだからね。
だから、君のその安い挑発、乗って上げる。その上で、どっちが格上なのか、ハッキリさせてあげましょうか!」
そう言いきったサタニシスも、彼に呼応する形にて自らの身体から魔力を立ち上らせて行く。
ただの余波でしか無いハズのそこから放たれる魔力圧によって生じた突風を受け、辛うじて体勢を揺らされる程度で耐える事に成功するシェイドと、耐えられずに飛ばされる事となってしまったギャラリー達の額には、知らず知らずの内に冷たい汗が浮く事となっていたのであった……。




