反逆者は魔王からの反撃を受け始める
再び自身に掛かる重力の向きを変更されただけでなく、その上で掛かる重力の強さも増加させられた事により、地面へと叩き付けられる事となってしまったサタニシス。
突然すぎる程に突然な事態に、咄嗟に受け身を取る事すらも出来ずに呼吸を無理矢理潰される事となってしまい、その上でシェイドからの追撃を無防備な状態にて受ける事となってしまう。
「…………さて、流石にそれなりにダメージは入った、と思いたい処なんだがなぁ……」
一度は枯渇しかけた魔力をポーションによって無理矢理回復させ、ソレを呼び水として幾分か回復させる事に成功していた彼だが、未だに『完全回復』とはとてもでは無いが言えない様な状態であった。
その為に、回復させた魔力の大半を注ぎ込み、かつ先の一撃で消費した分は未だに回復出来てはいない現状に於いて、多少なりとものダメージ、では決して割には合っておらず、それなりに大きなダメージ、程度は受けてくれていないとこの先どうやって良いのやら、と途方に暮れざるを得なくなってしまう、と言う事情が在ったりもする。
なんて事も在り、様々な要因か重なる事で、彼の口から『弱気』とも取れる言葉が溢れ落ちる事となった訳なのだが、その視線はサタニシスがめり込み、彼が放った魔術によって巻き上げられた土煙によって隠されてはいるものの、彼女が居た場所から外されずに固定されたままとなっていた。
当然の様に、闇属性の魔力による空間跳躍を利用した奇襲の類いの警戒にも余念は無く、魔力式のソナーも定期的に放っているだけでなく、薄くではあったものの自身の周囲へと結界を展開する事すらもしており、油断の類いとは全く以て無縁の状態である、と言えるだろう。
…………だが、そんな彼をして、驚愕に目を見開く事となってしまう事態が発生する。
そう、立ち込めたままとなっていた土煙が何かしらによって切り裂かれた、と思った直後には既に彼の周囲へと展開していた結界が破壊され、キラキラとした魔力光を周辺へと撒き散らしながら消滅してしまう事となる。
しかも、それだけで被害が収まる事は無く、彼が反応を示すよりも先に、彼の身体が切り裂かれ、そこから派手に吹き出した出血が周囲を赤く汚して行く。
突然の出来事に、思わず目を見開くシェイド。
しかし、その次の瞬間には追撃として放たれた次の攻撃を身体を捻る事で回避し、その上で反撃として魔術を放って足留めまでして見せた。
その後で、大急ぎでその場から後退し、それ以上の攻撃を受けない様に、と距離を取るシェイド。
だが、お互い『射程距離』と言う意味合いに於いては相手が何処に居ても大した違いは無い、と言う事には代わりが無い為に、その辺りの意識としては油断も慢心もせずに視線を注ぎ続けて行く。
そうしてシェイドが注意と視線とを集中させて行く最中、未だに立ち込めたままとなっていた土煙が完全に吹き散らされ、そこから魔力を滾らせたサタニシスが口元に笑みを浮かべながら姿を現した。
吐息は荒く、ドレスは汚れ、所々破れたり汚れが目立つ状態となっている。
おまけに、彼が放った魔術によって負ったモノなのか、何処かしらから出血もしている状態となっているらしく、元々黒地であったドレスの布では分かり難いが、部分的には内側からのソレによって濡れそぼり、色を濃くして重たくなっている様相を呈していた。
だが、そう言った負傷をしている事実やその程度を示す諸々の証拠を自身の体によって表しながらも、その表情には曇りは無く、苦痛を負っている様子も無く、またそれらの負傷を気にしている様子すらもシェイドは見て取ることが出来なかった。
しかも、そうして受けていたハズの複数在った負傷の内、程度の軽そうなモノは彼が見ている間にもその存在感を薄れさせて行き、少しの時間が在れば完全に元の通りの滑らかな肌に戻ってしまうだろう、と言った確信を見ている者に抱かせるには十分な回復能力まで誇示して見せていたのだ。
ソレには、思わずシェイドも眉を潜め、苦笑いを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「…………おいおい、流石にそこまでとなると、勘弁願いたいんだがね……。
大出力、高火力に良燃費。おまけに防御性能も高いだけでなく、本人も相応の技術を修めてここに居るのに加えて、破格の再生能力まで持ってやがるとは、些か盛り過ぎなんじゃないのか?
もうちょっと、自重してくれても俺としては良かったんだが、ね……?」
「…………あらあら、そうやって高く評価してくれるのは、お姉さんも嬉しいんだけど、ソレをシェイド君が言っちゃうと只の『皮肉』にしかならないわよ?
と言うよりも、そうやって高評価を付けてくれている諸々の性能面を、単独で当たって上にその全てで打ち破って見せた経験の在る君が言った処で、あまり『凄い!』って感じにもならないのだけども、ねぇ?」
「はて、何の事やら……?」
そうやって半ばふざけた返しをしながらも、サタニシスとの位置と距離を調節し始めて行くシェイド。
一目見ただけでなくほぼ動いてすらもおらず、実動距離にして僅か数㎜にも満たないその動作であっても彼女は見過ごす事はせず、魔力を込めた手を掲げて彼の動きを牽制してしまう。
「…………ふふっ、怖い怖い。
もう、後少し前に出られていたら、私の首も刃圏の内側に入ってしまっていたんじゃないの?多分だけど、ね?」
「…………否定はせんが、だからって僅かな距離を詰める事すら制止してくれるのは、些かやりすぎじゃ無いか?普通、気付きもしないハズだぞ?」
「それは勿論、君の事がお姉さん大好きだからね!
何時も何時も、君の事は見ているし、その考えも理解できる様に努めていたから、大体『何がしたいのか』『何が出来るのか』位は理解できているつもりだよ!」
「えっ!?なにソレ、怖っ!?
えっ、なに?もしかして、精神感応系統の魔法でも使ってるの?あの、効果がヤバすぎるから、って理由から魔術として編纂される事が無かった、とか言う噂の禁忌魔法を?」
「失敬な!そんなモノ使わなくても、シェイド君の考えている事なら大体分かるんです!
何せ、ここ数ヶ月は常に一緒に居たんだからね!そりゃ、それだけ一緒に居たのなら、それが好きな相手だったのなら、否応無しに分かる様になる、ってモノでしょう?
…………まぁ、使おうと思えば使えなくは無いけど」
「ちょっとぉ!?最後、最後に何か凄まじく不穏な呟きが聞こえたんですけどぉ!?
しかも、考えてる事は大体分かる、ってマジで?マジで言ってらっしゃる?十数年程一緒に居ても、欠片も分からなかった、分かってくれなかった連中も居るってのにか?」
「勿論、そのつもりよ。
それと、その『分かってくれなかった連中』と私を一緒にしないで貰えないかな?そんな、一緒に居るのが当然で、何がどうなっても『君がどう思うのか』すらも考えもしなかった様な人達と一緒になんか、ね?
それに、想いに時間は関係無いでしょう?それは、何よりも私達が証明しているハズ。違うかしら?」
「…………さぁ、どうだろうな?
さて、俺が考えている事が分かる、って事なら、この程度は軽く避けられるって事で良いんだよな?」
「えぇ、勿論、ね」
シェイドが言葉と共に再び重力異変を起こすべく、得物から離していた左手の指をパチリと鳴らす。
それにより、先程の様にサタニシスを対象として重力の向きや強さが変化する事となる……と思われたのだが、こちらも自身の言葉と同時に彼女が一歩横にずれた事によって『何も起きなかった』と言う結果のみがもたらされる事となる。
その結果に、驚愕に目を見開くと同時に苦々しい表情を浮かべる、と言う器用な真似をして見せるシェイド。
そんな彼の反応に、自らの読みが正しかったらしい、と言う事実を前にして喜色の滲む微笑みを口元へと浮かべて見せるサタニシス。
対称的に、苦々しいモノを深めて行くシェイドに対して彼女は、常にユラユラと不思議なステップを踏みながら、彼との距離を開かず詰めすぎずな状態を保ちながら言葉を投げ掛けて行く。
「君が使ってるその術式、多分だけど『発動対象』が『個人』じゃなくて『空間』に対してのモノなんじゃ無いかしら?
私みたいに強固すぎる程に強固に魔力を纏っている存在に、無理矢理直接作用させたりするのよりはそちらの方が余程簡単に効果を発揮させられるのだし、簡単な動作での効果の切り替え、例えば『掛けておいた重力の向きの変更』とかも不可能では無いでしょう?
この予想、私的には大きく外れたりなんかはしていない、とは思うのだけど、どうかしら?」
「…………」
「この場合、沈黙は『肯定』と取られるわよ?
まぁ、でも、その表情を見る限りだと、やっぱり外れてはいなさそうね!
それと…………もしかしてその術式って、以外と再使用まで掛かる時間が長いんじゃ無いかしら?もしくは、消費する魔力が大きいとか?
そうでなかったら、少しでも私の姿勢を崩したりだとか、もしくは混乱させる為だとかを目的として、四六時中乱発すればそれだけで勝てちゃうハズなんだし、ね?違ったかしら?」
「…………まったく、やりにくい事この上ないな……!」
声にも苦々しさが滲み出てしまっているシェイドがそう吐き捨てつつも、手にした得物を振るいながらサタニシスとの距離を一息の間に詰めて行く。
直接視線を合わせていたとしても、瞬時に見失いかねない程の速度にて行われた踏み込みは、彼の手にした凄絶なまでの刃と合わさった事により、どんなモノであったとしても問答無用で切り裂く絶対の刃を問答無用にて相手へと届ける絶死の歩法と化していた。
…………が、そうして振るわれた瞬速にして必殺であったハズの刃は目標となっていたサタニシスのドレスを僅かに切り裂くのみとなってしまい、その代わりに、切り込んだ彼の腹部には彼女の指先が深々と突き立てられる事となっていたのであった……。




