反逆者は魔王と拳を交える
下段からの振り上げによって逆袈裟に切り上げようとするシェイドの攻撃に対して、サタニシスはシモニワへとした様に指を折り曲げた状態にて上へと掲げた手へと魔力を集めて振り下ろして行く。
一見、魔力が込められている、とは言えあくまでも生身でしか無いサタニシスの、特に防具を着けている訳でも無い柔肌の細指が切り裂かれる、と言う光景が見ている者へと幻視させられる事となる。
が、実際の処としては、振り下ろされた柔らかな腕が切り裂かれる事も、細く美しい指が飛ぶ事も、周囲が血潮で赤く染め上げられる事になる訳でも無く、硬質な音を周囲へと響かせながら跳ね上げられた彼の刃と噛み合い、鍔迫り合いへと縺れ込んで行く事となる。
その光景に、思わず唖然としたくなる心持ちであったシェイドだが、先のシモニワの結末を目の当たりにしていたので、どうせこうなるだろう、と言う事は予想していた為に、驚きつつも手を止める事無く引き戻した刃を再び振るって行く。
横薙ぎ、袈裟懸け、大上段。
左右の腕によって繰り出される、素早くも力強い一撃により、ものの見事に叩き落とされる事となる。
正中へと向けた突き、から変化させて跳ね上げる中断の振り上げ、上段での横薙ぎ。
突きは膝によって得物の腹を叩かれる事によって弾かれ、振り上げは手を添えられて流され、横薙ぎに至ってはしゃがみこむ事で遅れ髪を一房切り落とすのみで回避されてしまう。
それと同時に、今度はそれまで守勢に回っていたサタニシスが、俄に攻め手へと立場を変えて猛攻を開始する。
右の貫手、左の手刀、振り下ろしからの跳ね上げ。
即応して攻勢を取り止め、足捌きによって貫手、振り下ろしを紙一重にて回避して見せるが、跳ね上がって来た一撃には対応しきれなかったのか得物を掲げて防御する。
左の掴み掛かり、ソレを囮とした右の膝蹴り、からの膝先を振り上げての上段蹴り。
掴み掛かりは得物を振るう事で叩き落とすものの、膝は予想外であったらしく肘でブロックし、そこから派生した上段蹴りは皮一枚切られながらも首を振るう事でどうにか回避する事に成功する。
結果的に、ある意味『痛み分け』の様な状態にて、一度距離を取るシェイドとサタニシス。
その顔には、双方共に獰猛な笑みが浮かべられており、サタニシスが追撃として放ったシモニワにも使った不可視の一撃を回避したシェイドが、同じく反撃としてサタニシスへと魔力の刃を放って見せながら彼女へと向けて口を開く。
「悪いが、そいつはもう見せて貰ってるんでな!
どうせ、アレだろう?指先から放っている闇属性の魔力を使って、空間を断絶させる刃を放っていたんだろう?随分と、えげつない使い方しやがるなぁ、おい!」
「大正解!良く分かりまし、た!
でも、コレってかなり使い勝手が良いんだよね!不可視で射程も無限に近いモノが在るから、不意打ちにも奇襲にも暗殺にも使えるし、こうやって真っ正直からの殴り合いにも使えるしね!
しかも、正体がバレていたとしても、君みたいに特殊な防ぎ方をしてくれる様な相手以外なら、大概の相手なら一発当てさえすればそれだけでバラバラになってくれる便利な術式だから、結構重宝するのよね!それなりに魔力を喰うのが難点だけど、ソレも魔王の魔力量ならどうにでもなるんでね!
…………でも、えげつないとか言うのなら、君の使ってるソレも大概じゃないのかな!?一発でもまともに受けたら、それだけでバラバラになりそうな威力の攻撃を、そこまで乱発しないで貰えない!?」
「その、まともに受けたら一発でバラバラになりそうな攻撃、を何発も受け止めてやがるのは、何処の誰だよ!
大方、同じ闇属性の魔力で張った結界を使って、こっちの空間断裂攻撃を無効化してやがるんだろうが、それでもやって良いことと悪いことが在るだろうよ!?
何だよその結界の出力、反則だろうが!?」
「あら、使えるモノを使って何が悪いのかしら?
別段、結界も空間攻撃も禁止してはいなかったハズでしょう!なら、使った処で何が悪いのかしら、ね!」
「ぬおっ!?
このアマ、じい様みたいな事までしてくれやがって!?
なら、俺にも考えが在るぞ!食らえや!」
「えっ!?
ちょっ!?
きゃあっ!?!?」
会話の途中にあっても、それぞれで攻撃を放ち続けていたシェイドとサタニシス。
その最中、先の戦いに於いてミズガルドオルムが『小手先の技でしか無い』と評していた『攻撃その物を対象の付近に直接跳ばす』と言った攻撃を取ったサタニシスに対してシェイドが、ソレをギリギリで回避した場で一つ指を鳴らして見せる。
すると、その途端に短く、戸惑いの多く込められた悲鳴を挙げたサタニシスが、真横の方向に向けて、地面と平行に落ちて行く事になる。
…………別段、比喩や表現の上でそうしている、と言う訳では無い。
と言うよりも、文字の通りにそうなっているとしか、まるで高い建物から無造作に一歩踏み出したかの様に『ストン』と、重力に引っ張られる形で自由落下しているかの様な形にて、地面に向けてでは無く何も無いハズの真っ正直へと向けて、横向きに『落ちている』としか表す事が出来ない状態になっているのだ。
唐突過ぎる程に突然な出来事に、焦ってはいたものの取り敢えず、とばかりに手近な側面に位置していた地面へと指先を突き立てて止まろうと試みるサタニシス。
しかし、先の激突によって最早『荒野』としか表現のしようが無くなってしまっているひび割れも目立つ地面では強度が足りなかったのか、それとも加重的な問題によって受け止めきる事が出来なかったのかは定かでは無いが、停止する事が出来ずに数本の線を地面へと刻むのみに留まってしまう。
その事実に業を煮やしたのか、鋭い舌打ちを溢すと同時に、自身の足元となる空間へと向けて闇属性の魔力を用いる事で、板状に空間を固定して無理矢理足場を作り出し、ソコに膝を曲げながら両足から着地を決行する。
それにより、どうにかその場に止まる事が出来た彼女であったが、安堵の吐息を溢すよりも先にこの『怪現象』としか呼ぶことの出来ない事態の原因を探るべく視線を周囲へとさ迷わせるが、そこへと向けて平然とした様子にて得物を手にしながら突っ込んで来るシェイドの姿を目の当たりにすると、事の次第を一瞬で理解しながら迎撃の為の構えを取って見せる。
「やってくれたわね、シェイド君!?
貴方、私だけを対象にして重力の向きを変えたでしょう!?何で、こんな事できるのかしら!?」
「おいおい、決め付けるのは良くないなぁ!
まぁ、その通りなんだけど、ねっ!!」
流石のサタニシスも、今までに経験のした事の無い状況に遭遇してしまっている以上、多少なりとも動揺してしまっていたらしく、彼女から見て真下から迫り来るシェイドへと向けて放った迎撃が一拍遅れる事となってしまい、言葉と共に放たれた刃によって頼りとしていた足場を切り裂かれる事となってしまう。
再び、重力の軛に囚われて真横に落ちる事となってしまうサタニシス。
咄嗟に、再び足元へと先程と同じ様に足場を作り出そうとするものの、ソレに合わせて視界の端にてシェイドが刃を振るっている姿が写り込む。
タイミングと角度的に、その場で足場を作り出して着地を敢行した場合、ほぼ無防備にその刃を受ける事となるのは間違いない、と思われる。
が、だからと言って着地と同時に反撃するのは動作手順的に一拍遅れる事になるのは目に見えている為に現実的では無いし、かと言って着地せずに落ち続ける、と言う事にも不安が残り過ぎる。どこまで落ちるのか、分かったモノでは無いのだから。
仕方が無い為に、半ば反射的な行動として取っていた回避行為を中断しつつ、自身の周囲へと高濃度の魔力による全方位へと向けた結界モドキを展開する。
取り敢えず、先ずはシェイドから放たれるであろう攻撃を無理矢理にでも防ぎ、その上で仕掛けられているのであろう魔術を解除するか、もしくは更に差し向けられる追撃を防ぎつつ再度足場を作り出すか、と言った見通しだ。
そんな風に考えていたサタニシスだが、実際に結界が張られた事を黙視したシェイドが邪悪にその口元を歪めた事で、自身の失策を悟る事となってしまう。
慌てて結界を解除し、直接シェイドへと向けて攻性の魔法を放とうとするが、その前に再び彼の手元からフィンガースナップが放たれ、それと同時に再度彼女に掛かる重力の向き、強さが急変し、今度は地面と平行に『落ちる』のでは無く、地面に向けて急速な勢いにて『叩き付けられる』事となってしまう。
「かはっ!?!?」
予想外過ぎる程に予想外な方向性での二重の衝撃を受けてしまい、魅力的な唇から苦鳴と吐息と喀血とを吐き出す事態となってしまうサタニシス。
肺の内部に蓄えていた空気を全て、強制的に吐き出させられてしまっただけでなく、無防備に受けてしまったが為に横隔膜が痙攣を起こして新たに吸い込む事も出来ずに半ばパニックを起こしながらも、その脳裏にて『何が起きたのか?』を冷静に分析し始める。
確実に、発生した事態の下手人はシェイドだろう。
だが、特に大規模な術式を展開した様子は無かったし、当然の様に自身に対して直接干渉された覚えは欠片も無い。また、ソレをさせるだけの隙を晒した覚えも無い。
しかも、その手の事柄が得意な属性はハッキリ言ってしまえば別に在る。
しかも、ソレに特化した高度な術式を使うか、もしくは人間で言う処の『固有魔術』と呼ばれる域にまで特化させなくては話にもならない程度の干渉力しか持たないハズなのだ。
であるのならば、一体どうやって…………っ!?
と、そこまで考えたサタニシスの脳裏に、少し前に自身の身体に起きた事態が過る事となる。
それにより、天啓にも似たモノが彼女へともたらされる事となったのだが、地面へと半ばめり込む形にて無防備に姿を晒してしまっていたサタニシスに対して、事を成したのであろうシェイドが黙って見ているハズも無く、遠慮も呵責も無い魔術による攻撃が彼女へと向けて降り注ぐ事となるのであった……。




