反逆者は魔王からの提案を受け入れる
先のミズガルドオルムとの激突により、草原から荒野へとその姿を変貌させた平地にて相対する『魔王』ことサタニシスの口から、提案が在る、と言う言葉と共に、その内容が綴られた言葉が飛び出して来た。
ソレを受けたシェイドは、何となく嫌な予感を受けながらも、取り敢えず遮る事無く続きを促して行く。
「何を以て総取りか、って顔をしているね?
あぁ、私自身言葉が足りていない、って事は理解しているけど、これは故意的なモノだから勘弁願えると有難いかな?」
「…………その辺は割りとどうでも良いから、早い処内容の説明を願いたいんだが?」
「おやおや、随分とせっかちだね?
昨日は、あれだけ丁寧に、時間を掛けて私を蕩かして、昂らせて、愛してくれたって言うのに、ねぇ……?」
「それとこれとは話が別だし、それに、前戯は丁寧に、って言うだろう?
本当に愛している相手とするのなら、前戯だけでも満足させられる位には丁寧に、根気良くやらないと失礼だろう?」
「…………ふふっ、そう言う処も、お姉さん的には君の好きな処の一つだよ。
さて、では話を戻すけど、私が提案するのはさっきも言った通りに『勝った方が『総取り』する』と言うモノさ。
そこには、当然の様に『勇者』の身柄やミズガルド翁の処遇、と言ったモノだけでなく、私達の今後も含まれているつもりだよ」
「…………ん?ちょっと、待った。
前者については、まぁ分からんでも無い。どうせ、アレだろう?
勝った方が、負けた方が庇っていた連中を好きに采配しても良い権利を得る、とか言いたいんだろう?
俺が勝てたらそのまま撤退するも良いし、やる気は更々無いがそっちの半死半生の連中を皆殺しにしてその首を手柄に凱旋するも良し。その逆として、俺が負ければ後ろの連中の首を差し出す事になるし、その後についても無関係を貫く事を確約する、とかそう言う感じの事だろう?」
「まぁ、大筋としては、そんな感じかしらね。
それで、納得の行っていない部分が在る、みたいに聞こえたのだけど?」
「いや、当然でしょうがよ?
ソコに含まれてる『俺達の今後』って、一体何ぞ?何を決めねばならぬとか?」
「え?今後の夫婦生活に於いて、どっちが主導権を握るのか、とか?
もしくは、夫婦性活に於ける主導権の行く末だとか、子供は何人作るのか、だとかの辺りかしら?」
「………………いや、流石にそんな大事な事を決める様な事でも無いでしょうよ?
それに、アレよ?一応はそう言う事柄って、男女の秘事、と呼ばれる程度には周囲に対して憚られる様な内容のモノなんだからな?分かってらっしゃいます??」
「あら、別に良いじゃない?
時が来れば、誰であっても自然とする事になるモノなのだし、私は前からの方が密着できて好きだけど、君は後ろから猛々しく覆い被さる方が勢いが良い、とかはあっちの娘達は聞きたい事だったんじゃないかしら?」
「だとしても、あまりオープンに話す事でも無いでしょうが……。
それに、夜のアレコレを言いたいのなら、然るべき場所で然るべきタイミングで話してくれれば幾らでも応じて見せるが?それこそ、こんな場所で話す様な事じゃ無いでしょうがよ……」
「こんな場所だから、よ。それに、向こうの娘達も強ち無関係、って訳じゃ無いでしょう?
何せ、勝った方の総取り、の中には、どっちが『軸』になるのか、の権利も混ざってるのだから、ね?」
「…………『軸』?なんぞ、ソレ?
流れ的には、男女関係回りの事なんだろうけど……っ!?」
「あ、その様子だと、ちゃんと気付けたみたいね?
なら、細かい説明は省く事になるけど、要するに今回勝った方が『軸』、集団の中心として異性回りを形成する事を主導出来る、って事よ。
分かり易いでしょう?」
「…………理解は出来たけど、出来ればしたくは無かった話題かなぁ……」
戦意の高まりを維持しながらも、油断したり意識を緩めたりする事の無いままに、突如として出現した話題にゲンナリした様子を見せるシェイド。
そんな彼の仕草に、何故か微笑ましいモノを見た様な、それでいて望んでいた反応その物であった、と言わんばかりに嬉しそうな空気を醸し出しながらも、彼の背後に庇われる者達に対しては殺気を向ける事を止めずにいたサタニシスが、言葉の続きを口に上らせる。
「シェイド君も承知しているとは思うけど、私の様に立場が在る者や、君の様に特異的な力を持つ存在は多くの血を残す事を要求されるし、周囲から期待もされるモノなのよ。
だから、そこの中心として『私』を据えるか、もしくは『君』を据えるかして、その周囲を異性で囲む、って事になるのは理解しているよね?」
「…………あぁ、まぁ、な。
つまりは、アレだろう?お前さんを中心にして、確実に『魔王の血筋』を確保する為に野郎を侍らせるか、もしくは俺を中心にして『特異点の増産』を期待して女で囲むか、のどっちかって言いたいんだろう?」
「当然、本命として愛し愛される相手としての地位、所謂『本妻』『本夫』は互いを指名する事になるだろうから心配はしていないけど、それでもどれだけの相手を迎え入れるのか、迎え入れるのならば誰を迎え入れるのか、って言う選択権を握る事が出来る様になる、って訳よ。
魔力の用量からして最早『人間』の域に収まっていない君だから、同じく種族基準で見てもかなりの高水準に在る私との間に子供が出来ない、って心配は無いし、多分寿命の方もソレに応じた永さになっているとは思うけど、それでも選択の自由が一切無くなるのは君にとっては辛いでしょう?
何せ、男の子って本命の女の子がいても他に目移りする生き物だ、って事はお姉さんちゃんと承知していますのでね!」
「………………いや、男の夢、的なモノとしては、ちょっと憧れが無くは無い状態とも言えなくは無いが、お前さんは、それで良いのか?」
「…………ん?と言うと?」
「仮に、もし仮に、だぞ?
俺が勝って複数の女を抱く事になったとしても、お前さんが勝ってお前さんの身体に俺以外の男達の手が触れる事になったとしも、それで良いと、それでも構わないと、そう言うつもりで居る、って事で良いんだな?」
「………………ずるいなぁ……。
そんな言い方されちゃったら、流石に『欠片も思う処は無い』だなんて言えないじゃ無いの……」
微妙そうな表情をしながら、一旦言葉を切って視線を落としてしまうサタニシス。
だが、その次の瞬間には、一瞬だけ垣間見えていた『一人の女としてのサタニシス』や『一人の恋人としてのサタニシス』の顔は内側へと引き込まれ、後には『魔王としてのサタニシス』のみが表に残される事となっていた。
「…………だとしても、そうする事、を期待されている以上、私はそうするよ。
何せ、次代を確実に残す事が、より強くより優秀な指導者としての『魔王』を残す事が、私に課せられている責務の一つで、私が、今代にして過去に敗れた魔王たる私が果たせなかったが為に、種族として魔族全体に混迷と衰退をもたらす切っ掛けになってしまった事柄なのだから、これは『必須』と言えるわね」
「…………次代の『魔王』さえ確実に残す事が出来たのなら、それで良いのか?」
「まぁ、言ってしまえばそうなるかな。
私がこうやって『魔王』なんて席に座っているのだって、私が当時の魔族の中でも飛び抜けて強かったから、って事もそうだけど、魔王の血筋、ってヤツを引いていた者の中で直系に近かったのが私しか居なかったから、って事も大きかったからね。
しかも、当時の『勇者』に他の魔王の血筋を持っている家系は根絶やしにされちゃってるから、本当の意味で私しかいないのよ。だから、そこは『必須』な訳。
ご理解、頂けたかしらね?」
「…………そうか。
理解したよ」
その言葉と共に、それまでは緩く構えるのみに留めていたシェイドが、強固な『戦意』と共に得物を手にして構えを取って見せる。
隙の無いその構えを前に、背筋を駆ける戦慄と確かな闘争への期待から生じる昂りを前にして、口許に獰猛な笑みを浮かべ始めるサタニシスに対してシェイドは静かに宣言する。
「…………お前さんが言いたい事も、しなくちゃならない事も、一応は理解したつもりだよ。
その上で、一つ言わせて貰おうか。
この勝負、俺が勝たせて貰おう。そして、『勝者が総取りする』ってルールに乗っ取って、全部俺のモノにしてやるよ!
俺の嫁はお前だけだし、お前の男も俺だけだ!約束も守るし、お前らも誰も死なせずに、事を納めてやろうじゃねぇか!!」
「………………ふ、ふふっ!あははははっ!!
随分と、我が儘で壮大な啖呵を切るじゃないか!
でも、それでこそシェイド君、それでこそ『反逆者』と言うモノだろう!
なら、勝って手にして見せるが良いさ!魔王も、勇者も、全てをその手に納めると言うのならば、見事に挑んで勝利し、乗り越えて見せるが良い!この、魔王を相手にして、やれるモノならやって見せるが良い!!」
「言われるまでも無い。
やって見せてやるよ!!」
双方共に気焔を吐いた両者は、揃って構えを取って見せ、その間にて否応なしに闘いの空気が高まって行く事となるのであった……。
世界最強の夫婦喧嘩、勃発




