反逆者は監視者と相対する
最終章の始まり始まり……
「…………取り敢えず、どう言う状況なのか説明位はして貰えるんだよな?なぁ、サタニシスよ?」
目の前の魔族の女性の腕を抑えながら、シェイドがそう言葉を投げ掛ける。
…………ぶっちゃけてしまえば、彼が知るサタニシスと、こうして何故かこの場に居る目の前の彼女が、彼の中では『=』にて繋がっている、と言う訳ではまだ無い。
声は、耳に残っているモノと比べれば、確かに似ている。
それに、顔立ちやら髪色やらも、彼が知る彼女のソレとは一致するし、生えている角の位置や形状なんかも記憶している通りのモノである、と言えるだろう。
…………だが、異なる点も、またそれなりに多く見受けられる状態となってしまっていた。
先ず一つ挙げるとすれば、やはり外見上のモノが大きいだろう。
彼が知る限りでは、サタニシスと言う人物はこの様な豪奢な格好をしている処は見たことが無かった。どちらかと言うと、露出度、と言う点では大差は無いのかも知れないが、比較的ラフで動き易い服装を好んでいた様に見受けられていたのだから。
次いで挙げるとすれば、その雰囲気だろうか。
彼が知る『サタニシス』であれば、確かに実力相応の『強者としての存在感』の様なモノを身に纏っている事も在ったが、今目の前の彼女が纏っている様な上の立場に立つ者として他を圧倒する様な類いの雰囲気や空気感を醸し出す事は無かった為に、こうして確証が持てずに戸惑ってもいる、と言う訳であったりもする。
とは言え、彼が自らの『最愛』と認めている相手の事を早々に見誤る事なんてあるハズも無く、彼の認識としてはやはり目の前に居るのは彼女だ、と認定しているのだが、確証が得られていないが為に、彼女の事は愛称である『ニース』では無く名前である『サタニシス』と呼び掛けていた、と言う訳なのだ。
そうして言葉を投げ掛け、自身の腕を掴んですらいたシェイドの姿を認めたらしい『サタニシス(仮)』は、今更ながらに訝しむ様に額にシワを寄せながら、意外そうな声を挙げて行く。
「…………あれ、シェイド君?
なんで、シェイド君がこんな場所にいて、私がしようとしている事を邪魔するのかな?と言うか、君本当にシェイド君?偽物とかじゃなくって?」
「俺の偽物が居るのかそうでないのかは知らんし、どうでも良いが、本物かどうかの証明をして見せろ、って言うのなら、昨晩から今朝までの流れを事細かに説明してやろうか?
互いに何回果てたかとか、事の真っ最中の睦事だとか…………」
「…………うん、ごめん。
その責めて喜ぶ雰囲気は、やっぱり本物のシェイド君だったみたいだね。
…………でも、何でここに?何で、私の邪魔をするのかな?アレで連れ去られた、って事は見ていたけど……」
「流石に目の前で殺しは止めさせて貰うさ。幾らこいつが只のクズで、お前さん達の宿敵である『勇者』だったとしても、一応は、な。
それと、俺がここに居る理由だが、一応前以て言っておいただろう?果たさなくちゃならない『義理』と『約束』が在る、って。その結果だよ」
「そう言えば、そんな事も言ってたね。
そうなると…………あそこで、不安そうに君の事を見詰めてる、可愛らしくて胸の大きな娘が、君が約束していた『約束の君』、かな?随分と、綺麗な娘に気持ちを残していたみたいだね?ん??」
「…………なんだか、凄く含みが在る台詞で、何やら誤解されてる予感マシマシなんだが、ちゃんと会話しようか?
確かに、俺がネックレスの片割れを渡していたのはあいつだし、告白する際にも『想いが残っている』とは言ったが、あいつとはそんな関係って訳でも無いんだが?
それと、そろそろこいつ殺そうとするの止めて貰っても良いか?流石に、ちょっと今疲れてるから余裕無いんだが?」
「いやいや!流石に、それは君のお願いであったとしても、『恋人』にして『伴侶』である君の願いでも、ちょっと聞いては上げられないかなぁ。
何せ、こいつは『勇者』だ。『勇者』なんだ。
かつて魔族を追いやったあいつと、かつて私を騙し討ちしてくれた忌々しいあいつと同じ名前を冠して、その上で派遣された軍だけで飽き足らずに彼を、私の育ての親であり、親しい存在でもあった彼をここまで傷付けただけじゃなく、矮小な存在でしか無いのに止めまで差そうとしてくれていたんだよ?
なら、殺すさ。殺さなくちゃ、ならないのさ。君なら、シェイド君なら、他でも無く既に事を成した君であるのならば!私の事を止められない、止めないハズなのだけど、違うのかしらね?」
「…………ふぅん?
つまりは、アレか?復讐するべき相手だから、報復するべき相手なのだから、ソレを下そうとしている自分の邪魔を、既に事を成したお前がするな、と言いたいのか?」
「まぁ、平たく言ってしまえば、そうなるかな?
だから、ほら。早く、離してくれないかな?ね?
可愛らしい恋人からの、些細なお願いなのだから、ね?」
口では可愛らしく囀ずりながらも、シェイドへと向けられる紫の瞳はドロリと濁りながら剣呑な光を放っていた。
そこには、彼がどの様な反応を見せ、行動を取ったとしても、確実に事を成して見せる、と言わんばかりの頑なな意志が込められており、見る者に対して『これは止まらない』と確信を抱かせるのに剰り在るだけの雰囲気を纏ったモノとなっていた。
そんな彼女に対してシェイドは、薄々感付いてはいたものの、それでもやっぱりこいつはそれなり以上に高位の魔族だったんだろうなぁ……と何処か的外れな感想を抱きつつも、取り敢えずは告げなくてはならない事実が二つ程在る為に、あまり乗り気では無いので重たい口を苦労して開きながら、目の前のサタニシスへと向けて言葉を放つ。
「…………まぁ、なんだ。
昔々の話として、お前さんがかつての『勇者』とどんな関係が在ったのかは知らないし、興味も無いからこいつに対して復讐する云々は別に止めるつもりは無いし、そこのじい様に昔世話になってたから傷付けられて怒ってるって言うのも理解出来る。それに報復しなくちゃならない、って逸ってるのも同時に、な。
が、それでもお前さんを、ニースを止めなくちゃならん。それに、二つばかり聞かせなくちゃならない事も在るんでな」
「………………へぇ?事情を知った上で、まだ私を止めるんだ?そいつを庇うんだ?私の言葉を、伴侶として選んだ女の言葉より、優先するんだ?
それと、聞かせなくちゃならない話って、なに?私に手を出して早々に向こうの娘にでも手を出した、って報告なら後できっちり聞いてあげるけど?」
「だから、違うっちゅうに。
先ず一つ目だが、そのじい様をやったのは、そいつじゃない。そいつは、ソレを成せる程には強くない。
それくらい、見ていれば分かるだろう?」
「…………まぁ、否定はしないよ?否定は。
こいつ、ミズガルド翁を倒す処か、その鱗を貫く事すら出来ないんじゃないの?多分だけど。
それと、私の見立てだと、多分平の魔王軍兵士になら勝てる、とか程度じゃないかしらね。
…………でも、こいつは『稀人』の『勇者』なのでしょう?なら、何かしらの変な力を持っていたとしても、不思議では無いでしょう?
ソレを使ってミズガルド翁を倒して見せた、って事では無くて?」
「残念ながら、大外れ。
何せ、ソレをやったのはそいつじゃなくて俺だからな」
「…………ねぇ、シェイド君?
お姉さん、君の冗談なら何時でも大ウケしてあげられる自信があるけど、ソレもタイミングを見計らってくれたのなら、なのだけど?
今は、そう言う、笑えない冗談を、聞いて上げられる心持ちじゃ無いの。ゴメンだけど、本当の事を言って貰っても良いかしら?」
「いや、本当の事だから、これ。
まぁ、それでも嘘だと思うのなら、伴侶として求めて来た相手であるお礼であっても疑うのなら、当の本人に聞いてみれば良いんじゃないのか?
それなら、信じられるだろう?」
「…………ねぇ、起きているんでしょう?
どう言う事なのか、教えてくれるよね?ミズガルド翁」
その言葉に応じる形にて、これまで沈黙を保っていたミズガルドオルムが一際大きな血の塊を吐き出しながら、サタニシスの問い掛けに言葉を返して行く。
『儂が誰に敗れたのか、そこに転がる小物程度に敗れる程に耄碌したのか、と問われるのなら、答えは陛下にも分かっておられるであろう?
儂が敗れたのは、真なる強者によっての事。そこな、与えられた力のみを頼りとし、ソレを磨く事すらせずに溺れた愚者では無い、とは言わぬでも理解しておられたと思っておったのだが、儂の勘違いであったかのぅ?』
「…………そう。
なら、私の勘違いであった、と言う事みたいね。
でも、言い訳する訳じゃないし、どのみちこの『勇者』は始末するけど、こっちに跳んだ途端にあんな場面を見せられたのだから、勘違いの一つや二つ、したとしても不思議では無いんじゃないかしら?」
「…………あ、それでもやっぱり諦める、止める、って選択肢は無いんだ?」
「無いんです。
残念ながら、魔族としての方針なので」
「…………じゃあ、残念なお知らせその二だ。
この場に喚ばれた俺は、過去にした一つの約束に縛られる身であるんだが、そいつが『一度だけ必ず助ける』ってモノでな。
お前さん、そこなじい様と同様に、どの道『勇者』だけじゃなくて、その仲間まで皆殺しにするつもりだろう?だとしたら、流石に止めないとならない訳なのよ。
だから、今回は諦めてはくれまいかね?それか、そいつだけで納めてくれる、とかなら見逃せるんだが、返答は如何に?」
そう言って、一度は地面に転がるシモニワの身体を爪先で小突き、苦痛の呻き声を挙げさせながらアピールして見せるシェイド。
彼が抑え続けている彼女の腕を掴んでいる手は、決して魔力を纏っていない、と言う訳では無いにも関わらず、未だに止まる事無く鮮血を滴らせ続ける事となってしまっている。
そうして、彼を傷付け続けてしまっているサタニシスと、彼女がしたい・しなくてはならない事を邪魔し続けているシェイドの間にて重苦しい沈黙が横たわる事となってしまっていたが、それはサタニシスが放つ
「………………ごめん。それは、出来ない。
例え貴方が、他ならぬシェイド君が敵になったとしても、私はそいつを殺さなくちゃならない。その仲間まで、殺し尽くさなくちゃならない。
…………それが、私の、『魔王』たる私の果たさなくちゃならない『誓い』なのだから……」
との、静かながらも血を吐く様な想いの込められた言葉により破られ、同時に決定的な決裂を告げる事となってしまったのであった……。
…………或いは、最初にして最後の、最大規模の『夫婦喧嘩』の開幕、かも?




