天秤の観察者は『魔王』の出現と反逆者の反応を目の当たりにする
視点が普段の主人公のソレとは異なります
「…………やれやれ、今代の『勇者』を過大評価していた様子だね」
そんな、耳慣れない声が、ナタリアの耳朶を打つ。
声色からして成人前後の女性だと思われるその声が持つ、鈴の音を彷彿とさせる甘く軽やかな響きは思わず聞き入りそうになる程に魅惑的なモノであり、同性であっても魅了されてしまいそうになる程に、危険な魅力が感じられるモノであった。
が、当然の様に彼ら彼女らが居るこの場所は、戦場だ。
レティアシェル王女の様な一部例外を除けば、その様な甘く蕩ける様な声色の持ち主の様な、聞くだけで『一定以上の高貴な身の上である』と名乗っている様な声の持ち主が現れる場所では、当然無い。
そんな、似つかわしく無いハズの存在が突然現れた事により、どうにかして自らの方へと想いを傾けさせたい、と願って止まない相手であるシェイドへの触れ合い(実の処としてはナタリアが一方的に触っていただけに過ぎないが)を中断し、声のした方向へと振り返る。
するとソコには、地面に横たわる巨龍とその側に立って剣を手にしているシモニワ。そして、その両者の間に割って入っている様な形にて佇む、異形の美女が立っていた。
…………外見が、驚く程に整っている事は、声を聞いた時から予測は出来ていた。
それに、同性である自身を以てしても、自信が在ったプロポーションと言う面でも劣っている、と感じさせる程度には扇情的であり、かつメリハリの効いたスタイルをこれまた豪奢なデザインのドレスにも似た戦闘服にて覆っている事も見て取れていた。
しかし、その上で、その女性自身が放つ圧倒的な魔力圧を除いたとしても、相手を『異形』と呼ぶのに相応しい特徴が彼女には備わっていた。
…………そう、その米噛みの部分から、まるで羊の様に捻れ、円を描く様にして湾曲している二本の角が生えていたのだから。
パッと見た限りでは、その角を除いては只人族にしか見えないその女性。
しかし、生えている角がその種族を謎めいたモノへと変化させており、その雰囲気は通常では考えられないハズの、紫色をした瞳と長髪がより一層神秘的なモノへとしている様であった。
「…………あいつは……」
背後に回した形のシェイドが、自身の頭越しにその姿を目の当たりにして何やら呟きを溢していた。
が、そんな事に拘る事も、あれだけの美女を視界に納めて欲しくは無い、と言った感情を抱く暇も無いままに、自身の目の前にて事態が動き始めてしまう。
「…………なっ、なんだ君は!?
ここが何処だか、どんな状況なのか分かっているのか!?
いきなり現れて、『勇者』たる俺の邪魔をするだなんて、何を考えているんだ!?」
「…………何を考えているのか、ねぇ……?
それは、寧ろ私が問わないとならない事なのだけど?」
「なに?
…………まぁ、良い。とうやら君は、自分が何をやっているのか理解していない様だ。
だから、早くソコから退いて、こっちに来るんだ。そうでないと、俺はそこの邪龍を倒せないし、君もいつソイツから危害を加えられる事になるのか、分かったモノじゃ無いからね。
『勇者』である俺の側に居れば、それでもう何も心配はしなくても良いのだから!」
「………………ふぅん?
そうやって、自身の近くに無理矢理寄せて、その上で力を誇示する事で相手の感情を揺さぶって手玉に取り、その後で『美味しく頂いてしまおう』と企んでいる、と言う訳だ。
…………全く、『勇者』と言う輩は、どの世代でも考えている事は大して変わらない外道・下衆の類いみたいだねぇ……」
「…………なんだと?
幾ら美人の言葉であっても、俺は直接的な侮辱は許せない性格でね。取り消して赦しを乞うのなら、今の内だよ?
そうでないと、お仕置きとして痛い目を見て貰う事になるかも知れないけど、君みたいな戦った事も無い様な女の子には、耐えられないと思う様なのを、ね……」
「いや、そう言う『出来もしないこと』を大袈裟に言うのはもう良いから。
掛かってくるつもりなら、さっさと来なよ。でも、一つだけ忠告させて貰うよ。
掛かってくるのなら、それ相応の『覚悟』を以て掛かってくる事だよ、ってね」
「はははっ!
何を言っているのかサッパリ分からないけど、でもこれはあくまでも『お仕置き』だからね!
つまり、悪いのは君だ、って事さ!!」
そんな、一方的であり、かつ気持ちの悪い持論を勝手に展開して、その謎めいた女性へと目掛けてシモニワが斬りかかって行く。
評判はあまりよろしくは無かったものの、『勇者』が率いる大遠征、と言う題目であった為に、彼には城の宝物庫から宝剣が下賜されており、当然の様に振りかぶられているソレも、同じモノであった。
長い間宝剣に仕舞い込まれていた骨董品とは言え、その性能は折り紙つきだ。
切れ味は当然として、魔力の通り方も浸透率も一級品であり、僅かとは言え流した魔力を増幅させる効果すらも持っているだけでなく、彼の『英雄』と名高い初代勇者でもある建国王が使っていた、との逸話も在る逸品である。
そんな、本来であれば人を守り、魔物や外敵に対してのみ振るわれるべきであったその刃を、シモニワはあろう事か守るべきであろう、か弱い女性に向けて振るおうとしていた。
流石に、シモニワも下心満載で視線をさ迷わせていた事もあり、問答無用にて斬り殺す、と言う様な事をするつもりでは無いのだろう。
だが、その気配と先の台詞から、無駄に高いプライドを傷付けられた事は間違い無い。
規模までは予想できないが、確実にその刃を血で汚す事に躊躇いは覚えていないだろう、と言う事が窺えてしまっていた。
咄嗟に、その場から飛び出して女性との間に割って入ろうか、と考えるナタリア。
生来、家の役割に縛られる事となってしまっていたが、それでも目の前にて外道が行われればソレを止める事まで禁じられている訳では無い為に、元々持ち合わせてはいた正義感から身体が動きそうになる。
…………が、ソレを実行に移すよりも先に刃は振り下ろされてしまい、これから繰り広げられるであろう惨劇を前にして目を覆おうとしたナタリアの視界にて、信じられない光景が繰り広げられる事となってしまう。
先ず、シモニワが手にしていた宝剣が、名も知らぬ美女へと目掛けて振り下ろされた。
その太刀筋は武闘大会の時と比べれば十分に洗練されたモノへと変化しており、『スキル』等は使っていないながらも半ば本気で振るっている事が窺えた。
そうして振るわれた刃が美女へと届き、その美しい身体を引き裂こうとするその寸前。
唐突に、女性が力無く垂らしていた腕が霞み、それと同時に刃が突然何もないハズの場所にて停止する事となった。
突然過ぎる程に突然な事態に、思わず『何故?』『どうして?』と混乱しながら目を見開いてしまうナタリア。
それは、目の前にて行われたシモニワも同様であったらしく、刃をそれ以上進める事も、逆に退く事も出来ずにその場で固まってしまう。
そして、そうこうしている内に、遠目には只単に軽く指を曲げた手を女性が振るった、としか見えない動作を取られると同時に、何故かシモニワの身体を『何か』が切り裂いてしまい、ソコから鮮血が上空へと勢い良く噴き出して行く事となる。
…………目の前の光景を、理解する事すらも出来ずに、呆気に取られる事となってしまうナタリア。
それは、シモニワが呆然としながらその場に崩れ落ち、その上でソレを成した女性が止めを差そうとして振った腕を戻し、再度シモニワへと向けて振るおうとしていた時であっても正気に戻る事は出来ず、これまた何時の間にか自身の背後からその女性の側へと回り込み、掲げられていた腕を掴んだ彼が
「…………それで、どう言う状況で、どんなつもりなのか教えて貰っても良いよな?なぁ、サタニシスよ?」
と言葉を漏らした事により、漸く目の前の事も含めた諸々の事態が、既に取り返しの付かない状況へと変化を遂げてしまっていたのだ、と言う事をナタリアは認識したのであった……。
ほんのり閑話風味?
次回から次章移ると同時に、今作品の最終章となる予定です
今年中に終わる予定ですのでどうかお付き合い頂けると幸いですm(_ _)m




