反逆者は殲滅龍と再び激突する
半ば偶然であったとは言え、先に仕掛けたシェイドが空中へと吹き飛ばされた事が切っ掛けとなって空中戦が展開された先程とは異なり、今度は地上戦として二人の戦いは展開されて行く。
どうやら、基本的な活動に対して支障が出ない様に、と言う風にミズガルドオルムが負傷に対して優先度を設定して治していたからか、彼の翼膜は未だに大きく裂けたままとなっており、そもそも空中戦を執り行う、と言う事が難しい状態に在るとも言えた。
故に、双方ともに地表へと留まり、先程までの様に空へと上がる、と言う事はせずに矛を交えせている訳なのだが、コレが中々に壮絶な『殺し合い』の様相を呈していた。
『グオオオオオオオッ!!!!』
咆哮と共に、ミズガルドオルムが巨体を生かした爪撃を放つ。
地味に放たれた咆哮には魔力が込められているらしく、周囲へと響き渡るだけで地面へとひび割れを発生させながらシェイドへと迫って行く。
その、咆哮による衝撃波をまともに喰らって動きが鈍れば良し、回避か防御されたとしても、その後に巨体から繰り出される長大なリーチによる爪撃が当たれば良し、と言った二段構えの攻撃を、シェイドは意図的に展開した結界によって対抗して見せる。
普段使っているソレは、あくまでも『無意識的に垂れ流している余剰生産してしまった魔力』が事象に干渉する事により、結果的に彼の周囲には無差別に干渉を繰り返す魔力層が形成される事となっているモノである。
故に、ソコに飛び込んで来た魔術や魔法や魔力が乗せられた物理攻撃の類いはソレによって無秩序に干渉される事となり、ソコに含まれる『魔力その物』を乱す事によって攻撃を無力化・弱体化される事となってしまう、と言う訳なのだ。
一見、常時展開されているソレはかなり強力なモノである様にも見えるだろうし、事実彼にしてみれば大概の攻撃はソレによって防ぐ事は可能なのだが、実は弱点……と呼べる程のモノでも無いのだが、敢えて呼ぶのであれば『弱点』となるモノが在る。
…………それは、物理的な攻撃に対してそれ程頑強な耐久力を持ってはいない、と言う点だ。
尋常なる攻撃であれば、例えソレが物理的なモノであれ魔力的なモノであれ、基本的には意図的に結界を張る必要性は無く、普段のモノでも問題は無いのだ。
……のだが、膨大かつ精緻な魔力によって保護、強化されて、その上で尋常ならざる技量と筋力によって振るわれる、俗に言う処の『絶世の一撃』と呼べるレベルの攻撃であれば、物理的な障壁として存在している訳では無いソレでは、防ぎきる事が難しくなってしまう。
滅多に在る事では無いし、そのレベルの使い手が相手であれば基本的にシェイドも本気を出す為に魔力層も強化される事となるので不要となる場面も多いのだが、それでも物理的な強度を持った結界が必要とされる場面は今回の様に訪れる事も在る、と言う事なのだ。
そんな訳で、密かに練習して精度を上げていた結界術を行使したシェイドは、自身の目の前に二枚の結界を展開する。
一枚目にして外周を覆う形にて展開した結界は、ミズガルドオルムの放った魔力を込められた咆哮によって千々に砕かれる事となってしまうが、ソレは彼の狙い通りの事であった為に、彼は特に慌てることも無く続けて放たれた二撃目へと備えて構えを取る。
一方、自らの狙い通りに相対しているシェイドが攻撃を防いでくれた状態となったミズガルドオルムであったが、その瞳は驚愕と興奮によって縦に裂けた瞳孔が収縮し、滅多に見られない様な状態となっていた。
基本的に、自身の極親しい一部の者と共に在る時以外は温度を喪う、爬虫類独特の感情の読み取り難い瞳をしているミズガルドオルムが、そこに大きな感情の揺さぶりを露にした理由は、やはりシェイドが使って見せた結界術に在る、と言えるだろう。
何故、そこまで感情を爆発させる様な事になっているのか?ただ単に、攻撃を受けた結界が砕かれたと言うだけに過ぎないのに?
その疑問は、端から見ている限りでは理解出来なかったであろうが、実際に対峙していたミズガルドの目からはハッキリと見えていた事を述べれば、その一端は理解出来るハズだ。
…………そう、何故なら、シェイドが展開した結界は、ミズガルドオルムの放った咆哮が激突すると同時に砕け散る、と言った挙動を見せたのだから。
結界術の類いが攻撃を受けて砕ける事は多々見られる現象であるが、通常であれば攻撃を受けてから砕け散る迄にはそれなりに猶予が在る。
いや、より正確に言うのであれば、大体に於いては一撃で即座の内に粉々に砕け散る、と言った事態は基本的には発生し得ない。
その外観上、結界術は『ガラス』の様なモノである、と受け取られがちだが、どちらかと言うと『水筒』や『水槽』と言ったモノの方が例えとしては適切だろう。
受け入れられる限界値までのダメージを受け取り、溜め込み、ソコを超えてしまえば砕け散る、と言った風に術式が組まれている事が多いのだ。
ソレを踏まえて考えてみると、彼の結界が示した反応は、本来ならば有り得ないモノである、と言う事が察せられるハズだ。
何せ、その仕組みの関係上、どんな攻撃を受けたとしても、ダメージを吸収し、蓄積させ、許容量を超えた処で初めて崩壊する、と言った流れを無視する事は出来ないハズであり、同時に攻撃を受けると同時に崩壊する事は有り得ないと言う事になる。どんなに工夫したとしても、ソコに一瞬以上のラグが生まれるハズである。
それに、そこまで許容量を派手に超えてしまっている、と言う様な攻撃を受けたのであれば、その際の余剰火力によってシェイドは更なるダメージを負うか、最低でも同時に展開していた二枚目の結界も同様に破壊されてしまっている状況にならないとおかしい、と言う事になってしまうのだから。
であれば、答えは一つ。
最初からそうなっていた、だ。
より正確に言えば』攻撃を一撃でも受けた場合、ソレを防ぐと同時に自ら崩壊して見せる事により、周囲に残されている余波の類いを巻き込んで無効化する』と言う仕組みになっていた、と言う事だ。
…………一見、折角張った結界術を一回きりで使い捨てにするのは無駄が多いのではないか?と思われるかも知れない。
確かに、一度張っておけば許容量までのダメージを防いでくれる結界を、少なくない魔力を消費して展開しておきながら、ソレをたったの一回攻撃を防ぐのに費やしてそのまま使いきってしまう、と言うのは、魔力の無駄遣いである様にも見えるだろう。
だが、考え方を変えてみて欲しい。
許容量までのダメージを受け止めてくれる、と言う事は即ち、その許容量を超えてしまった場合はその分のダメージは受ける羽目になってしまう、と言う事になる。
そして、そう言う視点に立って見れば、彼の結界術は言い換えれば『どんな攻撃であったとしてもそのダメージを一回だけとは言え完全に防いでくれる』と言うモノでもある、と言う訳だ。
一々結界を張り直さなくてはならないし、その分魔力を多く消耗する事になるが、それでも彼の様な無尽蔵な魔力量からみれば微々たる量でしか無い。
更に言えば、『吐息』の様に長い時間照射され続ける、と言う様な類いの攻撃は別であるが、単発にて完結しているモノであれば間違いなく防いでくれる為に、信頼感、と言う点に於いてはまず間違いなくこちらの方が優れている、と言えるだろう。
そんな、一瞬の攻防が命を分けるレベルでの戦いに於いては限り無く有用である、と言えるだけの特性を、一目で看破してみせたミズガルドオルムは内心にて舌打ちを溢しながらも湧き上がる『歓喜』を隠せずにいた。
かつて、自らの手で育て上げ、自らの『主』として認めた存在を、彼をして『卑劣』としか言い様の無い手段にて討ち取られる寸前まで行ってしまった過去の在るミズガルドオルム。
その時は、辛うじて『主』が絶命に至る事こそは防げたものの、それでも『封印』と言う形にて喪う事となってしまった彼の胸中には、その遠い昔から変わらぬ焔が宿る事となってしまっていた。
…………卑劣なる『勇者』を撃滅すべし。
『忌み名』たる『勇者』を継ぎし者、誅戮すべし。
ソレが、彼の行動原理となっていた訳だが、それと同時にもう一つの焔も彼の胸中にて静かに宿る事となっていたのだ。
…………自身と比肩し、拮抗し、その上で撃ち破る様な、そんな存在と最期に死合って果てたい。
幾ら長く永く寿命の続く『竜種』を起源とした魔族であるとしても、その限界は当然存在するし、『竜』が永く生きるに連れて力を増して行く、とは言っても命の灯火が残り少なくなれば、当然の様にそれも衰えを見せ始める事だろう。
未だに現役であり、かつ力も衰える処かまだまだ増強の一途を辿っているとは言え、過去の出来事が彼の心に突き刺さり、次に『主』を喪う事となるくらいであれば、として生まれた『願い』でもあった。
そんな『願い』を胸に抱いたまま、念願であった好敵手を遂に発見したミズガルドオルムは、その口元を喜悦によって大きく獰猛に歪めつつ、確実に何かしらの返し技が放たれるのだろう、と予見しながらもそのまま自らが振りかぶった爪による一撃を敢行するのであった……。




