偽善者は負傷しながら、真なる強者の実力を垣間見る
「………………え?」
彼が、そんな間の抜けた声を漏らしたのは、何故なのか。
それは当然、幾つもの理由を挙げる事は簡単に出来た。
本来の彼我の距離を鑑みれば、食らうハズの無かった攻撃をその身に受ける羽目になったから。
絶対の自信を持ち、満を持して発動させた切り札が、全く以て役に立つ事無く破壊されたから。
正面から相対していたハズなのに、何故か仲間しかいないハズの背後から攻撃を受ける事となってしまっていたから。
大方、それらが幾つも在る理由の中でも大きなモノなのであろうが、やはりそれら全てが同時に訪れる事となったから、と言うのが最大の原因だと言っても良いだろう。
そんなシモニワであったが、背中に突如として発生した裂傷によってもたらされた激痛が漸く脳髄を焼き焦がし始めたらしく、地面をのたうち回りながら絶叫を発し始めてしまう。
その姿には、普段からして彼の事を認めてもいなかったし、寧ろ邪魔臭いナルシスト予備軍、程度にしか思っていなかったレティアシェル王女を筆頭にした女性陣も、流石にその心胆を凍えさせる事となり、一様に『圧』を受けて動けない状況ながらも、その身を寄せ合いながら縮こまらせてしまっていた。
一方で、軽い動作にて事態を作り上げてしまった側であるズィーマと、ソレを成した張本人であるミズガルドオルムは、困った様な表情を浮かべながらこれからについて話し合っていた。
『…………のぅ、ズィーマよ。
あやつ、何故あの程度の攻撃とも呼べん様なアレを、回避も防御もせずにまともに受け止めて見せるとは、何を考えておるのかのぅ』
「…………翁よ。
某も理解しきれている、とは言わぬが、やはり考え方や物事の捉え方、と言った思考体系が異なる、と言う事であろうよ」
『…………ふむ?と、言うと?』
「…………こやつらの行動を分析した上で、『勇者』の言動を鑑みた場合、ヤツの常識や考え方の範疇では『自身が本気を出していれば相手も本気を出している』『自身が本気になれば、相手は負けなくてはならない』と言った理解不能な事になっているらしい、と言う結果が出る。
ソレと同様に、『攻撃とは相対し合った正面のみから発せられるのが当然』『背後から不意を突いて攻撃する事は有り得てはならない』と言った、子供のままごと的な価値観が残り続けていた、と言う事では無いだろうか?もっとも、それも推測でしか無いが」
『…………ふ、むぅ?
儂からしてみれば、不意打ちは不意を突く方では無く、突かれる方が油断しているのが悪い、と思えるし大概の場合は実際にそうであろうよ?
それに、背後から攻撃してはならない?何ともまぁ、幼稚と言うか何と言うか……自身の命が掛かった戦いにおいて、卑怯も卑劣も汚いも何も無かろうに……』
「…………そう言った、命を繋ぐ為に必死になる、と言った経験が無いのかも知れんな。
なにせ、他の世界から呼ばれたのだ。そう言う場所で産まれ育てられた幸運な者だった、と言う可能性も在ろうよ」
『そう言うモノ、であろうか?
…………まぁ、そうなのであろうな。
でなければ、儂がただ単に、闇属性の魔力を用いて『此方』と『彼方』を繋いで見せる、と言うだけの、至極簡単な魔法しか使っておらなんだのに、あそこまで大袈裟にダメージを受けるハズも無かろう、と言うモノか』
「その通りだろう、と応えたい処だが、流石にそうは言ってもやれん。
貴殿にとっては『戦い』となるかどうかの分水嶺であり、かつただの小手調べでしか無い、と言う事は承知している。が、ソレを成されても無事で居られる相手が、ソレを読みきって回避なり防御なりして見せる事が出来る存在がどれ程居るのか、を鑑みれば、流石に肯定する事は叶わぬよ」
『いや、そうでも無かろうよ?
先程のアレはただ単に、あやつの背後と儂の手元を繋げて斬り付けた、と言うだけに過ぎぬのだぞ?その程度であれば、そなたも容易にやってのけるであろう?』
「やるだけなら、それだけなら、某でも可能であろうよ。
だが、何時、どの様に、どんなタイミングにてソレを行われ、どんな攻撃を跳ばされるのか、を鑑みた際に、必然的に脅威度が桁違いに高くなるのは貴殿であるのは必然である、と言えるのでは?
少なくとも、某がやれるのは、精々が闇討ちに利用できるかどうか、と言った処。貴殿の様に、真っ正面から殴り合いつつ、出来た隙を見逃さずに下手な名剣よりも良く斬れるその爪にてバッサリ、とやられるのよりは、まだマシだと断言できるが、如何に?」
『…………えぇい、分かった分かった!
アレに関して言えば、どうやら最も優れた使い手が儂である、と言う事は認めてやるともさ!
だから、そう恨めしそうに見るで無いわ!例え儂とて、お主に本気で掛かられたのであれば、無事に斬り抜けられる保証は何処にも無いのじゃぞ?』
そんな、何処か和やか(?)な会話を繰り広げる真横では、相変わらず背中に負った重傷から鮮血を吹き出しつつ、痛みによって地面でのたうち回るシモニワ、と言った地獄絵図さながらな光景が繰り広げられていた。
…………いや、より正確に言うのであれば、今回戦場として使われている元草原、現平野(に近い状態)に於いては広く見られる状態である、と表現した方が良いであろう。
なにせ、元々個体個体の基本性能で大幅に魔族側が勝っている状態であったのを、どうにかこうにか数や策にて拮抗させていた、と言うのが少し前まで、それこそシュワルツ将軍が健在であった時の状態であった。
だが、そうして指揮を取っていたシュワルツ将軍が倒れ、状況を好転させる様な対策も取られず、その上で人員の追加も無く新たな指揮官も立たない、と言う状況になってしまえば、自然と身体能力や魔力に優れた魔族が押し始める事となる。
そうなってしまえば、後はどうなるのか?
この戦争の大義名分として魔族が掲げている様に、彼らに取っては人間とは『討ち果たすべき怨敵』でしか無い。
それは、上層部がどの様な思索の元に打ち出したモノであったとしても、大多数の者がそう思ってしまっていたのであれば、それこそが『真実』であり『正義』となる訳だ。
…………なれば、ソコに在るのは圧倒的な『強者』によって弱者へともたらされる、一方的な『蹂躙』。
彼らをして常に命の危機と隣り合わせとなる事を強要される僻地へと押し込み、比較的安全で肥沃な大地を独占していた者達へと『復讐心』と『嗜虐心』が発揮される事となったとしても、なんら不思議な事でもおかしい事でも無い、と言えるだろう。
故に、現在戦場では、損耗によって孤立させられた部隊が複数の魔族によって擂り潰され、なぶり殺しにされる凄惨な光景が各地で繰り広げられ始めており、既にこの平原は剣閃が迸り魔術が飛び交う戦場では無く、ただただ魔族が人間を一方的に虐殺する絶叫と撒き散らされた血潮が香る屠殺場へとその姿を変貌させていた。
ソレを持ち前の高い視点(物理)によって目の当たりにしているミズガルドオルムは、先程自身の前から逃れたハズの小娘が、抱えた鎧姿の男諸ともに魔族によって目を付けられ、傷だらけになりながら必死で逃げ惑っている姿すらも目撃してしまい、爬虫類と同じく鱗に覆われている為にイマイチ把握し難い顔を歪め、そこに苦々しい感情を浮かべて行く。
『…………戦場の倣いであり、元より予想出来ていた光景であるとは言え、些か気分がよろしくは無いのぅ』
「…………致し方在るまいよ。
これまで、我らは鬱憤を溜め込む一方でしか無かったのだ。ソレを、こうして発する機会に恵まれたなら、恵まれてしまったのであれば、こうなることは目に見えておられただろう?」
『………………まぁ、あやつらの軍勢に女子供が元より少なく、その上で『そう言った行為』で鬱憤を晴らそう、として嬲る様な気質の者が少ないのは、最悪の事態を防ぐ一因にはなっておるかも知れぬがな』
「此度の軍は精鋭揃い。
それに加え、元より性に悦楽を見出だす類いの気質で無ければ、同一の種族相手にしか子を成せぬ者も多く居る。貴殿の畏れは、杞憂であろうよ」
『結果的に見れば、のぅ。
これでも儂は、前大戦に於いて、それでも戦場の雰囲気と血に酔って、と言う者を何度も見て来ておる。
それは、あまり見ていて愉しいモノでも無かったがのぅ。
…………さて、そろそろ良いじゃろ。儂としては全くもって楽しめはせんかったが、それでもここで勝つことには大きな意味が在る。これで、確実に終わりとしようかのぅ』
そう言うと、パカリとその巨大な顎を開いて見せるミズガルドオルム。
晒け出された巨大な洞窟を思わせる口腔の内部、喉の奥から強烈な光が徐々にではあるが周囲へと零れ出して行く。
ソコから発せられる凶悪なまでの魔力圧に、言葉も無く地面へと縫い付けられていたレティアシェル王女達は当然として、痛みから地面をのたうち回り続けていたシモニワすらも硬直し、ただただそちらへと視線を向けることしか出来なくなってしまう。
全長で百m近い巨体を誇るミズガルドオルムが戦場のど真ん中にてそんな事をしていれば、嫌でも誰でも目に留まる。
故に、かは不明だが、それまで各所にて殺戮の限りを尽くしていた魔族達が一斉に退いて行き、ミズガルドオルムの背面へと必死の形相にて走り去って行く。
そんな行動を、突如として取った魔族達に対して傷だらけなままでポカンとした表情を浮かべ、困惑した様子で周囲を見回すアルカンシェル王国側の兵士達へと哀れみを多大に含んだミズガルドオルムは
『…………儂の復讐相手としては、些か役者不足であったな。
せめてもの情けよ。この一撃で、何もかも終わりとしてやるとしようかの。
何、案ずるな、痛みは無い』
と、呟くと同時に、その口腔内部へと留めていた破滅の光を、戦場となっていた平野全域に対して解き放ってしまうのであった……。
予定では次回でこの章が終わりになります
その次から主人公側に視点が戻ります




