偽善者達は真なる強者に蹂躙される
呆気なく弾き飛ばされ、攻撃を掻き消される形となったシモニワ一行に対してミズガルドオルムは、呆れと落胆の色が隠し切れない声色にて、溜め息と共に彼らへと向けて告げて行く。
『…………まったく、よもやこの程度とは思わなんだぞ?
まさか、碌に魔力すら流しておらなんだ儂の鱗すらまともに貫け無いだけでなく、儂が抑えに抑えておった魔力をほんの少し解放しただけでこの有り様とは、情けないにも程が在ろうよ?
『勇者』の忌み名を継いでおるだけでなく、今度こそ陛下のお命を狙ってくれておる、と聞いたが故に如何程かと思っておればこの体たらくとは、有り得ぬであろう?よもや、貴様偽物の類いでは在るまいな?』
発せられた言葉には、先程までとは打って変わって魔力が込められているらしく、その一言一言から伝わってくる魔力圧によってシモニワ達は、意識が遠退いたり覚醒したりを繰り返す事となっているだけでなく、まるで体重が数倍にも膨れ上がっている様にすら感じられる状態となってしまっていた。
それだけ、圧倒的なまでの『圧』がミズガルドオルムの身体や声から発せられている、と言う事なのだが、そうなってしまっている彼らに対してミズガルドオルムは、心底つまらないモノを見た、とでも言いたげな雰囲気を醸し出して行く。
『…………のぅ、ズィーマよ?
こやつら、本当に『勇者』なる者とその仲間、で良いのか?本当に?本当の本当に??』
「…………翁よ。貴殿の言いたい事は理解できるが、残念ながら『今代の『勇者』とは誰か?』と問われるのならば、某は『こやつらこそがそうだ』と答えざるを得ない。
拍子抜けだ、と言いたいのならば、宜なるかな、と言うモノだ。何せ、事前に報せた通りに、某を撃破して見せたのは、別の者なのだから」
『彼の『特異点』、であったか。
聞く限りによれば、なんでも相当な強者であるらしいが、ほんとうかのぅ?』
「少なくとも、正面でありかつ本気でも全力でも無かったとは言え、欠片も本気を出す事無く某をあしらって見せる事が出来るだけの実力は、持ち合わせているのは確かである、とは言えるだろう」
『…………ふむ、何度聞いても、信じ難いのぉ……。
そもそも諜報が主体である故に正面からの戦闘で一手劣る、とお主は嘯きおるが、それでも得手である『暗殺』に出ぬでも、真っ正面からお主を破れる者がどれ程居ろうか、と言うモノよ。
同胞たる魔族であろうと、そう易々とは叶えられぬ事を容易く成して見せた、と言う事は、それだけ彼の『特異点』の能力の高さを物語っている、と言えるのではあるまいか?ん??』
「…………否定は、せんよ。否定は、な。
だが、ソレを見極めるが為に、今彼には『あのお方』が付いておられる、と言う事を忘れてはおられぬか?」
『まぁ、それもそうであろうな。
…………しかし、彼の『特異点』名は確か……シェイド、とか言ったかのぅ?』
「然り」
「「「「………………っ!?」」」」
『お主の報告を話し半分に聞くにしても、定期的にもたらされておるあのお方からの報告を冗談の類いだと思うにしても、やはり其奴は『英雄』や『豪傑』の類いであるのは、間違いが無さそうだからのぅ。
此度の戦にも、其奴こそが『勇者』として立っておれば、嘸や歯応えの在る血沸き肉踊る様な死闘を繰り広げる事が出来たやも知れぬと言うのに、残念な事よ……』
「…………翁に取っては『残念』で済むやも知れぬが、某を始めとした『その他の者』に関しては彼が出てこられるとそれだけでは済まぬ可能性が高い故。
そうならない為にも、あのお方が側について説得と誘導とを試みられている、と言う事を忘れてはおられぬか?」
『ちゃんと覚えておるわい!
じゃが、そう言った事と希望や願望とは、また別のものだとも言うでは無いか!
儂は、どうせ叩き潰すのであれば、ソコの腰抜けの雑魚では無く、真の荒男と死合いたかった、と言っておるだけであろうに!』
「…………けるな……」
「……?」
『…………む?』
「…………ふざ、けるな……っ!!」
二人の会話を耳にしていたシモニワが、突如として激発しながら声を挙げる。
それまでの、自身を貶める様な発言(至極真っ当な事しか言われていなかったが)とは裏腹に、ここには居ないながらも自身が卑怯な手段によって下される事となった相手(シモニワの中ではそうなっている)であるシェイドが認められ、持て囃されている事態に我慢が出来なかったらしく、その表情を激怒によって真っ赤に染め上げながら咆哮する。
評価されるべきは、自分だけだ。
ヤツが評価されるのは、間違っている。
そんな正しくない事は、正さなくてはならない。
そんな、身勝手、を通り越した、最早なんと表現すれば妥当なのかの判断に困る程の感情を原動力として、変わらず降り注ぎ続けていた『圧』を受けながらも、その場で歯を食い縛りながらもシモニワは再び立ち上がって見せる。
『…………ほぅ?』
「…………ふむ」
それには、ズィーマもミズガルドオルムも予想外であったらしく、僅かとは言え目を見開いて視線を送って行くが、特に妨害や攻撃を加える様なことはせず、これから何をしてくれるのか?と言った、どちらかと言うと『興味』や『好奇心』と言ったモノを強めながら、彼の動向を見守って行く事にしていた。
とは言え、そんな事情はシモニワに取ってはどうでも良いのか、それとも自身に取っては都合の良い展開は『そうなるのが当然』として考えているのは不明だが、こちらも特に注意を払う素振りも、警戒や防御策を講じる事もせず、腹の底から声を絞り出しながら力を高めて行く。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!!」
…………どの様な効果が在る行為なのか、それは分からない。
少なくとも、魔族であるズィーマやミズガルドオルムには理解できていない行動であるし、同じ人間であるレティアシェル王女達にも理解できる行動では無かったらしく、皆一様に『ポカン』とした表情を浮かべる羽目になっていた。
…………しかし、その行為が在ったお陰か、彼がそれまで絶やす事無く発動させ続けていた『限界突破』によって纏っていた光の粒子が、その声に釣られる様にして徐々に強く、多くなって行く事が見て取れた。
そして、その光が一定の処まで強くなったのと同時に、周囲を白く染め上げる程の一際強い光量にて光輝くと、その中心から神々しい煌めきを宿した武具にて全身を固めたシモニワが、自信を滲ませた表情にて歩み出て来る事となった。
それまでは、盾は持たずに刀のみを携帯し、鎧も動きやすさを優先してか胴鎧に幾つかのパーツを追加した、と言った様な見た目をしていた。
だが、光の中から歩み出て来たときには彼の装備は、如何にも『勇者の剣』と言わんばかりの装飾の施された長剣に盾を携え、その上で豪奢な彫刻の施された全身鎧にて身体を覆った状態となっていた。
…………本来、戦闘に赴く、と言うのであれば、余程の拘りかそうしなくても良い事情が在るかのどちらかで無い限り、この程度の重武装をしてくるのが当然の事であり、寧ろ軽装で来ると言う事は『自殺願望アリアリのマシマシです!』と大声で喧伝している様なモノである、とも言える。
なので、こうして如何にも『どうだ!』と言わんばかりのどや顔にて煌めく装備を見せびらかしているつもりにシモニワがなっていたとしても、対象であるミズガルドオルムやズィーマからすれば『極端な軽装だったヤツがどうやったのか知らないけどまともな装備に着替えて出てきた』と言う程度の認識でしか無かったし、そう言う認識であった以上特に驚く様な事にもならず、淡々とした視線を投げ掛けるのみに留まっていた。
当然と言えば当然の事であったのだが、ソレがシモニワにとっては気に食わない展開であったらしく、驚愕を顕にする事も狼狽えて動揺する事も無い二人に対して憎悪にも近しい感情を芽生えさせながら、それでもどうにかして威圧してやろう、と見下した調子にて口を開いて行く。
「……はっ!残念だったな!
俺に、この『魔装召喚』の真の力を使わせてしまった以上、お前達に勝ち目は無いぞ!
これまでは、使い勝手が良いから、と最低限の補正しか得られない刀を使っていてやったが、この『神装』一式を装備した上で『限界突破』の出力を上昇させた今、これまで通りの俺だとは思わないことだ!覚悟しろ!!」
そうしてシモニワが無謀にも啖呵を切って見せた訳だが、当然の様にズィーマとミズガルドオルムは彼の事を阿呆でも見る様な視線を変える事は無く、寧ろ呆れ返っている雰囲気すら醸し出し始めて行く。
…………故に、と言う訳でも無いのだろうが、途端にどや顔から憤怒へと表情を変化させつつ、手にしている神々しい煌めきを宿した長剣の切っ先をミズガルドオルムへと突き付けながら、シモニワが怒鳴り声を挙げ始める。
「お前ら!人の事を馬鹿にするのも、いい加減にしろ!!
それでも、仮にもこの『勇者』である俺と相対する適役のつもりか!?少しは、俺に対して敬意を払ったりだとか出来ないのか!?」
『………………はぁ?
いかん、年のせいかな?些か耳の聞こえが悪くなったみたいじゃのぅ?』
「…………いや、翁の耳がおかしくなった、と言う訳では無いだろう。
なにせ、某にも聞こえてはいるからな。もっとも、聞こえている、と言うだけで、理解できる、と言う訳では無いがな」
「それを、馬鹿にしていると……っ!!」
『…………のぅ、こやつ何を言っておるのかね?
儂、何時こやつらと戦ったのかのぅ?』
「…………いや、某から見ても、翁はまだ戦ってはいないハズ。
なれば、恐らくは勘違いしている、と言う事では?」
「……………………はぁ?」
二人のあまりの物言いに、思わず間の抜けた声を出してしまうシモニワ。
しかし、そんなシモニワの様子だなんて知った事では無い、と言わんばかりにズィーマと言葉を交わしながら、何気無い動作にてミズガルドオルムが右の前足を掲げて見せる。
『そも、戦いだ、と認識しておったのであれば、何故あやつは会話なんぞ行おうとしておるのか?
そんな暇が在るのなら、さっさと斬りかかるなり何なりとすれば良かろうよ?』
「…………恐らくは、某らとは『戦い』の定義が異なるのでは?
某達にとって、『戦い』とは即ち命のやり取りであり、一度始めれば確実にどちらかは命を失うモノであり、同時にソレを制する為には如何なる行為も正当化される、と言う考え方とは異なるのであろうよ」
『うむ、まぁ、ソレが妥当であろうよ。
でなければ、こう言う手段に対して碌に警戒もせず、ああしてぼさっと突っ立っているハズが無いものなぁ』
━━━━━━…………ザシュッ!!
「……………………え?」
何とも気の抜けた言葉と共に、ミズガルドオルムが掲げた前足をチョイッと動かす。
それは、振るう、と言う程の事も無く、端から見る限りでは、本当に何気無く動かしただけ、としか見えない動作となっていた。
…………だが、ソレとタイミングを同じくして、シモニワが纏っていた神々しい煌めきを宿した鎧が砕け散り、その背中に巨大な裂傷が深々と刻み込まれる事となるのであった……。
ネタバラシは次回
あと数回で次章(シェイド視点)へと移行する予定です




