『勇者パーティー』は真の強者と相対する
ズィーマが言葉と共に指差した上空へと、釣られる形で視線を上げたシモニワ達。
その視線の先には、有り得ないハズのモノが、有り得ないハズの大きさにて写り込んでいた。
「…………嘘、でしょう……?
なんで、こんなタイミングで、あんなモノが……!?」
誰が溢した呟きなのかは、最早溢した本人にすら定かでは無い状態となってしまっていた。
だが、その言葉こそ、この場に居合わせていた者の内、既にソレに付いて何かしら知っている様子であったズィーマを除いた全員の内心を代弁し、如実に語っている言葉であった。
この世界に於ける常識が著しく欠落しているシモニワですら、他の仲間達と同様に言葉を失い唖然とするしか無くなってしまう程の衝撃。
ソレをもたらしているのは、誘導された視線の先にて空中を彼らの方へと向けて飛行してくる、一つの巨大な影の存在であった。
…………以前にも述べた通りに、この世界に於いて生物が『飛行する』と言う事は、元々そう言った機能を兼ね備えている鳥や魔物と言った系統の生物以外が行う場合『不可能では無いが非効率的である事が大半である』と言えるのが正直な話である。
だが、それは言葉を返してしまえば『非効率的ながらも条件さえ満たしてしまえば『飛行』自体は不可能な行為では無い』と言う事にもなる。
現に、シェイドの様に、自身の持つ『固有魔術』によって飛行を可能としている人物は存在するし、中には汎用魔術によってどうにか可能にしている者も存在はしている。
故に、この世界に於いて、上空に何かしらの影が在る、人影が見える、と言う事態は、珍しいが有り得ない事では無い、と言う認識となるのだ。
…………では、何故一同は、有り得ない事では無いハズの『上空の影』を目の当たりにしただけで、ここまで呆然とする羽目になってしまっているのだろうか?
その答えは、至極単純にして、明快な迄に明らかな理由から。
…………そう、何故なら彼らが目の当たりにしてしまっている存在は、その姿から正体が察せられてしまっていた、と言う事もそうであったが、何よりその大きさが異様な迄の大きさとなっていたから、だ。
「…………なんで、こんなタイミングでこんな場所に、『竜』が現れるのですか……!?
しかも、あの大きさは、一体……!?あんなモノ、妾ですら見たことも聞いた事も……!?」
思わずレティアシェル王女が溢した呟きの通りに、彼らの頭上に姿を現したモノは『竜』であった。
形状としては、二翼四足の種類であり、前足の付き方と後ろ足の形状から立ち上がる事も出来そうだ、と言う事までは、その高い実力から何度か『竜』を倒した経験の在るレティアシェル王女が想像する事が出来てしまう程度には、割りと普遍的な形状をした『竜』であった。
…………が、そこで問題となっているのが、先に述べた様にその『大きさ』である。
『勇者パーティー』として活動する中で、彼らは力を合わせて十mも半ばを過ぎた様な個体を討伐せしめる事に成功した事も在る。
また、レティアシェル王女は、単独にて十mに達していた個体を撃破した事も在った。
…………だが、彼らが今目の前にしているソレは、そんなモノとは文字通りに『桁が違う』大きさをしていた。
持ち前の翼をはためかせて空を飛んでいる為に確たる事は言えないが、それでも目算にて最低でも数十mクラス。下手をすればその域すらも上回り、百mにまで届いてしまっている様にも見えてしまっていた。
そんな、ほぼ規格外、と言っても良いであろう程の巨体が突如として出現し、その上で先程のズィーマの言葉を信じるのであれば、アレは魔族側の存在である、と言う事にもなる。
その為に、今も自分達の方へと迫りつつあるその存在が、ソコに在る、と言うただソレだけの『存在感』とでも呼ぶべきモノを受けてしまい、唖然として身動きすら取る事が出来なくなってしまっていたのだ。
殺意も敵意も、戦意すらも感じさせる事は無く、然りとてその存在感と無自覚に放っているのであろう魔力圧を周囲へと振り撒きながら、彼らの目の前へと地響きと共に着地して見せる『竜』。
未だに力強く羽ばたいている翼も、朝と昼の間と言える時間帯の陽光を受けて煌めく鱗も、鋭さを予感させる光を反射する爪や牙も、彼らを鋭く高みから見下ろす瞳も。
それらの全てが色合いの濃淡や明暗は在ったとしても、一様に『紫』を宿したモノとなっており、目の前の『竜』は信じ難い事に魔族に列なる存在である、と言う何よりの証拠にして主張を彼らへと向けて放っていたのだ。
…………自分達の常識の範囲外に在る事態を立て続けに披露された様な心持ちになり、目の前の光景が信じられずに呆然となり続けてしまっていたシモニワ達へと対し、それまで鋭い眼光を放っていた『竜』の瞳に呆れの感情の色が宿ると同時に、その顎が開かれ言葉が紡ぎ出されて行く。
『…………やれやれ。
やれ、『勇者』だ『召喚された稀人』だ、と聞いておったから、どの様な荒男かと思っておったら、ただの小僧ではないか。
憎き『勇者』の後継である、と言うから張り切って儂が立ったと言うに、この程度とは……やる気が殺がれる、と言うヤツよのぉ……』
「…………そう、言われ召されるな『ミズガルド翁』。
確かに、某は報告しておいたハズ。此度の『勇者』は大した事は無く、撤退も彼の『特異点』が関わっていたが為のモノであった、と。
であれば、落胆の程も然程大きなモノでは無いだろう?少なくとも、貴殿で在るのならば」
『…………まぁ、否定はせぬよ。否定は。
然れど、然れども『予想』と『期待』は別物、と言うヤツよ。
危険であるが故に、と陛下に押し留められてしまったが為に、儂は最後まで彼の『勇者』と直接的に相見える事は無く、当然死合う事も、陛下と共に相対する事も叶わなんだ。忸怩たる想いを呑み込む形となってのぉ。
じゃが、此度はそうでは無いと聞く。その上、陛下からも止められてはおらぬ。故に、不遜にも陛下を下しておきながら、傲慢にも『封ずる』と言う手段に出おった輩の後継が出てくるとも聞いた。
じゃから儂は、ソレが如何なるモノか、と楽しみにしておったと言うに、儂の姿を目の当たりにした程度で身が縮んで動けなくなるなぞ、とんだ期待外れ、と言うモノであろうよ?』
「…………無茶を召されるな。
貴殿がソコにいるだけで、どれだけの圧が放たれると思われる?
下手な実力しか無ければ、それこそ同胞である魔族であろうと、貴殿の前では身動ぎ一つ出来なくなるのだから、こうなるのは当然の事でありましょう?」
『で、あったとしても、ソレをひっくり返して見せるのが『勇者』と呼ばれる存在であろうよ?
彼の輩は、こちらへと来た当日には、到底倒し切る事の出来ぬであろう強大な魔物を相手にして一歩も引かず、死闘を繰り広げながらソレを見事に制して見せた、とも聞いておる。
なれば、その忌み名を継ぐモノであるのならば、未だに意図的に『圧』を掛けてすらおらぬ儂を前にして、ただただ竦み上がるのみしか出来ぬ、と言うハズが無かろうよ?』
「…………なん、だと、この野郎……!?
俺の事を、誰と比べてるのか知らないが、俺が、俺こそが『勇者』で、お前はソレに倒される悪役でしか無いんだ!
そこまで偉そうな事を抜かしてくれる、何処ぞの誰とも知れないお前とは違うんだよ!!」
言いたい事を、言いたいだけ言ってくれている目の前の存在に、思わず視界が真っ赤に染まり、気付けば無意識的に縛り付けられている心持ちであった身体を動かし、そう吠え付いていたシモニワ。
咄嗟に動くことは出来ず、相手方に『そのつもり』が無かったが為にまだ生きていられている、と言う状況である上に、故意的に圧力の類いを掛けようとしている訳では無い為に辛うじて、と言える状態ではあるが、そうであっても言葉を返す事が出来た事に、驚きから僅かとは言え目を見開いて行くミズガルド翁と呼ばれた『竜』。
その反応を見たズィーマは、シモニワに対して分を弁えない弱者に対して向ける蔑みと同時に、どうしようも無い運命によって弄ばれる事を決まってしまった者に対して向ける憐れみの込められた視線を同時に向けて行くのだが、ソレにシモニワも『竜』も気付く事無く、互いに言葉を投げ付けて行く。
『…………かっ、かっ、かっ……よもや、儂の圧を受けて震え上がっておった小物が、そこまで吠えてくれるとは思わなんだものよ。
その程度でしか無いと言うに、そこまで大きく出ておいて、最早何事も無く見逃して貰える、等と都合の良い事を夢想しておる訳では在るまいな?』
「と、当然だ!
ここで、『勇者』である俺がお前を倒し、この戦いに勝利して見せる!
そうすれば!この戦争の流れも俺達が握る事が出来る!そうなれば、魔王を倒す事だって不可能じゃ無いハズだ!なら、俺が、『勇者』である俺が、この手で倒してやる!仲間達と共に!!」
『ならば、口だけでは無い処を見せてみよ!
この儂、魔王軍殲滅方頭にして、陛下より側近の位を賜っておる『殲滅龍ミズガルドオルム』を超えて見せよ!!』
「高々『竜』ごときが、大層な名乗りをするな!癪に障る!
皆、行くぞ!この生意気なトカゲを、皆で打ち倒すんだ!!」
それらの言葉が切欠となり、ミズガルドオルムと名乗った『竜』は翼を開いて威圧感を強めながら戦闘態勢へと移行し、レティアシェル王女達も(不本意ながらも)シモニワの言葉によって一気に呪縛から解放され、それぞれで構えを取ったり得物を構えたりして見せ始める。
そして、シモニワ達の準備が整ったと見るや否や、まるで地の底から轟いて来る様な咆哮が周囲へと響き渡り、ソレを開戦の合図とするかの様に彼我の距離を詰めるべく、シモニワ達は駆け出して行くのであった……。
降ってきたのはドラゴンでした
はたして、どうなるかなぁ?(ニチャリ)




