偽善者は仲間(?)と共に魔族の幹部と戦うが……
自身の持つ属性でもある水の魔術によって産み出した槍を、ズィーマに対して連射して行くナタリア。
槍、と言っても、その長さや太さ、と言った大きさに関するモノは軒並み人間のソレを超えるモノとなっており、最早『槍』では無く『柱』が飛んできている、と言った方がズィーマの主観的には正しい状態だと言えるだろう。
複数の魔法陣を連続して展開し、一度射出したモノから順に解除しては展開する、と言った回転率を重視した高等技術をさらっと使いこなし、さながら『弾幕』と呼ぶのに相応しい密度にて巨大な槍を放ちながらも、ソレを成しているナタリアの表情は浮かないモノとなっていた。
それもそのハズ。
何せ、端から見ている限りでは彼女が一方的に攻撃して圧倒している様にも見えるかも知れないが、実際の処としては一撃たりともズィーマには直撃しておらず、その尽くを足捌きや先読みによって回避されてしまっているのだから。
…………防御されてしまっているのならば、別に良い。
体勢を崩すなり、逆に動けなくする等してお膳立てさえして、防御させる事無く直撃させてやれば良いだけの事だから。寧ろ、そうする事が有効な手立てなのだ、と言う情報を知る事が出来る為に、やり易くすらなる可能性は低くない。
また、払われてしまったりするのも、別に良い。
ソレが出来るだけの技量がある、と言う事が判明する、と言う点も優位に立てる要素ではあるが、やはり払って直撃を避けなくてはならないと言う事が判明する為に、ならば動けなくするなり何なりとしてやれば、後は耐久力の低い本体を剥き出しにする事も、やりようによっては不可能な事では無いのだから。
…………だが、回避されてしまう、となると話は変わってくる。
何せ、『避ける』と言う能動的でありながらも受動的な要素も含んだその行動を取ると言う事は、取れると言う事は様々な不確定要素を含んでしまっている為に、相手が『避けるしかない』から避けているのか、『避けた方が良さそう』だから避けているのか、それとも『気紛れに避けている』のかが判明しない。
なので、確定的な情報として、ソレが出来るだけの身体能力と反射神経、動体視力を保持している、と言う『如何に相手が強いのか』と言った情報だけが蓄積し、『こうすれば相手を倒せる』と言った類いの情報が募る事は無いのだから、ナタリアの様に苦い顔をしたくなったとしても仕方がない、と言えるだろう。
更に言えば、自身の『味方』であり、目の前の強敵に対して対抗しうる戦力として数えられそうなのが、現状を正しく理解出来ていないらしく、さも自分達が優位に立っている、と言わんばかりにズィーマへと向けて罵声を向けているシモニワしかいない、と言う事も彼女の表情を曇らせる原因の一部となっている事は、否定しても否定しきれるモノでは無いだろう。
「ははっ!良いぞ!流石はリアだ!
このまま、そいつを押しきってしまえ!そうすれば、勇者が敵幹部を倒した、って事で名声も上がる!それに、兵士達の士気も上がるハズだ!
そうすれば、この戦い勝てるぞ!!」
「…………何度も言っていますが、私は貴方にそう呼ぶことを許した覚えは無いですよ。それと、勝手な事も、あまり迂闊な事も口にしない様に。
仮にこのまま勝てたとしても、この状況では誰も『勇者』が勝った、とは思わないでしょうし、敵方の特化戦力である幹部級も、彼だけとは限らないのですよ?私達が確認出来ていないだけで、もう居ない、とは限らないのですから」
「だけど、こうしてあいつに手も足も出させる事無く、一方的に攻撃できているのも間違いは無いじゃないか!あいつだって、反撃も出来ずに無様に逃げ惑う事しか出来ていないんだから、やはり自分でも言っていた通りに、暗殺以外は不得手だった、ってことだろう?
なら、このまま追い詰めて、一撃入れてやれば良い!そうすれば、それでお終いさ!」
「…………では、その『一撃を入れる』為の手助けとして、何時までも私の後ろに隠れていないで前に出て戦っては貰えませんか?
既に、先の一撃で受けたダメージは抜けている、だなんて事は分かっているのですけど?」
「…………ぐっ……!?
……で、でも、俺はこの後も、まだ居るかも知れない魔族の幹部との戦いも控えている事だし?ここはリアに任せたい、と言うか……。
そ、それに、夫婦として人生を共にする以上、片方にだけ負担を強いる事は、おかしいとリアも思うだろう?だから、ここはリアがやるべきなんだ。分かってくれるよね?」
「残念ながら、欠片も理解できかねますね。
何度も言っていますが、私はシモニワ様に対して愛称で呼ぶ事を許してはいません。ソレは、私と親しい極一部の方々と、私の伴侶となる方のみに許される呼び方です。決して、貴方ではありません。
更に言えば、私の人生設計に於いて、私の伴侶となる方は既に決まっています。勿論、貴方では無い、貴方以上に頼り甲斐が在って実力も在る殿方ですので、勘違いなさらない様に」
「えっ!?で、でも王様は、俺達の結婚を認めるって!?」
「それは、魔王を討ち果たした場合、と明言されていたハズですが?
それに、陛下も仰られていたハズですよ?『心を通い合わせ、想いを通じ合わせた仲間同士』と。
私、少なくとも、人の事を盾にして、その影に隠れて前に出ようともしない方を『仲間』とは認める事は在りませんし、想いを寄せる、だなんて以ての他です。
それは、他の方々も同じだと思いますよ?」
「…………そ、そんなハズ、そんなハズが……!?」
「…………まぁ、その辺りに関して私達も明言していなかった事は申し訳無いと思いますが、ソレは置いておくとして、そろそろまともに戦う準備を。
待っていた援軍が、到着した様子ですので」
彼女の言葉によって動揺を顕にしていたシモニワを尻目に、掃射されていた槍を掻い潜って距離を詰めようとしていたズィーマが瞬発し、その場から急いで飛び退いて退避する。
すると、その次の瞬間には、それまで彼が居た場所に凄まじい迄の熱量を内包している紅蓮の炎が突き刺さり、火柱が地面と空とを焦がし始める。
それだけでなく、滑る様な動きにて紅蓮の炎を回避したズィーマへと目掛けて、今度は上空から光の柱が幾本も彼の動きに連動する様にして次々に地面へと突き立って行く。
恐るべき身体能力と技能により、間一髪にてそれらによる襲撃を予見し、その尽くを回避して見せたズィーマは、ソレ以上追撃を受けないであろう場所まで下がると、全身に魔力を漲らせて警戒の態勢を取り始めた。
それに呼応する形で、と言う訳では無いが、光と炎の柱が姿を消すと同時に、片や空から光の翼を生やした人物が舞い降り、片や黒く焦げた柱の後から赤い炎を纏った人影が立ち上がる。
そう、その二つの人影こそ、既に『固有魔術』を発動した状態にて駆け付けた、レティアシェル王女とイザベラの『勇者パーティー』の仲間二人の姿であったのだ。
この、相手側によって意図的に作り上げられてしまっていた膠着状態をどうにかしたい、と願っていたナタリアにとって、来る事が決まっていながらも現在最も待ち望んでいた存在達の到来に、術式の展開を切らす事の無いままに思わず安堵の吐息を漏らしてしまう。
が、未だに目の前の驚異は去ってはいないのだ、と言う事を瞬く間に思い出すと、直ぐ様視線を前へと戻し、加勢しに来たレティアシェル王女とイザベラだけでなく、二人に少しばかり遅れて駆け付けたカテジナに対しても言葉を放って行く。
「殿下も、ベラちゃんも来てくれたありがとう。助かったわ」
「お礼なら結構よ!
リア姉さんが無事なら、ソレで良いんだから!」
「その通りですよ。
元々こうして多人数で相手にする予定であったのですから、一々謝罪も謝礼も結構。
それに、仲間を助けるのに、理由は要らないでしょう?」
「…………ふふっ、二人とも、ありがとう。
でも、油断しないでね?相手は、あの幹部級のズィーマ。かつて私達が手も足も出ずに負けた相手なのだから、決して侮って良い相手では無いのだから」
「そちらも、当然でしょう?
幾ら当時は消耗した状態であったとは言え、軽々しく蹴散らされた相手を侮る事なんて、少なくとも妾には出来ませんよ。
…………もっとも、普通はそう、でしょうけど、ね?」
「ワタシだって、こんな日が来る事を見越して、今日に至るまでずっと鍛えてきたんだから!
ソレを発揮できる場面が早々に、向こうからやって来てくれたんだから、油断なんてするハズが無いでしょう!!」
「そう、なら、最後までちゃんと油断しないで、しっかりね?
…………それと、ジナちゃんは悪いのだけど、将軍を連れて下がって貰っても良いかしら?彼の狙いは将軍らしいから、戦いのどさくさに紛れて、なんて事は流石に避けたいの。
だから、お願い。ね?」
「…………は、はいっ!
分かりました!」
そう返事をしながら、体格差によって引き摺る形になっていながらも、確実に戦場になるであろう場所からシュワルツ将軍を引き離して行くカテジナ。
一番未熟であり、かつ自身の想い人の肉親である(少なくとも血縁ではある)カテジナを、下手をしなくても命を落とす可能性の在る戦場から遠ざける様な指示をナタリアが出して行くが、約一名が不満そうにしている事を除けば誰もソレに異を唱えるような事は無く、ただただその背中を見送って行く事となる。
そして、守るべき対象であるカテジナが十二分に離れた事を確認し、それぞれが魔力を高めたり手にしている得物を構え直して、いざ決戦!と言う気運の高まったその時であった。
…………何故か、唐突にズィーマが、それまで手にしていた得物を腰へと戻し、自然体に近い姿勢にて取っていた構えを解いてしまったのだ。
それには、シモニワ達も戸惑いの声を挙げる事となってしまい、半ば反射的に
「な、何故だ!?
何故、構えを解いた!?何のつもりだ!?」
と問う言葉がシモニワの口から飛び出す事となる。
元より、答えを期待しての問い掛け、と言う訳では無かったが、それにより問われた当の本人は、何て事は無い、と言わんばかりの様子にて
「…………なに、何のつもり、と言う訳では無い。
ただ単に、某の出番は終わり、『本命』が到着した、と言うだけの話よ」
と答えると、自然な動作にて上を指差して見せる。
ソレに釣られる形にて視線を上げた一同は、その先に予想外なモノを目の当たりにする事となり、愕然とする羽目になってしまうのであった……。
果たして、彼らが目の当たりにしたモノとは一体……?




