偽善者は『勇者』として魔族の幹部と相対する
二人が視線を向けたその先には、旅人の様にローブともマントとも取れないモノを身に纏った人影が佇んでいた。
一見、戦場には似付かない格好であり、偶々通り掛かった旅行者でも紛れ込んだのだろうか?と思わせる程の自然さであったが、ソレが逆にこの場に於いては不審さを醸し出す事となっている。
おまけに、と言う事でも無いが、その両手に握られている遠目に見ても鋭い刃を宿しているであろう変わった形をした二振りの短剣や、額から生えている二本の角や、肌に宿した紫色と言った特徴が不審さを倍増させると同時に、目の前の魔族が『誰』なのかを如実に語る証拠となっていた。
「…………お前は、ズィーマッ!?
何故、ここに居る!?」
かつて相対した際に、一方的に手も足も出せずに敗北した恐怖と苦痛を思い出し、手足を震わせながらもシモニワ。
自身で名乗っていた通りに、一つの部署を管轄する幹部であったのならば、何で後方ではなくこんな前線と呼べる様な場所に居る?と言う彼からの問い掛けに、両手の得物を振るって血切りをしながら、逆に問い掛ける様に首を傾げて見せる。
「…………何故?
それこそ、某の問うべきモノであるハズだが?
そなた、勇者なのであろう?なれば、何故この様な場で、一般兵相手に戦っている?
本来なら、もっと前線に近い場にて戦うべきであろう?某らの方も、そう思って部隊長の類いを前線へと集中させておいたのだが、不要であった様子であるな……」
「質問に答えろ!
何故、お前がここに居て、彼が重傷を負っている!?」
「…………それこそ、答えねば分からぬか?
諜報、暗殺を得手とする者が本陣の近くにおり、その上で指揮を取っていた者が血にまみれて地に伏している。
なれば、説明の必要は無いと思われるが、如何に?」
「………き、貴様ーっ!!」
至極平静な様子にてそう返すズィーマの態度に、激昂して声を挙げながら突っ込んで行くシモニワ。
その頭には既に『以前にも戦って敗れている』と言う事は残ってはいないらしく、特に躊躇いを見せる事も無く振り上げた刃を彼へと目掛けて振り下ろして行く。
一方、そんなシモニワに対して呆れを隠そうともしていない視線を投げ掛けつつ、手にしている得物を交差させながら受け止めて見せるズィーマは、内心で首を傾げていた。
そも、問われた事に対して正直に答えただけなのにも関わらず、何故か激昂しながら襲われた、と言うのがズィーマの認識だ。
今回の彼の仕事は、アルカンシェル王国側の司令部を襲撃し、そこで指揮官を務めている者を暗殺する事、この一点に尽きる。
なので、普段の通りに姿を隠して陣営へと忍び込み、道中のついでに何人か暗殺しつつ護衛を片付けてから本命であったシュワルツ将軍へと襲い掛かろうとした時に感付かれ、そのまま交戦に入る、と言う暗殺者としては恥ずかしい限りな事態になってしまった。
当然、仕事を果たすべく交戦に入り、結果的に苦戦と言う程の苦戦をする事も無く降す事になりはしたものの、先程の様に地面を転げ回る、と言うプライドをかなぐり捨ててまで『生き残る』事に特化した行動を取られてしまったが為に逃げられる事になり、追い掛けて来たらこうしてシモニワと戦う流れとなってしまっている、と言う訳なのだ。
…………ぶっちゃけた話をしてしまえば、彼が交差させた得物のみにて刃を留めさせられてしまっている『勇者』が出てくる事は折り込み済みであったし、ソレを打倒する役割を自ら買って出た者が他に居る為に、こうして戦う事は彼の職務には含まれてはいない。
寧ろ、ここで下手に倒してしまったり、今後の戦闘力を前後させる様な負傷を負わせる様なことをしてしまっては、対『勇者』の役割へと立候補した者から不要な怨みを受ける事となってしまう可能性が在る。
…………そうなってしまうのはズィーマとしても不本意であるし、何より面倒に過ぎる。
そう判断したズィーマは、手加減してわざと鍔迫り合いに持ち込んでいた現状を、魔力を漲らせる事で強化した身体能力によって無理矢理崩壊させると、それまで挟み込む形でシモニワの得物を受け止めていた両の短剣の刃を立てると、滑らせる様に振るってシモニワの得物を半ばから断ち斬ってしまう。
幾ら激昂した頭でも、得物が有っても勝てない相手に得物が無ければどうなるのか、程度は理解できるだろう、と期待しての行動であり、断ち斬られた得物を呆然と眺めるシモニワの腹部を蹴り抜いて吹き飛ばして距離を開け、追撃する事もせずに踵を返してその場を後にしようとする。
が、何故か自身へと斬りかかって来る気配が感じられた為に、咄嗟に振り返って手にしたままであった得物を割り込ませる事で受け止める。
しかし、そうして受け止めた攻撃が予想外に重い攻撃であったらしく、驚愕にて目を見開きながらも、ソレが出来るだけの新手の気配は無かったハズなのだが?と至近距離に至っている攻撃してきた相手へと視線を向けて行く。
すると、そこに在ったのはズィーマの『新たな手練れが登場した』と言う予想を裏切る、つい先程も目にした顔であった。
「…………どう言う訳だ?
確かに、先程得物を破壊したハズだが……?」
再び首を傾げつつ、そんな呟きを溢すズィーマであったが、内心では若干ながらも動揺していた。
先程、容易には戦線に復帰出来ないだけのダメージを与えられる威力で蹴りを叩き込んでやったハズなのに平然と動いている、と言う事もそうなのだが、一番の原因は鍔迫り合いが発生している、と言う現状だろう。
…………何せ、彼は先程行った魔力による身体能力強化をまだ解除していないのにも関わらず、一方的に押し切る事も、振り払う事も出来ずに拮抗状態を維持されてしまっているのだから、動揺の一つもしておかしい事では無いだろう。
それに加え、先程確かに半ばから断ち斬って破壊したハズのシモニワの得物が、何故か完全な状態にてその手に握られており、鋭さを下地とした冷たい殺意を敏感に伝えて来ていた。
本来ならば、起き得ないであろうハズの事態が、自身の目の前にて起きてしまっている。
その事から、ズィーマは自身へと迫りつつあった刃を流しつつ、事態の真相を推理して行く。
「…………見た処、以前とそこまで技量に違いが在る様には見えぬ以上、魔力を除けば違いはやはり『スキル』とやら、か?
身体能力を強化するモノと、武器を造り出すモノ、と言った処であろうな。
それ以外には……まぁ、見てみぬ限りは、判断も出来ぬ、か……」
「そうだ!これが、俺がお前達を、穢らわしい魔族を倒して、この世界を救う為に与えられた力だ!!」
それまで以上の勢いでそう吠えながら、身体に纏った燐光を溢しつつ再びズィーマへと肉薄して行くシモニワ。
一度は力を受け流され、その勢いのままに突き抜ける事で追撃を受ける事は防げたものの、その代わりに空いてしまった彼我の距離を詰める為の行動であったが、相手が常人であればソレだけで反応する事も出来ずに両断されて終わっていたであろう程の、強烈な一撃。
しかし、その一撃を向けられていた当のズィーマは、ソレを受け流す事も回避する事もせず、真っ正面から受け止めきって見せる。
当たったのであれば、確実に仕留める事が出来る。
そう確信していたらしいシモニワは驚愕によって目を見開く事となるが、同時にこれまでのズィーマとの戦闘にて『この後』のパターンの予測が出来ていたらしく、その場から後退してズィーマの攻撃圏内から退避しようと試みる。
が、シモニワが思っていたよりも彼の足癖は悪く、同時にリーチも長かったらしく、先程の焼き増しであるかの様に再び彼の腹部へと突き刺さり、そのままその場から彼を弾き飛ばす事となる。
と、ソレで終わっていれば本当に先程と同じ様な事になっていたのかも知れないが、ズィーマが複数の魔法陣を展開した事で事の流れが変わり始める。
どうやら、先のやり取りにて『この程度までならやっても死んでしまって担当の者に恨まれる事も無さそうだから大丈夫だろう』と言う判断を下される事となってしまったらしく、容赦無く魔族の扱う闇属性の魔法の制射を追撃として受ける事となってしまうシモニワ。
しかし、それらが直撃する寸前にその間に割り込み、魔術によって編み出した水の結界によってそれらの魔法を受け止めて見せるナタリア。
そんな彼女の動きがズィーマにとっては予想外であったらしく、魔法を放ちながら片眉を器用に潜めて見せる。
とは言え、それは割って入ったナタリアにとっても同様の心境であった。
何せ、彼女自身としては、自分の背後で『やっぱり心の底から通じ合っているのはリアだったんだな!君も、俺の事を愛してくれているのだろう?なぁ!?』と理解不能な事を垂れ流してくれているシモニワの事を庇いたくは無かったし、寧ろそのまま死んでくれていた方が良かった、とまで思っていた。
それもそのハズ。
何せ、この阿呆さえ居なければ、自身も妹の様に思っている幼馴染みも、今も想い焦がれる想い人と離れ離れになる事も、関係が険悪なモノになる事も無かった上に、日夜顔を合わせれば見当違いな口説き文句を、さも手応えを感じている、と言わんばかりの様子にて垂れ流しにしてくれるのだから、殺意を抱くな、と言う方がどうかしているだろう。
今だって、事のどさくさに紛れて死んでしまってくれた方が良い、とは個人的に思ってはいたものの、それでもやはり国がコストを支払って故意的に召喚した戦力としての『稀人』である以上は無駄にする事は憚られる。
それに、このズィーマと言う自身では確実に敗北する事になる存在を前にして、勝てる可能性が無くはない戦力をむざむざ潰して敗北し、最終的に命を落とす事になってしまっては元も子もない為に、こうして嫌々ながらも助ける様な事をしている、と言う訳なのだ。
なので、嫌々ながらもシモニワを庇う形になってしまったナタリアは、生き残って自身の想い人と共に残りの人生を歩む為にも、自らの額に跳ねた泥を戦装束の袖で乱暴に拭うと、防御結界だけでは無く攻性の魔術を展開しつつ、自身の背後で未だに何かしらのセリフを続けていたシモニワを焚き付けてズィーマへと向かわせて行くのであった……。




