『勇者』として振る舞う偽善者の前へと、魔族の幹部は姿を現す
「うぉぉぉおおおおっ!!!」
気合いを咆哮として吐き出しながら、シモニワが手にした刀を振り抜く。
すると、ソレに伴って光で作られた刃が飛び出し、彼の目前に居た複数の魔族を切り裂いて行く。
中には、咄嗟にとは言え魔力を高まらせ、自身の身体に纏う事で鎧の様に扱う技術を行使していた者もいたのだが、何かしらの『スキル』でも使用していたのか光輝く刃を受け止めきる事が出来ず、他の者も等しく深傷を負って流血し、地面を紅く汚すと同時に他の者に引っ張られて強制的に戦線を離脱させられる事となる。
ソレに対して追撃を放ち、仕留めてしまおうと企むシモニワであったが、その動きを妨げる様にして他の魔族が割って入り、わざと斬り結ぶ事で負傷者達が下がる時間を稼がれてしまう。
「…………ちっ!
さっきから、チマチマチマチマと鬱陶しい!どうせ掛かってくるのなら、死ぬまでやって復活なんかして来るな!魔族の分際で!!」
苛立ちを滲ませた口調にて吐き捨てるシモニワに対し、まるで『大した事は無いな』と言わんばかりに斬り結びながらも鼻で嗤って見せる魔族。
即座に激昂し、力ずくで捩じ伏せてやりたい気持ちで一杯になるシモニワであったが、彼の魔術による身体能力強化ではこうして鍔迫り合いを続けるのが限界であった為に、視線に苛立ちと殺意とを込めて睨み付けてやるのが精一杯であった。
が、丁度その時、横合いから彼と斬り結んでいた魔族へと目掛けて魔術が飛来し、魔族の方から鍔迫り合いを放棄する形にて退避しようとする動きが見られた。
その為に、瞬時に自身の身体能力強化の術式に対して追加で魔力を注ぎ込み、一時的にとは言え倍率を高める事で相対していた魔族を無理矢理押し込み、飛来した魔術を直撃させて体勢を崩すと同時に怯ませると、その隙を突いて斬り伏せることに成功する。
そのまま、流れで止めを刺してしまおうか、と刃を振り上げるも、ソレまでと同様に他の魔族が割って入り、負傷した魔族を他の魔族が回収し、後方へと下げて行ってしまった。
「…………ちっ!さっきから延々と、鬱陶しいにも程がある!
倒しても邪魔をされて止めを刺せないだけじゃなく、放っておいたら回復して戦線に戻ってくる、だなんてただの鼬ごっこじゃないか!
誰か、奴等の後方に魔術でも撃ち込んでやれ!これは、命令だぞ!!」
「…………流石に、無茶を言うのは止めて貰えませんか?
こんな乱戦で、的確に広範囲を攻撃しろ、だなんて神業を、気軽に言って良いのは自分で出来る人だけですよ?それこそ、シェイド君みたいな、ね?」
「…………ぐっ!?
だ、だけど、そうでもしないとこの状況は引っくり返せないぞ!?
倒しても倒しても、暫くしたら何気無い顔して復帰してくれるだなんて、悪夢以外の何物でも無いじゃないか!」
「ソレは否定しませんが、そうならない様に確実に止めを刺すか、もしくは回収させないようにすれば良いでしょう?
それに、こうして私達が前線に出てしまっている以上、指揮官は将軍様です。であれば、そう言った事柄について手立てを考え、判断を下して指示を出すのは彼の仕事。勝手に飛び出して暴れまわっている、私達が口を出して良いことでは無いのですよ」
「だけど!そうかもしれないけど、だとしても何の指示も無いのはおかしいじゃないか!
それに、未だに何の手立てを講じる様子も無いし、こんな無限湧きに近い状況じゃどうにもならなくなる!なら、行動を起こすのは早い方が良い!絶対に!!」
「…………まぁ、シモニワ様のその言葉に一理が無い、とは言いませんが、確かにおかしいですね。
シュワルツ将軍は歴戦の将軍様であると聞いていますから、既に何かしらの手立てを講じられていてもおかしくは無いハズなのですが……」
横合いから魔術を浴びせかけ、手助けする形で参戦して来たナタリアは、周囲の者へと無茶振りをしようとするシモニワを嗜める。
その、戦場に似つかわしく無い程に落ち着いた様子により、空気に当てられる形で激昂していたシモニワも俄に落ち着きを取り戻して行くが、その胸中に渦巻く鬱憤は如何ともし難かったらしく、年下の女性であるハズのナタリアに対して遠慮も呵責も欠片も無しに、一方的に吐き出して行く。
何故か一方的に吐き出される事になってしまったナタリアは、自らの想い人であれはこんな醜態は晒さなかったのだろうな、と言う確信を抱きつつ、何故自分がこんな事をさせられているのだろうか?と言う疑問を表情から隠そうともしていないながらも、取り敢えずは、と言った様子で対応していた。
が、確かにシモニワの言葉には全面的に頷く事は出来ないながらも、それでもその言い分には一定の理が存在している、と認める事となってしまう。
現状の様に、未だ押し切られる事は無いながらも、敵の方が基本性能が高く、その上でアッサリ回復されて高確率にて前線へと復帰される、と言う様な事態は、ハッキリ言って『異常』以外の何物でも無い。
であるのならば、ソレは高所から戦場を見下ろす指揮所からも確認されている事態であろう事は間違いないし、そうなっていたのであればシュワルツ将軍並ば何かしらの手立てを講じようとしているハズだ。少なくとも、彼女が知る限りの『シュワルツ将軍』と言う人物ならば、そうするハズなのだ。
…………しかし、現状特に何かしらの手が打たれた様子は見られない。
現に、先程止めを刺し損ねたと思わしき魔族(遠目に見る限りは同じ個体に見えている)が、またしても得物を手にしてシモニワへと斬りかかり、同様に斬り結んで彼の事を擬似的に拘束する、と言う手段を以て、魔族側に対抗出来る戦力であるシモニワの事を足止めする、と言う事すらしてくれているのだ。
…………ならば、何故そうなっているか?
何故シュワルツ将軍は何もせずに現状を放置しているのか?
何故、この様な乱戦の状態になりながらも、姿が確認されているあの幹部魔族は襲って来ないのか?
もしや、これは相当に深刻で危機的な事態になってしまっているのでは無いだろうか!?
目の前で魔族と斬り結び、どうにか眼前の敵を打倒して自身から心が一時的に離れてしまっている(シモニワ視点)彼女に対して『良い処』を見せようとしているシモニワでは、到底思い付きもしないであろう結論に至ったナタリアは、それまでの貴族家として受けていた教育にて貼り付いていたポーカーフェイスをかなぐり捨てて、危機感に表情を歪めながら指揮所の在る方向へと急いで振り返る。
すると、ソレとタイミングを同じくして、高台であったが為に据えられていた指揮所から、何かしらが飛び出し、転がり落ちて来る。
唐突に飛び出し、転がり落ちて来たモノの勢いは凄まじく、比較的指揮所寄りではあったもののそれなりに距離の在ったハズの、ナタリアとシモニワとが戦っていた場所まで転がり込んで来た。
咄嗟に、何かしらの兵器の類いでは無いのか?と身構えるナタリアであったが、ソレが人一人分程度と言う中途半端な大きさであり、かつ魔力の反応も弱々しくしか感じられなかった為に取っていた構えを解くが、同時に極度の動揺を顕にすると同時に駆け寄って行く。
「…………シュ、シュワルツ将軍!?
一体、どうなさったのですか!?」
「…………ぐ、無念……強襲を、うけ……がはっ!」
…………そう、指揮所から転がり落ちて来たのは、そこで指揮を取っていたハズのシュワルツ将軍であったのだ。
踏み荒らされた戦場を転がっていたが故に泥塗れになっていた将軍の元へと駆け寄り、その様子を観察するナタリア。
元々装備していた重鎧は断ち斬られ、胴体にも何ヵ所にも及ぶ刺し傷、切り傷が見られていたが、やはり一番の重傷と言えるのは彼の利き腕である左腕上部に見られる、大きな裂傷であると言えるだろう。
他の傷と同様に、鋭利な刃物にて切り裂かれた事を予感させるその傷口は、彼の発達した筋肉によって分厚く覆われているハズの上腕部を大きく切り裂き、その下に隠されているハズの骨が外部へと露出する事を強要していた。
そのグロテスクで胸の内が悪くなる様な光景に、一瞬酸っぱいものが込み上げてくる様な心持ちにさせられるナタリアであったが、即座に思考を無理矢理に切り替えると、魔術で作り出した水によってシュワルツ将軍の傷口を洗い、内部へと入り込んでいた泥や砂利を掻き出して行く。
当然、全身に開いた傷口に対してそんな事をされてしまえば、大の大人であろうとも泣き叫ぶだけの苦痛が発生するモノであり、その激痛の前にはシュワルツ将軍程の豪傑であったとしても、身動ぎ一つせずにいる、と言う事は不可能である程であった。
が、咄嗟に自身の身体能力を強化してその動きを抑え込んだナタリアは、今度は腰に着けていたポーチから幾つもの小瓶を取り出すと、栓を抜く手間すらもどかしい、と言わんばかりの様子にてシュワルツ将軍の傷口に向けて振り掛けて行く。
それにより、彼が負っていた負傷が急速に……と言う程の速度では無いにしても、それでも目を見張る程の速度にて修復が開始され、滝の様な出血も同時に収まり土気色をしていた顔色も、次第に血の気を取り戻して行った。
素人判断ではあったものの、どうにか一命を取り止めさせる事に成功し、思わず額に浮かんでいた冷や汗を袖で拭うナタリアへと、不機嫌そうなシモニワの声が降り注ぐ。
「…………リア!
何時まで、そいつに構ってるつもりだ!?
そう言う事は、君がしなくちゃならない事じゃ無いだろう!?」
「ですが、私達にとって将軍は必要な方です!
それに、仲間が目の前で倒れているのですから、その手当てをするのは当然の事じゃ無いですか!」
「だとしても、そうやって俺以外の男に何時までも触れているのは、良くないだろう!?
魔族どもを俺一人で退けておけるのも限界が近いんだから、早く他に任せるなり何なりとしてくれないか!?」
「だとしても、まだ動ける様になんてなってはいないのですから、せめて誰か助けを呼ぶかしないと━━━━」
「…………逃れた獲物を追って来てみれば、随分と久しい顔を見た。
さて、これは某に与えられた仕事では無いが、果たしてどうするべきであろうかな……」
戦場の真っ只中にて言い合う二人の横合いから、そんな言葉が投げ掛けられる。
シモニワにも、ナタリアにも聞き覚えの在るその声に、二人は戦場に居る、と言う事を一瞬忘れ、背筋を冷や汗にて濡らしながら声がした方向へと振り向いて行くのであった……。




