『勇者』に率いられし軍勢は魔族の軍勢と激突するが……
…………最序盤に於いて、先制の戦略術式を受け止める事となってしまったアルカンシェル王国側の陣営であったが、どうにかその術式を防御する事に成功し、被害を出す事無く切り抜ける事に成功する。
ソレだけでなく、直接的な被害、と言う点に於いては、中途半端な威力となってしまってはいたが戦略術式を炸裂させる事に成功していたし、騎兵隊や斬り込み隊と言った部隊の突撃によって魔族側の陣営により大きなモノを与える事には成功していた。
…………ソコだけを見れば、アルカンシェル王国側の軍勢がこの戦争を優位に進める事が出来ている、と言えただろう。
現に、この時には既に、アルカンシェル王国側の損耗はほぼ0に近い状態であったにも関わらず、魔族側の陣営に対しては、百には届かない迄も数十には達するであろう程度の被害が出ていた。
数千や万の単位にて活動が可能な勢力であれば未だしも、彼らは最大でも千に届くかどうか、と言った程度の規模でしか無い集団である。
故に、その程度の損耗、と言っても、彼らにとっては無視しきれない程度には大きな被害である、と言える状態になってしまっているのだ。
そんな、早くも一割近くにも及ぶ被害を受けた軍勢に対して、元々十倍近い人数によって押し潰そうとしていたアルカンシェル王国側が終始圧倒して戦闘を終わらせる事が出来た…………と言う訳では、勿論無い。
と言うよりも、寧ろ現状に於いては、その十倍近い戦力を保持していたハズのアルカンシェル王国側の方が、大きな被害を出してしまい、徐々に押され始めてしまっている、と言えるだろう。
…………それは、何故か?
原因としては、至極簡単にして明快なモノ。
魔族の方が、個人個人での武勇や力量に優れているから、だ。
そもそもの話、魔族と只人族との間には、基本的なスペックに於いて大きな隔たりが存在している。
それは、産まれ持っている基礎的な身体能力に於てもそうだと言えるし、個人の持つ魔力容量についても同様の事が言えるのだ。
その為に、一般的な魔族と只人族とを集めて競わせた場合、とてもでは無いが只人族には勝てる要素が見付かる事は無い。
それくらいに、両者の力量には大きな差が横たわる事になっているのだ。
…………で、あるのならば、努力や突然変異的な増加、血統の操作等によってある程度の増強が出来る魔力や、ソレを魔術として扱うセンスによって幾らでも対抗出来る可能性の残る遠距離戦や、半ば奇襲に近い形で仕掛ける事で混乱を狙っていた斬り込み等を除いた、両陣営の戦力が入り乱れて後方からの火力支援も同士討ちの恐れから行えなくなる乱戦の状態にこそ、彼ら魔族にとっては己の力を存分に発揮できる様になる状態であり、同時に両者の地力の差が如実に発揮される様になる状況であるのだ。
故に、そう言った状態となってしまっては、基本性能に於いて大人と子供程に力の差が在る両者が対峙してしまえば、どうなってしまうのか、だなんて事は『言わずもがな』な事であろう。
その証拠に……と言っては良くないだろうが、本格的に軍勢と軍勢がぶつかり合いをし始めてからは、両陣営での損耗率は、同程度のモノである様に見て取れた事だろう。
「…………ハッハァ!!
弱い、弱いな人間は!!」
「「「「ギャアアアアアァァァッ!?!?」」」」
只人族の数倍近い戦闘力を持つ魔族が、自身に迫っていた兵士達数名を一撃の元に薙ぎ払って行く。
が、ソレはこの戦場の至る処で行われている行為であり、同時に各所で展開されている光景でもある。
「「「「くたばれ化け物ぉぉぉぉおっ!!!」」」」
「…………がはぁっ!?
…………くそっ、たれが……」
…………そして、ソレと同時に、複数名の兵士達の手によって一人の魔族が取り囲まれ、集中攻撃を受けて断末魔の呻き声と共に地面へと沈んで行く、と言う光景も各所にて繰り広げられる事となっていた。
如何に大人と子供程に個体での戦力差が在ったとしても、それを補えるだけの人数にて単体を取り囲み、その上で相手がしたいことを徹底的にやらせない様にしてしまえば、決して手も足も出ない訳では無いし、倒せない、と言う道理も無いのだ。
もっとも、そうは言ってもあくまでも『多数で単独を取り囲む』と言う事が条件であり、当然の様に反撃も受ける為に倒しきれたとしても被害は少なからず出てしまう手法であるのだが、それしか勝ち目が無いのだからそうするしか無い、と言うのが彼らの悲しき現状、と言うモノであったりする。
そんな訳で、一般的な兵士達では単独で魔族に対抗する事は不可能であり、各部隊の部隊長であれば辛うじて魔族側の兵士にも対抗する事は出来なくは無いが、ソレもあくまでも『魔族側の一般的兵士レベル』であれば、の話であり、当然の様に『ソレ以上』の相手であっては軽く蹴散らされる事となってしまう。
なので、戦力としては圧倒的な迄に差が在るハズの両陣営が、損耗率としては同等に近い数字を出しながらも、実質的な被害数としてはアルカンシェル王国側の軍勢が桁外れに多く出てしまっている、と言う訳なのだ。
予想通りとなってしまっている展開に、思わず頭を抱えたくなるシュワルツ将軍。
一応は指揮官となっているハズのシモニワが、仲間達を引き連れて勝手に戦場の真っ只中へと飛び込んでしまったが為に、ほぼ一人(一応護衛は着いている)で指揮所でもある高台に残って戦場を見下ろす事になってしまっていたのだ。
…………正直な話をすれば、こうなることは彼には手に取る様に分かっていたのだ。
魔族を相手にした場合、自分の配下達程度の戦闘力では、まともに相手にする事は難しいだろう、と言う事は。
故に、彼はグレンディレイ王に願っていたのだ。
『動員できる戦力の全てを動かして欲しい』
と。
当然、そこには単機で魔族と抗しうるだけの実力者の存在も含まれており、そう言った存在を上手く運用すればこの程度の数の相手であれば『確実に勝てる』と王に対して進言したのだが、最近の活躍によって魔族とも比肩しうる実力を持っている、と見なされる様になったシモニワが参戦する、と言う事もあり、国防の観点からもソレは退けられてしまう事に繋がり、現状の苦々しい状況となってしまっているのだ。
現在、どうにか兵士達がその数的優位を生かして立ち回り、一対多数で囲む形を保っている為にどうにか拮抗状態が維持出来ているものの、ソレも下級兵士クラスの魔族が尽きるか、もしくは部隊長クラスの魔族が今まで以上に暴れ始めれば呆気なく崩れ去る事となるのは目に見えている。
幸い、自ら飛び込んで行った勇者シモニワやその仲間であるレティアシェル王女を中心としたメンバー達が、率先して兵士達では手が出ない様な個体を狙って撃破し始めてくれているお陰で幾らか目が出始めている様子ではあるものの、やはり状況的には不利である、と言う事は否めないだろう。
「…………いっその事、このまま前衛として突出した部隊や人員が全滅し、同士討ちをさせる羽目になる心配が無くなってくれたのであれば、幾らでも後方から矢弾だろうが魔術だろうが好きなだけ連中の頭の上から降り注がせてやれるんだが、流石に、な……」
未だに自身の部下であり、かつ指揮官であると言う事から護衛として残ってくれている者が居る手前、最小限の声量にて呟きとして誤魔化しつつ、語尾もあやふやなモノを使って冗談めかして口にして居るが、割りとその手はアリなのでは無いか?とすらシュワルツ将軍は自らの胸中にて思案して行く。
この戦線にて確実な勝利を掴もうとするのなら、やはり大規模戦略術式を敵陣に叩き込む事、が必須となるだろう。
幾ら魔族が魔力に優れ、頑強な肉体を持っているとしても、かつて魔王が振るった力の再現を目指して開発され、ソレと同等の規模での破壊を撒き散らす、と言う事が認められて初めて認定される『第九階位』の魔術はその看板に偽りの無い威力を誇る。それを前にしてしまえば、幾ら魔族と言えども無事では済まないハズだ。
この戦線にて戦っている魔族の軍勢が魔王軍の全軍である、とは流石に思ってはいないが、ここで彼らが敗れてしまっては一路アルカンシェル王国の首都であるカートゥを目指して攻め上がる事になるのは間違いない。
流石にそこまで行けばグレンディレイ王も全軍を以て当たる事になるだろうが、その後に続くであろう魔王軍の本隊や、魔王本体との戦いに勝利しきれるとは、シュワルツ将軍にはとても思えはしなかったのだ。
…………で、あるのならば、今多少兵士である部下達へと被害が拡大したとしても、確実に勝利を掴んで戦線を押し上げ、何としてもアルカンシェル王国内部での戦闘を回避する事こそが肝要なのでは無いだろうか?
寧ろ、そうする事こそが推奨される事であり、そうする事でアルカンシェル王国に対して最大の奉公が出来るのであり、ただただ魔族に狩り殺される事になるであろう部下達も、そうなった方が浮かばれる、と言う事なのでは無いだろうか!?
そうだ、きっとそうだ!と追い詰められてしまっていたが為に、半ば狂気に満ちた思考を完結させたシュワルツ将軍が温存させていた魔導師部隊へと指示を出そうとしたその時、不意に彼は周囲に気配が少なすぎる事に思い当たる。
彼としても、こうして指揮官としての役割を負っていなければ、前線へと出てその得物を振るっていたであろう豪傑の一人であるが故に、一応は、と言う事で最低限にて付けられていたのだが、その護衛達がいつの間にか自身の周囲から居なくなってしまっていたのだ。
特に断りを入れる事も無く、誰一人残る事無く、だ。
その事実から、とある結論に至ったシュワルツ将軍は、咄嗟に腰に下げていた得物を抜き放つと、ほぼ勘にて背後へと向けて斜めに斬り上げる。
すると、本来ならば何も無かったハズの空間にて甲高い金属音が発せられると同時に、彼の手に自身の得物が『何か』にて受け止められてしまった、と言う手応えが返って来る事となった。
「…………よもや、感付かれるとは、な。
某の隠形も、鈍ったと言う事かも知れぬ、か……」
咄嗟に振り返ってみれば、そこには短剣を手にした魔族が一人。
その外見と発言、そして自身の目の前にて行われた事柄から察した能力から、報告に在った幹部級の個体である魔族なのだろう、と当たりが付いてしまう将軍。
「…………まさか、ここを襲撃してくれるとは、な。
だが、残念だったが勇者はココには居ないぞ?ソレに、レティアシェル殿下も、だ」
「…………それは、先刻承知済みだ。
あくまでも某は、指揮官の首を取りに来ただけに過ぎぬ。お覚悟を」
「抜かせ!!」
吠えて見せるシュワルツ将軍であったが、目の前の『ズィーマ』と呼称していると聞いている魔族が無造作に放つ魔力圧と、自身の斬激が容易く受け止められてしまった、と言う事実を前にして、戦う前からその背筋を凍えさせる事となってしまうのであった……。
距離を無視できるのなら、指揮官(頭)を狙うのは当然よね
※さ、最近PVがこれまでの比じゃない位の勢いで鰻登りになっていて、内心ガクブルな作者です
い、一体何が起きた……!?(心当たりの在る方は感想欄へ宜しくお願いしますm(_ _)m)




