反逆者は監視者との関係を進める
今回、少々長いです
「ん~っ!
楽しかった~!」
そう言いながら腕を組み、大きく伸びをするサタニシス。
普段とは異なる服装にて、普段の通りの行動を取る彼女の姿に、その姿を眺めていたシェイドは、思わず胸中にて暖かな想いが溢れて来る様に感じられていた。
「いや~、まさか出だしであんな事言っていた割りに、アレだけ色々と教えてくれるとは思って無かったよねぇ~!」
「あぁ、そうだな。
まさか、最初に『対『迷宮』からの氾濫を抑える為に造られた防壁』だ、なんて言っておきながら、後でツアーとして巡る途中で寄った部屋で『もしかしたら只の食料庫だった可能性も在る』とか言い出した時には、あの爺さん遂に呆けたか?と思ったからな」
「ね~!アレは、流石にジョークの類いだとしても、咄嗟には受け入れられなかったよね!
それと、私達のお目当てだった魔道具について!アレも、お姉さん的には納得出来ないと思います!」
「あぁ、アレも、な。
さぞや大掛かりに、かつ重大な理由込みで造られたのだろう、なんて思っていたら、実の処として『何故造られたのかは分からない。多分魔物避けの為に造られたハズだが、何故か出力がソレ以上になっているから威圧感を感じる事がある』だなんて言われても、納得出来るハズが無かろうよ……」
「……あっ!でも、その後のアレは凄かったよね!まさか、あそこまでキレイに周囲が見渡せるだなんて思って無かったもの!」
「確かに、アレは中々の絶景だったと、俺も思うよ。
以前空を飛んだりした事もあったし、アレくらいの高さを飛んでいた事も在ったけど、まさか場所が違えばアレだけの違いが出るとは思って無かったからな……」
夕日が紅く周囲を染め上げる中、言葉を交わしながら道を進む二人。
講習会(と言う名目での見学会)が終わった時には既にこの時刻となっており、彼の勧めで早めの夕食を済ませた現在に至っては、既に遠くは在るが夜の帳が降り始めているらしく、早くも紅い夕暮れの向こう側に黒々とした夜の姿が垣間見える様になっていた。
…………既に時刻が時刻であるが故に、殆どの商店も市場も店仕舞いを始めてしまっている。
飲食店や酒場ならばまだ開けているだろうが、既に夕食を終えている以上は飲食店へと再び向かう、と言う事はまだ腹具合に余裕の在るシェイドはともかくとして、影ながらに気を使っているサタニシスを連れて行く、と言う事は連れ立っての『お出掛け』として、あまり良いモノでは無い。
かと言って、普段からして酒を嗜む事をしている訳でも無い(別段下戸でも弱い訳でも無いが)二人にとって、酒場に寄ってみる、と言う事も咄嗟に出てくる選択肢としてもほぼ有り得ないモノとなっていた。
その為に、内心では残念がりながらもここでお終いかなぁ、との思いを発露させながらサタニシスが口を開く。
「いや~、今日は楽しかったね!
割りと行き当たりばったりだったけど、まさかお姉さんここまで楽しめるとは思って無かったよ!」
「そいつは、何よりだ。
もっとも、自分で言い出したことではあったが、如何せん急な事だったから時間が足りずに下調べが出来ていなかったからな。退屈させずに済んだのなら、良かったよ」
「こ~らっ!
お姉さんは、シェイド君と一緒に居られるのなら、ソコが何処であれ、例え戦場のど真ん中であったとしても、ソレだけで満足なんだからね?
一緒にお出掛けして、一緒に楽しめたんだから、それで良かったって事にしておきましょう?良いわね!?」
「…………はいはい、分かった分かった。分かりました。
取り敢えずは、そう言う事にしておきますよ」
「うむ、よろしい!
…………さて、じゃあどうしようか?
もう時間が時間だから開いてる処も無いだろうし、もう夕御飯済ませちゃったんだからやる事も……(無い訳じゃ無いし、したくない訳じゃ無いけどでも……)だから、そろそろ解散……しちゃう?」
そうやって、表情は笑顔のままながらも、その内心からは寂しさや名残惜しさ、端的に言えば『もっと一緒に居たい』と言った感情が内面から滲み出て来ており、とてもでは無いが
『はいっ!ではここで解散!また明日!』
とは言えない雰囲気と空気を醸し出していた。
…………そんな、彼女の姿を目の当たりにしたからか、それとも今回は最初から『そうしよう』と心に決めていていたのかはシェイド本人にしか分からないが、そんな彼は寂しげに彼の腕を離して別れようとしているサタニシスへと向けて手を伸ばすと、そのまま力強く握り締めて行く。
「…………えっ?」
「…………まだ、だ。
まだ、俺はお前さんに言いたいことが、伝えなきゃならない事が在るんだ。
だから、もう少しで良い。俺に、時間をくれないか?一緒に、行って欲しい場所が在るんだ」
「…………え、えぇっ!?
そ、それは別に構わないけど……でも、何処に?
これ以上遅い時間になると、周りも見えなくなっちゃうし、巡回の為の兵士だとかも出てきちゃうから、あんまり行ける場所とかも無いハズだけど……?」
「なに、行きたい場所、って言っても、そこまで時間は掛からないから安心してくれて良い。
それに、言いたいことに関しても、そこまで時間を掛けるつもりは無いから大丈夫だ」
「…………なら、私は良いわよ?
それで、何処に行くのかしら?」
「今日、行った所さ」
そう言って、自身の足元に魔法陣を展開するシェイド。
瞬間的に組み上げられた術式が光を放ち、周囲へと小さいながらも風が巻き起こる程の魔力圧が発生する程の魔力の込められたソレに、サタニシスも驚愕の表情を浮かべるものの、その魔力に敵意は無さそうだし、何より相手はシェイドなのだから、と瞬時に抵抗の兆しを掻き消し、彼と手を繋いだままの状態で瞼を下ろして身を委ねて行く。
ソレを目の当たりにし、了承の意を汲み取ったシェイドは準備していた『空間転移』の魔術を行使し、その場からサタニシスと共に転移を行い、とある場所へと移動する。
そこは、彼の言葉の通りに既に一度訪れた場所であり、かつ彼らが訪れた時とは全く別の光景が広がっている場所でもあった。
「着いたぞ。
ほら、目を開いて見て欲しい」
「うん、分かった。
………………わぁっ!?なに、コレ……!!」
促されるままに、閉ざしていた瞳を見開いて行くサタニシス。
恐らくは転移系の魔術を行使するつもりなのだろう、と当たりを付け、ソレが発する魔力光によって目を焼かれない様に、と閉ざしていたのだが、ソレが功を奏する形となり、目の前に広がる『絶景』をより鮮やかに彼女の瞳へと写し込む事となっていた。
…………そう、彼女の眼前には、風に吹かれて波打ちながらも丸々と太らせた穂を揺らす広大な麦畑が、今にも沈みつつある夕陽によって照らされ、真っ赤に染まっている処を『パリェス』の上から遠くまで見通している、と言う光景が広がっていたのだ。
サタニシスとて、今の今まで様々な光景を目の当たりにしてきた。
その中には、今現在彼女の目の前に広がっているソレよりも、余程神秘的であったり雄大であったりしたモノも少なくは無い。そう言う意味合いに於いては、確かに『大した事は無いモノ』でしか無いだろう。
…………しかし、だがしかし。
この光景は、それまで彼女が目にしてきたそれらとは、彼が直接彼女に見せたいと願い、こうして連れて来てまで見せたコレが、一線を画する程の特別なモノとして彼女の胸中に刻まれた事は、想像するに難くは無い事では無いだろうか?
そうして、暫しの間、目の前の絶景に、この時間帯とこの場所でしか見られないであろう、と予想していたが為に連れて来た相手が見とれている姿に見惚れていたシェイドであったが、徐々に沈み行く夕陽が無くなってしまう前に、と彼女へと呼び掛けて正面から相対し、言葉を投げ掛けて行く。
「…………さっき、俺はお前さんに、ニースに伝えたい事が在る、と確かにそう言ったよな?
そして、その内容についても、多分ニースは見当が付いている。違うか?」
「…………うん。
多分、そうだろうな、って言うのなら。
まぁ、ソレは『そうだと良いな』って言う私の願望も多大に含まれている事だから、もしかしたら違うかも知れないけど、ね?」
「…………なら、単刀直入に言わせて貰う事にするよ。
━━━━俺は、お前が、ニースが好きだ。好きになってしまった。だから、聞いて欲しい事が在る。良い、だろうか?」
「…………ふふっ、そこは、『好きだから付き合って欲しい』とかじゃ無いんだ?」
「……それは、そうなれれば一番だし、そうなりたいとも願っているよ。
でも、そうなるには、俺について話しておかなくちゃならない事が在るのさ。それも、一言じゃ言い表せない程に沢山、本当に沢山、ね」
そう言って一旦言葉を切ったシェイドは、順次自身の人生についてサタニシスへと語り始めた。
自身の両親の事、妹であった存在の事。
かつて、淡い恋心を寄せていた幼馴染み達の事。
両親によって力を封印され、ソレによって『無能』と蔑まれていた事。
封印が破れ、力を取り戻してからの事。
それらの、自らの人生を構成している事柄について説明を続けて行く内に、聞いていた彼女の方も徐々に言葉を喪ってしまう。
そして━━━━
「…………そんな訳で、こうして俺が、今の『俺』が在る訳だよ。
最初から強かった訳でも、弱かった時の諸々を振り切れた訳でも無く、ただただ取り戻した力を振るって大暴れしているだけのガキが、今の『俺』なんだ。
…………おまけに、今考えれば、何気無い行動によって中途半端に情けを掛けて、互いに想いを残している相手すらも居る、本当に情けないヤツなんだよ」
「……………………」
「…………だから、そんなヤツとは一緒にはなれない、付き合うなんてもっての他だ!って言うのなら、キッパリと断ってくれて良い。
元々の使命だって言う俺の監視も、振り切ったり抵抗したりするつもりは無いから心配しなくても大丈夫だ」
「………………」
「…………それでも、もし……もし万が一にも、こんな情けないヤツが相手でも良い、仕方無いから付き合ってやる、って言ってくれるのなら、俺と……俺とっ!」
「…………ソレ以上は、言わないで良いから……っ!」
半ば懇願する様にも聞こえる声色にてそう叫ぶシェイドの身体を、ぎゅっと抱き締めるサタニシス。
その体温と柔らかさに加え、労る様に優しく触れてくるその指先の感覚により、初めて自身の身体が小さく、細かく震えていた事を認識して行く。
…………それは、生まれて初めて行う事に対しての極度の緊張によるモノか、もしくはコレまでとは決定的にまで変わってしまうであろう二人の関係性に対してのモノであったのか、ソレは分からない。
だが、それでもあっても尚、確かなモノとして彼が抱いているソレは間違いでは無いのだ、と言う確信を彼に抱かせるには十分な衝撃を持っていた。
「…………私は、確かに貴方を監視し、魔族に仇為さない様に仕向ける事が仕事だった。
だから、こうしてこっちに出てくる事も出来た。
…………でも、でもね?そうやって、仲良くなっても、ソレ以上の感情を抱いちゃダメな相手に対して、私は『そんな感情』を抱いちゃったんだ」
「…………それ、は……」
「……だから、君が、シェイド君が自分の事を嫌うのなら、私がその分好きになって上げる。
シェイド君が誰かに傷付けられたのなら、私がソイツに仕返しして上げる。
シェイド君が哀しんだら、その分私が君を喜ばせて上げる。
…………だから、そんな顔しないで?私は、何時もの貴方が好きなのだから」
「…………良い、のか?
俺で、俺なんかで?」
「良いの。
貴方『なんか』じゃ無くて、貴方『だから』良いの」
「…………まだ、さっきも言った通りに、幼馴染みの片割れが、心の隅に残っていても、か?」
「それは素直に悔しいし、正直嫉妬もするけれど、それでも今は、今の貴方は私の事だけを見てくれるのでしょう?
なら、その程度大した事じゃ無いわ」
「………………軽く説明はしたが、未だに『約束』と『義理』が残ってる身でも在る。
俺にその意思は無いにしても、結果的に一度だけ、本当に一度だけ魔族と対立する羽目になる可能性が残っているが、ソレでも、良いのか?」
「そんなの、生きていれば何処かでぶつかる事も在るでしょう?
なら、一々気にしていたら人生損するし、何よりそんな可能性程度で最高のパートナーを手放す羽目になった方が、私は耐えられないから。違うかしら?」
「…………は、ははっ……!
確かに、確かに。ソレは、然り、だ。
…………なら、改めて言わせて貰おう。
━━━━ニース、生きる時間も種族も立場すらも違う俺だが、貴女と一緒に生きて行きたい。可能な限りが貴女と共に在りたいんだ。
だから、俺と共に、残りの人生を共に歩んでは貰えませんか?」
その言葉と共に、『道具袋』から小箱を取り出し、その場に跪きながらサタニシスへとシェイドが差し出して行く。
そして、その小箱を開いたその中身には、素朴ながらも相手に似合う様に、と言う想いが込められている事が容易に見て取れる指輪が一つ鎮座していた。
昼に行っていたアクセサリー店にてシェイドが密かに購入しておいたソレを差し出され、言葉を喪うサタニシス。
一向に言葉による返事が聞こえない事に若干の焦れを感じたシェイドが、それまで俯き加減に下げていた視線を彼女へと向けると、そこには万感の想いを込めた瞳から大粒の涙を溢しつつも、その口許には微笑みを浮かべながら指輪を受け取り、自らの指へと嵌めている彼女の姿が存在していた。
…………ソレを目の当たりにしたシェイドは、その瞬間に自らの胸中にて感情を爆発させると、その想いに突き動かされる形にて彼女を強く抱きすくめると、それまでとは異なる熱を帯びた彼女と見詰め合いながらその唇へと初めてのキスを落とすのであった……。
突然ですが、次回でこの章並びに第三部の本編は終了となります
その次に閑話、更に次に人物紹介を挟んでから、第四部にして最終部が始まる予定となっております
果たして結末がどうなるのか?
結ばれた二人はどうなるのか?
最後までお付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m




