反逆者は監視者と共に余暇を過ごす・6
望んでいた様な回答は結局得られなかったものの、昼食を満喫する事が出来たシェイドとサタニシス。
それなり以上に良い食材を使い、かつその持ち前の味わいを上手く生かした味付けとソレを引き出している技法の数々は、元々結構な頻度にて料理を行っていたシェイドが絶賛する程のモノであり、普段からしてそこまで健啖家と言う訳では無いサタニシスが幾度か追加注文する事となっていた、と言えばどれ程のモノであったのかは想像に難くは無いだろう。
そうして、目的の通りに空腹を満たす事に成功した二人は、現在ブルムンドの街の外れへと訪れていた。
…………何故、彼らはそんな場所へと訪れているのか?
ソレは、食事の最中に発せられた何気無い一言が原因となっての事である。
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『そう言えば、あの外壁に仕掛けられてる魔道具について、何か分かった?』
その言葉を放ったのは、丁度手元に来ていたお代わりのスープに手を付けようとしていたサタニシス。
スプーンを優雅さすら感じさせる様な手つきにて支え、音も無く楽しんで見せるその姿は何処か高貴な雰囲気すら漂わせるモノであった。
一方、その言葉を受けたシェイドの方は、今回で三度目となる追加注文を終え、手元に残っていた『雷鳥のフライドソテー』を大きく切り分けて噛り付いたのと同時であり、即座に言葉を返す事が出来ずにいた。
が、持ち前の顎の筋力と頑丈な自前の歯によって即座に噛み砕き、溢れ出る鶏肉の脂と旨味を堪能しつつ飲み下すと、皿に残されたソースと脂をパンで拭いながらも視線は彼女へと向けた状態にて言葉を返して行った。
『そう言えば、まだ調べて無かったな。
アレって、結局何なんだろうな?』
『多分、見た相手に威圧感を与えるのと、無意識的に『畏れ』を抱かせる、みたいな効果なんだろうけど、一体どうやって仕掛けているのかしら?
私やシェイド君に対しても普通に効果を発揮するレベルの出力だなんて、常人相手なら下手しなくても発狂死するわよ?』
『…………長居する、とも限らないとは言え、取り敢えずの拠点として考えている場所に、そんな訳の分からないモノが在るのは、ちょっと不味いよなぁ……。
せめて、原理や詳細な効果だけでも知れたら話は別なんだが……』
『調べるにしても、どうしたら良いかしらねぇ~。
まさか、住人でも無いのに、直接『見せて』『教えて』だなんて言ったとしても、教えて貰えるハズも無いしねぇ~……』
『…………いや、もしかしたら言えば見せてくれるかも知れないぞ?
流石に詳しい仕組みの類いなんかは教えて貰えないだろうけど、それでも見るだけ程度ならさせてくれるんじゃないのか?多分だけど』
『へぇ~?
じゃあ、見に行ってみようよ!ね、良いでしょう?』
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…………そんな、食事中に行われた会話により、その後の行動を決した二人は、店を後にして一路街中を進み、外壁の周辺であるブルムンド外縁へと到着していた。
一応、目的地である外壁は街中であれば、何処からであっても視認する事が出来ていた為に迷う様な事は無いのだが、それでも諸々の説明を求めるのであれば『ただ外壁へと到達すれば良い』と言う訳でも無い。
その為に、実質的に目指しているのは確実に人が居るであろう大門か、もしくは外壁内部へと入って行ける施設、ソレか番兵の詰所と言った場所となるっていたのだが、その目処が付いていないので、こうして『取り敢えず外壁を目指して進んでいた』と言う訳なのだ。
なので、到着した地点から、人気の多く感じられる方へと向かって進んで行くシェイドとサタニシス。
基本的に外壁周辺には所用の在る人は少なく、また主要な施設の類いも無い為に人気は少なくなっているのだが、本人達は『二人きりになれる時間が長く取れるから良いか』程度にしか思っておらず、普通なら足早に立ち去る様な場所であっても比較的ゆっくり(当人比)とした足取りにて、シットリとした雰囲気のままで歩んで行く。
互いが互いしか目に入ってはいない、と言う様な空気を醸し出していた二人であったが、外壁周辺に到着してから暫しの間歩き続けていると、近くに多くの人が集まっている空気や気配がしてきている事に気が付く。
若干残念そうにしながらも、取り敢えずは元々目的としていたのだから、とそれまでの甘やかな雰囲気を取り払い、絶妙に空気を入れ替えながらも腕は組んだままでその気配がしてくる方向へと進む二人。
すると、案の定、とでも言うべきか、二人の視界へと人通りに満ちた大通りと広場、それと、ソレらが繋がる大門が開かれている光景が飛び込んで来る事となった。
既に中天を幾ばくか太陽が通り過ぎた頃合いであり、移動する際の距離を稼ぐべく急ぐ者達により最盛を極める早朝では無いとは言え、未だにその人混みは薄まる事を知らず、門から出て行く者、門から新たに入って来る者関係無く大変多くの人通りが発生していた。
普段からして魔物の群れだろうがなんだろうが関係無く突っ込んで行く事の多い二人であったが、人口が集中している事によって発生する熱気を相手にしては躊躇いも発生するらしく、若干口許をひきつらせながら通りへと出て行く事を躊躇していた。
が、何時までもそんな事をしていては知りたかった事は到底得る事は出来ないし、何より二人きりで居られるとは言え、こうして二人でお出掛け出来ている時間が無駄に消費されてしまう事にもなる為に、揃って覚悟を決めて人混みの中へと足を進めて行く。
…………時にぶつかりそうになり、時にわざとぶつかりに来られたり、財布を求めてポケットや胸元へと手を伸ばされたり、純粋に身体を触ろうと手を伸ばされたり。
そんな、何処に行こうと人混みには必ず付いて回っている諸々の事柄に対して、時に回避し、時に掴み上げて握り潰したり、時には逆に掏り返してやったりしながらジリジリと進んでいた二人は、多少時間は掛かりながらもどうにか大門の周辺に在る広場へと到着する事に成功する。
元来、馬車の発着場や、緊急時の物資集積所としての役割も期待されての都市設計であったらしく、下手な大通りよりも広くなっているソコは人混みもある程度は緩和されており、通り過ぎるだけでは無く待ち合わせをしていたり、露店を広げていたりもしていた。
そんな中を更に縫って進んで行き、目的地であった外壁に備えられた大門へと辿り着く事に成功する。
…………改めて外壁を見上げる事により、その威容を再確認する事となるシェイドとサタニシス。
これまでも、幾つもの首都・王都を見てきたシェイドとしては、こう言った『外敵から都市を守る為の壁』は幾つも見てきた。それは、間違いない。
だが、ここに在る様な、それこそ『一体何を相手にする事を想定しているんだ?』と問いたくなる程の分厚さ、巨大さを誇るモノは初めて目にするモノであり、その存在感に魔道具の効果云々を置いておいたとしても圧倒されてしまいそうになる。
しかも、別段首都に対しての備えとして造られた訳では無く、既に住人達のオモチャ(外観上に芸術と思われる加工が成されている)と成り果ててしまってはいるが、規模こそ大きいものの只の一地方都市に対して与えられるのには、過剰と言っても良いであろう程のモノであるのだから、一体どんな事情が在って建てられる事となったのかすら、予想だに出来ずにいた。
…………とは言え、何時までも二人してそうやって壁を見上げている訳にも行かない為に、軽く周囲を見回したシェイドは目についた番兵の元へと彼女と共に歩み寄る。
すると、向こうも彼らに気が付いたらしく、腰に下げていた得物に手を掛けると同時に、それまで手にしていた発動体である杖へと魔力を通して行く。
その額に浮かんだ冷や汗を見る限り、そのエルフ族と思われる番兵は、道行く一般の人々の様に彼らの実力が見えていない、と言う訳では無いのだろう。
だが、そうであったとしても、自分達が逃げる事は職務を放棄する事であるし、そうなってしまえば『万が一』の事態になった場合、二人を止める相手が、少なくとも形なりとも抵抗する事の出来る相手が居なくなってしまう為に、掛かるプレッシャーに必死に耐えながら、足を震わせつつもその場に立ち続けて近付いて来る二人を待ち構えて行く。
そして、決死の覚悟で足をその場に縫い付けて仁王立ちとなり、手振りにて他の同僚に『集合』と『待機』と言う両極端な合図を出し終えた番兵の前へと到着したシェイドは、その腕にサタニシスを絡み付かせたままの状態にて彼に対して
「…………失礼。
先日この街に流れ着いたモノで、この辺りの決まりやら仕組みやらに詳しく無いんだが、この外壁に付いてアレコレと聞いても良いのかな?
それとも、防衛施設だから、とそう言う質問は受け付けていない、とかだろうか?」
との言葉を、敵意や悪意は無い、と言う事を手振りや振る舞いにて示しながら、彼へと向けて放って行く。
それには、すわ戦闘か!?仲間の危機か!?と身構えていた他の番兵達や、直接声を掛けられた番兵も揃って拍子抜けすると同時に、良くある観光客の類いだったのか!?と驚愕に満ちた叫びを胸中にて響かせる事となるのであった。




