反逆者は監視者と共に余暇を過ごす・5
「いらっしゃいませー!」
飲食店だと思われるその店の扉を押し開けた二人の耳を、そんな威勢の良い声が叩いて行く。
声に釣られる形で視線を向けるとソコには、可愛らしいお仕着せと思われる服装に身を包んだ、獣人族と思わしき耳と尻尾とを生やした女性が佇んでいた。
手にはプレートを持っている事から、恐らくはウェイトレスの類いなのだろうが、その視線は先程の声とは裏腹に、驚きに満ちたモノとなっていた。
「…………その、お客様?
もしかして、なのですが。お二人共にこのお店を見付けられた、と言う事でよろしいでしょうか……?」
「……まぁ、一応?」
「あの変な仕掛け?のせいで近付かないと分からなかったけど、ソレでも『見付けられなかった』なんて事は無かった、かなぁ?」
「えぇ、ほ、本当にですか!?
た、大変、大変だ!店長、店長ー!?!?」
…………何故か、慌てた様子にて叫びながら、客であるハズの二人を放置して奥へと駆け込んで行ってしまうウェイトレス。
その後ろ姿を、サタニシスは
『耳と尻尾が可愛いなぁ、ふかふかしてそうだなぁ』
と見送り、シェイドは
『良いケツしてるが、ソレはソレとして尻尾が上向きって事は恐慌してる訳じゃない?寧ろ興奮に近い状態か?』
と内心で分析していた。
とは言え、目の前から店の関係者と思わしき人物が誰も居なくなってしまった為に、勝手に何かする事も出来ずに棒立ちとならざるを得なかった二人は、手持ち無沙汰で微妙な雰囲気をどうにかするべく、店の内部をグルリと見回して行く。
間取りとしては、恐らくは先のアクセサリー店と大差は無いのだろう、と思える程度には広々としている。
調理等を行うスペースにしても、アクセサリー店に於ける商品の保管や職人が彫金を行ったりする場所とを比べれば、大体同じくらいと見なしても構わないハズだ。
内装としては、外観と同じくレンガ造りである事が窺える壁となっているが、照明様の魔道具が幾つも設置されている事から、アクセサリー店の様に前面をガラス張りにして外光を取り込まなくても『薄暗い』と言う印象を抱かせる事にならずに済んでいた。
客席はテーブル席のみでカウンターは無しだが、そのテーブル席もそこまで数が多く設置されている訳では無く、精々が等間隔に並べられた八席程度、となっており、今居る客はシェイドとサタニシスの二人だけ、となっている。
…………正直、客を多く入れて素早く掃けさせる事を至上の命題とし、その回転率にて稼ぎを出しているハズの飲食店に於いてこの状況は如何なモノなのか?寧ろ狙ってやっているのならばかなりの高級店の類いだったか?と思案していると、二人の方へと近付いてくる気配と足音が二組。
敵意は無く、その上で片方は覚えの在るモノであった為に迎撃等には移らず、ウェイトレスが駆け込んで行った通路へと向けて視線を動かすのみに留める。
すると、向こうも彼らが手出しするつもりは無い。寧ろ普通に客として来ているだけなのだ、と言う事を察知したのか、特に恐れる様子も躊躇う様子も見せる事無く、普通にその姿を二人の前へと顕にして行く。
「…………ようこそいらっしゃいました、お客様。
私が、当店の店主であるカタギリと申します。以後、よろしくお願い致します」
「…………へぇ?黒髪で黒目、ソレに加えて聞き慣れない名前、と来れば、あんた『稀人』か?」
「えぇ、確かに。
『稀人』の定義によりますが、この世界とは別の世界の出身であり、こちらに迷い込んで来た者、と言う事でしたら、確かに私は『稀人』と言う事になるでしょうね」
「じゃあ、表に掛けてあったアレは貴方が?」
「そちらも、私です。
とある理由から、この店を見付けられたくは無かったので、仕掛けさせて貰っています。
とは言え、これでも一応は店としてやっていますので、ある程度はお客様が来て頂かないと不都合ですので、ある程度の条件を付けた上で隠蔽を、と言う形にさせて頂いておりますが」
「なら、アレはあんたが作った、って事で良いのか?本当に?
アレだけの性能、下手をしなくても『迷宮』産のヤツよりも高性能な様に見えるんだが?」
「そこは、私の『稀人』としての『スキル』だと思って頂ければ幸いです。
とは言え、ソレも生産行為全般に補正が掛かる、と言った類いのモノなので、こうして料理人として生きて行く事が出来ている訳なのですけど」
「…………じゃあ、もう一つ質問良い?
彼女、私達が揃って来店した時に、何故か慌てて貴方を呼びに奥まで走って行ったけど、アレって何でなのかしら?」
「それは…………」
流石に、そこら辺の事情に触れる事は踏み込みすぎた行為だったらしく、『カタギリ』と名乗った男性は口をつぐんでしまう。
それまではテンポ良く質問にも軽い調子で応えてくれていた為に、踏み込むべきでは無いライン、と言うモノを見誤る結果となった様子だ。
ソレを察したシェイドとサタニシスは、オロオロとして居るウェイトレスにチラリと視線を向けて様子を確認すると、先程の質問は無かったモノとするかの様に言葉を繋げて行く。
「……まぁ、話すつもりが無いなら聞かないし、興味も無いから別に良いよ。
それより、特別な理由が在って入店を断りたい、って言うのでなければ、俺達は『客』って事で良いのか?なら、何か食わせて貰いたいんだが?」
「そうそう!
私達、お腹空いちゃってるから、ちゃんとお客さんとして注文受け付けてくれるのならお願いしたいのだけど?ダメ?」
「…………いいえ。
余計な事は聞かず、料理だけ楽しんで料金までキチンと支払って頂けるのでしたら、大丈夫ですよ。
では、ザナドゥ君。お二人を、席まで案内してくれるかい?」
「……は、はいっ!
分かりました!では、こちらへとどうぞ!」
そう言って、ザナドゥと呼ばれたウェイトレスは、店主であるカタギリの言葉に従い、二人をテーブル席へと案内して行く。
何故かは今の処不明だが、それでも現時点では他の客の姿も見えてはおらず、ほぼ二人で貸し切りにしてしまったかの様にも見える。
が、別段意図して行った事では無い為に、二人も正直な話として内心で困惑していた為に、そこら辺の理由をザナドゥへと視線で問い掛けて行く。
すると、彼女は二人の剣幕に圧されたのか、それとも別段口止めをされている様な事でも無かったからか、メニューを渡す手を止める事はせずに、問われるがままに口を開いて行く。
「…………その、ですね?
ここだけの話しにしておいて欲しいのですけど、店長は何かに追われている、みたいなんです」
「…………何か?」
「何かって、何に?」
「そこまでは流石に……。
ですが、入口のお守りも、ソレを防ぐため、のモノらしいんです。
でも、その副作用として、お客様も二名以上は一緒に来店できなくなっている、らしくって……」
「…………で、そうやって聞いていたのに、こうして俺達が連れ立って来店したから、急いでカタギリに対して報告しに行った、って感じか」
「私達は普通に見付けられたけど、ランダムに見付けられるのか、それとも一定以上の『何か』を持つ相手でないと見付けられないのか……?
どう言う仕組みになってるのかしら?」
「そこまでは、私にも分からないんです。すみません。
ですが、一つだけ店長から聞いていた事があります」
「聞いていた事?」
「はい。
店長は、こうも言っていたんです。
『あの扉を二人以上で潜って来た人が居た場合、私を追い掛けて来ている相手の可能性が高いです。その時は、ザナドゥ君は逃げられそうなら逃げてください。
ですが、もしかしたらその二人組は、同時に私が求めている人達である可能性もあるので、取り敢えずはまず私を呼んで下さいね?お願いします』
って」
「…………なんだ、そりゃ?
具体的な事が何一つ出てないのに、それでも『求めている人達かも知れない』?意味分からん」
「そう、ねぇ……。
追われている事は確定として、ソレをどうにか出来る可能性が在る人達でもあるかもしれない、って事、かな?
具体的な情報がもっと在れば、まだ色々と推測も出来たけど……」
「まぁ、その辺は、事情も何も知らない俺達がアレコレと推測しても意味は無いだろう。
ソレよりも、今は腹拵えと行く方が良いんじゃないのか?俺は、この『インサニティーブルのステーキランチセット』にしようかな」
「まぁ、それもそうね?
じゃあ、私はこの『虹鱗魚のソテー』をサラダとスープのセットの方で、頼もうかしら」
「承りました!
では、『インサニティーブルのステーキランチセット』をお一つと、『虹鱗魚のソテーランチセット』をサラダとスープのセットをお一つで宜しかったですね?
では、少々お待ちくださいませ!」
そう言って尻尾を振りつつ二人の元を離れて行くザナドゥ。
そんな彼女の後ろ姿を見送る二人は、取り敢えずこれ以上この件に関して考えても仕方がないだろう、と思考を切り替え、昼過ぎから何処に行くのか、を話し合い始めるのであった……。
━━━━なお、この店の味が二人のお気に入りとなり、揃って定期的に訪れる所謂『常連』と呼ばれる状態となったり、店長であるカタギリが予想していた通りに『招かれざる客』による襲撃が行われたり、ソレを揃って来店していたシェイドとサタニシスの二人が防ぎ、ついでに事の根元まで遡って解決したりするのだが、ソレはまた別のお話、である。
別のお話、については今の処書く予定は無いので悪しからず、です




