反逆者は『百年竜』と初めて相対する
サタニシスによって初めてソレを指摘された時、正直な事を言えばシェイドはソレに気付いていなかった。
ただ単に、広場の中央付近に何故か存在している邪魔そうな小山だな、とだけしか認識していなかったのだ。
とは言え、別段彼は油断していた訳でも、見落としていた訳でも無い。
何せ、既にその小山に関しては魔力式ソナーによる探査を行った後であり、その手前にて遊んでいた幼成体と同様に、一応は、と言う流れではあったものの、調べた後であったのだ。
そして、ソレによって得られた答えは『何も無い』。
敵性体である、と判断するに至るだけの生体反応や敵意悪意の類いに加え、危険物であるのかどうか性質はどんなモノなのか、と言ったことまで一切の情報が入って来なかったのだ。
流石に、ソレを受け取った時には訝しんでいたシェイドであったが、その時には既に目の前に敵である『炎竜』の群れが在った。
その上、この世界には『魔力を吸収してしまう』と言う特性を持っている鉱物も存在している、とは彼も知識としては知っていた為に、てっきり『ソレ(魔力を吸収してしまう鉱物)が多く含まれている岩塊なのだろう』と思い込んでしまっていたのだ。
その為に、彼の中では『目の前の小山=岩の塊』と言う認識であったので、彼女からの指摘であったとしても、まさかそんなハズは……!と言う心持ちで視線をそちらに向けていたのだが、その結末として開かれた瞳と視線がかち合う羽目になり、端的に言えば『珍しく驚愕している』状態となっていた。
全くもって予想外である事態を前にして固まってしまっているシェイドを尻目に、俄に周囲へと不自然な振動と共に、独特の『存在感』の様なモノが発せられ始める。
ソレは、『地震』の直前や『台風』が接近しつつある最中、と言った様な『分かるハズが無いのに何故か『大きなモノが近付いて来る』と言う確信』を抱いてしまう不思議な感覚と近しいモノとなっており、殺意とは別枠で彼らの首筋をザワザワと逆立てて行く。
続いて、と言う訳では無いのだろうが、端から見ていれば確実に『連動している』と断言できる程度には繋がりが在る動作にて、開かれていた瞳が寸前まで在った場所から更に上空へと移動していた。
…………いや、正確に言えば、彼がその存在に気が付く切欠となった瞳だけでなく、ソレが嵌まった『竜』の巨大な顔面が上方へと伸ばされていた、と言うべきなのだろう。
ソレを理解した、理解してしまった事によって、上方へと掲げられた顔面だけでなく、それが嵌まる角の生えた頭部や、それらを支える太く長い首と言ったパーツが続々と彼の意識の中へと情報として入り込んで来る。
否応なしに、目の前で開眼した存在の巨大さと存在感に呆然とさせられるシェイドを横目に、完全に立ち上がって二人を高みから見下ろしている『炎竜』を前にして、珍しく舌打ちを溢しながらサタニシスが言葉を漏らす。
「…………ちっ!
大雑把な計測でしか無いけど、それでも最低でも二十m級は在る、か……。
これは、間違いなく『百年竜』だと言えるわね。しかも、なりたてのヒヨッコなんかじゃなくて、なってからソレなりに時間の経った、成熟した個体みたいね……!
全く、厄介に過ぎるっての……!」
「…………おいおい、マジかよ……。
と言うか、完全に気付いて無かった俺が言える事じゃ無いかも知れないが、こんなのが居て何で気付かなかったんだ?普通、気付くだろう……?」
「多分だけど、コイツさっきまで休眠してたみたいなのよね。
『百年竜』級に至った『竜』は、定期的に仮死状態に近い休眠をするんだけど、ソレをしてる間は余程注意深く探るか、もしくは最初から『ソコに居る!』って当たりでも付けて探ってないと見付けられない、って位には隠蔽能力も上がるから、もう仕方無いとしか言えないわね」
「マジかぁ……そんな事まで出来るのかよ、こいつら……。
それで、お前さんから見て、こいつって倒せなさそうな程なのか?それとも、二人ならイケる程度か?」
「さぁ、ソコはどうかしら。
…………でも、だとしても、ここは私達が勝たなくちゃならない、倒さなきゃならない。違うかしら?」
「……はっ!確かに、確かに。
そりゃ、その通りだな。
倒せるから戦う、じゃない。倒さなきゃならないから戦う、ってな!」
サタニシスからの言葉により、呆失から立ち直ったシェイドが、口許に凶悪な笑みを浮かべながらそう答える。
戦う相手が強いから、戦う前から敗けを認めて縮こまる。
ソレが嫌だから、それまでそうする事を強要されていたのだから、ソレに従うのが我慢ならない事であるから、今彼は『反逆者』へと至っている。
故に、彼の本質として、彼の基本骨子として、ここで尻尾を巻いて逃げ出す、と言う事は、彼の在り方を揺るがす『有り得ざる事』であるとも言えるのだ。
そんな訳で、戦意を滾らせながら魔力を高めて行くシェイドであったが、小山と間違わんばかりであった状態から、完全に立ち上がり巨大な『竜』である、と言う事を誇示する姿へと変貌を遂げた『炎竜』の目が細められると同時に
『…………嗚呼、何故吾ガ児ラハ、コノ様ニ変ワリ果テタ姿トナッテイルノカ……』
との、彼らの耳を聞きなれない『聲』が震わせて行く。
思わず視線を交わらせるシェイドとサタニシスであったが、唐突に降って湧いたその『聲』は彼らの反応なんて知った事では無い、と言わんばかりの様子にて言葉を続けて行く。
『…………嗚呼、言ワズトモ解ル。
大方、貴様ラニ敗レタノデアロウ?
闘争ハ生存ノ常トハ言エ、ココマデ無情ニ皆殺シニスル必要性ハ本当ニ在ッタノカ、ト問イタク成ル程ニハ、痛マシイ光景ダトハ想ワナイノカ?』
独特のイントネーションによって発せられているその言葉は、辿々しさこそは無いものの、やはり発音が独特であったが故に聞き取り難いモノとなってはいた。
が、その『聲』自体は、発している相手は女性であるのだろう事、極度の哀しみに襲われているのであろう事、そして確かな怒りを抱いているのだろう事を、容易に察せられるモノとなっていた。
その事実に気付いたから、と言う訳では無いのだろうが、ソレ以外に候補が居ない、と言う現実の本に二人揃って視線を上へ上へと移動させて行く。
…………そして、移動させた視線の先が、つい先程まで彼らが向けていた『炎竜』の遥かな高みに存在している顔へと到着すると同時に、人間が『呆れ』の感情を表す時の様に半眼の状態から片目を開き、まるで『片眉のみを上昇させている』様な顔をして見せながら、ズラリと鋭い牙が並んだ口腔を開いて『聲』を繋げて来る。
『…………ヨモヤ貴様ラ、マサカトハ思ウガ、吾ガ其処ラノ幼児ヤ、野ヲ這イズルシカ出来ヌ未熟者ト同様ニ、言葉ヲ解スル事スラモ出来ヌ、トデモ思ッテイタノカ?
ナレバ、随分ト嘗メラレタモノデアルナ?コノ、齢ニシテ百ヲ超エ、存在ノ段階ヲ上ガッタ吾ヲ、ソノ程度ノ認識デ討チ果タソウ等ト企ンダダケデ無ク、吾ガ血族ヲ幼児ニ至ルマデ手ニ掛ケテクレルトハ、ナ……』
「…………おいおい、おいおいおい!?
マジかよ!?マジで、言葉を解する個体だと!?
『百年竜』ってだけでも大外れだって言うのに、半分特異個体に足突っ込んでやがるヤツが相手だなんて、マジでついてねぇな!?
取り敢えずコレ喰らって死にやがれ!!」
『聲』の主が目の前の『竜』であり、かつ自身に対して絶対的な自信を持っている、と言う事を窺える言葉を耳にする事となったシェイドは、この日何度目となるか分からないが新たに認識した情報に驚愕しながら罵声を溢しつつ、『竜』へと向かって魔力による防弾を放って行く。
これまで、たった数度とは言えシェイドは、『竜』との戦闘を経験するに至っている。
故に、それらの経験から『竜』が張れる魔力による防壁や結界の強度や出力、そしてその限界値とそれらを突破するのに必要最低限な魔力量も把握済みとなっている。
なので彼は、それらのデータを元にして、『百年竜』クラスにまで成長した個体が相手であろうと、理論上は問題なく結界を撃ち抜いて本体にダメージを与えるだけでなく、下手をしなくとも絶命させるに至るであろうだけの魔力を込めた砲撃を放って見せたのだ。
油断している内に、上手く当たって負傷してくれれば良し。
そうでなかったとしても、直撃した攻撃の方に気が取られてくれたのであれば、改めて必殺の『重力魔術』を展開、準備すればそれでも良し。
そのまま直撃し、呆気なく肉片と化してくれてもそれはそれで万々歳、と言う訳だ。
そんなつもりで言葉を返すついでに、と魔力弾を放って見せたシェイドであったのだが、その目論見は放たれた魔力弾が『百年竜』へと着弾し、その上でその体表に張られていた結界によって防がれ、意識を逸らす事すら出来ずに終わる事により、大誤算を迎える羽目となってしまう。
『…………無駄ダ。
吾ノ結界ニ皹ヲ入レタ事ハ、誉メテヤロウ。
ダガ、吾ヲ貴様ノ倒シテ来タ幼児ト一緒ニサレテハ、困ルノダガ?
……トハ言エ、先手ハ譲ッテヤッタノダカラ、次ハ吾ノ番デアロウ?精々、一発デ終ワッテハクレルナヨ?』
自身の目の前で皹割れを修復して行く結界を眺めつつ、至極簡単な問題すら解けなかった落ちこぼれを見る様な視線を彼へと向ける『百年竜』。
お前の実力は既に見切った、と言わんばかりの態度とセリフに彼が反駁の声を挙げるよりも先に、吐かれたセリフの中にも在った様に『百年竜』の口腔内部から破滅的な光が外部へと漏れ出して来る事に気が付く。
そして、彼が警告の声を発するよりも先に、準備を終えた『百年竜』の口腔から焔の奔流がシェイドとサタニシスへと向けて発せられる事となるのであった……。




