反逆者は反撃に出る
ブルムンド近郊の森の中に、二度大きな音が響いて行く。
一つは、硬いモノで柔らかなモノを殴り飛ばした様な、もしくは空気を閉じ込めて口を閉じた紙袋を棒で叩いて破裂させた様な、そんな空気の弾ける風味を帯びた音。
もう一つは、柔らかなモノを硬いモノへと叩き付けて破壊した様な、硬いモノを柔らかなモノで無理矢理叩き壊した様な、音量こそ大きいものの、一体何がどうなったらそうなるのか、と言った情報が一切読み取れない不可思議な轟音となっていた。
それらの発生源は、言わずもがなかも知れないが、当然の様に最深部の縁に当たる部分。
そこで行われている戦闘により、『竜』の繰り出した尾の一撃によって吹き飛ばされたシェイドが、間近に生えていた大木にその身体を叩き付けられた事が原因であった。
「シ、シェイド君!?」
…………最初こそ、手出しはせずに観戦に徹する構えを見せていたサタニシス。
だが、流石に相方が無防備に強打を浴びて吹き飛び、常人ならばほぼ即死に近い状態になればまだ運が良かった、と言える程の速度にて大木へと叩き付けられてしまってはそうも言ってはいられなかったらしく、驚愕と悲痛さに満ちた悲鳴を森へと響かせ咄嗟に駆け寄ろうとする。
が、ソレを吹き飛ばされたシェイドと合流しようとしている、と勘違いしたのか、彼を自身の尻尾にて薙ぎ払った個体とは別の個体が、瞳と全身に魔力を漲らせながら一歩前へと踏み出し、彼との間にその巨体を割り込ませる事となってしまう。
「……っ!キサマッ!
高々百年も生きていない、文字通りのトカゲの分際で、私の歩みを妨げるか!?」
激昂したサタニシスが、普段の彼に見せている穏やかで暖かみの在る雰囲気から一変させ、冷酷で高圧的な空気を放ちながら魔力を解放して『炎竜』を威圧して行く。
下手をせずとも、目の前の『竜』と同等、もしくはソレを上回るだけの量と質とを誇る魔力を、その小さな身体から放って見せるサタニシス。
今まで見たことも無く、また自身に匹敵する程のそれらを同族以外では初めて目にする事となったその『竜』は、知らず知らずの内に四つ足状態となっている後ろ足を後退らせる事となってしまうが、そんな事は自分には関係無い!と言わんばかりの形相と威圧感にて『竜』との距離を詰めようとするサタニシス。
…………が、そうして一歩目を覇気と共に踏み出そうとした彼女へと向けて
「…………おいおい、手を出さない、と決めていたのなら、それこそ何があったとしても最後まで手出しはしないのが、礼儀ってモノじゃ無いのかよ?」
との言葉が発せられると同時に、彼が叩き付けられてめり込まされていた大木から盛大に破裂音が周囲へと響き渡る。
そして、その次の瞬間には、周囲に舞い上がった木片を振り払いながら、シェイドがその姿を再び顕にして行く。
「…………シェイド君!?
ちょっと、貴方大丈夫なの!?随分派手にやられてたみたいなんだけど!?」
「まぁ、見ての通りに無事では無いがね。
取り敢えず、大丈夫ではあるさ」
慌てた様子ながらも、目の前の『竜』から視線を切る事はせずに問い掛けるサタニシスに対して、至極軽い感じにて言葉を返して行くシェイド。
しかし、それは口元から零れ落ちていた吐血の残骸を拭い去りながらの返答であったし、普段であればソレを成していたであろう彼の右腕は、彼の脇にダラリと力無く垂れ下がっている状態となっていた。
ほぼ尻尾による痛打を直撃する形で受ける羽目になってしまったシェイドであったが、どうにか右腕を盾として使う事で一撃KOと言う最悪の事態は回避する事に成功していたのだ。
とは言え、そのお陰で利き腕である右腕は現在進行形にて破壊されてしまっており、次いでに大木へと叩き付けられる形になってしまった事もあって内臓に対して少なくはないダメージを貰う羽目になってしまっていた。
加えて、一応は拭い去られてしまっている、とは言え、彼の内臓にも吐血を強いるだけのダメージは確実に入っており、どう控えめに言っても瀕死の重傷、もしくは両足を棺桶に突っ込んでいる状態、と表現されても当然の状況となっている。
幾ら彼が平素の状態から余剰魔力を垂れ流しにし、ソレに釣られる形にて異常な迄に加速された代謝による回復力にて負傷を治癒しているとは言え、流石にここまでのダメージを一度に受けてしまっては、本来ならばポーション等の回復薬を使用して暫く安静にしているか、もしくは希少な『回復魔術』の使い手に回復を依頼する他には無い、と言うべき段階にまで至っていたが、本人にそうするつもりは無いらしく、その口元に獰猛な笑みを浮かべながらサタニシスを下がらせようとする。
「…………心配させた様で悪いが、こいつらは俺の獲物だ。
高々トカゲ風情相手に、加勢も交代も必要なんかありゃしねぇよ」
「…………でも、シェイド君だけだと、結構厳しくない?
お姉さんの見立てだと、あの時のゴーレムまでは行かなくても、二頭もいればその手前位にはなりそうなんだけど……?」
「なに。さっきはちょいと油断したからまともに食らっちまったが、次はもう貰わんよ。
それに、いい加減目が覚めたからな。目の前の敵は常に自身の命を奪えるモノだと思え、って事を、最近ちと忘れてたみたいだったが、流石にもう大丈夫さ。
もう、油断も遊びも無しだ。こいつらは、ここで殺す」
誓う様に、宣言する様に、自然な感じながらもそう断言するシェイド。
同時に、それまで纏っていた雰囲気を一変させ、殺意と敵意とを全開にしつつ、それまで抑え気味にしていた魔力を解放して行く。
それまでも、確かに大きな魔力を持っているのだろう、と言う予感を抱かせるだけの存在感を放っていたシェイド。
しかし、こうして実際に『お前らを殺す』と言う意志が込められた状態にて目の前で解放されるのは話が別であったらしく、元々シェイドの方に視線を向けていた方の個体だけでなく、サタニシスと相対していた方の個体も、思わず、と言った様子にて視線を彼へと向ける事となる。
…………そして、それと同時に、爬虫類であるが故に分かり難いが確かに『恐怖』であろう感情を浮かべて表情を歪めつつ、先のサタニシスの時よりも確実に大きく、後ろ足を無意識的に後退らせる事となってしまう。
知らず知らずの内に後退していた自らの足が何かにぶつかった事で、自身が気圧されていた事、相手の威圧によって呪縛されていた事を悟る『炎竜』達であったが、一瞬とは言え『突然何かが自身の足にぶつかった』と言う出来事が発生した為にそちらへと視線を逸らしてしまい、シェイドから視線を離してしまう事となる。
当然の様に、そんな大袈裟なまでの隙を彼が見逃すハズも無く、漲る魔力によって強化を施した脚力によってその場から飛び出して行き、取り敢えず手近に居た方の個体に向けて固く握り締めた拳を振りかざす。
そして、視線のみが逸れた状態となっている『炎竜』へと目掛けて空中へと向けて文字通りに駆け上がると、空中にて身体を捻って横方向へと回転を掛けながら目の前に在った『炎竜』の横っ面目掛けて握り締めた拳を本気で撃ち抜いて行く!
━━━━メキャゴキュベギッ!!!
…………本来ならば、圧倒的な迄の体格差により、彼の拳は『炎竜』に対して何の痛痒も与える事は出来なかっただろうし、下手をしなくとも殴り付けた拳が潰れる結果へと成り果てる事となっていただろう。
だが、彼の持つ固有魔術である『重力魔術』の手に掛かれば、互いの重量差や質量差と言ったハンディキャップは途端に無力化され、逆転し果てる事となる。
そう、丁度今の様に、強固な骨格も鎧の様な鱗も関係無く殴り砕かれただけでなく、唐突に発生した激烈な迄の横方向への打撃によって首を九十度の角度で真横にへし折られ、衝撃によって眼窩から零れ出た眼球をぶら下げながら血反吐を吐き散らす、と言った様を晒す羽目に成り果ててしまう。
通常であれば、即死するのが当たり前な負傷を負い、そのままグラリと姿勢を崩す『炎竜』。
しかし、仮にも『魔物の王』『人類の脅威』と呼称される存在であったが故か、それとも自身が抱いていた意地故にか絶命には至っておらず、残された左目に意思の光を灯しながら力を込めると、へし折られた首を無理矢理ねじ曲げて空中に留まる彼の方向へと向き直り、未だに滝のように血反吐を吐き出し続けている口腔から灼熱の吐息を放って見せる!
空気が割れ爆ぜ、ソコに在るだけで全てを焼き尽くしそうな程の熱を放つ、紅蓮の奔流。
まるで、残された命の全てを燃料として投下したかの様な、文字通りの全身全霊を傾けた全力の一撃。
何事も無く直撃するか!?とも思われたその一閃は、既に自身の力にて空中へと浮かんでいる彼の少し手前にて『何か』に遮られ、上下左右へと拡散して吹き散らされてしまう。
渾身の一撃を難なく防がれてしまった事に、依然として吐息を吐き出し続けながら茫然とする『炎竜』の額へと、ポツリ、と小さな黒い点が発生する。
極々小さなその黒い点は、発生した時と動揺に唐突に消滅するも、ソレと同時に破滅的かつ物理的な防御では防ぐ事の出来ない衝撃波を周囲へと撒き散らす。
流石に、そんなモノを至近距離で、しかも生命としての極限の急所である頭部へと目掛けて浴びてしまえば『竜』であっても耐える事は出来なかったらしく、今度こそ残っていた瞳から意思の光を消え失せさせ、無惨な姿を晒しながら地面へと沈み込んでしまう『炎竜』。
そして、自身の相方が放った渾身の一撃すら容易にいなされただけでなく、よく分からない攻撃にて一瞬で絶命させられてしまった事を目の当たりにしてしまったもう一頭の『炎竜』は、顔面をひきつらせつつその瞳に恐怖の光を浮かべた状態にて踵を返して森の奥へと逃げ出そうと試みる。
下手な建物よりも大きなその体躯を素早く翻し、外見からは想像し難い程の速度にて駆け去ろうとする『炎竜』を、当然の様にシェイドが逃がすハズも無く、無防備に晒されている背中へと向けて彼の魔力を纏って漆黒に染まった刃が振るわれる。
そして、既に幾ばくかの距離を稼いだ事によって僅かばかりに安堵を抱いていた若き『炎竜』の背後から飛来した漆黒の斬撃は、痛みを感じるよりも早くその身を両断し、瞬時に絶命させる事となるのであった……。
まぁ、こうなるわな




