反逆者は想定外の苦戦を強いられる
ゴルルルルルルルッ…………!!
木立の合間から、木々を薙ぎ倒しながら姿を顕にした炎竜二頭が、その視線を『不躾なる侵入者』たる二人組であるシェイドとサタニシスに向けて、地の底から響いて来る様な重低音を放って見せる。
一部の愛玩動物や、猫と言った動物の類いとは異なり、別段気分が良いから喉を鳴らして見せている、と言う訳では勿論無い。
二組の瞳に煮えたぎる殺意や赫怒と言ったモノを目の当たりにして見れば、確実に彼らの目の前に居る炎竜達が自分達の縄張りに対して侵入しようとして居るムシケラを蹴散らさんとしている、と言う事が容易く見て取れる事だろう。
その証拠に、と言う訳では無いが、『炎竜』と呼ばれる種類である事の証左である、炎の様に紅い鱗に魔力を漲らせて金属の様な煌めきを宿すと同時に、僅かに開かれた顎の隙間から冠した代名詞である『炎』の吐息が零れ出始めていた。
そうして、目の前で状況が整いつつあると言うのに、何故かシェイドはソレを茫然と眺めるだけで特に先手を取ったり、途中で手出しをしたりする事をせずに、かと言って撤退すると言う訳でも無く、只ひたすらにその場に棒立ちし続けていた。
…………普段の彼であれば、既に魔術の一発程度であれば放っていたであろう時間を無為に消費して、自身の戦闘準備を整え終える炎竜二頭。
とは言え、それは彼らの『全力戦闘』の準備が整った、と言う意味では無い。
何故なら、彼らは目の前に居る存在が、自分達の命に対して届きうる刃では無い、とこれまでの経験から判断していた為だ。
何せ、彼らは時折ここに来る目の前の二人組と同じ存在を、幾度と無く呆気無く蹴散らした経験があり、かつ一度たりとて負傷と言える程の負傷を受けた事が無かったからだ。
その為に、彼は端的に言えば目の前の存在を、人間と言うモノを格下として総じて見下し、自分達には傷一つ付ける事は出来ない劣等種である、と判断していたから、だ。
なので、彼らはこうして縄張りに対して侵入してきたムシケラを蹴散らすのに、全力を出す様な事はしない。
する、必要も無い。
何せ、軽く踏み潰すだけで退治出来る相手に、僅かに身震いしただけで消し飛ぶ様な存在に、全力を振るう必要性は何処に在るのだろうか?
寧ろ、そうやって一瞬で終わってしまっては、詰まらないし勿体無い。
希にしか侵入して来ないムシケラなのだ。多少は足掻いて、抵抗してくれないと壊し甲斐が無いと言うモノなのだから、と。
もっとも、それは『壊し甲斐の在る相手』である事が大前提。
今回の様に、入ってきたは良いものの、見るからに恐怖によって萎縮している者が相手では、楽しむモノも楽しめるハズも無い為に、初手から消す気満々な炎の吐息によって消し炭にしてしまおう、としているのだ。
特別、脅威である、と感じての行動では無い。
只単に、気になる場所にゴミが転がっていたのであれば、誰であれソレを拾い上げてゴミ箱へと放り投げるか、もしくはソコから蹴り転がして別の場所へと追いやるかするのと、ほぼ同じ様な感慨でしか無いのだ。
その為に、相手がどんな防御を展開するのか、そもそもソレで仕留めきれるのか、ちゃんと相手に対して有効なのか?すらも碌に考えず、二頭揃って未だに棒立ちのままで構えすら見せない二人組の片割れへと向けて、溜めていた吐息を遠慮せず、それでいて適当にぞんざいに吐き出して吹き付けて行く。
他の種の『竜』の場合、ソレが吐息自体を特異としているモノであったとしてもそうで無かったとしても、その吐息の温度は軽く鉄がひしゃげ、自然岩が割れ砕ける程の域には大体到達する。
そして、ソレの扱いを得意とするが故にその名を冠する事となった種である『炎竜』の吐息は、今放たれている様な『遊び』の範疇であったとしても、それら他の種が放つ吐息の中でも全力で放たれる様なモノと比較して遜色は無い、と言う程の巨大な出力を誇っていた。
なので、その吐息を放った当の本竜二頭は、自分達の放ったソレによって跡形も無く焼き尽くされ、塵も残さずに灰になっているだろう、とばかり思っていたのだが…………
「…………『竜』との戦いは初めてだから、取り敢えず様子を見てみるつもりで居たが、もしかしてこの程度で本気とか言うつもりなのか?
だとしたら、さっさと全力を出す事をオススメするぞ?でないと、アッサリ死ぬぞ?トカゲ共」
…………パァンッ!!!!
…………が、そんな呟きとも取れない言葉と共に、棒立ちとなっていたシェイドの無造作にも見える動作による腕の一振りにより、弾ける様な音と共に軽々と振り払われてしまう。
しかも、その動作と同時に行使された魔術により、自身の魔力によって強化を施されていたハズの鱗が割り砕かれ、ソコから発生した少なくは無い量の流血が、目の前の光景を信じられない目で見詰め続ける炎竜の頬を濡らして行くのであった……。
******
自身の腕の一振りにて、自らへと降り注いでいた炎の吐息を振り払って見せただけでなく、反撃として放った魔術によって強固であるハズの鱗を割り砕いて見せただけでなく、明確に挑発する様な言葉まで浴びせて見せたシェイドであったが、その内心はかなり切羽詰まったモノとなっていた。
…………それも、そのハズ。
何せ、彼は自身でも言っていた通りに、『竜』との戦闘はコレが初めての経験となる。
以前本人も口にしていた通りに、実力的に鑑みれば例え『竜』が相手であったとしても打ち負ける事は無いだろうし、余程対応を間違える様な事をしなければ勝利を逃す様な事態に発展する事も無い、と言えるだろう。
だが、それはあくまでも単体が相手であるのならばの話だ。
未だに彼は、『竜』との戦闘経験を得てはいない。
その為に、彼は『竜』がどんな動作をして、どんな攻撃が有効であり、どの様な行動を取り、判断基準がどうなっているのか、と言った情報が丸ごと欠けている状態となっているのだ。
…………本来であれば、その程度の情報が仕入れられていないだけで、事を構えるのを躊躇う程に臆病な訳では無いし、寧ろそんな情報なんて不要、と言い切って自らの実力にて初見であろうと容易く蹂躙する事すら可能としている、と言っても良いだろう。
……が、今回は、今回だけはそんな彼であったとしても、慎重にならざるを得ない。
何せ、『魔物の王』との呼び声も高く、魔物を大雑把に分類するのならば『竜』か『ソレ以外』か、に分けられる程に、強大な脅威である、と認定されているのだから。
そんな、『人類の脅威』として認定されている存在が、唐突に目の前に二体も現れたのだ。
流石に、自身の力に対して自信を持つ事が出来る様になったシェイドであったとしても、こんな状況では慎重にならざるを得ない、と言う訳なのだ。
とは言え、そんな内心を素直に表に出してしまっては、流石に少々『不味い』事態になる事は目に見えている。
話に聞く限りでしか無いが、人の言葉を理解する個体すらも居ると言われる程に知能の高い『竜』を前にして、そんな戸惑いや驚愕を素直に表してしまえば、ソレを動揺や隙と受け取って一気呵成に攻め立てられる事になりかねないのだから。
そんな思いと共に、彼は視線を僅かにずらして自らが作った『炎竜』の傷口へと向けて行く。
当然の様にソコには、未だに流血を続ける決して小さくは無い、割れ砕けた様な傷口が存在していた。
彼が放った、低階位のモノとは言えその膨大な魔力にモノを言わせて威力を激増させた一撃。
何気無く放たれたソレでさえ、下手な鎧よりも頑丈だと言われる『竜』の鱗による装甲を破壊して見せた訳だが、彼の浮かべる表情はあまり良いモノとは言えなかった。
…………何故なら、そうして開けられたハズの傷口が、彼の視線の先にて白煙を上げながら瞬く間に修復されつつあったからだ。
そう、『竜』の強さを支える大きな柱であり、かつ『竜』が『人類の脅威』認定を受けている理由の一つ。自己再生能力の発現だ。
『竜』は、自身の体内にて常に膨大な魔力を生成している。
その関係で、シェイドがそうである様にそれらを賦活化している場合には、ソレが勝手に作用してあたかも回復系統の魔術にて治癒されているかの様な、驚異的な回復能力を発揮する事となるのだ。
その為に、『竜』を相手取った戦いに於いて最も厄介な事として常に挙げられるのは、巨体故の頑強さや剛力でも、意外なまでの素早さでも、ましてや強力な吐息や魔術の類いでも無く、その無尽蔵とも呼べる程の回復力やタフネスによってもたらされる耐久力こそが往々にして列挙される程となっている。
…………それほどの規格外の存在を初めて直に相手取ると言うだけでなく、しかも二頭も相手にしなくてはならない、と言うのだから、これは彼でなくても冷や汗が額や背筋を伝ったとしても当然の事だと言えるハズだ。
とは言え、彼にもこのままではあまりよろしくは無い、と言う事は理解している。
何もせずに放置していては折角与えたダメージが無かった事になってしまうし、罵声を浴びせた事で本気を出される事にもなるだろう。
しかし、だからと言ってどうやって仕掛けるべきなのか、と言う事が判断できずに手を出しあぐねているのも事実。
ある程度以上の知識や見識を持っているらしいサタニシスは、どうやら今回は手を貸すつもりは無いらしく、一人離れて事のなり行きを見守る姿勢を崩していない。
流石に、助けを求めれば手を貸す位はしてくれるかも知れないが、だからと言ってそんな事をするのはちょっと……なんて事を考えていたからか、唐突に彼の体が真横に吹き飛ばされる事となってしまう。
若干とは言え油断していたシェイドは、身体をくの字に折り曲げながら、衝撃が来た方向へと視線を向けるとソコには、紅い鱗に覆われた大木の様なモノが、彼が張っていた結界を貫いている様が、彼の視界に飛び込んで来ていた。
…………ソレが、二頭いた内の片方が振るった尻尾である、と彼が認識するよりも早く、彼の身体は近くに生えていた大木へと叩き付けられる事になるのであった……。
おっと?
珍しく主人公ピンチ?




