反逆者は監視者と共に『妖精国』を進む
「それじゃあ、少し待ってて貰っても良いかな?
そんなにしない内に、終わらせて来るから」
そう言い残し、彼らから必要な書類の類いを受け取ったエルフ族の職員(推定男性)は、欠伸を漏らしながら二人に背を向けて窓口の奥へとその姿を隠して行く。
既に職務の終了時刻が迫っている、と本人は言っていたものの、その足取りからはそう言った事柄に拘りを見せている様子も、間に合わせようと急いでいる雰囲気や空気感も感じ取る事は出来ずにいた。
…………そんな、真面目なのか、それともそうでも無いのか判断に困る職員の背中を見送った二人は、若干の戸惑いと共に言葉を交わす。
「…………いや、まぁ、その、なんだ……噂には聞いていたし、実際にそう言う傾向が在る、って事は体験上把握もしていて分かっていた事ではあったけど、流石にちとのんびり過ぎないかね……?
大丈夫か、こいつら……?」
「…………その、長命種になれば成る程、時間の感覚が短命種とズレて来る、なんて事は魔族もそうだから分かってはいたけど、流石にこれはちょっと酷く無い?
お姉さん、仲間内でもここまでズレてる人見た覚えが無いんだけど……?」
「…………さぁ、どうなんだろうな……?
以前クロスロードのウィアオドスで遭遇した例のギルドマスターだって、割りと独特な時間感覚をしていた訳だし、年取って来たエルフ族って多かれ少なかれ大体あんな感じに落ち着くんじゃないのか……?」
「…………いや、でも、そうでも無いんじゃないのかなぁ……?
短命種なシェイド君じゃ分からなかったかも知れないけど、同じ『長命種』の括りに入るお姉さんから見れば大体の年齢は分かるんだけどね?
それでも、そんなに『年寄り』って呼ばれる程の年齢でも無かったと思うんだけどなぁ……」
「…………まぁ、その辺は考えても分からんし、放っておいても大丈夫だろう?
流石に、幾らその気質に反した高い戦闘能力からビスタリアの侵攻を幾度と無く弾いて来た、と言われるこのアルベリヒだからって、全員が全員あんな感じ、って訳じゃ無いんだろうし、心配し過ぎる必要は無いんだろうさ」
そう言って、シェイドが軽く肩を竦めて見せると、彼の言葉も一理在るか、とサタニシスも頷き返して行く。
彼の言葉にも在った通りに、エルフ族、と言うのは実は『精強な種族』として知られている。
種族の特性として生まれつき魔力量が多く、その上魔力を操る技術の向上にも余念が無い上に、未だに一部では『汎用魔術』として編纂される事を良しとせずに秘匿されていた術式を、エルフ族のオリジナル術式、として行使したりもする事も多い。
なので、敵対した場合には、世間的に言えば、優れた魔力から繰り出される未知の効果や構築を持つ魔術により一方的に翻弄される、と言う事になりかねないのだ。
そんなエルフ族が主導する国の隣に存在している獣人族の国は、当然の様にエルフ族の事を敵視している。
元より、平均的な寿命が比較的短め(只人族が六十~七十年程度である事に比較して、約五十~六十程。その代わりに、老け込むのは大体五十間近になってから)である為に、せっかちで短気な気性の者が多い獣人族は彼らエルフ族の『おおらかで時間に頓着しない』性格を『相手に合わせず見下す傲慢』と取る事が多く、ほぼ一方的に敵視する事となってしまっているのだ。
おまけに、魔力量が少なく、その恵まれた体躯と身体能力を頼りとして相手の懐へと潜り込んで一撃で仕留める事を常道とする獣人族にとって、保有魔力に優れているだけでなく、魔術の腕前にも優れて遠距離から一方的に敵を撃ち抜けるエルフ族の様な存在は、唾棄すべきモノであると同時に『決して自らには得られないモノ』と言う意味合いにおいては憧憬の様な感情すら引き出す存在でもある。
そんな種族的な感情が下地に存在しつつ、軍事国家、としての武名(悪名とも呼ぶ)を響かせているビスタリアが侵略し得なかった国、と言う事も相まって、ビスタリアとアルベリヒはビスタリア側の一方的な感情論によって最低限の交流が行われているのみ、となっている。
とは言え、別段全ての獣人族がエルフ族の事を嫌っていたり憎んでいる訳では無いし、全てのエルフ族が獣人族の事を『どうでも良い』だとか、下に見ている、とか言う訳でも無い。
やはり、その辺は個人個人の相性や伝聞が大きく関わっているし、元々持ち合わせているイメージや見聞きした噂(流石にカオレンズベルクの噂を聞いていれば獣人族と仲良くしよう、とは思えないだろうし)が大事な要素となっている、と言う事だろう。
尤も、その辺はシェイドとサタニシスには全くもって関係の無い事情であり、また彼らには興味の無い分野の話である為に、実害さえ無ければあまり気にもされる事は無いのだが。
何て事を話したり話さなかったりしている内に、奥へと消えて行った職員が二人の提出したギルドカードと共に、入国許可証と思われるモノを手にしながら戻って来た。
「…………ふぁ~……はい、どうぞ。
一応チェックさせて貰ったけど、特に不備は無いし不審な点も無さそうだから、通って良いよ」
「…………そいつは、どうも」
「…………でも、幾ら冒険者とは言え、ビスタリアの方面からこっちに抜けて来るだなんて珍しいね?
しかも、隊商や行商の護衛だったりって言う仕事も受けず、たったの二人だけで、こんな微妙な時間になんて、ねぇ?」
「………………何が言いたい?」
「いや?別に、なにも?
ただ単に、次はもうちょっと早い時間帯に来てくれた方が助かるなぁ、って事と。
後は、君らが誰であれ、何であれ、どんな事をしていたとしても、僕らには別段関係が無い、って話だよ。大方、ビスタリアで何かしらやらかしてこっちに逃げ込んで来たんじゃないの?」
「………………」
「沈黙は肯定と取られるよ?
まぁ、こうして君達の入国を認めた以上、それ以前にどんな事をやらかしていようが、僕らには関係が無い。例えそれが『良いこと』であろうと、『悪いこと』であろうと、ね?
勿論、このアルベリヒで悪い意味での『やらかし』をしないでくれる、って事は大前提だし、してくれた場合には全力で排除させて貰うけど」
「…………成る程。
なら、精々肝に銘じておくとするよ」
「そうして頂戴な。
……ふぁ~~……さて、もう行っても良いよ。と言うか、早く行ってくれないかい?
僕は、普段ならもう寝る時間だから、眠くて眠くて仕方無いんだよね……」
そう言い残して、さも『さっさと行け』とばかりに手を振って見せる職員の、先程までのやり取りとの極端な迄の温度差に愕然としながらも、指示された通りに関所を通り抜けて行く二人。
当然の様に、そうして通り抜けた先には夕日が隠れた事によって姿を現した暗闇が待っており、二人に対して『今日の旅路はここまで』と明確に告げていた。
ほんの軒先程度では在るものの、既に当初の目的である『安全な場所に逃げ込む』と言う事を達成しており、急ぐ必要も無くなっている二人は素直に関所から伸びている街道の脇へと移動して夜営を行い、朝日が昇るのとほぼ同時に移動を再開させて行く。
すると、二人の視界には、これまででは見た事も無い様な『自然の美しさ』が、特に意図する事も無しに次々に飛び込んで来る事となる。
これまで居たビスタリアも、他の国々と比べると手付かずの自然が比較的多く残されており、魔物が出現する、と言う危険性を排除して鑑賞すれば、それなりに美しいモノとなってはいた。
が、元々獣人族達の感性がそうさせていたのか、それとも以前の街道(元)の様にそう言う文化なのかは不明だが、ビスタリアの方は良く言えば『手付かずな自然』悪く言えば『放置された自然』と言った雰囲気を呈していたのだが、こちらに関しては不自然にならない程度には人の手が入れられている、謂わば『整えられた自然』と言った状態である事が窺えた。
それらの違いを、どちらが優れている、とはシェイドもサタニシスも判断する事はせず、そう言うモノ、として認識し、時折出現する魔物を片手間に倒しつつ、常人の数倍の速度にて街道を進みながら眺めて行く。
両者共に、人の手が入っているモノを『不自然だ』として醜悪に感じる事も、逆に手が入っていないモノを『不出来に過ぎる』と貶す事もせず、ただただ『そう在るモノ』として認識し、美しさに感動しながら鑑賞するのみであった。
そして、そうこうしている内に、二人の視界へと比較的大きな外壁を備えた都市が、遠目にとは言え映り込んで来る。
長い寿命に暇を明かせたエルフ族が行ったのか、壊れる事を前提とされているハズの外壁には、二人の視力を持ってしても未だに詳細こそは判定出来ないが、遠目に見ても細やかな装飾が施されているのを判別する事が出来る程であった。
「…………外壁の大きさから鑑みて……首都か、もしくはソレに準ずる程度の規模の都市だとは思うが……どうするよ?」
「…………そう、ねぇ……。
もう急ぐ必要は無くなったけど、この国に対してはお姉さんもシェイド君も明るくは無いから、判断に迷う処では在るのよねぇ~」
「あぁ。
俺が以前ちょろまかしてきた地図だとか、見聞きした情報だとかでも、流石にこの辺のアレコレだとかはあんまり多くは無いからな。
ぶっちゃけた話をすれば、当たって砕ける他に無いぞ。少なくとも、俺としては、だが」
「お姉さん的にも、当たって砕ける、しか選択肢は無さそうかなぁ~。
ぶっちゃけた話をしちゃえば、ここって魔力を操ったり感じ取ったりする事に長けてる長命種の国でしょう?だから、他の処みたいに、現地の工作員として潜入させておく~、みたいな手が取れないのよねぇ。
関所でのやり取りみたいな短時間じゃ無くて、現地に馴染めるだけの時間長く居ると、余程上手く隠さない限りはバレちゃうから」
「なら、取り敢えずあそこで情報収集だな。
流石に入れない、なんて事は無いだろうし、いい加減野宿にも野外飯にも飽きて来たからな。
今夜は柔らかい寝床で寝たいもんだよ……」
「あら?
じゃあ、温かくて柔らかくて気持ちの良い寝床が、シェイド君の事を迎え入れて上げようか?」
「………………そう言う事は、誰も見てないからって外で言わない。
後、慣れない事は言わない方が良いぞ?耳真っ赤だから、バレバレだからな?」
「そ、そう言うシェイド君だって顔赤くなってるじゃないの!」
そんな、姦しくも仲の良さを感じさせるやり取りと共に、二人は遠くに見える都市へと向けて歩みを再開させるのであった……。




