不撓の少年は師の行方に想いを馳せる
…………武闘会が終わってから、数日が経過した頃。
ビスタリア国の首都であるカオレンズベルクは、とあるニュースにて話題が持ちきりとなっていた。
『カオレンズベルク本支部ギルドマスターのネメアヌス氏が暗殺される』
その見出しは、民間にて発行されている様々な情報誌や口コミ、王政府が発表した正式な報せと言った諸々に対して必ずと言っても良いほどの頻度にて登っており、様々な憶測を呼びながら方々へと広まりつつあった。
…………ある情報屋は、彼は過去の因縁によって殺されたのだ、と語り。
…………ある情報誌は、氏は複数人による暴行を受けた上で致命傷を負ったのだ、と筆を踊らせた。
…………ある噂話では、故人は動かせる戦力を動かしていた最中であり、襲撃を予感していたのではないか、と囁かれた。
そうして、様々な憶測が飛び交い、ネメアヌスを慕う者が彼の仇を探し出そうと躍起になったり、下手人の首を挙げた者こそが『彼の後継者』となるのだと血気を揚げる者が出たりもしたが、未だにそれらの騒動は結実を見せる事は無く、ただただ無為に事の規模を大きくして行くのみであった。
そんな騒動の最中、冒険者ギルドにて新しく冒険者として登録を果たした少年が一人。
特徴的な『黒目黒髪』と言う要素も相まって、若干閑散としてはいるものの、それでもそれなりに賑わいを見せているギルドのロビーにて視線を集めていたが、実は別の要素によっても視線を集める事となってしまっていた。
…………そう、それこそ、直近の武闘会にて対戦相手を見事下し、賭けの対象とされていた少女を救い出す、と言う『何よりの娯楽』を提供してくれた相手であり、同時に、その武闘会にて戦った相手が何かと話題となっているネメアヌス傘下の『稀人』であり、あの試合自体もネメアヌス仕込みのモノであった、と言う事から、何かしらの事実を把握しているのでは無いのか?との噂が流れているのだ。
その為に、未だにギルドマスターであったネメアヌスの強い影響下に在る冒険者達や、ネメアヌスの配下であった者達が、どうにかして彼から直接話を聞き出し、仇を特定するか、もしくは少しでも有用なモノを得て他の連中を出し抜いてやろう、と画策している、と言う訳なのだ。
そんな理由が在る為に、彼に対して様々な、それこそ損得好悪交じりに交じったモノの込められた視線が集中する事態となってしまっている、と言うのが素直な現状、と言うヤツだろう。
尤も、彼らは現在では、彼の事を眺める事しか出来ずにいる。
人一人程度、幾らでも『処分』する事が可能な程度には法律も戒めも、ついでに言えば罪悪感もガバガバなビスタリアであるが、今の彼には手出しする事が出来ないのだ。
勿論、彼の後見人としてラヴィニアが付いている、と言う事も公的な抑止力として働きを見せている、と言う面も在る。
ソレに、彼自身の実力も侮れない程度には高いものとなっている、と言う事も、先の武闘会にて示されている事もあり、一定数の有象無象が足踏みしている、と言う事も間違いでは無いだろう。
…………が、それらの要素は、あくまでも『その程度』でしか無い。
既に一線を退いているラヴィニアよりも高い実力を得ている、と自負を抱く実力者もネメアヌスの旗下には在籍していたし、彼女でも容易には掣肘する事が出来なかったり、難しかったりする様な権力者も下手人探しには乗り出していたりもする。
故に、彼女のラヴィニアの威光だけでは、本来ならば彼はこうして昼間から堂々と表通りを歩いたり、ギルドへと登録の為とは言え赴く、だなんて事は決して出来る状態には無かったハズなのだ。
…………だが、彼は多少嫌な意味合いでの視線を集める事にはなっているものの、問答無用にて路地裏に連れ込まれたり、薬品や脅迫等にて無理矢理に情報を吐かされる事も無く、こうして大手を振って出歩く事が出来ている。出来て、しまっているのだ。
本来ならば、当の昔に人目を避けながら、救い出した少女共々国外脱出を成す羽目になっていたであろう彼が、こうして過ごす事が出来ているのは何故なのか?
それは、彼が下手人の関係者であるからだ。
…………何故、ソレで安全が担保される事になっているのか?
寧ろ、そうして確定したのであれば、即座に始末される羽目になるのではないのか?
ほぼ確実に繋がっている紐なのだから、ソレを引くのは当たり前の事ではないのか?
そう思われるのが当然かも知れないし、実際にそうしよう、と動きを見せる者もいた。
…………が、そう言った手合は、即座に『とある存在』によって、勢力諸ともに撃滅される事となってしまったのだ。
…………そう、元前衛の特級冒険者であるネメアヌスを、一切の抵抗をさせず、大勢の部下と共に無惨な姿へと変貌させ、一方的に嬲り殺しに出来るだけの実力を持った、下手人の手で、である。
特別、現場に本人がやった、と直接的に断定させる様なモノは残されてはいなかった。
書き置きが残されており、ソコに『自分がやった』と書いてあった訳でも、ネメアヌスの邸宅に残されていたモノと同じ特徴的なモノが残されていた、と言う訳でも無い。
…………が、ネメアヌスの事件現場を知り、その上で新たな現場を目の当たりにし、被害に遇った者達の、本人や周囲の護衛達の実力を知る者からすれば、最早断定する必要性すら無い、と言う程に酷似している状態となっていたのだ。
現場は無惨に破壊され、ソコに居たであろう護衛・関係者・家族の一人に至るまで全員が惨たらしく殺されていた。
それだけでは無く、その場所に於いては最も力を持っていたであろう本命は、須く極限の恐怖を顔面へと張り付け、四肢を何かしらの鈍器の様なモノにて叩き潰された様な状態であるにも関わらず、生きたまま臓物を引きずり出されて殺される、と言う手口まで共通している、となれば、否応なしに類似点を捉える事となり、共通犯である、と言う結論に至る事となるのは必定だと言えるだろう。
そんな凄惨極まる事件現場の様相は、瞬く間に世間へと知れ渡り、同時に一連の事件の犯人はその悪名を天井知らずに高める事となっているのだが……実は驚く程に一般市民からは『恐怖の対象』として見られる事も無く、どちらかと言うと好意的に受け入れられつつあった。
公的に、半ば指名手配されつつある存在に対して、何故好意的な感情が在るのか?と言えば、やはり被害者達が退廃の都であるカオレンズベルクに於いても黒い噂や事実が絶えない部類の者達であったから、と言うのが大きいのだろう。
実際問題、被害者達に直接の関わりが大きすぎる者達は須く惨殺される憂き目に遇ってはいるものの、そうでない者、例えば『虜囚とされていた者』や『拐われて来た女性』、『嬲り殺しにされそうになっていた子供』と言った、犯人が事を終えてから助け出した人々も僅かながらに存在しており、そう言った手合は殺さずにいたお陰か、ネメアヌスの件に無関係な一般市民からは『彼』の事を悪く言う者はそこまで多くは居なかったのだ。
…………とは言え。とは言え、だ。
だからと言って、一部からは好意的であるとは言え、他の面子からは『凶悪な犯罪者』として扱われている事に、その『犯人』に対しては本当に心当たりがあるマモルとしては、何処に行くにも付きまとわれる羽目になる視線も相まって、余り良い気分である、とはとても言えない心境となっていた。
ただでさえ、その人物とは未だに再会を果たす事が出来ず、直接武闘会にて勝利した事も、無事に彼女を取り戻すことが出来た事も、つい先日遂に想いを通わせる事が出来た事も、まだ報告すら出来ていない状況なのだ。
最後に顔を合わせ、言葉を交わしたのが武闘会の試合前であり、ソレまでは基本的に行動を共にしていただけに、ここ数日の『これじゃない』と言う違和感と共に発生した虚無感は、彼の中でもかなりの大きさを占めるモノへと成長してしまっていた。
…………だが。そう、だが。
マモルは、彼がこうせざるを得なかったのだろう、と言う事を確信も同時にしていた。
一連の事件の犯人は、被害者達を凄惨な拷問の末に殺し、その上で被害者達の家族に至る迄のその全てを、女・子供であろうと関係無く、一人も逃す事無くその手で始末しまっていた。
しかし、ソレを彼が、師匠が自ら望んで嬉々として行っていたとは、短いながらも少なくは無い時間を共に過ごす事となっていたマモルには、とてもそうだとは思えなかったのだ。
…………確かに、冷酷な一面も、彼には存在してだろう。
ソレは、彼からの教えを骨髄に染みる程に叩き込まれたマモル自身が、一番良く知っている。
…………だが、彼に人としての温かみが存在しないなんて事は有り得ないし、短いながらも接していた限りでは、無関係な者にまで手を掛ける事を喜ぶ性質でも無ければ、無抵抗な者を痛め付けて快感を得る性質でも無い…………とは思うので、極一部とは言え囁かれている『個人の愉悦の為に皆殺しにした』と言う事は考え難い。
…………そうなれば、やはり世間で言われている様に『関係者を守る為にやった』と言うのが最も真相に近しいモノなのだろうが、ソレが事実なのであれば……とマモルは一人歯を食い縛り、固く拳を握り締めて行く。
「…………俺は、弱い……俺が強ければ、師匠から何か話してくれたかも知れないのに……師匠が、手を汚さなくても良かったハズなのに……!
もっと、もっと一緒に居られて、もっと色々と教えて貰えたかも知れないのに……!!」
彼の呟きに滲み出す、後悔と悔恨の感情。
自分がもっと強ければ、彼は自分を守る為に手を汚す事も、不本意な(……ハズ)残虐行為に走る事も、逃げる様にこの場を後にする必要も無かったハズなのだ。
実を言えば、マモルも彼の、シェイドの現在地は分からない。
武闘会の後から本人とは会えていないし、彼と行動を共にし、かつ自身に何くれと無く世話を焼いてくれていた彼の相棒でもあるサタニシスも数日間は彼と咲との側に居てくれたが、ソレも少し前に
『彼と合流するからお姉さんはここまでね。
彼女と仲良くしないとダメよ?じゃあねぇ~♪』
との書き置きを残して姿を消してしまった。
その事に、彼らの事を当てにしていたのであろうラヴィニアが頭を抱える事となっていたが、彼の脳裏に過ったのは、感謝すら碌に伝えられなかった、と言う後悔の念であった。
…………そうして、師匠の献身によって、こうして無事に過ごせている彼は、今が良ければソレで良い、と楽観出来る程にお気楽でも無ければ、助けられた恩人が姿を隠して『恩を返せ、と言われなくて済んだ』と喜べる程に人非人でも無かった。
故に、彼は固く握り締めた拳を掲げながら心に誓う。
強くなる、と。
誰よりも、何よりも強くなる。
そして、そしてもう一度、師匠に、シェイドに会って、強くしてくれた事を、こうして助けてくれた事を感謝して、また稽古をつけて貰うのだ、と。
そう、己の心に誓った少年の見上げた空は、退廃の都に似つかわしくは無い、突き抜ける様な蒼天となっていたのであった……。
……………なお、これから数年の後、『稀人』の血を濃く受け継いでいるのであろう特徴を備えたとある男女の二人組が、『英雄』と呼ばれるだけの功績を挙げる事になるのだが、ソレはまた別のお話、である……。
これにて今章はお終いとなります
次話から次章になります




