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反逆無双の重力使い~『無能』と呼ばれて蔑まれた少年は、封じられた力を取り戻して『反逆者』へと至る~  作者: 久遠
七章・反逆者は『獣人国』にて弟子を取る

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不撓の少年は因縁の相手と対峙する

 


 …………一人、俺はこの大闘技場の通路を、試合の舞台へと向かって歩いて行く。


 少し前までは案内役の獣人族の人が居たけれど、その人も役割として命じられていたのはこの通路への案内までであったらしく、ここを真っ直ぐに行けば舞台に辿り着く、と説明をのこしてさっさと来た道を戻って行ってしまった。



 だから、今この場に居るのは、俺一人と言う事になる。


 ……その事実を再確認してしまったからか、再び緊張が俺の身体を支配下に置こうとし始め、俺の耳元で幻聴が囁き始めた。




 …………まさか、お前忘れた訳じゃ無いだろうな?アイツから、榊()から受けた、数々の暴力を?


 何度、死にそうな目に遇わされた?何度、死んだら楽になるか、と考えた?


 そんな相手に、お前程度が勝てる訳が無いだろう?いつぞやみたいに、さっさと土下座して赦しを請えよ。


 あの女を差し出せば、もう放っておいてくれるかも知れないぞ?もしかしたら、今回だって痛め付けられる事無く、終わらせてくれるかも知れないんだぞ?


 だから、他の奴等の目なんか気にせずに、一人だけで逃げ出しちまえよ。負け犬は、負け犬らしく、女の一人も守れずに、師匠からの期待にも背いて、たった一人で惨めたらしくな!!




 …………そんな幻聴を、俺自身の声で耳に届いて来る心の内側からの声を、頭を振るう事で無理矢理に打ち消そうと試みる。




「…………煩い。黙れ!

 俺は、もう昔の俺じゃない、弱いだけだった俺じゃないんだ……!」




 実際に言葉に出す事により、耳に直接届いて来る様なその声を打ち消そうとするが、アイツに、榊のヤツに三年掛かりで植え付けられた恐怖心と卑屈さ、肉体的な痛みによる生じたその『トラウマ』は、まるで俺自身の『もう一つの人格』であるかの様に振る舞い、変わらずに俺の事を言葉で責め立てて来た。




 …………おいおい、そんなに無駄に強がらなくても良いだろう?


 お前が、アイツに、榊様に勝てるハズが無いだろうがよ?


 今まで、何度死にそうな目に遇わされたのか、もう忘れたのか?


 それとも、あの『訓練』って名目でやってた()()で、無駄な自信でも付けちまったのか?


 だったら、ソレは只の勘違いだ。お前はお前でしかない。只の、弱虫で、幼馴染みの一人も守れない、正真正銘の雑魚でしか無いんだよ!




「…………違う!もう、俺は以前の俺じゃない!

 俺は、強くなったんだ!強く、なれたんだ!

 お前とは、弱かった時の俺(お前)とは違うんだ!!」




 ………………ガンッ!!!




 内心から湧き起こるその幻聴に対して、一際強く反論しながら、通路の壁へと額を叩き付ける。


 若干とは言え負傷したらしく、独特の温度と滑り気を帯びた液体が俺の額を通って口元まで流れて来る。



 …………本来、今の俺の様に戦いを目前のモノとしている場合、どれだけ小さかったとしても、こうして怪我をする事は避けて然るべき事なのだろう、とは思う。


 現に、師匠であるシェイドさんからは、そう言う事態になる事は極力避けた方が良い、との教えも受けてはいたから、俺としても理解はしていたつもりだ。



 だけど、どうしても今はソレが必要なのだと、本能的に悟ってしまったからか、身体が勝手に動いてしまったんだ。



 …………結果的に、とは言え、そうして頭突きをしたからか、一時的にとは言え幻聴が収まり、身体の強張りも解けて行く。


 それに伴い、額からの出血も量が増えて来た様な気もして来たけど、そこはどうにか『気のせい』と言う事にしておいて、手のひらでグイッ!と若干乱暴に拭って気にしない事にしておいた。



 そうやっている内に、どうやら向こうの方は舞台への入場を済ませてしまったらしく、観客席が沸き立っている声が通路の中まで届いて来た。



 どうやら、アイツの事を持ち上げ、讃える様なアナウンスまで同時に行われているらしく、それに合わせる様にして更に観客席が盛り上がっているのが、気配だけでも嫌と言う程簡単に伝わって来ていた。




 やれ、今回『賞品』とされている『少女()』は彼と想いを通じ合わせている恋人同士だ、だの。


 やれ、今回彼が戦う相手は、そんな恋人の少女に横恋慕した愚劣な存在だ、だの。


 やれ、一度は撃退したものの、それでもしつこく言い寄って来ていたから、この場で全ての決着を付けようとしているのだ、だの。


 やれ、このカオレンズベルクのギルドマスターであり、彼の後見人でもある者が、自らの名前に於いて勝敗を決し、勝者に少女と添い遂げる権利を与える、だの。




 そんな、俺からすれば出鱈目極まりなく、榊にとって非常に都合の良い事だけを並べたアナウンスが聞こえて来てしまっていた為に、一も二もなくその場から駆け出して、一心不乱に舞台を目指して進み始め、僅かな時間で舞台へと入り口へと到着する事に成功した。



 余りに勢い良く飛び出してしまったからか、舞台への入り口を通り越して中央部分にまで飛び込む事になってしまっただけでなく、着地の時に体勢を崩す事にもなってしまったが、どうにか地面に膝を突く程度にはバランスを取る事に成功する。



 最低限の恥は掻かずに済んだ、と言う事にホッと一息吐いていると、周囲と正面の様子が俺の耳目に飛び込んで来る。


 周囲は建物の構造上、観客席に囲まれる形となっているし、舞台の中央には先に舞台へと上がっていた榊が居るのは当たり前だし、その近くに審判と思われる人物が居るのも当然と言う事だろう。




 …………だけど、この静まり様は一体どう言う事なんだろう……?




 舞台の中央からやや外れた場所にて膝を突きながら、そんな疑問を内心に蔓延らせながら俺は首を傾げてしまう。



 つい先程まで、それこそ通路に居た俺にさえ聞こえてくる程の歓声を挙げ、俺が無様に敗北する事を望んでいたハズの観客席は、なんでこんなに静かになっているんだろうか?


 以前であれば、顔を合わせた途端に罵声を浴びせ、嘲笑と共に暴力を振るって来たハズの榊は、なんで驚愕の表情を張り付けた状態のまま、審判の人と一緒に固まってしまっているのだろうか?



 そんな疑問が俺の胸中に渦巻くが、同時に榊に対する恐怖心も再度甦って来る事となり、僅かとは言え身体に震えが走り始めてしまう。



 抑えようにも抑えられてくれないその震えが全身へと伝播するにつれ、それを目の当たりにした榊の驚愕に染まっていた表情が、徐々にかつて俺へと向けられていた嗜虐心を昂らせているであろうモノへと変化し始めた。




「…………カハッ!!

 オイ、オイオイ!オイオイオイ!!

 何だよ何だよ!?アレだけ派手な登場してくれやがったから、もしかして代役でも立てやがったか?と思っちまったが、まさか本当にクソザコ野郎が出て来やがったのかよ!?

 良くもまぁ、逃げ出さずにノコノコとその不愉快な面出せたモンだよなぁ、あぁ!?」



「…………くっ……!!」




 真っ正面から叩き付けられた怒気により、かつての暴虐を思い出してしまって身体が勝手に竦み上がってしまう。



 ソレをどうにか抑えようと強く歯噛みするものの、その際に溢れた呟きや行動自体が『自身に対する恐怖心からの行動だ』と榊に勘違いさせる事になってしまったらしく、寸前まで見せていた『戸惑い』や、僅かばかりに覗かせていた様にも見えた『怯え』を振り払う様にして、殊更に声を大にしながら捲し立てて行く。




「ハッ!逃げ出さずにその面出せた事は誉めてやるが、もしかしてテメェ勝てるつもりで居やがるんじゃねぇだろうな?

 テメェみたいなクソザコが、俺様に勝てるだなんて、本当に思ってやがる訳じゃねぇだろうな!?

 だとしたら、随分と俺様の事を嘗め腐ってくれてるみてぇじゃねぇかよ、オイッ!?

 テメェみてぇな、テメェの女一人も守れねぇ様な、底辺中の底辺なクソザコ野郎が、イイ気になってんじゃねぇぞコラァッ!?」




 まるで、何かしらに対して虚勢を張るかの様に怒声を挙げる榊の姿に、思わず過去のアレコレによるトラウマと、直前まで響いて来ていた幻聴によって身体が竦み上がって強張ってしまう。


 …………けど、何故かは分からないけれど、以前までの、それこそ本当に暴力を振るわれていた時だったり、少し前に在ったアイツとの戦いの時に感じた『絶対的な恐怖』とはまた別なモノである様な気がして、内心で首を傾げてしまった。



 とは言え、表面上は特段変化した部分は無かったらしく、自身が怒鳴り付けた事で俺が縮み上がってしまっている(と思っている)からか、気を良くした様子で視線を俺から逸らして観客席の一角へと向けて行く。


 何か在るのか?と思い、釣られる形で俺もそちらに視線を向けたら、その先には獅子の特徴を備えた大柄な獣人族であり、このカオレンズベルクの冒険者ギルド本支部のギルドマスターを務めている『ネメアヌス』の姿と、その横に立つ咲の姿が俺の視界に飛び込んで来た。



 思わず、舞台に突いていた膝を離し、俺はその場で勢い良く立ち上がってしまう。



 特に俺の行動に対して警戒していた訳でも、予期していた訳でも無いらしい榊が何事かを怒鳴り散らしていた様子だけど、俺の意識には視線の先に佇む咲の姿しか写っていなかった。



 …………抱き締めたら折れてしまいそう、華奢な体格も。


 背中まで伸ばされた、綺麗で長い黒髪も。


 そこまで主張は激しく無く、性格と同じで大人しめなながらも、年頃の女性らしく曲線を描く体型も。


 ……そして、心配そうにしながらも、確かな信頼が感じられる視線と瞳も。



 全て。彼女を構成する全ての要素が、俺の知る彼女の、あの時無理矢理に連れて行かれる事となってしまっていた彼女のモノと、寸分たりとも違わない、花咲 桜その人がそこには居たんだ。



 服装や装飾品の類いは、彼女の趣味では無いハズ(少なくとも俺の認識としてはそのハズ)の下品で露出の高い、まるで踊り子の様な衣装を着せられており、男の俺としても大変に眼福な光景になっていたけれど、咲本人としては周囲からの視線を向けられる事が恥ずかしいらしく、顔を赤らめながら手をさ迷わせて晒け出された肌を少しでも隠そうと、無駄な努力を行っていた。



 …………そんな、彼女の姿見た事で、少なくとも『肌を晒せ無い程に酷い怪我』を負わされている事も、『薬で無理矢理認識を歪ませられている』なんて事も、『無理にでも汚されて流されてしまっている』事も無かったのだろう、と俺は判断出来たけど、それと同時に俺の内部からは抑えきれない程の激情が、『怒り』が湧き起こって来ている事に後れ馳せながら気が付いた。



 …………優しく、気が弱く、それでいて相手の事を気遣う事を、常に止める事無く続けていた咲。


 そんな彼女の事だから、勝負に負けた俺に対して止めを刺そうとして来た榊に対して、自分から従う様な事をしたのは、俺にも分かっていた。



 それに、優しいだけじゃなく、事を自分が望んだ方向に持って行こうとする強かさも兼ね備えた彼女だからこそ、こうした無事な姿を俺に見せてくれる事が出来たのだろう。


 …………でも、そんな環境に彼女が、咲がその身を置く羽目になってしまったと言うその事実に対して、俺の中にそんなモノが存在していたのか、と不思議になる程に激しい怒りを抱いてしまっただけでなく、その衝動のままに『咒毒剣カンタレラ』を抜き放つと、その切っ先を榊へと突き付けながら、一言




「…………余計な事は、もう沢山だ。

 お前の囀りを聞き続けるのも、もう沢山だ。

 さっさと始めよう。そうすれば、全部終わりに出来る」




 と言い放つ事になったのだった……。



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