反逆者は不撓の少年を送り出す
シェイドがマモルと試合を行い、その実力に及第点を与えてから数日が経過した頃。
彼らの姿は、ビスタリアの首都であるカオレンズベルクが誇る、大闘技場の一室に存在していた。
カオレンズベルクの冒険者ギルド本支部長が行った策略(?)が原因とは言え、一応は公式に行われる武闘会の試合によって事の次第を正す、と言う事になっている以上、マモルは正式に参加選手として登録が行われているのだ。
その為に、こうして彼らが今居る様な選手控え室も一時的に貸与される事となっているし、シェイド達も関係者として同行する事が出来ている、と言う訳なのだ。
種族の伝統、と言うだけでは無く、国としての司法機関としての役割も持ち合わせている武闘会。
故に、と言う訳でも無いのだろうが、腕試しも兼ねて行われる多人数でのバトル・ロワイアル形式にしか参加出来ない様な一般選手とは異なり、伝統的な解決方法としての参加を望む者に関しては、権力者からの推薦が必要とはなるものの、それが正当なモノである、と認められた場合には、こうして控え室として一室が与えられ、準備が整うまでソコで過ごす事を許されるのだ。
流石に伝統の在る行事を成す為の施設であるらしく、控え室として案内されたその一室は中々に豪奢な造りとなっていた。
内装や置かれている家具の類いは寧ろ『控え室』と言うよりも寧ろ『迎賓館』と呼ばれた方が納得出来るであろう程にきらびやかなモノとなっており、各種設備に加えて風呂や台所だけでなく、何故かベッドまで設えられる周到さを見せていた。
恐らくは、出場する選手の緊張を和らげたり、精神をリラックスさせたりしてコンディションを整えさせ、試合にて最高のパフォーマンスをさせる為に諸々を整えて在るのだろう。
…………が、そう言った気遣い(?)の類いは、逆にマモルの事を萎縮させる事となってしまっていた。
それもそのハズ。
何せ、彼はこの世界に来るまでは、本当に只の学生でしか無かったのだ。
特に武道の経験が在った訳でも無く、喧嘩に慣れていた訳でも無い。
当然、スポーツの類いは得意では無かったし、部活動に打ち込んでいた、と言う事実も特には無かった。
その為、彼には『衆目の元で何かを成す』と言う事に対して経験も耐性も特には持っておらず、武闘会が始まる前から盛大にビビり散らしていたのだ。
そんな状態だった彼を、どうにかこうにか宥め透かしてこの大闘技場へと連れて来た訳だが、案内された先の『控え室』が見ての通りに彼には見た事も無い程に豪奢過ぎる程に豪奢な造りとなっていた為に、その怯えが再燃する事となり、今では部屋の隅っこでカタカタと震えるだけしか出来なくなってしまっていたのだ。
その事態に、思わず顔を手で覆い、大袈裟な迄に嘆いている様子を周囲へと露にするラヴィニア。
彼女にとってして見れば、自分の今後が掛かった大一番での試合を前にして、ソコで戦う自分が賭けた選手がへたれてしまっている様なモノなのだから、強ち攻め立てられる様な事でも無いのかも知れない。
しかし、そんな様子を見せてしまっている事も、彼へのプレッシャーを強める一因となってしまっている、と言う事も、また事実ではあった。
そんな二人の様子を、半ば呆れた様な色を滲ませた視線にて眺めるシェイドと、若干心配そうにしているサタニシス。
彼としては、この程度でアレだけ緊張する理由がイマイチ理解出来ていない、と言う事も在った為に『呆れ』の感情を露にしている、と言うだけに過ぎない。
が、彼女としては、たった一月と半分程度とは言え、自身が想いを寄せているシェイドが付きっきりで世話をして面倒を見ていた相手であるのだ。
元より、面倒見が良く情にも厚かったサタニシスが、それだけの間色々と見てきた相手に対して悪感情を抱くハズも無く、純粋に彼の事を心配しているが為にその様な様子を覗かせていた。
そんな彼女の様子を目の当たりにしたからか、それとも『このままでは使い物にならないな……』と判断したからか、はたまたその両方なのかは不明だが、取り敢えずはこの場をどうにかしないことには不味い事態になる、と判断したらしいシェイドが、その重い腰を上げて膝を抱え込むマモルへと向けて歩み寄って行く。
そして、その頭上から檄を飛ばし、彼の弱気を叱り付けて無理矢理にでも立ち上がらせる!…………と言った様な事は一切せず、黙って俯きながら膝を抱えてしまっているマモルの横へと自身も同じく座り込み、優しく落ち着かせようとする様に声を掛け始める。
「…………よう、どうした?
戦うのが、怖くなったか……?」
「……………………」
「…………まぁ、そうだろうなぁ。それが、普通の反応だよなぁ。
俺なんかは、割りとその辺鈍感らしくてなぁ。
以前は誰かを傷付ける事が怖くて怖くて仕方無くって、武器を人に向かって振り回すだけでも怖かったが、今じゃ戦ったり殺したりするのは楽しくて仕方無いからなぁ。
正直、お前の気持ちを理解してやるのは、俺じゃあ難しいと思うよ」
「……………………」
「……でも、お前さんがやらなくちゃならない事、やらないと後悔する事になるだろう事柄を抱えている、って点に関しては、どう足掻いたって変わりは無い訳だ。残念ながらな。
代われるモノなら代わってやっても良いんだが、流石にソレは無理だろうから、どの道お前さんがやるしか無いんだが、ソレは分かってるんだろう?そうでなきゃ、あの時にあんな啖呵は切れないだろうからな」
「………………」
「だから、改めて言わせて貰おうか。
お前さん、何時までもそうやってると、お前さんが大切にしたい、守りたいと思ってる幼馴染みは、ボロボロになるまで犯されるか、もしくは怪しい薬で漬物にされて『男相手なら誰でも良い』みたいな、股が弛くて尻が軽い売女にされたりする可能性が高くなる訳だが、ソレは別にもうそうなっても構わないって事なんだろう?」
「……………っ!」
「違う、とは言わさんよ?
何せ、今こうして縮み上がっている、って事は、何よりも俺の言葉が正しい、と言う証拠になっているだろう?
そうでなければ、本当にその幼馴染みの事を『助けたい』と思っているのなら、今ここでこうして縮み上がって座り込んでいるハズが無いモノな?」
「…………っ!それでも、それでも、俺は……!!」
「助けたい、ってか?
だったら、そうして座り込んでねぇで、覚悟決めろよ。先ずは、全てはそこからだ」
「…………でも、俺が失敗したら、咲が……っ!」
「…………なら、問い方を変えようか。
お前さんが恐れているのは、その幼馴染みを無事に救い出せない事か?それとも、そうして救い出せる状況を目前にしながら、失敗し果てる事か?」
「……っ!?そんなモノ……!?」
「『答えは決まってる』と言うのなら、なおのことこうやって座り込んでいる暇は無いハズだぞ?
……それに、よく言うだろう?『失敗した事ばかり考えていると、本当に成功する事が出来なくなる』って」
「………………」
「最悪を考えるな、と言うつもりは無いが、だからと言って失敗した場合の事ばかり考えているのも良くは無いぞ?
それに、失敗した時の事を考える、って言うのなら、なんで俺達に一言『お願い』しないんだ?寧ろ、何の為に俺達がここに居ると思っているよ?んん?」
「…………え?でも、ソレって……!?」
「何、元より俺達は悪名の方が高い(と本人は思い込んでいる)から、今更気にする必要も無いだろうよ。
あそこにいる阿呆に関しては、中途半端に嘴を突っ込んだ自分の愚かさを呪って貰うとしようか。所謂、自業自得、ってヤツだよ。気にすんな気にすんな」
「…………で、でも……俺の問題なのに、そこまでして貰うなんて事は……!?
そ、それに……その後、の事だって……!?」
「あぁ、そこの心配もしなくて良いぞ?
元々、この国はさっさと通り抜ける予定だったんだよ。ここに留まっていたのだって、お前さんを鍛える為だけだったからな。
だから、もし万が一の事が在ったとしても、全てを片付けて隣国まで一緒に逃げてやる位はしてやれるぞ?
とは言え、それもお前さんが負けてしくじったら、って話に過ぎない。だから、お前さんが失敗しなければ、俺達だって面倒な事をしなくても済むって訳さ。分かったかい?」
「流石に、ソレは明け透け過ぎやしないですかね?お師匠様?」
悪戯小僧の様な笑みを浮かべながら、トンでも無い爆弾発言をしてくれるシェイド。
万が一負けても『保険』として動いてやる、と言ってはいるものの、その余りに過激な内容に、思わずその時だけはマモルも緊張を忘れ、苦笑いを浮かべながら突っ込みを入れてしまう。
そんな彼の反応が狙い通りのモノであったからか、それとも一時とは言え緊張を忘れる事が出来ていた為かは不明だが、その口許に柔らかな微笑みを浮かべながら、立ち上がり様にマモルの肩を軽く叩いて行く。
「…………まぁ、取り敢えず失敗しても大丈夫だ、取り返しの利かない事態って訳でも無い、とだけ覚えておけば良いさ。
お前は、俺の弟子で、俺が直々に手解きしてやったんだぞ?これから戦うお前の相手は、何度も手合わせしてきた俺よりも強いのか?」
「………………ハッ!
俺よりも、アイツの方が強いかも知れません。それは、確かです。
でも、それは、それだけはあり得ません。アイツは、絶対に師匠よりも強くは無いです。
これだけは、俺の全てを賭けて断言出来ますよ」
「なら、勝つのはお前だ。
俺が教えてやれる事は大体仕込んでやれた、お前が勝てないハズが無いだろう?
なら、緊張だなんてするだけ無駄だ。どうせお前が勝って全てをかっさらって行く事になるんだから、万が一の事を気にしていたって無駄に過ぎるだろう?
なら、下を向くな。前を見ろ。そこには、お前とお前の大事な幼馴染みとの未来が待ってるんだから」
「……………………はいっ!!!」
そうして、何かを吹っ切った様な表情と共に顔を上げ、勢い良くマモルが返事を返すと同時に、彼らが居る控え室へと、マモルの試合がもうすぐ始まる、と言う報せがもたらされる事となるのであった……。
次回、視点変更予定
もう数話程度でこの章も終わりになる予定です
お付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m




