反逆者は不撓の少年を弟子に取る
あれよあれよと言う間に、シェイドへの弟子入りを許可される事となったマモル。
その光景を、事の発起人であったハズのラヴィニアは、何故かほぼ蚊帳の外に置かれる様な形にて眺める事となってしまっていた。
いつの間にか、事の中心から弾き出されてしまっていただけでなく、自らが主導する形にて事を運ぼう、と密かに企んでいたハズであり、かつ気難しい一面を持つシェイドに対して上手くマモルの事を取り成し、最終的に自身の部下としてのポジションに納めてやろう、とも企んでいたのだ。
が、気が付けば二人のやり取りは自らを介さずとも円滑なモノとなっており、いつの間にか彼への弟子入りすら自らの口利きを必要とせずともやり遂げてしまっていたのだ。
流石に、自身にもマモルには負けて貰っては困る事情が在る為に横から口出しをして滅茶苦茶にする、と言った様な事をするつもりは無いが、だからと言って見ていて心安らかな光景、と言う訳でも無い。
何せ、もし彼が負けてしまえば、相手側の保護者にして鍛えているであろう本人であるこのカオレンズベルクの本支部長から、同じ地位に在りながらも部下の育成能力に差が出てしまっている、と言う当て擦り的な嫌みを言われる羽目になるだけでなく、賭けとして武闘会にて公式に行う、と言う事もある程度周知されてしまっている為に、明確に『勝者』と『敗者』が別れる事となってしまうからだ。
そうして『勝者』と『敗者』が確定してしまった場合、基本的に、と言うよりも大概は『敗者』が『勝者』よりも格下だ、として認識される羽目になるのは、言わずとも容易く理解出来るであろうし、そうなる事を必死に回避しようと彼女も様々な手を試していたのだ。
…………だが、幾ら生国であり、その上で過去に武闘会でも優勝したり、特級冒険者の地位に在ったりしたとは言え、流石に現地で現役のギルドマスターを務めている者が相手では分が悪かったらしく、結局の処として正攻法でマモルが相手を倒す、と言う状態になるしか彼女にとっての明るい未来は無さそうな状況に在るのだが。
そんな訳で、どうにかシェイドとマモルの間に存在感を出しておきたい理由の在るラヴィニアが、固く握手を交わす二人に向けて口を開く。
「…………まぁ、その、悲壮な覚悟を決めている処悪いんだけど、多分二人の想像している通りの事にはならないと思うよ?
確率としては高い、って程度だけど、まだサキとやらは無事なハズだ」
「…………なんですって!?」
「……おいおい、あんまり適当な事抜かしてくれるなよ?
中途半端に期待を持たせる様な事言ってまで、やる気を出させなくちゃならない様な場面じゃねぇんだから、邪魔しないでくれないかよ?」
「……い、いや、これは本当の話だよ!
確か、君と例の彼との決闘が終わった後に、あいつが割って入る形で『武闘会で所有権を決める』と宣言したのだろう?
なら、稀人の方はともかくとして、あいつの方は絶対に手を出さない。手を出せない。少なくとも、恥を知っている獣人族なら、絶対にそれは、ソレだけは出来ないハズだ」
「…………そこまで断言できるって事は、ソレなりに根拠在っての話なんだろうな?
なら、さっさと説明しろ。手早くな」
「……そ、その……この国で産まれて育った獣人族なら、そう言う言い回しをした場合、ほぼ確定で『武闘会の結果で判定をする』って宣言になるんですが、今回みたいな『賞品』が在る場合、ソレを保持しているから、と先に手を付ける事は御法度になっていまして、ね?
ソレをやっちゃうと、他の獣人族からの総スカンを喰らう程度には顰蹙を買う様な行為でして、一応は公人として広く顔が売れているあいつがソレをしちゃうと、その後の影響が……と言う訳でして、ね?」
「ソレをしてまで、ほぼ勝ちが確定している勝負の前に味見する必要性は低い、と?」
「…………まぁ、身も蓋も無い言い方をすれば、そんな感じです。はい」
「……で、でも!仮にそうだとしても、あいつにはそんな事関係無いでしょう!?
だったら……!」
「……まぁ、そう言いたくなるのも分からんでも無いが、そちらも多分だが大丈夫なハズだぞ?
何せ、あいつはそいつの後見人を務める事を公表しているからな。そいつが何かやらかせば、あいつの名前に傷が付く事になるのさ。
流石に稀人とは言え、こちらに来たばかりではあいつの方が実力でも上だからな。無理矢理にでも、言うことを聞かせるハズさ。
…………もっとも、その目を掻い潜って無理矢理手込めに、なんて事が無いとも言い切れないのは、申し訳無いけどね?」
「………………そっか……なら、あいつは、咲は、無事で居られる訳、か……」
微かに呟く様にして、安堵の表情を浮かべながら膝を突くマモル。
それまで、口では強がって『信じている』とは言っていても、やはり無事で居られる保証は無い、と言う点からの心配はしていたらしく、それまで張り詰めていた気が弛んでしまったのだろう。
が、そんな風に安堵していたマモルに対し、師匠となったシェイドが早速厳しい言葉を投げ付ける。
「そうやって気を抜いている処悪いが、そうやっていてもお前さんの大事な女がその連中に散々犯される事は、まだ覆ってはいないんだって事は忘れて無いだろうな?」
「…………っ!?
そ、そんな事は……!?」
「本当に、無いと言えるのか?
さっき、欠片も『今無事ならソレで良いな』と思わなかったと、胸を張って言えるのか?
今、お前に必要な気概は『なればこそ、必ず無事に取り返す』と言うモノなんじゃ無いのか?」
「っ!
…………すみません、確かにそうでした。
俺には、そうやって安堵して気を抜く暇も、咲の現状に満足するだけの余裕も無いのを、一瞬とは言え忘れていました……申し訳在りません……」
「……何、分かっていれば、ソレで良いさ。
だが、これだけは覚えておけ。お前が気を抜く度に、お前が大切に思っている幼馴染みの未来が暗くなる。
お前が一度手を抜く度に、お前が守りたがっている幼馴染みの心と身体が、物理的にお前が元から離れて行くのだと、胆に銘じておけ。良いな?」
「ハイッ!!」
「ならば、これ以上俺からとやかく言うつもりは無いさ。
さて、では弟子として取ると言った以上、早速ソレらしい事をしてみようか。
なので取り敢えず、今の君の実力を見ておく必要も在るから、まずは手合わせしておこう。遠慮無く、加減無く、全力で打ち込んで来なさい。
俺は手加減して素手で反撃もしないでおいてやるから、遠慮せずに掛かって来る事をオススメするよ。良いね?」
「…………え、でも……」
「『でも』も『かかし』もありゃせんよ。
まずは現状を知り、出来る事と出来ない事と、これから出来る様になりそうな事を見極めないと、何も教えられないだろうがよ?
それとも、なにか?無手で無抵抗な相手に打ち込むことに抵抗感でも在るのかね?
……だとしたら、随分と余裕が在るだけでなく、かなり自分の事を買い被っているらしいな?
本当に幼馴染みの事を助けたいと思っているのなら、さっさと掛かって来い。でないと……死ぬぞ?」
「…………っ!?!?!?」
いつまでも掛かってくる様子を見せないマモルに対してシェイドは、言葉と共にほんの僅かに殺気と魔力とを解放して差し向けて見せる。
ラヴィニアへと先程向けていたのと同程度か、もしくは少し少ない程度のモノでしか無い。
が、それでも無作為に逸れたモノと直接差し向けられたモノでは質でも量でもあらゆる面で上回っており、物理的な圧力を伴っている様なソレを真っ正面から受けてしまった事により、根本的な恐怖によって顔面を青ざめさせてしまう。
ガクガクと足を震わせ、歯すらもカタカタと鳴らしながら、耐えきれなかったのかズボンの股間をジワリと濡らし始めるも、ソレに気が付いた様子を見せる事無く恐怖を顔面に貼り付けながら、全身を冷や汗でずぶ濡れにして行くマモル。
その様子を、呆れるでも、怒鳴り付けるでも、見捨てるでも無く、放つ威圧を弱める事無く、シェイドはただただ静かに彼の事を見守って行く。
そして、マモルの瞳に垣間見た意思の光が途絶えるかどうか、と言うギリギリのタイミングにて、普段の口調から鑑みても静かな口調で彼へと語りかける。
「………………怖いか?」
「…………はっ……はっ、はっ……!?」
「…………まぁ、怖いだろうな。
ソレが、死の予感、ってヤツだ。
身体が動かなくなり、先端から冷たくなって行く様な錯覚を覚えるだろう?」
「…………はぁーっ、はぁーっ、はぁー……っ!?!?」
「……辛いか?そうだろうな。
だが、お前には、この程度の威圧による恐怖や気当たりには、慣れて貰うし克服して貰う事になる。
これは、最低限の条件だ」
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……!?」
「なんで、と聞きたそうだな?
だが、逆に聞こう。お前が参加しなくちゃならない『武闘会』とやらは、何でもアリアリの殺し合いなんだぞ?なら、相手は最初から殺すつもりで掛かってくるハズだ。
お前を虐げてくれたヤツが相手なら、尚の事そうだろう。寧ろ、舞台の上で、これ幸いと嬲り者にするだけでなく、散々いたぶって痛め付けてから殺そうとしてくるだろうな」
「はぁ、はっはっはっ……っ!!」
「もし、コレに慣れる事が出来なければ、お前は一方的に、手も足も出せずに殺される事になる。
そうなれば、最終的な結果がどうなるのか。それは、俺が言わずとも理解しているよな?」
「…………はあっ!はあっ!はあっ!!」
「…………理解しているのなら、全力で抗ってみせろ!
腹の奥底に力を込めろ!
相手からの殺意に立ち向かえ!
寧ろ、相手じゃあなく、自分こそが相手を殺すのだと、自身に言い聞かせろ!
ソレが出来なければ、お前の大事な幼馴染みは、お前を虐げ、バカにして笑い者にしてきたヤツに奪われるぞ!!」
「はっ!はっ!はっ!
う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
シェイドから飛ばされる檄に背を押されたからか、それまでは弱々しく呼吸を繰り返す事しか出来ていなかったマモルの瞳に力が戻り始め、呼吸も力強いモノへと変化し始めて行く。
そして、喉を切り裂く様な、腹の底から絞り出した様な咆哮と共に両の拳を握り締めると、引けていた腰を戻して前へと一歩踏み出して見せる。
絶望的なまでの実力差の在る相手から、故意的に向けられていた威圧に逆らって行動する事が出来た、と言う事実を前にしてラヴィニアとサタニシスは驚きに目を見開く事となってしまうが、当の本人であるシェイドは満足そうに一つ頷き、微笑みを浮かべながら放っていた威圧を解除するのであった。
唐突な私事ですが、最近放送の始まったゲッターの最新作に嵌まっています
…………が、原作は真ゲッター編、の一部?(研究所が襲われて例の『分かったぞ!ゲッターとは……!!』の下りのすぐ後まで?)しか読んだ事が無いので、原作を読むべきかどうしようか考え中……
いっそのこと、サーガ丸ごとポチるかな……?




