反逆者は不撓の少年と邂逅する
取り敢えず、断るにしても会うだけ会ってからにして欲しい。
そんな、ラヴィニアからの懇願により、流石のシェイドも幼少の頃に遊んで貰ったり甘やかして貰ったり、と言った記憶が微かに残っている相手にそこまでされてしまっては……と力ずくで振り払って無視する事も憚られる状況となってしまったが為に、結局頷く羽目になってしまう。
仕方無く、一回だけ、と言う入念な念押しの元に結ばれた約束により、鍛える事になるかも知れない『彼』とやらの元へとラヴィニアの先導によって移動する事となり、二人は揃ってそれに着いて行く事となる。
…………正直な話、シェイドとしては相手がどの様な存在であれ、どの様な反応をしてしたとしても、そもそも引き受ける事には剰り乗り気では無い。
拘束される期間が思いの外長い、と言う事もそうだが、一番の理由としては自身がそうする事に向いていないと自覚しているからだ。
…………確かに、体術や剣術の類いは一角の域に達しているのだろう、と言う事は自負している。
それに、繊細な魔力の操作法だったりだとか、膨大な魔力を暴走させずに御しきる技術だったりだとかにも、自信が無い訳では無い。
…………が、裏を返せば、彼が『他人に伝授出来るモノはその程度でしか無い』とも言えるのだ。
彼が普段から振るい、彼の事を強者足らしめている大きな要因は、自らの内に秘めている規格外な迄の膨大な魔力と希少な闇属性、それと半ば秘匿する形で最近は滅多に振るわない固有魔術である『重力魔術』の三つの要素だと言っても良いだろう。
…………しかし、その内の二つである『魔力量』と『属性』は彼が産まれ持っていた彼本人の資質であり、ソレを持ち合わせない余人に対して如何なる指導を行う事も、伝授する事も叶う様な事柄では無い。
同様に、彼が持つ属性にて発現したが故に規格外な破壊力を振るう事が可能になっているとは言え、元々『重力魔術』とはそこまで汎用性が高い、とは言えない魔術であったし、そもそも発現する事自体が稀な固有魔術である事でも知られている。
故に、彼は彼を強者として確立させているそれらの要素を、真の意味で他人に授け、自らと同じ強さの高みにまで引き上げる事が出来ないのだ。
もちろん、先に挙げた通りに、そうであっても幾分かは授ける事が出来る事柄もそれなりに存在している。
そして、それら全てを一人で伝授出来るのも、恐らくは自身以外にはそう多くは無いだろう、とも思ってはいる。
だが、敢然たる事実として、それらの事柄を、自身よりもより効率良く、より深く教える事が出来る者も多く居るハズだ、とも思っているのだ。
そんな事情も在り、ラヴィニアの背中に続いて歩きながらも、彼としては引き受ける事にはそれなり以上に懸念を抱いている、と言う訳なのだ。
無言のままでラヴィニアの背中を追うシェイドと、その隣で同じく無言のままで歩みを進めるサタニシス。
二人の様子から、これはダメかも知れんなぁ……とラヴィニアは内心で予想するが、だからと言って『彼』の育成を任せられる者には他に心当たりは無いし、彼女自身の立場やらからしても育成に失敗する事は許されない状況に在る為に、やはり意地でも引き受けさせる必要が在ると言える。
…………しかし、かつて一方的にボコボコにされて意識を刈り取られ、命乞いの果てに観衆の目の元で派手に漏らした過去が在る為に、立場的にも物理的にも強くは出られない為に、無理矢理引き付けさせる、と言う事も出来ない。
が、だからと言って条件として提示すれば引き受けて貰える様な『コレだ!』と言う様なモノにも心当たりは無い為に、後は『彼』との顔合わせをした際の感触次第か……と胸中で呟きつつ何かに対して祈りながら、今ならば居るハズの場所である、ギルドに併設されている訓練所へと入って行く。
基本、荒くれ者であり、まともな職に就けなかった者の受け皿でもある冒険者達は、全てがそうと言う訳では無いにしても、勤勉な者はそう多くは無い。
特に、冒険者としての資格を習得したばかりで魔物を倒せるかどうか、と言った自信が薄い駆け出しの内はともかくとして、ある程度以上の実力を手にした者達は、地道で基礎的な肉体的訓練を厭う傾向が強く見られる。
その為……と言う訳でも無いのだろうが、例え強者が尊ばれるこのビスタリアに於いてもそれは変わり無いらしく、あまり賑わっている、とは言えない訓練所の中を進んで行く三人。
時折、訓練として手合わせをしている冒険者(いずれもやはり獣人族だったが)が彼らへと向けて視線を送ってくるが、特にそれらに対して反応を返す様な事もせず、ひたらすらに奥へと向かって進んで行くラヴィニアの背後に大人しく着いて行くシェイドとサタニシスであったが、その視界にこの場に於いては『奇異』に移るモノが飛び込んで来る事となる。
…………ソレは、他の冒険者達の様に、仲間内や熟練者に頼んで手合わせをしている訳では無かった。
同様に、的に目掛けて魔術を放っている訳でも、案山子を相手に武術を試している訳でも無い。
更に言えば、何かしらの得物を手にして、型のお復習や持久力の強化の為に素振りをしている、と言う訳でも無かった。
…………ソコに居たソレ、この世界に於いては一つの印であるとも言える『黒髪』の持ち主は、この訓練所の片隅にて、ひたすらに腕立て伏せを行っていたのだ。
思わず、己の目を疑うシェイド。
しかし、それもある意味としては仕方の無い事だと言えるだろう。
何せ、この世界では、常に魔物の驚異に晒されている、と言える。
その為に、冒険者や兵士と言った日常的に得物を振り回す日々を送っている者では無くとも、多少重くても命を守ってくれる防具の類いを常備している事も珍しくは無いし、いざと言う時に身を守れる様に何かしらの得物の扱いか、もしくは魔術による身体能力強化等と言ったモノは一般人でも修めている事が殆んどであるのだ。
…………なので、余程の幼子や老人の類いでも無ければ、目の前の彼の様に『故意的に鍛える』と言う行為を成さずとも、少なくとも『力が足らない』と言う事態にならない程度の筋力は、日常生活を送っているだけでも得られるハズなのだ。
しかし、こうして彼らの目の前で、一心不乱に地面へと手を突いて汗を滴らせながら腕立て伏せを続けている青年(?)は、あからさまにソレを『筋力を増強させる』と言った目的で行っている様に見えている。
と言うよりも、寧ろ何らかの精神的修行だとか、忍耐力や持久力の鍛練の為に、と言う訳では無いのだろう、と言う事が察せられる程度には鬼気迫った雰囲気を醸し出していた為に、恐らくは、と頭言葉を付けた上で、消去法にて導き出された結論である、と言えるだろう。
ましてや、『世界の狭間』を抜ける際に異常な迄の基礎身体能力と無数の『スキル』を与えられる稀人や、その血を引く関係上『スキル』を受け継がずとも身体能力や魔力に関しては、かなり高い基準にて受け継がれるので、文字通りに『有り得ない』光景を目の当たりにする事となってしまっていたのだ。
そうして、人類としての常識的に有り得ないモノを目撃してしまった為に唖然として固まってしまっていたシェイドと、元々生まれつき身体が頑強であるが故に基本的に『鍛える』と言う行為が普遍的では無いが為に、まるで珍獣でも眺める様に見ていたサタニシスへとラヴィニアからの声が掛けられる。
「…………さて、ご主人様に鍛えて貰いたい『彼』とはこいつの事なんだが……正直、見ての通りに今のままでは稀人とは言え全くもって使い物にはならないだろう。
何せ、基礎的な筋力が全くもって足りていないし、魔力による強化もスムーズには出来ていない。おまけに、本人が持つ『スキル』と好みが魔術師よりの前衛剣士なのでね。
流石に、吾も相性的にも立場的にも手を出しかねていた、と言う訳なのさ」
「…………いや、そもそも、了承した覚えは無いんだが?
それに、根本的な処に突っ込んでも良いか?立場的に云々と言うのなら、こんなヤツ放り出して知らん顔してしまえば良いだろう?
流石の『稀人』とは言え、ここまで貧相だと戦闘面では期待なんか出来ないんだろう?だったら、さっさと切り捨てれば良いだろうがよ」
「…………いや、そうも出来ない理由が在って、な……?」
「……へぇ?それは、随分と重大で重要な理由なんだろうな?
何せ、一応は親友の息子で、自身が後見人を務めていたハズの相手ですら、使える駒になるかどうか、を見極める為に三下を差し向けて、半殺しにする事を容認する様なあんただ。
その程度の割り切りが出来ませんでした、ただただ憐れだったので助けたいと思いました、とかの戯れ言を抜かすハズが無いものなぁ?」
「………………ひっ……!?」
鍛えたい、と言いつつも、何故かその芽が無さそうな相手を押し付けようとしている様にしか見えないラヴィニアに対して、シェイドは若干ながら魔力と殺気による威圧を仕掛けながら、過去の実例を挙げつつ彼女の事を追い込んで行く。
自身に取っても身に覚えが在る(と言うよりも無い訳が無い)過去の事柄を追及されただけでは無く、真っ正面から彼の威圧を受けた事により、若干記憶から薄れつつ在ったシェイドに叩きのめされ、自らの糞尿にまみれる事になった件の記憶と恐怖が彼女の内側で喚起される事となり、思わず悲鳴を挙げながら足を震わせる事となってしまう。
先程の一件とは別の意味合いにて、彼女が自らの下着の状態を危うくしかけていた正にその時。
彼らの横合いから
「…………ま、待ってください!
彼女は、ラヴィニアさんは悪く無いんです!
俺が、俺が全部説明します!ですから、ですからどうか!彼女の事は、許しては貰えないでしょうか……?」
との、聞き覚えの無いが、この場面にてそうやって割り込んで来るのは一人しか居ないだろう、と直感させられる声が差し向けられる事となるのであった……。
本格的な『弟子入り』は次回かその次にて




