反逆者は道中にて監視者と共に焚き火を囲み、言葉を交わす
謝罪は無用。
そう言われはしたものの、やはり不要に恐怖を味わう目に遇わせてしまった、と言う負い目を受けていたシェイドは、結局『情報料』と言う形でウォルフェンへと幾らか共通貨で握らせてから関所を後にする事となった。
その際、貨幣の量や種類やらが分からない様に小袋に詰めた状態にて、そんなもん要らねぇよ!?と言って固辞するウォルフェンへと無理矢理に渡した(無理矢理懐へと捩じ込んだ、とも言える)為に、その時は受け取らされた本人であるウォルフェンも、どうせ大した額じゃねぇだろうしな……と半ば忘れる様な形となっていた。
しかし、その日の仕事を終え、割り当てられた宿舎へと戻り、そう言えばこんなもん渡されたよなぁ……と思い出した彼が懐から取り出した小袋を引っくり返す。
すると、ソコから溢れ出たのは赤銅色でも白銀色でも無く黄金の輝きを放つモノであり、しかも予想外の枚数が入っていた為に、流石にかつて『凶狼』との通り名を受けていた者でも驚愕を隠す事が出来ず、宿舎の内部に絶叫が響き渡る事となったのだが、それはシェイド達には知るよしも無いお話である。
そうして、珍しい中年の獣人族が宿舎にて絶叫し、他の同僚に臨時収入がバレて後日散々腹奢らされる羽目になるのが確定したのと同じ頃。
ソレをもたらす原因となったシェイドとサタニシスは、同じ焚き火を囲んで夜営に勤しんでいた。
一応、彼らが夜営をしている場所と、ビスタリアとレオルスクとの国境線との間で宿泊出来る様な村や町が、何一つとして存在していなかった、と言う訳では無い。
多少寂れていたり、名物らしき名物すらも無い、と言う程度のモノでしかなかったとしても、旅人がその身を休める宿の一つも無い、と言う程に細々とした村ばかりでは無かったし、寧ろ国境線を越えて来た旅人を目当てとして、外貨を稼ぐ事で大きくなっている町すらも存在してはいた。
…………が、彼らは揃ってそれらを素通りし、道端に整えられていた夜営地にて一夜を明かそうとしていた。
何故、その様な事をしているのか?
僅かとは言え、確かに表情や顔色の中に疲労が滲み始めていたのに、わざわざ疲労を抜く事をせず、寧ろ募らせる様な事をしているのか?
…………そこまでして先を急ぐ理由は、言わずもがなかも知れないが、たったの一つ。
彼らに対して手配が回るよりも少しでも早く、少しでも先に進んでおく必要が在る……と思っているからだ。
以前も述べた通りに、彼らの認識としては『王宮からの要請を、特に公的な功績の在った訳でも無い一介の冒険者風情が無視して逃げた為に追っ手が掛けられる事はほぼ間違い無い』と考えている。
それが理由として、権威を虚仮にされたから、であっても、実際の功績者として自身の手駒として取り込みたかったから、であったとしても、やはりどちらにしても追っ手が出されるのだけは確定事項だろう、と言うのが二人の共通認識であった。
その為に、足取りとして記録を残しそうな小さな村や町は故意的に通り過ぎ、人が多過ぎて記録がまともに取られないであろう街に出るまでは、こうして疲労を押して夜営を行う、と言う事を選択していたのだ。
とは言え、そこら辺はやはり冒険者として活動している上に、既に幾つかの国を跨いで行動している経験を持つシェイドとサタニシスの二人組。
多少の不満と疲労は在れども、それでもこの手の何も無い野外での夜営、と言うモノは散々やって来た事であり、最早お手の物レベルで慣れ親しんでいる事柄でもある。
故に、彼ら二人は揃って竈として利用している焚き火を前にして座り込み、直接炙られて脂を弾けさせている串焼きや、火に掛けられてフツフツと煮立ちつつ在る鍋へと視線を集中させていた。
端から見る限りでは、時折鍋へと調味料や具材の類いを追加したり、串焼きへと塩を振ったりする程度の動作しかしておらず、丸っきり周囲への警戒を欠いている様にも思えたかも知れない。
が、主に調理を担当しているシェイドは周囲へと常時微弱な魔力を放って周囲を探っているし、サタニシスにしても自身の周囲の空間へと、無色透明でありその上で何かしらがソレに触れれば即座に伝わってくる機能を持たせた、『魔法』が『魔術』へと編纂される過程で取り零された技量の一つである魔力球をランダムに展開しており、彼女は彼女で独自に警戒網を敷いていた。
その為に、もし万が一盗賊の類いが二人を発見し、かつ無防備につき『獲物である』と勘違いして強襲しようとした場合、即座にバレてあっと言う間に叩き潰される羽目になる事は間違い無いだろう。
しかし、幾ら荒野の中では焚き火が目立つとは言え、この近辺には盗賊の類いも蔓延ってはいなかったらしく、彼らの餌食と成り果てる憐れな被害者は出る気配も無く、穏やかな雰囲気にて二人きりの夕餉が始まろうとしていた。
…………が、そうして鍋の具材がゴロゴロと入ったスープをカップへとよそい、串焼きを互いに手に取った段階で、普段であればそのままかぶりついていたであろうシェイドがその手を下ろし、サタニシスへと向けて言葉を投げ掛ける。
「…………そう言えば、お前さんは俺がアルカンシェル王国を離れる事にした理由を聞いて来なかったが、それは最初から全部知っていたから、って事で良いのか?」
「…………いや、急にどうしたの?
随分と唐突な話に、お姉さんちょっと戸惑ってるんだけど……?」
「いや、一応な。
お前さんのお仕事(監視)的にも、その辺の事情だとかは俺から聞き出しておきたかったんじゃないのか、とふと思い当たってな。
そうでも無いと、ふとした拍子に俺がアッチに戻って敵対する事に……とかなりかねないとか思ったりはしなかったのか?」
「………………まぁ、その辺は、ね?
お姉さんも、気になっていたのは本音だよ?上からも、敵対するつもりは無いとは言っているがソレが『何処まで本気なのか』を確かめて来い、とも言われていたし。
…………でも、その辺に関して触れるのは、あんまり好きじゃないでしょう?シェイド君的には、さ」
「…………まぁ、否定はせんよ。否定は。
一応、俺にとってのデリケートな部分に踏み込む事になるからな。あんまり、無遠慮に聞かれて気持ちの良い分野でも無い事は、間違い無いよ」
「じゃあ、なんでこう言う風に話を持ってきたの?
これじゃあまるで、私に聞いて欲しい、と思っているみたいにお姉さんには聞こえたんだけど?」
「…………それも、否定はせんよ。
いい加減、話しても良い頃かな、とも思ってな。最近、俺が原因とは言え多少ぎこちなくなっていたし、その原因となっている部分もソコには含まれてるんだよ。
お前さんの本来の職務的に鑑みても、多分知りたい事だろうと思ってな……」
「……それは、つまり、私は君に、それらを話しても良い、と思って貰える程度には、信頼を置いて貰えていた、って事で良いのかな?」
そう、真剣な瞳と声を彼へと向けつつ、手にしていた串焼きを下ろしながら問い掛けるサタニシス。
それに対してシェイドも、まるで自らの内面へと問い掛ける様に瞼を下ろして数秒間沈黙を貫くも、結果として彼女へと向けて確かに一つ頷く事により、明確な肯定を示して見せる。
「…………確かに、さっきも言った通りに、お前さんの職務に対する配慮が無い、とは言わないさ。
それに、これまでアレだけ熱烈にアピールしてくれていた異性に対して、何かしらの形で応えてやりたい、って想いが無い訳でも無い。これは、敢然たる事実だって言えるだろうさ」
「…………本当に、それだけ?」
「……まぁ、お前さんも言っていた通りに、ソレくらいなら話してやっても良いか、って言う程度には信頼出来る様になってきた、ってのも、間違いじゃ無いさ。
これでも、背中を預けられる相棒、ってのはお前さんが初めてだからな」
「あら、嬉しい。
でも、ソコは冒険者としてだけでなく、他の部分でも『相棒』って事にしてくれても良いのよ?」
「…………そう言う事は、顔真っ赤にしながら言うモノじゃないんじゃないか?」
「えぇ~?ソレを指摘しちゃう~?
でも、ソレを言うのなら、こう言う事柄って、女の子の方から言わせる様な事でも無いと、お姉さん思うんだけどなぁ~?」
「…………寧ろ、そう言う事は経験と余裕の在る歳上からするモノじゃ無いのか?
こう言っては何だが、俺にその手の経験やら手慣れ具合やらを期待するだけ無駄だからな?」
「あら?じゃあ、お姉さんが初めての相手、って事かしら?色々な面で?」
「…………だから、そう言うネタを振る場合、そうやって顔真っ赤にしながらは止めておいた方が良いぞ?
慣れてないの丸分かりだからな?
……それと、聞かないで良いのか?」
「…………まだ、良いかな……」
そう言って一旦言葉を切ったサタニシスは、下げていた串焼きとスープとに手を着け始めながらも、ここ最近では曇りつつあった笑顔を晴れやかで透き通ったモノへと変えながら、彼へと向けて続きを口にして行く。
「…………私は、まだ聞かないよ。
まだ、私は君の中に、それほど深く踏み込める様な関係性を築けてはいないみたいだからね。
でも、可能性は在る、って事は理解できた。だから、これからもっと君との距離を縮めて、君の方から話したくなる位になったその時に、改めて聞かせて貰うね!
その時を、今から楽しみにしてくれると、お姉さんも嬉しいな♪」
…………彼女の心情を表す言葉と共に向けられた微笑みを前にして、一瞬とは言え心奪われて呆然と魅了されてしまうシェイド。
その様子は、彼女の口にした予告の言葉が、現実のモノとなるのには、そこまで時間が掛かる事は無いのだろう、と言う事を確かに予感させるモノとなっていたのであった……。




