反逆者は監視者と共に国境へと到達する
フレスコバルディが恐れ知らずにも『ギアス』で禁じられていたハズの誓約を破り去り、レオルスクの首都であるマーレフスミスにて演説をぶち上げようとしていたのとほぼ同時刻。
レオルスクの国境線付近に、二つの人影が凄まじいまでの速度にて迫りつつ在った。
双方共にフードを深く下ろしており、確実に『不審者』染みた姿を周囲へと晒していたが、幸いにも国境線とは言え間近に人目の在る場所でも無かった為に、不審なモノを見る様な目で見られる羽目にはならずに済んでいた。
…………が、それはあくまでも『人気が無い為に人目も無い』と言う状況であったが為にそうなっていただけでしか無く、必然的に服装としては依然として『不審者』一直線なモノとなっていた。
その為か、小高く周囲を容易に見渡す事の出来る丘にて立ち止まった際に、示し合わせた様にして二つの人影が同時に下ろしていたフードを跳ね上げ、隠していた素顔を顕にし始める。
すると、ソコに現れたのは━━━━
「…………ふぅ、流石にこの辺まで来れば大丈夫かしらね?
ただ単に、人気が無くなっただけ、とも言えるかも知れないけど」
「だとしても、一応とは言え出されていた『王命』を無視してバックレたんだ。
俺らの実力を把握していたとしても、ほぼ確実に追っ手の類いは差し向けられる事に成るハズだからな。蹴散らすのは簡単だとしても、流石に面倒だ」
「だから、さっさと別の国に逃げ込もう、って?
向こうを出発する前にも言ったけど、流石にちょっとソレは弱腰に過ぎるんじゃ無いの?お姉さん的には、最後に一発かまして行く位はしても良かったと思うよ?
強引に迫れば逃げ出す、だなんて風に舐められたら、後の方が面倒だよ?」
「んなもん、俺も分かっとるよ。
だけど、ソレはソレで後が面倒に成るんだよ。
流石に、そこまでやっちまうと正式に指名手配を食らう羽目になるからな。そうなると、入国やら何やらの時に正規のルートが使えなくなるから面倒なんだよ」
「じゃあ、その手の面倒事が無かったら?」
「そりゃあ、もちろん決まってるだろう?
散々何もしやがらねぇで城にふんぞり返るしかやってねぇ糞共に、目にもの見せてからトンズラしたに決まってるだろうがよ?
具体的に言えば、軽く城の半分でも吹き飛ばすか、もしくは在るだけ無駄な城壁でも叩き潰してやっても良かったかね?」
「なら、ヤっちゃえば良かったんじゃないの?
入国程度なら、幾らでも誤魔化しは利くでしょうに?」
「ほれ、そうしたらそうしたで、今度はギルドカードの類いも使えなくなるから。
一度カードを処分して再登録する、って手も使えなくは無いけど、そうすると初期登録様に他の身分証が必要になるからなぁ。しかも、現地のヤツが」
「あ~、あの時、私が使ったアレみたいなヤツ?
流石に、私達魔族でも、今必要、って言われても『直ぐに用意します!』とは行かないからねぇ~」
「だろ?
吹っ飛ばしてその場はスッキリ、となっても、その場限りで『はい、お終い!』とはなってはくれんからね。
今は幸い懐は温かすぎる程に温かいから必要性は低いが、それでもやっぱり身分証の類いが一切在りません、って言うのは頂けないからな」
「…………分かってはいたけど、やっぱり人の世の中は世知辛いねぇ……。
もう、一層の事、こっち側に鞍替えする?お姉さんは当然として、多分ズィーマ君とかも君の事は歓迎してくれると思うから、そこまで窮屈な事にはならないハズだけど?」
「…………いや、流石にソレは無理臭くねぇか?
何だかんだ言って、一応は俺人間よ?魔族の敵対種族よ?流石に無理くね?」
「………………大丈夫だと思うんだけどなぁ……」
━━━━と言った具合に、以前と変わらず言葉を交わすシェイドとサタニシスの姿が存在していた。
二人揃って多少の疲れが表情に滲んでいるものの、逆に言ってしまえば見て分かる範囲に於ける異常はその程度のモノであり、負傷していたり病毒に犯されていたり、と言う様子は見て取れない。
…………しかし、常人ならば一日掛かりとなる道程を僅か四半日にて踏破しておきながら、平気な顔をして『迷宮』へと挑み掛かり、その上で一度の中断も無く踏破せしめて見せる程の体力を保持している二人の表情に、疲労を得ている、と言う事を窺わせる色が浮かんでいると言う事が、充分に『異常』と言えるかも知れないが。
そんな二人は、何故にそこまで疲労を覚えているのか?
それは、至極単純な話。
彼らは速度を最優先として行動し、その結果として日中は走り詰めでありながら、町や村に立ち寄る様な事もせず、当然の様に宿を利用したりする事もせずにここまで辿り着いて見せているのだ。
しかも、通常であれば馬車を使って首都であるマーレフスミスから半月程は掛かるであろう道程を、僅か数日にまで縮めて見せているのだから、蓄積された疲労が表情に出てしまう事が在ったとしても、仕方の無い事なのだと言えるだろう。
とは言え、そんな強行軍もそう長く続く事は無いだろう。
何せ、彼らは既に国境線の近くにまで到達してしまっている。首都から追っ手が出されたり、情報が流されて回りきるまでには、まだまだ時間的な余裕は残されている。
その間にこのレオルスクを脱出し、更に国内を捜索している間にまた国を移動してしまえば、それでお終いだ。
流石に国家権力とは言え、隣国で友好的な交流の在る国であればある程度の融通は利かせて捜査もしてくれるかも知れないが、更に隣の国、ともなれば、余程国家間での力量に差が在るか、もしくは圧倒的な迄に友好な関係性を築いている様な場合で無い限りは、基本的には行われる事にはならないハズ。
なので、彼らからすれば、休息だなんてモノはさっさとこの国を抜けてしまった後でゆっくりと取れば良い。今は、少しでも素早くレオルスク国内から脱出し、時間を稼ぐ事こそが重要なのである。
…………が、実際の処としてはマーレフスミス本支部のギルドマスターの尽力によって王宮からの追っ手は出されてはいないし、捜索の類いも行われてはいない為に、丸っきり杞憂に過ぎないのだが、ソレを欠片も知らない二人に対しては、言わぬが華、と言うヤツであろうが。
とは言え、神ならぬ身としてはそんな事を知るよしも無いが為に、こうして一心不乱に動いていた訳なのだが、そんな二人の様子が良く見てみれば若干おかしい事に気が付ける。
先のやり取りを見れば、そんなハズは無い、と言われるかも知れないが、実際の処としては二人ともに態度には出してはいない。
…………ただ、二人の間の『距離感』『空気感』とも呼ぶべきソレが、マーレフスミスに居た時のソレよりも、若干ながらも遠くなっている様に見えるのだ。
以前であれば、戯れにサタニシスがシェイドへと近付き、その周囲をチョロチョロとまとわり付いて顔を覗き込んだり、スキンシップを図ったりと言った行動に出ていた。
ソレを、シェイドの方も振り払う様な事はせず、仕方の無いヤツだ、とでも言いたげな視線と仕草にてやり過ごす、と言った光景が繰り広げられるハズであったのた。
だが、現在はそうなってはいない。
サタニシスが彼へと必要以上に近付く事は無く、またシェイドの方もソレを訝しんだりする素振りを見せず、ソレが本来である、とでも言いたげな空気を醸し出していた。
…………いや、より正確に言うのであれば、サタニシスの方は以前と同じく彼の至近にまで変わらずに近付こうとしているのだ。
少なくとも、そうしたい、そうしよう、と言う意思を持って素振りを見せていた。
…………が、ソレをシェイドの側が許していない。
必要以上に彼女が身を寄せようとすると、途端に一歩下がってしまい、一定の処から近付く事を許さない様になってしまっていたのだ。
まるで、出会ったばかりの頃の様に、警戒心を剥き出しにして距離を保とうとしている様にも見えるシェイドに対し、一瞬とは言え悲しそうな視線を向けるサタニシス。
…………やはり、魔族だから、何もかもが異なる種族と立場に在るが故に、嫌われてしまったのだろうか……?
そんな思いが彼女の胸中に去来するが、しかし彼が彼女に向ける瞳には嫌悪の色は宿っておらず、寧ろ一定以上の好意の類いが込められているのは一目瞭然である。
…………だが、彼は自らが抱える『とある事情』にて、そんな想いを抱きながらも、彼女との距離を詰める事に躊躇いを覚えるだけでなく、本当にこれ以上近しくなってしまっても良いのか?と言う疑念すら抱く事になってしまっているのだ。
未だ、サタニシスにすら話していない、過去の宿痾。
彼の胸の内にて燻り続ける一つの疑念が、彼の行動と想いを縛り、妨げ続けている。
…………そう、例え長く永く共に在り、想いを通じ合わせていたと思っていた存在であったとしても、それでも『ソレだけは有り得ない』と嘲り、より良い条件の相手を見付けてはすり寄って行き、結局は裏切られて捨てられる事となるのでは無いのか?と言った、自身の実体験を元にした恐怖心が、彼の行動と心を縛り付けてしまっているのだ。
……故に、彼は恐れてしまう。
これ以上、彼女との仲を深める事は、本当に大丈夫なのだろうか?と。
これ以上、彼女の事を『大事な存在』であると、かけ換えの無い者なのだと認識したその後に、彼女に裏切られてしまった場合、自身がどうなってしまうのか、どの様な行動に出るのかが予想出来ない為に、こうして避ける様な事をしてしまっている、と言う訳なのだ。
…………そうでも無い限り、元々自身へと向けて付けられた『監視者』であり、別段居なくても良い存在であるとも言える彼女を、幾ら既に『仲間』だと認識していたとは言え、自らが脱出するのに合わせて誘い、こうして逃避行染みた道程を歩む理由が彼には無い。
特別に思い、振り切るのでは無く別れ難いと想っているが故に、こうして連れ立って行動しているのだ。ソコに情の類いが無いハズが無いだろう。
……しかし、それもあくまで『彼の中では』の話。
その様な、臆病な部分も在る内面を晒け出した事も、口にした事も無い為に、当然の様にサタニシスには伝わっておらず、こうして若干ながらもギクシャクとした間柄に成り果ててしまっているのだ。
…………せめて、せめてどちらかがもう少し歩み寄り、自らの望みを口にしていればこうはならなかったかも知れないが、結局はそうなる事は無く、レオルスクの国境線へと辿り着くまでの暫しの間、こうした空気が二人の間に重苦しくのし掛かり続ける事となるのであった……。




