冒険者の長は去った反逆者の功績を人々へと語る
「…………あの、本当にやるのですか?
そもそも、そんな事をしても大丈夫なのでしょうか……?」
広場へと集まった人々のざわめきに掻き消されそうな程にか細い声にて、アリアはギルドマスターであるフレスコバルディへと問い掛ける。
普段は受付嬢としての業務を行いながらも、半ば立場としてはフレスコバルディの秘書的な扱いとなっていた為に彼の業務に度々同行しており、その上でかつてシェイドに絡まれたり、彼絡みの案件で東奔西走させられたりと、何かにつけて不幸な目に逢わせられて来た受付嬢とは彼女の事である。
そんなアリアは、人々の前へと設えられた演説台へと立とうとしていたフレスコバルディへと向けて、不安な様子を隠そうともせずに再度問い掛ける。
「…………本当に、大丈夫なのでしょうか?
あの人の事です。確実に、例の『ギアス』は見掛けだけでは無く、中身を伴ったモノにしているハズです。
もし、ギルドマスターの予想が外れていた場合、確実に五感のどれかを喪う事となるのですよ?
そんなリスクを背負ってまで、やる必要が在るのでしょうか……?」
「………………だからこそ、だよ」
静かにそう言って見せたフレスコバルディは、最近巷で『英雄』としての名を欲しいままにしている彼の登場を今か今かと待ちわびる人々の方へとチラリと視線を向けてから、アリアへと向き直ると彼女を落ち着かせようとする様に微笑み掛ける。
「…………確かに、彼らはもうこのマーレフスミスからは出立してしまったし、彼らの足を考えれば、もうそろそろレオルクスからも出国を果たしてしまっているかも知れない。
そんな今で在れば、既に居ない彼の名声と功績とを広めようとする事に意味は無いかも知れないし、それで誓約を破った制裁を受けるだけになるかも知れない以上、デメリットとリスクが大きく見えるのも当然だろうね」
「でしたら!」
「…………でも、でもね?
それでも、私達が彼に助けられたのは、覆せざる事実なんだ。それに、彼が居なければこのマーレフスミスは滅んでいた。確実に。
それは、君も分かっているだろう?」
「…………それは、そうですが……」
「なら、その功績は、彼のモノとして広く人々に知らしめないと、ね?
今後、私達の手柄として知らない場所で利用される事も、王宮の方からの工作で誰かの手柄にされるのも、あまつさえソレを政争の道具や全くの他人のモノとして自慢されるのも、私には我慢ならないのさ。
これは、あの時参加した冒険者達の総意でもあるから、私を止めても無駄だからそのつもりでね?」
「…………だ、だとしても!彼が私達に掛けて行った『ギアス』はどうするのですか!?
流石に、一人が話せば全員が連帯責任で、と言う程に理不尽では無いみたいですけど、それでも直接口にする事になるギルドマスターには確実に制裁が下される事になりますよ!?
五感の一つ、と言う曖昧な条件ではありますが、そのどれを取ってもギルドマスターが喪って良いモノでは無いハズです!そこの処は、どうするのですか!?」
「…………ハハッ!そうやって心配してくれるのは有難いけど、君は一つ忘れていないかな?
彼と私達が交わした誓約の内容を、もう一度詳しく思い出してご覧よ?そうすれば、ソレは不要な心配だ、って事が分かるハズだから」
「…………え?えぇ??
そんな、でも!?心配は不要って……!?!?」
予想外の返答を受けてしまった事により思考を散乱させながらも、言われた通りに彼と交わした(強制的に)誓約の内容を思い浮かべるアリアであったが、どう考えても『シェイドの存在を口外すれば制裁が下る』と言う事しか思い浮かばず、一人疑念を深める事となってしまう。
そんな彼女の様子を目の当たりにしたからか、それともそうなることを予想していたからかは不明だが、微かに苦笑いを浮かべながら、彼も戸惑うアリアへと向けて口を開く。
「……まぁ、概ね意味合いとしては君が思い浮かべたであろうモノと同じ様な感じなんだけど、正確に言えば『この場に居る限り彼の周囲が騒がしくならない様に彼の存在を口外しない』と言うモノだね。
…………で、この文言なんだけど、改めて聞いて何か気付かないかな?」
「…………え?
でも、改めて聞いても、やっぱり口外すれば制裁が下る様にしか……」
「まぁ、それも仕方無いかな?
私としても、そう聞こえる様に工夫したからねぇ」
「………………え?えぇ??
工夫した?これって、彼が用意したモノじゃ無いんですか!?」
「そうだよ?
これは、私が彼に提案して、ソレを文言として使って貰ったモノだ。そして、これからする事が、ちゃんと誓約の抜け穴を突ける様に、と考えて提案したモノでも在るんだよ?」
そう言い放つフレスコバルディへと向けて、唖然とした様な表情と視線を向けるアリア。
そんな彼女へと対して、今まで秘密にしていた悪戯が成功した事を喜んでいる様子がありありと分かる笑みを向けながら、中断させていた説明を続けて行く。
「実は、さっきも言った通りにあの文言には穴が在るのさ。とは言っても、特定の状況下に無いと、穴にはなってくれないんだけどね?」
「…………穴、ですか……?」
「そう、穴。
文言にもあった『この場に居る』『彼の周囲が騒がしくならない』って事が、その穴さ。
この二つが在るお陰で、彼がここに、このウィアオドスに居ない限りは、彼の周囲が騒がしくなったとしても、私達が彼の功績を口外したとしても、制裁が発動する事は無いんだよ。
…………多分、だけどね?」
「…………た、多分て……」
「そ、多分。
実は『ギアス』って、基本的には客観的な基準によって誓約の内容を順守しているかどうかが判定されるんだけど、状況と場所を指定されている場合、律儀にそこで条件を満たさないと発動しないんだよ。
だから、『人を殺さない』って誓約をした場合、それは殺され掛けていたとしても、相手が極悪人の類いでも殺ってしまえば制裁が下されるけど、そこに条件として『屋内で』とか『○○で』とかが付いていた場合、そこでなければ判定的には大丈夫になる、って訳さ。
まぁ、そうやって条件を増やして行った場合、より強い制裁を下せる様になるから、一概には無意味とは言えないんだけどね?」
「……まさか、『ギアス』の誓約にそんな抜け道が在っただなんて……」
「まぁ、そう言う反応にはなるよね。
とは言っても、これって『ギアス』を好んで使う人の間では割りと有名なネタだから、あんまり意図的に使おうとはしない方が良いよ?思わぬ反撃を食らう羽目になりかねないからね。
彼にしても、多分察してはいたハズだからね?もっとも、意図的に見逃してくれていたのか、それとも違和感程度にしか気付いていなかったのかまでは知らないけど、ね?」
浮かべていた笑みに加え、ぎこちないウィンクまで同時に投げ付けてくれた彼の様子に、それまでの混乱も何処かへと飛んでいってしまったのか、呆れた様な感心した様な、そんな複雑な表情を見せるアリア。
しかし、そんな彼女の反応も彼にとっては強ち予想外でも無かったらしく、軽く肩に手を置いてから演説台と方へと向けて大きく一歩を踏み出して行く。
その、何故か大きく頼り甲斐の在る様に見える背中を見送りつつ、この後情勢はどの様な変化を見せるのか、について想いを馳せながらも、彼がどの様な演説を持ってして煙に巻いた王宮や、これまで彼らを讃えて来た民衆へと向けての説明をするのだろうか、と見守って行くのであった……。
『…………お集まりの皆さん。
冒険者ギルドマーレフスミス本支部ギルドマスターを務めるフレスコバルディです。
本日は、皆さんに一つお知らせしなくてはならない事が在ります。
それは、本来『英雄』と呼ばれるべきでありながら、ソレを断って一人旅立って行った青年のお話です!
彼は━━━━』
…………この演説を切欠として、彼がこれまで誇示する事の無かった功績や実績が各地に連鎖的に伝播し、それによって可及的速やかに彼の存在が各地へと知れ渡って行き、彼の名前である『シェイド』が最も新しい『英雄』のソレだと認識されて行く事になるのだが、ソレはまだ、もう少し先のお話。
されど、それは同時に、伏龍が半ば強制的に『英雄』と言う称号を持ってして、その存在を世に知らしめる事にもなっていたのであった……。
次回、閑話
登場するのは、誰?




