反逆者は冒険者ギルドにて報告を受ける
とある稀人の画策したスタンピードを壊滅させ、その主犯にして元凶たる本人を異界の向こう側へと追放してから、数日が経過した。
その頃には、首都であるマーレフスミスに敷かれていた情報封鎖にも綻びが生じてしまうと同時に、その迫りつつ『あった』脅威が既に冒険者ギルドのウィアオドス本支部が主導し、ソコに所属する冒険者達の手によって退けられている、と言う事も同時に広まっており、当時戦闘に参加していた事を示す証拠品(討伐した魔物の素材、当時の戦闘の様子等々)を所持していた冒険者達は、住人達から『英雄』として下にも置けない扱いを受ける事となっていた。
そんな最中、街の話題の渦中に在る冒険者ギルドのマーレフスミス本支部、そのギルドマスターの執務室にて対峙する二つの人影。
片方は、このギルドのギルドマスターであり、執務室の主でもあるフレスコバルディ。
千を超える魔物の大群を前にしても一歩も引くこと無くその場に留まり、時に士気が挫けそうになる冒険者達を鼓舞して立ち上がらせ、時に自らも前線に立って直接魔物と対峙する事までやって見せたと語られる彼は、今マーレフスミスにて最も注目を集めている人物の一人である、と言えるだろう。
もう片方の人影はシェイド。
先の対スタンピード戦に於いて、本当の意味合いで指揮を任され、その上で単独にてスタンピードを形成していた魔物の群れの大半を殲滅した見せた、と言う功績を持っている張本人では在るのだが、何故か不思議な迄に周囲から騒がれる訳でも、持て囃される訳でも無い状態となっていた。
そんな、『表向きの英雄』と『真実の英雄』である二人が、受付嬢やサタニシスですら排し、全く余人を交えずに顔を突き合わせているのには、それ相応に理由が在っての事であった。
「…………それで?結局の処として、上手くは行ってるのか?」
「…………えぇ、まぁ。
そうでなければ、こうして呼び立てる様な事はしていないからね……」
「……の割には、随分と疲れた様な顔をしているが?
上手く行ったんなら、あんたは出世街道一直線で、名声も鰻登りで天井知らず、ってモノじゃないのか?
なぁ、『英雄』サマよ?」
「………………大本の提案をしてきた君にそう言われると、私としては皮肉られている様にしか聞こえないんだけどね……?
何せ、君が受け取るハズだった『英雄』の称号を、横からかっさらう様な形にしてしまっている訳なんだから、さ……」
そう言って言葉を切るフレスコバルディの声色と表情は、非常に苦々しいモノとなっていた。
しかし、そんな彼の様子に構う事無く、ニヤニヤとした笑みを口許に浮かべたシェイドは言葉を続ける。
「ハッ!確かに提案したのは俺だが、同意して実行したのはあんたの方だろうに、今更体裁だけでも『後悔しています』だなんて素振り見せられると、流石に嗤えて来るんだが?
この程度の事、ギルドとしちゃ日常茶飯事だろうがよ?」
「………………だからと言って、本来ならば君へと贈られる賛辞を一身に受け、君にこそ与えられるべきであった『英雄』の称号を私達が受け取ってしまうと言う現状を受け入れてただただ喜んでいろ、と言うのは、な……。
流石に、ソレを与えられるがままに受け取り、心底喜べる程に性根が腐っている訳では無いつもりなんだよ、私達は……」
……そうして、まるで教会の懺悔室にて苦悩を吐き出す様にしながら訴えるフレスコバルディだったが、そうなっている理由は言わずもがな、と言うモノであろう。
何せ、彼は、自らが望んでいないにも関わらず、一人の『英雄』として称えられるべきであった者から、その機会を奪い去るだけでなく、ソレを己のモノとする事を余儀無くされてしまっているのだから……。
何故、そんな事態になってしまっているのか?
ソレは、そうなる事を彼が、シェイド本人が望んだから、だ。
あの簡易陣地にてスタンピードの残党を処理し終えた直後、フレスコバルディは彼に訊ねたのだ。
『君にはどの様な報酬を支払うべきだろうか?
君は、どの様な報酬であれば受け取ってくれるだろうか?』
と。
通常、こう言った大きな事件を解決した場合、冒険者達が求めるのは大まかに分ければ二つ。
膨大な報酬金か大幅な昇格か、だ。
聞いていた以上の仕事をさせられたのだから、その分の報酬金を上乗せしろ。
ソレに見合うだけの働きをして見せたのだから、自分に見合っただけのランクに昇格させろ。
その様な、分かりやすい要求を黙っていても突き付けて来る事となる。
何せ、その日暮らしの冒険者にとって、金は幾ら在っても足りる事は無いモノであるし、より報酬や条件の良い依頼を受ける為には高い階級が必要不可欠なモノとなる。
その二つを求めるのは、最早冒険者の『本能』とでも呼ぶことが出来るだろう。
…………だが、この場合、その二つをギルドマスターたるフレスコバルディの方から提示する事は、彼に対しての侮辱になりかねない。
何せ、彼の事を少しでも調べていれば、そのどちらも最低限必要なモノは揃えてしまっているが為に、必要としてはいない、と言う事が理解できるハズなのだから。
少なくとも、他の冒険者達の様に、その日一日を過ごす為の金に苦労しているハズも無い。
何せ、ギルドカードの履歴を少し調べただけでも、一枚在ればその人生は苦労せずに生きていける、と呼ばれる程に高価な白金貨を、既に百枚近く稼いでいるのだ。多少使っていたとしても、余程呆れる様な使い方をしていない限り、ソレを求める程に困窮している訳では無いだろう。
更に言えば、彼が過剰な迄の金銭を求める様な性格であるかどうかは、少しでも彼との付き合いが在れば分かる事だ。
求めていないモノを、無理矢理押し付ける事で報いとするだなんて事は、彼の逆鱗に触れる事になりかねない、と言う事も同様に、だ。
そして、ソレを踏まえた上で考えるのであれば、昇格させる事を報酬とする事も不味いだろう。
何せ、既に下手な特級よりも余程強大な戦力を持っているのだ。ソレを望むのであれば、当の昔に何処ぞの支部に所属し、故意的に中級に留まる事無く、上級や特級へと昇格を果たしているハズだ。
故に、彼が必要とはしていないそれらを報酬として無理矢理押し付け、事は既に終わっている、と勝手に認識してしまうのは、彼に対する侮辱となりうる、とフレスコバルディが判断したが故だ。
その為に、シェイドに対して直接『何が欲しいのか?』と問い掛けた訳なのだが……
『なら、口止めをさせて貰おうか?
今回の件、功績者の中から俺達の名前を消して、その上で『俺達は居なかった』と言う扱いをして貰おう。それが、俺の望む対価だ』
…………と返されてしまったのだ。
ソレを耳にしてしまったが為に唖然として固まるフレスコバルディを横目に、説明の為の言葉を続けて行くシェイド。
ソレを要約すると、以下の様なモノとなっていた。
・ほぼ個人でスタンピードを殲滅して見せた、だなんて事が知れ渡ると流石に周辺が騒がしくなりすぎるので、ソレは避けたい。
・同時に、そんな事が出来る怪物が居る、と一般市民に知られた場合にどの様な仕打ちをされるのかは容易に想像が付く。
・それらを振り払い叩き潰す事は簡単だが、流石に寝覚めの悪くなる事はしたくないから、少なくとも自分の周辺が騒がしくなるのは好ましく無いので黙っていて貰う。
…………ソレを聞いたフレスコバルディは、最初は抵抗した。
名声を求めてこその冒険者なのに、ソレを捨てるつもりか?一番の功績者を称えずに、二番手以下はどんな顔をして称賛を受けろと言うのか?黙っていろと言われても、人の口に戸は立てられないのだから勝手に広まるぞ?なら、こちらから大々的に発表してやった上で、平穏を何よりも求めている、と発信してやった方が良いのでは?と言った具合にシェイドの事を説得しようとしたのだ。
…………とは言え、現状を見れば言わずもがなだろうが、結果的にはそれらの説得は無駄に終わる事となってしまう。
報酬としても、その場に参加していた冒険者全員に対して威圧によって屈服させた上で『ギアス』によって『シェイドの存在自体を口外しない』と言う箝口令を半ば強制する形に無理矢理落ち着かせられる事となり現在に至る、と言う事だ。
…………『英雄』の称号を独占出来ている事を喜べる程に外道では無く、その上で性根としては善人よりであった為に、こうして苦悩しているフレスコバルディに対してシェイドは、我が事ながらに呆れを隠そうともせずに、顔をしかめる中年へと言葉を投げ付けて行く。
「バカだなぁ、あんた。
俺はそんなもん要らねぇ、って言ってるんだから、如何様にも利用すれば良いじゃねぇかよ。
幾らでも、利用法方だなんて思い付いているんだろう?伊達や酔狂でギルドマスターだなんてやってなけりゃあ、だかな?」
「…………それは、ね?否定はしないよ?否定は。
でも、流石にそこまでするのは、私的には人として堕ちる処まで堕ちた、って感じが強くてねぇ……。
でも、そこまで積極的に唆さないでくれても良いんじゃないのかい?君にも『ギアス』で誓っただろう?『この場に居る限り君の周辺が騒がしくならない様に口外しない』って」
「…………まぁ、多少言い回しに違和感が無くも無かったが、それもそうか。
それで?こうして呼び出したって事は、何かしらな厄介事か?流石に、連続してどうこうってのは止めて貰いたいんだが?」
「……あぁ、それについてなんだけどね……?」
そこで一旦、意味深に言葉を切って見せたフレスコバルディが、ここ最近では珍しく苦悩では無く、悪戯が成功した様な『ニヤリ』とした笑みを浮かべながらこう告げたのであった……。
「……実は、王宮の方に君の事がバレちゃってね?
このままだと登城は不可避になりそうな雰囲気なんだけど、どうする?」
何故かバレちゃった?(すっとぼけ)
はたして、どうなる?




