反逆者は監視者と共に『隊商荒らし』を追い詰める
首もとに添えられた鋼の冷たさと存在感に動作を止めた『隊商荒らし』ことハシラが、視線をその根元へと辿らせて行く。
するとソコには、口元を自らの吐血によって汚しながらも、瞳には強烈なまでの意思の光を宿したシェイドの姿が存在していた。
「…………お、お前……一体、どうやって……!?」
先程放った出鱈目な魔術の反動やら過負荷やらにより、未だに目や耳からの出血は続き、ソレによって足元も定まってはいない上に、彼の周囲には彼が『魅了』や『扇動』を駆使して洗脳した女性冒険者が何人も待機していたハズなのだ。
例えシェイド相手であったとしても、敵意や殺意を以てして近付いていれば彼女らが勝手に迎撃して戦闘行為が発生する事となる。そうなれば、流石にここまで接近されて初めて事に気が付く、と言った風に無音のままで事を終えるのは不可能に近い。
…………ならば、一体何故こんな事態に……?
そんな疑問と共に視線を左右へと走らせると、そこでハシラは自身に取っては不自然な状況となっている事に気が付く。
…………何故、あいつらは、僕の教えを受け入れた彼女らが、僕の周りで待機していないんだ……?
そもそも、あいつら何処に行きやがった……!?
……そう、それは、彼の周囲にて待機していたハズの女性冒険者達が、何故か死体すら残さずに彼の周囲からその姿を消していたからだ。
少なくとも、戦闘が起こって倒された、と言う事ならば、彼女らの死体無いしその一部でも周辺に散乱していて然るべき状況だ。
見て分かる程に消耗しているシェイドが、一々そんなモノを回収する程に余裕が在ったとは思えない。
しかし、だからと言って自発的に逃げ出した、と言う事も有り得ない。
何故なら、表面上はどう見えていたとしても、彼の『スキル』によって洗脳され、彼の指示のみを聞き入れる状態となっていた彼女らは言ってしまえば彼の『人形』にも等しい存在と成り果ててしまっている。自らの意志無き『人形』が、その様な行動に出る事は有り得ないだろう。
となると、一体何が……?とそこまで思考を急速に回したハシラであったが、自身の周囲に女性冒険者が居ない様に、彼の近くにも居て然るべき存在が居ない事に気が付く。
「…………そうか……お前、彼女を利用したんだな……!
前から卑怯なヤツだとは思っていたが、本当に何処までも汚いヤツだな……!」
「………………他人を利用云々だなんて、一体どの口で抜かしてくれやがってるんだよ?
仲間であるアイツを信用して、邪魔なヤツらの排除を頼んだだけの俺が『薄汚い卑怯者』だって言うのなら、洗脳して操り人形にした冒険者に仲間の背後から襲わせる、だなんて芸当をしてくれやがったお前は、一体どれだけ汚ならしいんだろうな?まさか、自分だけは清廉潔白だ、なんて笑い事は抜かしてくれるなよ?」
「…………ぼ、僕はお前なんかとは違う!
少なくとも僕は、お前みたいに相手に強要したり、無理矢理言う事を聞かせたりだなんて事はしていない!
アレは、あくまでも彼女達が、僕の事を想ってやってくれた事だ!ソレを侮辱するだなんて事は、僕が許さない!!」
首もとに差し込まれた刃を振り払う様にして、勢い良く振り返りながら啖呵を切って宣戦布告して見せるハシラ。
どうやら、自身でも『矛盾している』と認識してしまっていたらしい部分を突かれて激昂したらしく、その瞳は敵意と戦意で染め上げられていた。
一方、そうして宣戦布告されたシェイドの方は、何故か怪訝そうな表情を浮かべていた。
…………実際に切り付けていた訳では無いし、脅しも兼ねて刃は添えていただけではあった。
しかし、確実に先程まで差し込んでいた刃は、位置的にも意図的な身動ぎをすれば、そのままヤツの命脈を絶てる位置に着けていたし、何かしらの予備動作が見えた段階でそのまま押し込んで終わらせるつもりでもあったのだ。
…………しかし、そんな彼の判断とは裏腹に、未だにハシラは健全なままに存在している。
シェイドに察知する事が出来なかった程に巧みな体捌きをしている、と言う訳でも、特殊な武術を極めているが故に動作を知覚する事が出来なかった、と言う訳でも無い。
寧ろ、動作としては、簡単な訓練を受けた素人、と言った程度のモノであり、到底彼の刃から逃れうるだけの技量を備えているとは思えなかったのだ。
そこまで思考を回したシェイドであったが、以前初めて目の前の『隊商荒らし』と遭遇した時の事を思い出し、一つの結論へと行き当たる。
「……成る程、矢鱈と不自然に脱出して見せた、と思っていたが、あの時も使っていた『スキル』の効果だな?
確か……『全回避』だとか言ったか?てっきり、遠距離攻撃に対してのみ効果を発揮するタイプかと思っていたが、そう言う訳でも無かったみたいだな」
「………………クソッ!
何なんだよ、お前は!
ここまで頭の回る『現地人』だなんて、反則も良い処じゃないか!しかも、さっきのは一体何なんだ!?
あんな魔法、見たことも聞いた事も無いぞ!?そんな事が出来るだなんて、お前本当に卑怯で狡いヤツだな!」
「…………まぁ、敢えて魔族の扱った『魔法』と俺達人類の扱える『魔術』との差について講釈垂れるつもりは無いが、アレは只の魔術だぞ?大分前に禁忌指定はされてるが、ね」
「なら、尚更卑怯じゃないか!!
他人に一切教えず、自分だけで独占して、こうして一方的に見せびらかすだなんて、男らしく無いとは思わないのか!?恥を知れ!!」
「………………いや、ソレをお前が言うか?
自分にしか無い『スキル』で、散々好き勝手してくれやがったお前が?
それと、俺が【アヴィ・ゲィル】を扱えたのは、偶々母親に当たるヤツが研究出来ればそれで良いマッドだったんで、そいつの遺した研究資料の中に在ったから、ってだけだ。望んで修得した訳でもねぇよ」
「だったら!ソレを何故世間に公開したりしなかったんだ!?
望んでいた訳でも、独占するつもりも無かったと言うのなら、広く公表して世間に見識を広めるべきだっただろうが!ソレをしなかったと言う事は、やはり独占して卑怯で卑劣な事に使うつもりだったんだろう!僕の目は誤魔化せないぞ!!」
「………………お前、真性の馬鹿だろう?
さっき言ったの聞いていなかったのか?コイツは、本来術式を所持しているだけでも、禁忌魔術の行使を監視・術式その物の抹消や凍結等を行う事を国家間条約で保証されている魔術師諮問機関の中でも、情報を握ってる奴らを皆殺しにして事を納めるのを躊躇う事無く実行してくれやがる『処刑人』に死ぬまで追い掛けられる羽目になる様な代物だぞ?
そんなブツ、握ってるだなんて公表出来るハズが無いだろうが、アホじゃないのか?」
「…………な、何だと……!?
言うに事欠いて、天才である僕に対して、馬鹿だのアホだの、無礼にも程があるだろう!?
僕よりも低能でしか無い現地人に過ぎないんだから、より優れた見識と知能を持つ僕に平伏して、その指示を神の言葉の如く受け止め、受け入れて生きていればそれで良いんだよ!?!?」
「………………そう言う処が、アイツから『気持ち悪い』って言われる原因だって、なんで気付かないのかねぇ……?」
嘲る様であり、かつ憐れむ様な視線と言葉を投げ掛けながらも、彼の手は止まる事無く得物を振るって斬撃を繰り出して行く。
すると、ソレに対してハシラも、自らの持つ『スキル』を行使して攻撃を回避している為に、未だにその身に傷は無く、シェイドのみが先の術式行使の際の反動により、一方的に消耗している様にすら見えている。
…………が、その実として、この場に於いて追い詰められているのは、無傷で大した消耗もしていないハズのハシラの方であった。
攻撃が当たりすらしていないのにも関わらず、ほぼ極限まで心身・魔力共に消費しているハズのシェイドでは無く、ハシラの方が追い詰められているのは何故か?
それは、ハシラがシェイドの攻撃を回避出来ているだけだからだ。
所持している『スキル』の効果により、シェイドからの攻撃を紙一重の処で回避し続けている事は、ハシラにも出来ている。
が、出来ているのはそこまで。そこから反撃する事も、彼から距離を取って逃れる事も出来ずに、ただただ回避し続ける事しか出来ずにいたのだ。
しかも、それは先の術式によってほぼ半死半生に近しい状態であり、通常であればとてもでは無いが剣を振るう事なんて出来はしないであろうシェイドの攻撃で、である。
今現在も、魔力による自動回復にて少しずつ快調へと向かいつつ在る事をハシラは知らない。が、少しずつ彼の剣速が上昇し、時折得物だけで無く魔術も行使して来る様にもなっている為に、このまま行くのは不味い、とだけは本能的に悟っている様子ではあった。
天才を自称し、ソレに相応しいだけの自尊心だけは持ち合わせているハシラにしては、相手を過剰に見下す事もせずに正しく認識する事が出来ている、と言えるだろうが、だからと言って現状が好転するハズも無く、ジリジリと劣勢へと追い込まれて行く事となる。
…………そして、ほぼ最悪の選択肢である『現状維持』をハシラが選択してしまった事により……
「……はい、ただ今シェイド君!
取り敢えず、ご注文の通りにあの女の子達は動けない様にしてから、近くの森の中に放置して来たよ!
一応、安全は確保しておいたから、死ぬことは無いハズだよ!…………多分だけど!」
…………しまった事により、洗脳されていた女性冒険者達を引き受けていたサタニシスが、頼まれていた役割を達成してからシェイドとの合流を果たす事を許してしまい、自らをより窮地へと追い込んで行く事になるのであった……。
…………次回、決着!(予定)




