反逆者は『隊商荒らし』へと無慈悲な刃を突き付ける
シェイドの行使した第九階位闇属性魔術【アヴィ・ゲィル】によって開けられた『穴』から伸ばされた、異なる理、異なる法則によって支配されている世界に住まう存在による蹂躙、もとい『採集』により、次々に別の世界へと連れ去られて行く魔物達。
元より、スタンピードを起こす為に、ハシラによって半ば洗脳され、扇動された結果として行動し、人類に対しての驚異となってしまったが為に排除されようとしている訳だが、今現在の悲鳴を挙げながら降り注ぐ『腕』から逃げ惑い、どうにか捕まる事無く生き残ろうと足掻いている姿には、同情を感じざるを得ない状況となっていた。
そうして、異貌の『腕』と魔物の群れとの生存競争(?)の地獄絵図が暫しの間繰り広げられる事となったが、当然の様にその争いを征したのは異界の住人達の『腕』。
こちら側とは法則の異なる世界の存在であり、魔物側からの攻撃が効いているとは思えない上に、幾らでも追加が来る為に、強さの面でもばらつきが在る魔物側は必然的に押される形となってしまい、あっと言う間にその数を減らす事となったのだ。
そうこうしている内に、『穴』の直下に在った魔物の群れの大半をその向こう側へと採集し終えてしまう『腕』。
未だにちらほらと残されているのが遠目に見えてはいるものの、元々存在していた数千にも及ぼうか、と言った膨大な数の殆どは向こう側へと連れ去られ、今では百をそこまで大きく超える事は無いであろう程度でしか無く、身体の大きさも小さなモノが残るのみであった。
…………が、そうして魔物の殆どを掃討した(してしまった?)『腕』は、その矛先を、今度は直下に残る魔物の残党に対してでは無く、そこから離れた場所に在る、シェイド達の待機する陣地へと向けて差し伸べ始める。
突然の事態に、待機しながら繰り広げられる地獄絵図を見せ付けられていた冒険者達の間へと、動揺のざわめきが駆け抜けて行く。
てっきり、彼の意思と術式によって制御されているのだとばかり思っていた彼らからすれば突然の出来事であったのだろうが、考えてみれば当然の話。
何せ、彼がやったのは言わば『世界の狭間の壁に穴を開けて、異なる世界の住人を招き入れる』と言う事のみなのだ。当然、彼の行使した術式はソレのみを追求したモノであるし、彼の属性的にもそんな制御だなんて大それた事を可能とするモノでは無い。
『腕』からすれば、それまですぐ近くにいた良く分からないモノを集め終わったので、次は少し離れた場所に手を伸ばした、と言う感覚でしか無いのだ。
そう考えてみれば、こうして彼らへと向けて、直前まで魔物へと向けられていた『腕』が伸ばされる事も、不自然では無いのを通り越して『当然』と言える事なのだと理解出来るハズだ。
……もっともソレを受け入れられるかどうかは全く別の話であるし、ソレに抵抗しない、対抗手段を用意しない、と言う事も、また別の話なのだが。
故に、この状況を直接的に作り出した本人であるシェイドは、ハシラ達の頭上を通り過ぎて伸ばされる『腕』に対し、未だに目や耳から出血を続けた状態ながらも、魔力を込めた得物を振り抜いて見せる。
未だに、彼と『腕』との間には、確実に距離が存在している。
魔術を放つのならば話は別なのだろうが、ただ単に魔力を込めた刃を振るうのであれば、確実に空振りして終わるのみであろう、そんなタイミングで彼の手によって刃が振るわれた。
…………が、当然、彼が無意味な行いをするハズも無く、彼が刃を振るうのと同時に、陣地へと向けて伸ばされていた『腕』の進攻がガクンッ!と、まるで紐か何かで行動範囲を制限されており、その限界に到達した、と言わんばかりの挙動にて、唐突に『腕』の移動が終了させられる事となってしまう。
必死に自身へと絡み付く見えない何かを振り払い、彼を掴み取って向こう側へと引きずり込もうとする『腕』。
その願望を秘めているのは一本だけでは無かったらしく、他にもこちら側へと突き出ている無数の『腕』が彼へと迫って来るが、最初の一本と同じ様にある程度の処迄しか伸ばされる事は無く、不自然な位置にて停止する事となる。
そうして、視界一面を、蠢く異形の『腕』で埋め尽くされる事となったシェイドは、続いていた出血が治癒力によって治まった事を確認すると、再度得物へと魔力を込めてその場でもう一振りして見せた。
すると今度は、それまで何かしらにて縛り付けられている様に見えていた『腕』の数々が、先程とは逆に『穴』の方へと引き寄せられて行く、と言う光景が繰り広げられる事となる。
未だに、未練がましく彼へと向かって更に伸ばそうとする『腕』、まるで地面に爪を立てて抗う様に空気を掴もうとする『腕』、自らを拘束するモノを振り払おうとその場で暴れる『腕』と言った風に様々な反応を見せるも、そのどれもが一様に後方に、空に開けられた『穴』へと目掛けて引き戻されて行く。
まるで、不可視な紐や縄によって縛られ、自らの意思とは反して無理矢理引き戻されている、と言わんばかりの様子と挙動を見せる無数の『腕』であったが、その光景を恐怖心に負ける事無く、目に魔力を込めて観る事をしていれば、空間支配の権能を持つ闇属性の魔力によって縛り付けられて引き戻されて行く事が見てとれた事だろう。
…………そして、その魔力の出所が、再度の大出力によって再び血反吐を吐きながらも、視線を逸らさずに立ち続けているシェイドである事も察せられた事だろうが、残念ながらソレが出来ている者は殆どおらず、辛うじてサタニシスが彼へと向けて心配する様な視線を向けるのみであった。
そうこうしている内に、それまで無数に展開・増殖していた『腕』が、次々に魔力による不可視の縄によって、彼らへと手を伸ばしたモノもそうでは無く執拗に魔物を追い回していたモノも関係無く、須く『穴』の向こう側へと引き戻され、強制送還されて行く。
そして、『穴』から一番最初にその姿を顕にし、それでいて一番最後まで、『穴』の縁にしがみつく様にしてまでこちら側へと残ろうとしていた『腕』すらも他のモノと同様に引き戻され、『穴』の向こう側へとその姿を消す事となる。
全ての『腕』が向こう側へと姿を消した事により、その役割を終えた『穴』。
そのままでは、一度は引き戻した『腕』が再びこちら側へと来る事になってしまいかねない為に、シェイドが残る魔力をかき集めて魔術を発動させ、無用の長物となった『穴』を無理矢理力業にて閉ざし、消滅させる事となった。
…………そうして、ほんの少し前まではスタンピードを形成するに至っていた魔物の群れが在った場所には殆ど何も残されてはおらず、精々が『ソコに魔物が居た』と言う痕跡として血痕やバラバラになった肉片と言った残骸、そして辛うじて難を逃れる事に成功した、最早『残党』と呼ぶのに相応しい程度に残された魔物のみであった。
…………地形が変わる事も無く、また地図を書き換える必要に駆られる事も無いながらも、最早『虐殺』と呼ぶのに相応しいだけの寒気がする様な光景を目の当たりにさせられた、冒険者だけでなく元凶たるハシラ達全員が呆然とする最中、寸前までほぼ死に体となっていたシェイドから、込み上げてきた血痰を吐き捨てながらの指示が冒険者達へと下されて行く。
「…………ゲボッ……取り敢えず、連中の大半はこうして、片付けてやったんだから、後はお前らで、どうにかして見せろ……!
この街の、この国の冒険者が、ただ単に臆病風に吹かれる、腰抜け連中じゃ無いって処、見せて見ろ……!」
途切れ途切れながらも、確実に冒険者各位に対して
『俺の仕事はやったんだから、ビビって無いでさっさとお前らの仕事をしやがれ』
とシェイドが檄を飛ばして行く。
ギルドマスターであるフレスコバルディから指揮権を渡され、その上で実力を見せ付けて敵の大半を殲滅する、と言う揺るぎ無い手柄を挙げられてしまっている存在からの『お前らってその程度な訳?』と言う嘲りの含まれた言葉に激発する形にて
「「「「…………言われなくても、やってやるよ畜生め!!!」」」」
との咆哮を挙げながら、陣地から飛び出して魔物の残党へと目掛けて一目散に駆け出して行く。
既に、一度は圧倒的かつ理解不能な存在によって蹂躙される、と言う恐怖体験をしてしまっている魔物達。
そんな状態であっては、幾ら日常が生存競争の繰り返しである野生に生きる魔物であったとしても、咄嗟に新たに発生した驚異に対して反応できる事も、満足に抵抗する事も出来るハズが無く、次々に刃や魔術によってその命を散らして行く事となる。
その光景を、呆然と眺める事しか出来ずにいたのは、事の元凶たるハシラ。
彼らを避ける様にして冒険者達が迂回気味に移動していた事もあり、冒険者達の行動に対する反応も、彼らの攻撃に対しての対策もする事が出来ず、また彼が周囲に侍らせている女性冒険者達も、『スキル』の関係上彼が直接指示を出さなくては自発的に行動に移す事は無い為に、彼へと直接手出しをされた訳でも無かった為に、その周囲に留まるのみでしかなかった。
その為、咄嗟にハシラが指示を出す事も、対応する事も出来ず、かつ自らの『スキル』で支配する事も出来ずに呆然と彼らを見送る事となった上に、戦場は既にそれなりに距離が在る場所へと移ってしまっていた。
故に、手駒である魔物達を助けるべく進むべきか、自らの安全を優先して逃げるべきか、それとも魔物ごと巻き込む様にして冒険者達に攻撃するべきなのか、と言った行動を選択する事が出来ず、ただただ呆然と棒立ちする事になってしまったのだ。
…………そんな折、彼の首筋に、ヒヤリとした感触が突如として発生する事となる。
容易く命を奪い去るであろうその感触に身体を強張らせたハシラが、ぎこちなく視線を背後へと向けるとソコには
「…………さて、やっと、やっとだ。
良くも、今の今まで散々面倒な事をしてくれやがったな?お陰で、しなくても良い苦労をさせられる羽目になっちまったじゃねぇか。どうしてくれやがるんだ?
それと、背中がお留守になってたぞ?流石に、油断し過ぎじゃ無いのか?だから、こう言う事になるんだぞ?」
との言葉を投げ付けながら、口元を赤く染めつつ嘲笑を浮かべているシェイドが、手にした得物の刃を自らの首もとに差し込んでいる光景であった……。
…………チェック




