反逆者は冒険者達と『隊商荒らし』に実力を見せ付ける
腰を落として両足を開き、反動に備える形で得物を構えたシェイドが、その先端に宿した暴威を、ハシラが放つ制止の声を無視して迫りつつ在ったスタンピードの黒集りへと解き放つ。
見た目としては、黒い様なそうでない様な、なんとも形容のし難い色をした、謎めいた球体。
大人の握り拳程度の大きさでありながら、シェイドが日々貯蓄していた魔力の大半を注ぎ込む事で漸く形成する事に成功し、かつその制御によって目や耳から出血を余儀なくされる程の負荷が掛かるその球体は、放たれると同時に凄まじいまでの速度で飛来し、まだそれなりに距離が在った魔物の群れの上空へと到達する。
周囲に強風を撒き散らす程の魔力圧を放つソレが頭上に在れば、流石に狂乱に支配された魔物ですら意識をそちらに向けざるを得なかったらしく、先頭付近のモノが踏み潰されたりしながらも、自然とその足が止まって視線を上へと上げて行く。
そうして、周囲の意識と視線とを半ば強制的に集めたその『名状し難き球体』は、暫くそうして魔物の群れの上空で滞空していたが、特になんの切っ掛けも見せずに突如としてその姿を拡大・変化させて行く。
…………まるで、空間その物を軋ませる様な、聞いているモノに本能的な『触れてはならない』と感じさせる異音を周囲へと響かせながら、ソレまでの辛うじて『球体』と表現できていた姿を、平面的な『円』に近しい『何か』へと変化させて行く。
そして、その結果、下から見上げている限りでは、まるで空にポッカリと『穴』が空いた様にも見える状態へと変貌を遂げる。
…………黒い様でそうでは無い、と脳が感じる摩訶不思議な色合いをした、見ているだけで精神が不安定になってくる『穴』を前にして、スタンピードを形成している魔物の群れにも動揺の様なモノが広まって行く。
そして、ソレを成した張本人であるシェイドが、事の切っ掛けとして
「…………さぁ、じっくりと味わえ。
人の世の中に於いて、数少ない『禁忌』として知られざる術式【アヴィ・ゲィル】を……!」
との呟きを溢すと同時に、それまで掲げていた得物を振り下ろした事で、ソレは起き始めた。
…………まず始めに、その『穴』としか形容出来ない『何か』から、何やら良く理解出来ないモノがソロリとこちら側へと姿を顕にした。
ソレは、先端に幾つもの長細いモノを備えた長い棒状のモノで、それでいて複数の関節を備えた生物的な動作を見せる存在であり、端的に言えば人類が『腕』と形容するモノに酷似している、とも言える存在であった。
………………しかし、ソレを『腕』と形容するのには、思わず躊躇いが浮かぶ程に、その存在は冒涜的な外見をしていた。
……一体、何処の世であれば、爪の位置や形状と言った人と相似する形を以ていながらも、その数を刻一刻と増減させ、その関節の向きを自在に変化させられる存在が『まともなモノ』だと言えようか?
……一体、どの時代であれば、遠目に見える肌の質感は人や生物のソレと変わらない様にも見えるにも関わらず、金属と酷似した光沢を放ちながらも生物としての靭やかさと柔軟性を兼ね備えている様子を見せるソレを『同じ生き物』だと思えようか?
……一体、どの様に捉えれば、限り無く遠目に見えているだけでも凄まじいまでの『生理的恐怖』を掻き立て、ソコに存在されるだけで背筋が凍える存在を許容し、受け入れる事が出来ようか?
そんな、尋常では無い雰囲気を纏った、まともな存在では無いと一目で理解出来るソレは、空に開けられた『穴』から姿を覗かせるのみであり、周囲の様子を探っている様でもあった。
…………が、そうして探った結果、自らに対して害悪となりうる環境では無い、と判断したのか、それまでは肘(と思われる)関節までしか覗いていなかった腕を長く、本当に長くこちら側へと文字通りに伸ばして来ると、無造作にスタンピードを形成していた魔物の内の一体を鷲掴みにして『穴』の向こう側へと引きずり込もうとしてしまう。
当然、掴まれた魔物も、大人しく抵抗する事もせず、『穴』へと引き込まれる事を良しとするハズも無く、持てる力の全てを使って無数に増殖する指を噛み千切り、爪で引き裂き、魔術で焼き払って行く。
偶々なのだろうが、掴まれた魔物の方もそれなりに高位のモノ(少なくとも上級中位程度は在る)であった為に、その『腕』と魔物との綱引きは暫しの間拮抗状態を維持する事となった。
…………それ故、なのか、その『腕』は痛みを厭う様に、抵抗に不快感を抱いた様に大きくその身を震わせると、次の瞬間には上空の『穴』から同じ様な『腕』が幾つも幾つも地上の魔物へと向けて伸ばされて行く、と言う衝撃的な光景が繰り広げられる事となる。
これには、掴まれていた魔物も予想外であり、かつその周囲にいた魔物達にとっても予想外であったらしく、次々に伸ばされた様々な『腕』に捕まり、空の『穴』へと引き込まれて行ってしまう。
…………時に、ソレの持つ握力なのか、それともソレ以外の何かに負けて、グッタリとした状態にて持ち上げられ。
…………時に、一本の『腕』に抗うモノに対して二本、三本、四本と次々に群がられ、バラバラに解体された状態にて引きずり込まれ。
…………時に、引きずり込む事は叶わない、と判断された巨大な魔物は、同じ様に巨大な『腕』が作った拳にて叩き潰され、その残骸が『穴』へと向かって回収されて行った。
そうして、『穴』から伸ばされた無数かつ多種多様な、最早『腕』と形容する事も憚られる様なモノによる地獄絵図さながらな蹂躙劇に、ソレを目の当たりにする羽目となってしまっているフレスコバルディを筆頭とした冒険者達。
それと、この光景が作り出される元凶であり、かつ目の前で繰り広げられているモノが信じられない、何か質の悪い悪夢でも見ているのでは無いのか?と現実逃避しつつあるハシラとその取り巻きとなっている冒険者達の間で、生理的な嫌悪感と存在その物に対する忌避感から、ざわめきと共に顔色を悪くしたり、頭を抱えて震えながら踞ったり、影で嘔吐したりする者が現れ始める。
そんな中、長い白髭が特徴的であり、かつ服装からしても如何にも魔導師然としていた冒険者の一人が、愕然とした表情を浮かべつつ、無意識的にその場から後退りながら呟きを溢す。
「………………ば、ばかな……有り得ん、有り得るハズが無い……これは、禁忌の術式である、【アヴィ・ゲィル】では、ないか……!?
何故、何故こんなモノを……!?」
「…………お、おい爺さん!?
あんた、アレが何なのか知ってるのか!?」
その呟きに反応した隣の若い剣士が、彼の襟首を掴んでガクガクと揺らさんばかりの勢いにて詰問して行く。
が、それに対して魔導師然とした老人は、質問に応える様でそうでは無い、と言った風な状態にて、呆然とした様子のままに言葉を続けて行く。
「…………アレは、儂の勘違いや見間違いで無ければ、闇属性第九階位の一つ、禁忌術式の指定を受けている、【アヴィ・ゲィル】のハズだ……!
闇属性の特性である『空間支配』を極限まで突き詰め、この世界を浮き彫りとしている『壁』へと一時的に干渉して『穴』を開き、この世界とは別の法則、別の理にて動く世界と繋げる、と言う馬鹿げた考えによる術式であった……」
「…………そ、それなら、じゃあアレは、別の世界の住人だって言う事なのかよ!?
何処かに潜んでいた、伝説級のバケモノって訳じゃなくってか!?」
「…………かつて、あの術式が考案され、構築され、実行された時には、ただ単に『別の世界との交流を』と言う考えでのみ行われたそうだ……だが、その結果が禁忌の術式としての封印指定処分と、資料や関係者の完全処分の決定であったと聞くのみよ……」
「…………じゃ、じゃあ!なんでアイツはそんなモノ使えてるんだよ!?
しかも、第九階位だと!?そんなモノ、一個人が扱えて良いモノじゃねぇだなんて事くらい、俺みたいな素人だって知ってる事だぞ!?どうなってやがるんだよ!?」
「そんなモノ、儂に分かるハズも無かろうが!?
儂とて、かつてその禁忌の術式が行使された場の後片付けに駆り出された師から話を聞いたが故に知っている、と言う程度の細い細い繋がりであったのだぞ!?だと言うのに、どうやって彼はこの様なモノを、実際に魔術として行使しうる程に深く知り得たと言うのか……!?
しかも、この術式は、考案され発動実験が行われた時には最高位の魔導師数名と、その弟子十数人掛かりで発動させたとの話であったと聞くのに、どうやってたったの一人で……!?」
恐怖と驚愕から来る冷や汗により、纏っているローブをしとどに濡らす老人が、呆然としながら誰に向けるともなく溢した呟きは、不思議と陣地内部で待機させられている冒険者達の間へと、まるで荒野に水が染み渡る様にして伝播して行く。
それにより、自身が用意した自慢の軍勢を凄まじい速度にて削られているハシラからだけでなく、背後に控える冒険者達からも、魔物の断末魔や恐怖の叫びによって奏でられる戦場音楽を背景としながら、改めて畏怖と恐怖に染まった視線を彼は向けられる事となるのであった……。
話だけは出ていた第九階位
漸く登場しましたが、如何でしたかね?




