反逆者は『隊商荒らし』を嘲笑う
「…………冒険者の皆さん!ソイツに騙されてはいけません!!」
そんな聞き覚えの在る声が、冒険者達の待機する陣地へと響き渡る。
土とは言え、積み上げられて叩き固められた防壁の隙間や上から、一体何事か!?と無数の冒険者達が視線を覗かせる。
するとその先に居たのは、フードを目深に下ろした小柄に見えるローブを纏った人影と、その人影を守る様に周囲に佇む無数の人影であった。
小柄な人影の周囲に佇む人影が纏うマントやローブが、シェイドから放たれる魔力圧による風によって棚引き、その顔や装備が周囲に顕になる。
ソレにより、冒険者達の間に動揺のざわめきが駆け抜けると共に、フレスコバルディが苦々しい声色にて一言
「………………不味いな。
アレは、行方不明になっていた女性冒険者達だ……」
と呟きを溢す。
その言葉により、最前線にて目や耳から出血しながらも、未だにその両足にて立ちつつ、掲げた得物の先端に破滅を撒き散らすモノを保持したままであったシェイドも、やはりな、と頷きを一つしながら視線をそちらへと向け直す。
すると、自らに対して視線が向けられた事を察したのか、それまで下ろしていたフードを自らの手で跳ね上げ、この世界では希少な黒い髪と黒い瞳を周囲へと晒すと同時に、ごく最近になって急激に周知される事となった顔を晒して行く。
……………そう、シェイドとサタニシスによって賞金首として指名手配され、冒険者資格すらも剥奪されている常態となっている稀人、『隊商荒らし』こと『キミヒト・ハシラ』が、瞳に憎々しげな光を宿しながらも、口許には歪な笑みを浮かべた顔を晒して見せたのだ。
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、その場に佇むハシラ。
その両手は行方不明となっていたハズの女性冒険者に回されており、周囲へと見せ付ける様なその仕草に女性冒険者の方も満更では無い様子にて頬を染めているのが遠目にも見てとれた。
…………しかし、そのハシラを愛しげに見詰める為に細められた瞳には何処か虚ろな光が宿っており、動作も何処かぎこちない。
まるで、こう言う時はこうしろ、と予め命令されていてソレをこなしている、と言った様な、自らの意思、と言うモノが感じ取れない動作である様に見えていた。
ソレも在り、突然姿を現した事と、よりにもよって陣地とスタンピードとの間に現れた事も合わさり、冒険者達の困惑と動揺のざわめきは徐々に強くなって行く。
そんな中、土壁の上に立つシェイドへと向けて憎々しげな視線を投げ付けるだけであったハシラが、姿を現して以来、初めてその口を開いて行く。
「…………冒険者の皆さん!
先程も僕は言いましたが、皆さんはその卑劣漢に騙されているのです!
そいつは、卑劣な手を使って僕の名声を貶めただけでなく、『迷宮』の踏破者であると偽り、皆さんの事を騙しているのです!隣に居るその女性だって、僕への想いを封じ込められて、無理矢理ソコに立たされているだけなのですから!」
「……………………」
「それに、こうして皆さんが死の危険として直面する羽目になっているこのスタンピードですが、これもソイツが何らかの卑劣で卑怯な手を使って引き起こしたに決まっています!
大方、更に偽りの名声を高めようと企んで育てたは良いものの、自分の手に余る規模にまでなってしまったが故に、皆さんを巻き込んでどうにか対処しようとしている、と言うのが事実のハズです!」
「………………」
「……ほら、こうして言われているのに、一切の反論をしないと言う事は、やはり事実なのだと認めている証拠だと言えるでしょう!どんな手を使ったのかは知りませんが、やはりソイツが今回の件の犯人だと言う揺るがざる証拠なのです!!」
「…………」
「それに、皆さんはどの様な事を吹き込まれているのは知りませんが、大方ソイツは『自分にはこのスタンピードを収めるだけの力が在る~』だとかと言われて協力を迫られたのでしょう?
ですが、ご安心を!ソイツはただ単にウソを吐いていただけですが、僕には、僕にこそは本当にこの場面をひっくり返すだ力が在るのです!」
「……」
「さぁ、冒険者の皆さん!
これで、どちらが正しいのか、正義を行っているのかはご理解頂けたハズです!
真犯人たるソイツの指示に従って、使い潰されながら魔物と戦うのと、僕の指揮の元に戦い、あのスタンピードを終息へと導いて『英雄』と呼び讃えられる事となるのと、どちらをお選びになりますか!?
僕をお選びになる聡明で先見性の在る方は、どうぞその粗末な設備から飛び出し、僕の元へとお集まり下さい!そうすれば、貴方達の地位や名誉や財産は、望むままに与えられる事となるでしょう!!さぁ、早く!!」
演説でもしているつもりであったのか、まるで演壇の上で語りかけている様に広げていた両手を陣地に待機する冒険者達へとハシラが差し向ける。
その表情には確かな自信と自負が滲み出ており、まるで自らの言葉に従う形で冒険者達が今にも陣地の土壁を突き破って合流してくる、と言う事を確信している様でもあった。
…………そうして、ハシラが差し出した手を伸ばしたままでいる事暫し。
迫りつつ在るスタンピードの影が拡大される以外では、驚く程に変化が無いままに、一種の静寂すらも流れる中で時間のみが経過していた。
「………………なっ……!?ば、馬鹿な……!?
僕の、僕の『スキル』が効いていない、だと……!?」
寸前まで浮かべていた自信を霧散させ、呆然とした表情を浮かべながらよろめきつつ、そんな呟きを溢す。
それもそのハズ。何せ、彼の予想では彼の言葉に従う冒険者達が、我先にと粗末な陣地を飛び出し、土壁を蹴倒す勢いで彼の元へと合流して共に戦わせてくれ、と懇願すると同時に讃え、ソレを目の当たりにしたシェイドが悔しそうに地団駄をふみ、彼だけの運命のアイディアであるサタニシスはシェイドを見限り自らの元へ……となっているハズであったのだ。
なのに、蓋を開けてみれば対応は真逆なモノであり、彼へと向けられているのは冷たい視線と
『あいつの言ってた事、本当に当たったぞ……』
と言う、シェイドへと向けられた畏敬の籠った呟きのみであったのだ。
そうして受けた衝撃により、背後へと後退る彼の背中を、虚ろな瞳をした女性冒険者達が受け止めるが、それに構う事も無く、寧ろそうして伸ばされた手を乱雑に振り払って声を荒げて行く。
「…………お、お前だな!?
お前が、何かしたんだろう!?
だから、僕の力が、『スキル』による導きが不発に終わったんだな!?
前の時も、彼女に汚い手で何かしていたみたいだし、本当に卑怯だぞ!?男として恥ずかしく無いのか!?!?」
「…………汚いも、卑怯も、糞も無いだろう、がよ。
そも、相手の能力が、分かっていれば、対策を立てるのは、当然だろうが」
「…………な、ななななななっ……!?!?」
「……それ、に……、今回奇襲を、仕掛けてくれ、たのはお前、の方だろうが。
なら、卑劣で卑怯、なのは、どっちなんだ、よ……?」
「………………ぐっ……!?」
構築した術式の反動により、喉や肺からも出血しつつ、途切れ途切れにさせながらも放たれるシェイドの反論により、自らの言葉で返す事が出来ずに黙り込む事になってしまうハシラ。
敵が来ると分かっているのなら、対策を練って対応するのは当然の事。
能力が分かっているのなら、ソレをどうにかする対抗手段を得るのは当たり前。
奇襲を仕掛ける方が、卑怯で卑劣で汚い手を使っている、と言うのは考えなくても分かる事。
それらの指摘に、そもそも自分の考えがバッチリと読み取られ、その上で対策を打たれてしまっていた、と言う事実を受け入れる事が出来ずにハシラは呆然としてしまう。
が、そもそもの話として、種さえ割れてしまえば、魔物ですら一部とは言え使ってくる『精神干渉』の類いに対抗する為の手段を用意する事は難しくは無いし、そもそも『迷宮』からもその手の効果を持った装飾品の類いは出現するために、ギルドや冒険者達が持っていたそれらを土壁の中に埋め込んで即席の結界として防いでいた、と言うのが本当の処だったりする。
…………が、そうした種をわざわざ明かす事も、そうして反論できなくなる事に対しても、敵として認定されてしまっているハシラに対してシェイドが慮ってくれるハズも無く、特に説明する事もせずに無言のままで掲げていた得物を両手で構え直し、両足を開いて腰を落として行く。
彼の行動を目の当たりにしたハシラは、彼が掲げた得物の先端に存在する『形容し難き球体』が放つ魔力圧に対して、今更ながらに驚異である、と言う認識を抱いたらしく、慌てた様子を顕にしながら彼に向かって言葉を放つ。
「…………な、何をするつもりだ!?
こんな、人目も多い場所で、何時もの通りに卑怯な真似が出来ると本当に思っているのか!?そんな事をしても、恥を掻くだけで、あのスタンピードはどうにも出来はしないぞ!?」
「…………さぁ、それは、どうだろうな……!」
焦りを滲ませた声色にて喚き散らすハシラこと『隊商荒らし』に対して彼は、明らかに嘲りの浮かんだ笑みと言葉とを返すと共に、それまで準備として宿していた暴威をスタンピードへと向けて解放するのであった……。
次回、待ち望まれた(?)アレの内容公開!
お楽しみに……!




