反逆者は魔物の大群を前にして激励を放つ
予定していた陣地が完成し、そこに戦力である冒険者達をシェイドの指示によって投入してから暫しの時間が経過した頃。
高台に居た事に加え、超常的な視力を持っているシェイドとサタニシスが遠目に微かに見えていた例の黒い染みは、若干低くなっている陣地の中からも地平線に大きく広がっているのが視認出来る様になってしまっていた。
既に覚悟も決め、かつ当の昔に視認していた二人は、やれ『聞いていたのよりも構成が違う』だの『思ってたよりも強いの少なさそうかな?』だのと、特に怯む様な様子も見せずに弛んだ空気のままで言葉を交わして行く。
…………が、そんな二人の様に狂人染みた精神力を持っていた訳でも、実際に予め目にしていた訳でも無い冒険者達は、その頭目であるフレスコバルディを始めとしたほぼ全員が恐怖によって戦慄し、斥候として既に目にしていた一部の冒険者達は、何処か達観した様な雰囲気にて静かに絶望しつつあった。
しかし、ソレも当然と言うモノ。
何せ、そこに群れている魔物はウィアオドスやレオルクスでは比較的ありふれた種類のモノばかりであったが、揃いも揃って変異種や上位種に至っているモノばかりであり、中には冒険者ギルドが制定するランクに換算して『特級』に相当するであろうモノも存在していたのだ。
そんな魔物が、数百を優に通り過ぎ、確実に四桁に乗っているであろう規模にまで群れを膨らませた上に、一心不乱に彼らの元へと突き進んで来る光景が目の前に広がっているのだ。
これで絶望するな、と言う方がどうかしていると言えるだろう。
とは言え、それを状況が許してくれるかどうかは、また話が別。
未だに距離がそれなりに在るとは言え、実際に魔物の群れが迫りつつ在る状況に於いて、その様な反応を示される事は全体に厭世感が蔓延り士気が下がる事に繋がるし、勝てる戦いにも勝てなくなってしまう事になる。
一応とは言え、集団を指揮する立場に押し上げられてしまったシェイド。
彼個人としては、例え自身と仲間であるサタニシスだけならば幾らでも生き残る事は可能であり、なんなら今からでもウィアオドスにて無数の武装を造り出す事で多大な貢献をしてくれているギルレインやゾンタークを連れ、目の前に迫るスタンピードから逃げ切る事も容易い。
が、だからと言って集団を敗北に導く、と言う様な事をしたいとは思わないし、そうしてしまえば後で大変面倒な事になる、とは流石に理解しているのでしようとも思ってはいない。
ソレに、端から見れば、そうして生き延びたとしても、確実に『尻尾を巻いて逃げ出した臆病者』と言うレッテルを貼られる事となるのは目に見えている。流石にソレは避けなくてはならない。
そんな諸々の事情もコミコミでここに立っているシェイドとしては、いざとなったら怯えて尻込みし、震えながら呆然としている冒険者達へと呆れた視線を向けながら、流石にこのままでは不味いな、と言う素直な感想を胸に抱きつつ、やらねばならんか、と半ば諦めの感情と共に陣地の最前線の壁の上に飛び乗ると、腰に下げていた『無銘』(ギルレインによるメンテナンス済み)を引き抜いて頭上に掲げて見せる。
そして、それと同時に普段は抑え込んでいる魔力を解放し、故意的に周囲へと圧力を掛ける様にして周囲へと放って行く。
「……………聞け!冒険者達よ!!」
ギシギシと軋みを挙げながら空間が歪み、ひび割れて行く程の圧力と張り上げられた声により、真っ直ぐにスタンピードへと固定されていた冒険者達の視線が得物を掲げるシェイドの元へと集中して行く。
彼から発せられる魔力圧によって強制的に意識を切り換えられた冒険者達は、魔物の群れが移動する事によって発生する地鳴りや地響きから意識を逸らし、圧倒的なまでの存在感を放っている彼へと対象を向けて行く。
そうして意識の集中していた場所を外したからか、自らへと向けられている表情や視線に直前まで色濃く浮かべられていた『絶望』や『怯え』と言った感情が薄れている事を確認したシェイドは、終始態度を変えた様子の無いサタニシスへと向けて軽く頷いて見せた後、再び言葉を放って行く。
「お前達の目の前に、破滅が、魔物の群れが迫りつつ在る!
それは、揺るがざる事実であり、ソレを前にして足が竦み上がるのも仕方の無い事だろう!俺にも、理解は出来る事だ。
だが!そうして怯えている者にこそ、魔物は真っ先にその牙を突き立てるだろう!奴らの爪が、恐怖を隠せずにいる者を切り裂く事になるだろう!
…………そうしていれば、遠くない未来に、この陣地は崩壊する事となるのは、間違いないだろう。そうなれば、その後に残されているのは、お前らが背後に庇い、守ろうと奮起した相手である市民がその暴虐に晒され、お前達の愛する者達も同じく無惨な最後を野晒しにする事になる。これは、覆す事の出来ない確定事項だ!」
恐怖によるモノだけでなく、参加している冒険者達本人が耳を傾けなくてはならない、と本能的に理解しているからか、不思議な程に陣地の内側は静寂が支配していた。
感じていた事ではあっても、ソレを実際に言葉として突き付けられる事で正しく認識した、してしまった冒険者達の瞳の中に、絶望や怯え以外にも、この場でどうにかしなくてはならない、と言う気概や責任感と言ったモノが徐々に芽生えて行くのが彼には見てとれていた。
…………しかし、ソレだけでは弱い。
未だに、あのスタンピードに抗いうる程のモノでは無い。
そう判断したシェイドは、掲げていた得物の切っ先を迫りつつ在るスタンピードへと向けながら、その身の内に溜め込んでいた魔力すらも解き放ち、それまでよりも遥かに強く大きな魔力圧を放ち始める。
「…………だが、そうは言っても怖いモノは怖い。勝てないモノは勝てない。出来ない事は出来ない。
…………ならば、怖いと思わない様にすれば良い。勝てる者に任せれば良い。出来る様にすれば良い!
逃げ出した者も、引きこもった者も居る中で、こうして身体を張って難題に挑もうとする馬鹿野郎共!そんなお前らの為に、俺が唯一、一度だけしてやれる最大の援護がこれだ!
……正直、この一発だけしかしてやれないが、そうした後ならば、お前らならばどうにでもして見せると信じているぞ!【我は告げる】!」
激励の言葉を吐き出すと共に、彼の口から詠唱が開始される。
普段からして詠唱を行わず、辛うじて魔法陣を展開して魔術を行使している事を知っているサタニシスは驚愕に目を見開く事となるが、ソレに構う事無くシェイドは独特な詠唱を続けて行く。
「【我、魔道の極致を覗き見る者】【我、常闇の深淵を垣間見る者】【我、世の理に逆らいし者】
【我が力、魔道の妨げとなるモノに挑むに相応しく】【我が力、深淵から覗き返すモノに挑むに相応しく】【我が力、世の理を維持するモノに挑むに相応しい】
【故に、我が声に従い、魔道の極致より這い出でよ!】【我が力に従い、その深淵より手を伸ばせ!】【我が望みのままに、世界を隔てし壁を貫き、その身を世に顕現させよ!】」
幾つもの小節に区切られ、その一つ一つが聞く者に戦慄を懐かせる禍々しい響きと力を持ったそれらが詠唱されるに従い、彼の背後に巨大な魔法陣が描かれ始めて行く。
それに伴う形で、それまでは周囲へと無秩序に吹き荒れて行くだけであった魔力圧が収束するが、ソレは弱まった、と言う訳では断じて無く、彼の背後からスタンピードへと向けてのみ突風が吹き付ける様に集中しており、寧ろそれまでよりも強まっている様にも感じ取れた。
………………こいつは今、とんでも無い事をしでかそうとしている。
瞬時にそう確信したフレスコバルディは、慌ててシェイドへと言葉を投げ掛ける。
「…………ま、待った!
君が、何をしようとしているのか、私程度では理解する事は出来ない。が、予想程度なら出来る!
ソレをされると、文字通りに『地形が変わる』事になってしまう!それは、流石に不味い!」
「地形が変わる程度で、人命が救われるんだから良しとしておけ!
…………と言うつもりだったが、安心しろ。一応は、標的以外にはあんまり被害は出さないヤツを選んでやったんだ。
細かく対象を指定出来る代わりに、制御が面倒な術式を選んでやったんだから、ありがたく思えよ!」
詠唱を終え、投げ掛けられた言葉に対して耳や目から鮮血を流しながらそう返すシェイド。
これから放つ魔術は、彼をしてもソレだけの凄まじいまでの負荷と、激烈なまでの魔力消費を強いるモノとなっている。が、そしてソレに見合うだけの威力と効果範囲を持つモノであり、彼の目算ではソレ一撃でこの状況をひっくり返すには十二分なモノであろう、と思われた。
当然、そんなモノを使えば、彼に対して跳ね返って来る反動もかなりのモノとなるのは目に見えており、彼ですら暫くの間は行動不能となるだろう事も予想出来ていた為に、最初に放って数を減らし、冒険者達の士気を跳ね上げさせよう、と企んでいると言う訳なのだ。
彼から放たれていた魔力圧が収まり、後は異様な雰囲気を放つ謎の球体が彼の手中に掲げられた得物の先端に浮かぶだけ、となった時、冒険者達の間でも
『…………これ、もしかしたらイケるか……!?』
と言う空気が流れ始める。
それと同時に、シェイドも自らの得物の先端に浮かんでいる危険物を処理するべく、目の前へと迫りつつある黒集りへと放とうとしたのだが………………
「………………待って下さい、冒険者の皆さん!
ソイツに騙されてはいけません!!」
…………との声が何処からともなく周囲へと響き渡ると同時に、彼らの築いた陣地と魔物の群れとの中間地点に、フードを下ろした小柄な人影と、複数の女性と思わしき人影が躍り出て来たのであった……。
………………『三度目』到来……




