反逆者は監視者と共に工房へと到着する
予約時間また間違えてたでござる……orz
浮かれた様子をわざとらしく周囲に見せびらかしながら路地へと入ったシェイドとサタニシスは、その次の瞬間には元の鋭利で隙の無い立ち振舞いを取り戻すと、予想していた襲撃が無かった事を残念がりながら奥へと足を進めて行く。
多少道が入り組んでおり、初見では案内人がいなければ確実に到達する事は出来なかったであろうが、既に何度か行き来している事もあり、戸惑う事無く進んで行き、目的地である『名工』ギルレインの工房へと到着する。
前回訪れた際には、ギルレインと弟子のゾンタークによって仕掛けられた悪ふざけによって灯りも火も落とされていた為に真っ暗となっていたが、どうやら今回はその手の悪戯を仕掛けてくるつもりは無いらしく、夕闇が迫りつつ在る事もあって普通に灯りが点っている様子であった。
…………まぁ、前回のアレについて、二人が知るよしも無い事なのだが、実際の処としては一仕事終えて水分補給もせずに酒を浴びる様に呑んだ為に、半ば急性アルコール中毒にも似た症状にて倒れていた、と言うのが事実なのだが、本人達にしては『何時もの事』であったし、意識を半ば取り戻した段階で二人の来訪に気が付いた、と言う事もあり、ゾンターク発案の悪戯(死んだフリ&事件現場化)にギルレインも乗っかった、と言うのが一連の流れだったりもする。
とは言え、シェイドとサタニシスな二人にとって、ギルレインとゾンタークが端から見ていてどれだけ阿呆な真似をしていたとしても、やらかした時にどんな事情が在ったとしても関係は無く、ただただ二人が『馬鹿やっていた』と言うだけでしか無い為に、若干警戒しながら扉を押し開けて工房へと足を踏み入れる。
すると、今回は珍しく店舗スペースで店番的な事をしていたらしい、彼がこの工房を選ぶ切っ掛けとなった本人であるゾンタークの姿が二人の視界へと飛び込んで来る事となる。
「…………あ~、悪いね、お客さん。
まだ札出して無かったけど、そろそろ店仕舞いする時間なんでな。買い物するんなら明日にして…………って、あんたかよ!戻ったのか!?」
「あぁ、まぁ、ついさっき?」
「ついさっきかどうかは置いておくとしても、少なくともあの『迷宮』から出てきたのは今日になってからよねぇ~」
「…………はぁ、まぁ、その様子だと、大した怪我も無く戻って来れたんだろうけど、こっちはそれなりに心配してたんだからな?
文句言う様で悪いが、早めに顔を見せる位はしてくれても良かったんじゃないのか?」
「悪いね。
少しばかり、ギルドの方に用事があってな。そっちに先に寄っていたら、そこでも騒ぎに巻き込まれる事になっちまってな。
本当は、もう少し早めに顔出しするつもりだったんだが、こんな時間になっちまったって訳さ」
「ほぉん?
……まぁ、まだ幾らか言ってやりたい事は在るが、良いとしておくさ。
そら、上がりなよ。親方もあんたらの事を待ってたんだし、こうして来たって事は、例の親方からの無茶振りのアンテライト鉱石も手に入れたんだろう?なら、本人に直接渡してやってくれよ。
その方が、俺から渡されるよりもずっと、親方も喜ぶだろうからな」
「元より、そのつもりさ。
それじゃあ、上がらせて貰うよ」
「お邪魔しま~す!」
カウンターの上を手早く片付けたゾンタークが、以前も通用の為に使用していた跳ね上げ機構によってカウンターの天板を一部開き、二人へと目掛けて手招きする。
それに従う形で通り抜けようとしたシェイドであったが、その寸前に思い止まる様な素振りを見せてからその場で反転すると、出入口の方へと引き返してしまう。
一瞬、何事か!?と驚愕と共にその行動を見守っていたサタニシスとゾンタークであったが、彼が僅かに扉を開いてそこから腕を伸ばし、表に出されていた開店を示す札を取り去り、内側に仕掛けられていた鍵を下ろした為に、二人揃って『あっ!』と言う表情を浮かべて見せた。
「奥に行くのなら、これくらいはしておかないとな?
流石に、無用心だろう?」
「…………ははっ、確かにそりゃそうだ。
あんたら迎えて忘れてたよ」
苦笑いを浮かべつつ、後頭部をボリボリと掻くゾンターク。
自分がやらなければならなかったハズの事をされてしまい、自身の至らなさと落ち度から若干恥ずかしそうにしていたが、直ぐにヒゲオヤジの恥じらいに何の価値も無い、と言う事に気が付いたのか、軽く咳払いをしてから再び二人を奥へと手招きして行く。
それに従って奥へと進んで行く二人であるが、ここへと至る道と同様に、既に何度か通っている為に先導無しでも迷いはしないのだが、流石に家主側を追い抜いて先行するのは憚られる為に、大人しく着いて行く形で奥へと進む。
以前と同じく、店舗の奥にあった階段を素通りし、工房の鍛冶場へと通されたシェイドとサタニシスを、今回は最初から酒瓶をらっぱ飲みにしている白髭を蓄えた老ドワーフであるギルレインが出迎える。
鍛冶場へと踏み込んだ当初、まだ半分程は残されていたハズの中身を、彼らに気が付いた為かまるで手品かそう言うオモチャかの様に、素早く飲み干して腹へと納めてしまうギルレイン。
そして、少し味わう様にして口許を動かしていたが、最終的には眉を潜めながら口にしていた酒に対するモノと思われる評論を下して行く。
「…………まったく、あそこの酒蔵もすっかり衰えたもんだ!
薫りも深みも全く以て足りやしやがらねぇ。こんなもん、ただ単に『酒』ってだけの出来損ないじゃねぇか!
今年は、あそこの酒蔵からの仕入れは止めだな。仕方ねぇから、別のヤツ探すしかねぇか。
…………それで?こうやって戻って来たって事は、取って来たんだろ?見たところ大した怪我もしちゃいねぇみたいだし、さっさと出すもん出しちまいな!」
「へいへい。
親方の仰せのままに」
適当な感じで返事をしつつ、腰にぶら下げていた『道具袋』から採取してきた鉱石が詰まった袋を引きずり出すと、促されるままに床へと重々しい音と共に下ろして見せる。
倒れた袋の口から溢れ落ち、鍛冶場内部の火や灯りによって照らされる事で、キラキラとした輝きを周囲へと放って見せる黒みを帯びた緑色の結晶に、ゾンタークは思わず驚愕から目を丸くし、ギルレインは
『まぁ、だろうと思ったよ』
と言わんばかりの様子で鼻を鳴らして見せると、手にしていた空の酒瓶を背後へと投げ棄てながら椅子から立ち上がり、溢れ落ちたアンテライト鉱石の結晶を一つ無造作に掴み上げると、ルーペを片目に装着しながら小さなハンマーを取り出して早速品質検査へと入って行く。
暫しの間、ギルレインが結晶を灯りに透かしてみたり、ハンマーで叩いて音を聞いたり跡を見たり、と言った動作を繰り返して行く様を黙って見続ける三人。
一分が一時間にも思える程の集中力にて手にした結晶を精査していたギルレインは、ほぅ、と吐息を吐き出してからその顔に笑みを浮かべて見せる。
「…………成る程、こいつは良いもんじゃねぇか!
さて、オメェさん、大分深い処まで潜って来やがったな?」
「…………?まぁ、そうと言えばそうだが、分かるのか?
と言うか、俺達としては、現地で『深い場所でしか取れない』って聞いたんだが?」
「……あぁ、一応、このアンテライト鉱石ってのは、取るだけなら下層域、儂らが『鉱山帯』と呼ぶ場所に差し掛かったばかりの第六階層からも採れはするのさ。大分出難いがな。
だが、その程度の深さだと、量も採れんし質の方も最低限のモノしか採れやがらねぇのよ。
だから、見るヤツが見りゃ、一発で浅い処で採って来たのか、それとも深い処まで潜ったのかなんざお見通しって訳よ」
「へぇ?そこまで違うモノかね?」
「あぁ、素人目にゃ分からんかも知れんが、分かるもんにはかなり違うからな?
オメェだって、柄さえ握れりゃ数打ちのナマクラと一品物の名品の区別位は付くだろ?それと同じよ」
「へぇ?
そこまで違うモノなんだ?」
「おうよ。
精製してもソレだけじゃ使い物になんねぇから混ぜ物して合金に仕上げたり、おまけ程度に表面を装飾したりするのが関の山、なんて事も無くはねぇからな。
それで?何処まで潜ったんだ?相当潜らんと、ここまでのモノは手に入らんからな」
「まぁ、一応第九階層、最下層で採れたモノだからな。
品質云々に関して言えば、まず間違いなく最高品質になるんだろうよ」
「………………待て、今オメェ、なんて言った……?
第九階層ってだけで無く、最下層、だと……?」
「あぁ、そうだな。
あの『迷宮』なら、俺達で一番下まで行ってきたからな」
「………………は、がははははははははははっ!!!
そうか、そうかそうか!遂に、遂にか!しかも、儂の打った一振りによって、漸く達せられたか!
…………皮肉な、実に皮肉な事よなぁ……」
彼らに鉱石の質についてのレクチャーをしていたギルレインだったが、やり取りの途中で唐突に彼へと質問を投げ掛けた。
唐突ながらも、問われた事に対してシェイドも、特に隠し立てする事もせず、素直に自分達が『迷宮』の踏破を成し遂げて見せたのだ、と言う事を告げて行く。
すると、ソレを受けたギルレインは、暫くの間『あり得ない!?』と何よりも雄弁に視線をさ迷わせていたが、何処かで合点が行ったらしく今度は笑い声を挙げながら新たに酒瓶を取り出すと、最初の一口を喉の奥へと押し流して行く前に、まるで祈りを捧げんとするかの様な仕草を、酒瓶に向かって行って見せるのであった……。




