偽物の愚者は龍殺しの末裔と共に、戸惑いの声を挙げて行く
「…………あ、あの……レティアシェル殿下……」
「…………どうか、なさいましたか?カテジナさん」
オズオズと、まるで怯えた子ネズミの様な様子にて声を掛けて来たカテジナへと対し、こちらも極力相手を刺激しない様に、と言う心遣いが感じられる丁寧な口調にて応答するレティアシェル王女。
既に『勇者パーティー』として御披露目されてしまっている以上、事が在れば動かなくてはならない立場に在った為に、二人は魔物が急増している、との報せを受けて馬車にて移動していたのだが、その最中にこうしてカテジナの方から突然声を掛けられた、と言うのが大体の現状だ。
以前から話に聞いていた通りの傲慢な様子を見せられるよりかは大分マシだが、それでも半ば強制とは言え運命を共にする仲間となっているのだからそこまで怯えないで貰いたいのだが……とレティアシェル王女としては内心で思っており、既に『敬称としての殿下』は使わなくても構わない、と伝えてもいるのだが、他のメンバー達は何時まで経ってもソレを受け入れてはくれておらず(許可していないシモニワだけが付けずに接して来ようとする)、若干ながら内心にて寂しい思いをしていると、それまで俯き加減でもじもじとしていたカテジナが再度口を開いて行く。
「…………そ、その……今更だとは思うんですが、殿下はあの話、本気だと思いますか……?」
「……?あの話……?」
「…………その……勇者様が魔王を討ち取られたら、アタ……私達を勇者様と、結婚させる、と言う陛下のお言葉の事なのですが……」
「……あぁ、その事でしたか……てっきり、コレから向かっている場所で、急増した魔物の事かと思ってましたけど、そうでは無かったみたいですね……」
「あっ!?いえっ!?
べ、別に、コレから向かう先で戦う魔物の事が気にならないだとか、そう言う訳では無くてですね!?」
「…………ふふっ!冗談ですよ。流石に、これだけの間共に在れば、妾とて貴女がその様な考えをする様な人間では無い、と言う事くらいは理解できていますからね」
「………………で、殿下の冗談は、冗談に聞こえないので心臓に悪いです……」
「ふふっ、妾とて人間。軽口や冗談の一つも口にするのは当然、と言うモノでしょう?
…………それで、以前御披露目の式典の際に、父が口にした事について、でしたね?」
「………………はい……」
一時期は緩んだ馬車内部の空気も、レティアシェル王女が切り出した本題によって再び重く沈んでしまい、若干とは言え砕けた雰囲気を醸し出し始めたカテジナも、再び俯いてその表情を暗いモノへと変化させてしまう。
それに対して軽く溜め息を一つ吐いてから、何やら早とちりしているらしいカテジナへと向けて王女が口を開いて行く。
「…………何か、勘違いなさっている様子ですが、あの話は妾としては『有り得ない』と断言出来る様なお粗末なモノでしたよ?」
「………………え?そう、なのですか……?
でも、あの時、陛下は確定事項として口にされていた気がするのですが……?」
「まぁ、その様に命を下す事は可能でしょうね。アレでも、一国の王ですからね、父は。
ですが、あの場に於いてあの様な命を、少なくとも妾の意思を無視した命を下す事は出来ませんでしたので、事が無事終わった際に婚姻を強要される、と言う事は有り得ないのでご安心下さい」
「…………そう、なのですか?本当に……?」
「えぇ、当然です。
そもそも、あの時の父の言葉を良く思い出して下さいな?あの時父は『想いを通じ合わせた仲間との婚姻を許可する』と言ったのですよ?妾達は、建前上彼の、勇者様の『仲間』と言う事になっておりますが、貴女は彼の事を『仲間』だと思った事が、彼に想いを寄せた事が、一度でも在りましたか?」
「………………いえ、そんな事は、一度も……」
「でしょう?妾としても、ここだけの話ですが彼では事を成し遂げられるとは、とても思えはしませんからね。
それに、王である父が言葉を違えるとは思えませんが、だからと言って妾の実力は既に父を超えております。ですので、無理矢理力ずくで、と言う事も出来ないでしょう。
………………そう言う意味合いでも、彼に協力を受諾して頂けなかったのは痛かった、と言えるのですが……」
「…………殿下……」
多少茶化しながらも、それでも敢然たる事実としてのみ口にして行くレティアシェル王女。
元来、不文律としてではあったが、力こそ全て、と言った風習の在る国の王室が、その手の力を求めないハズも無く、男女関係無く戦うための訓練や実戦を積むのが普通となっている。その為に、現在王位に在る彼女の父親であるグランディレイ王も、その例に漏れずに冒険者で言う処の特級冒険者に匹敵するだけのモノを持っている。
……が、実際の処としては彼女の言う通り、彼女の実力は既に王である父親を超しており、アルカンシェル王国の中でも屈指のモノである、と言えるだろう。故に、立場であろうと力であろうと、彼女に物事を強要できる相手は、この王国にはもう殆んどいない、と言う事になるのだ。
そこまで口にし、心配はいらない、と自ら宣言して見せたレティアシェル王女であったが、何故か自らの言葉によって表情を暗くして行く事となる。
先程話題に登った『彼』がその原因である事は、言わずとも理解頂けた事だろう。
…………そう、その『彼』こそ、彼女のこれまでの人生で初めて『勝てない』と実感を抱かせた相手であり、彼女が全力を出してもなお超える事が出来るとは思えない相手でもある、シェイド・オルテンベルクその人である。
彼女の表情が暗くなったのは、別段彼に対して恨みがあったから、と言う訳では無い。彼の振る舞いに対して蟠りが欠片も無い、とは言えないが、それでもその振る舞いに同情出来ない訳でも無いし、彼の実力を見誤っていたのは自身であった為にああ言った結果になっただけ、と受け入れてもいるので、大会での敗退が理由、と言う訳では無いのだ。
……では、何故そうなっているのか?
その理由は単純。彼が、この場に居てくれていないから、だ。
元より『有り得ない』可能性でしか無いが、もし万が一彼がアルカンシェル王国内部に留まってくれていれば、彼女ら『勇者パーティー』がこうしてバラバラに散らばりながら魔物の討伐に赴く必要も無かったし、以前戦ったズィーマと名乗る魔族との敗戦から、魔族が居ない、と言う情報が確定した場所にしか赴こうとしない勇者に対して更に失望する必要も無かった。
それに、彼が相手であれば、同じ使命を押し付けられた顔馴染み二人の想い人である事は分かってるが、父である王からの命であるとは言え、彼とであれば婚姻を結ぶ事になったとしても嫌悪も無くスムーズな結婚生活を送れたと言うのに、と言う想いが彼女の中に存在していたのだ。
彼であれば、自身よりも高い実力を持つ彼が居れば、復活した魔王に対しても対等に立ち回れた可能性も高い。こうして、先ずは国内の状況を好転させてから、だなんて悠長な事を言わずに済んだハズなのだ。
それに、彼であれば、自らよりも弱く、かつ下心満載で馴れ馴れしい態度を取って来るシモニワよりも、試合で敗れはしたが余程好感が高く持てるし、何より彼との子供であれば、余程の事が無い限りは強く逞しい子供が王族に産まれたハズなのだ。更に言えば、彼であれば王配として迎える事となったとしても、シモニワの様に自らの価値観をゴリ押しして既存の制度を無理矢理変えさせようともしないだろう。それが、必要最低限の事を除いて、になるだろうが。
それほどに、自覚的に無自覚的に信頼やその他の感情を寄せている彼が、シェイドが今このアルカンシェル王国内部に居ない、居てくれていない、と言うのが、彼女がここまで暗い表情を浮かべている理由、と言う訳なのだ。
そんな彼女の内心での葛藤や、本人も自覚してはいない感情(今の今まで、どうせ将来は政略的に利益の在る相手と結ばれる事になる、と認識していた為にその手の情緒が未発達となっているので)が育ちつつ在る、と言う事は知らないが、先の話題の最後に出てきた事もあって何について表情を曇らせたのか、を察したカテジナも、内心で渦巻く感情をレティアシェル王女と同時に言葉に登らせてしまう事となる。
「…………彼さえ居てくれれば、こんな事には……」
「…………お兄ちゃん、今何処に居るの……?」
そんな、二人の少女の嘆きも入り交じった呟きを溢すのと時を同じくして、別の場所にてベクトルは真逆ながらも彼に対しての想いを募らせているもう二人の少女達が、件の彼の事を耳にするのは、そう遠くない未来のお話……。
その時、彼の隣に誰が居て、彼自身がどの様な選択をするのかは、また別のお話、であるのだった……。
と言う訳で、次のお話から次章に入る予定です
その章で第二部も終わりになる予定なので、取り敢えずそこまではお付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m




