反逆者は監視者と共に最深攻略階層を更新する
「………………今度こそ、殺ったか……?」
刃を振り抜いた状態のまま、そう呟くシェイド。
一応、得物を手にしたままでは在るものの、残心、だなんてとても言えたモノでは無い様な酷い佇まいであり、既に漆黒の刃から白銀の煌めきへと戻っている刃共々、辛うじて格好が付けられている、と言うだけの状態となってしまっていた。
かつてここまで消耗した事は経験が無く、以前レティアシェル王女と戦った時とは異なり貯蓄魔力に手を出してこそはいないながらも、下手をすればソレ以上に消耗した状態となっていると言えるかも知れなかった。
とは言え、別段今すぐ死にそうだ、と言う訳でも、もう魔力が尽きて戦えない、と言う訳でも無く、現在は消費した魔力の充足と負傷の回復に対して優先的に魔力が使われてしまっている為に、身動きが取り難かったり、気力が欠乏していたりする、と言うだけであったりもするのだが。
そんな彼の背後から、警戒した様子を隠そうともせずに声が掛けられる。
「…………流石に、さっきので終わって無かったら、私達に対しての追撃だとかが在るんじゃない?
でも、ソレが無いって事は、やっぱりもう終わりって事なんじゃないの?多分だけど」
「…………まぁ、普通に考えれば、そうなんだろうが……でも、まだ宝箱が出た様な雰囲気が無いんだよなぁ……今までは、階層主を倒せば直ぐに出現してたって言うのに……」
「そこら辺は、ほら。
生きてるだけで放つハズの魔力を放っていなかったり、魔力が無いハズなのにあんな事が出来てたりしたんだから、あの巨人が例外中の例外だった、って事で。
…………まぁ、私的に、アレが本当に魔物だったのか、って言われると、ちょっと自信無いんだけどねぇ~」
「………………なんだか、不穏な呟きが聞こえた気がするんだが、気のせいか?なぁ?んん??」
比較的外傷の少なく見えるサタニシスが溢した不穏な呟きに対し、今になって漸く回復に対して魔力を回し始めた為に、未だに全身から鮮血を滴らせているシェイドが半ばキレ気味になりながら問い返す。
しかし、ソレを溢したサタニシスにしても、ソレは何かしらの確証が在っての話では無いし、取り敢えず可能性として口にしてみた、と言う程度のモノであもあった為に、苦笑を浮かべながら彼の事を宥め、回復に専念する様に促しながら巨人が崩れ落ちた場所を覗き込む。
…………するとそこには、未だに瞳に赤い光を宿したままの状態となっている、巨人の上半身が覗いていた。
半ば反射的に戦闘体勢へと移行するサタニシスと、それを目の当たりにして自らも改めて得物を構えて見せるシェイド。
…………しかし、そうして行われた二人の警戒を嘲笑うかの様に、巨人が弱々しく言葉を放って行く。
『………………ソンショウ、ボウダイ……タイマリョクキコウ、テイシ……キンキュウ、ソウビ、ソンショウ……キタイソン、モウリツ……ハチジュウ、パーセント……チョ、ウカ……コレ、イジョウ、ノ……キタイ、イジ、ハ……フ、カノウ、ト……ハ、ンダン……ゼンキ、ノウ……テ……イ、シ……シ……マ、ス……』
その言葉と共に、瞳に宿していた光を弱めて行く巨人。
……良く見てみれば、その身体はシェイドの一撃によって胸の部分から両断された状態であり、残されていた片腕も同時に断ちきられている形となっていた。
最後に展開していた触手やトゲも、サタニシスが放った魔術によってその大半が破壊された状態となっており、現在は戦う意思を見せていなかったが、そうでなかったとしてもそもそもが戦う手段すらも碌に残されてはいなかっただろうと思われる。
それに加え、頭部も半分近くが既に失われている事に加え、周囲に散らばる残骸や、残されていた身体の端から少しずつ崩壊し始めている事もあり、確実に二人がこの巨人に勝利したのだ、と言う事を今更ながらに確信させるモノとなっていた。
そうして見守る事暫し、無事に巨人が瓦礫や残骸と共にその巨体を消滅させ、お決まりの宝箱を残すと同時に、先の戦いでも破壊される事無く残り続けていた扉の鍵が開く『カチャッ!!』と言う音が、沈黙の支配していた第九階層へと響き渡って行く。
念願のソレに対して二人は視線を合わせると、自然と口許を緩めながら拳をぶつけ合わせてから互いに手を叩き、終いにはどちらからともなく抱き合うと、声を挙げて笑いながら回り始める。
暫くの間、そうして笑いながら回り続けていると、流石に色々とクるモノが在ったのか、どちらからともなく顔を赤らめながら身体を離すと、出現したままで放置されていた宝箱へと視線を向ける。
「…………ず、随分と、立派なのが出たな?」
「…………そ、そうね!今迄見たヤツより、随分と立派な装飾ね!これなら、中身も期待できるんじゃないかしら!?」
「そう、だな!
俺達で使えるモノだったら良いけど、そうじゃなかったらどうする?使える場面が来るまで取っておくか?それとも、使えそうなヤツでも新しく引き込むか?」
「…………あ、あ~っと……お姉さんとしては、まだ暫くはシェイド君との二人きりが良いから、出来れば新しく加入させるんじゃなくて売却しちゃう方が良いんじゃないのかなぁ~?なんて、ね……?」
「…………うっ……そ、そう、だな……」
気を紛らわせる目的にて交わした言葉が裏目に出てしまい、更に耳元やら首筋やらを真っ赤に染めて行く二人であったが、その足は既に宝箱の元へと到着しており、それまでの経験から培われてしまっていた条件反射によって、半ば自動で刃が振るわれ蓋が切り飛ばされてしまう。
それにより、中に納められていたモノが露となったのだが……
「……これって、小袋……?
箱の中身の、更に中身が報酬、って事なのかしら……?」
だが、ソコに在ったのは薄汚れた小袋が一つキリであった。
額にシワを寄せ、訝しむ様にしながらつまみ上げるサタニシスであったが、無造作に突っつこうとしていた手を横合いから伸ばされたシェイドの手によって止められてしまい、何事か?と視線を向けるとソコには、静かな興奮を湛えた瞳にてその小袋を凝視する彼の顔が写り込んでいた。
「………………いや、違う……ソレは、ただの小袋じゃない。多分だが、『道具袋』だ……」
「…………ゑ?『道具袋』?
シェイド君がぶら下げている、ソレ?」
「……あぁ、この魔力の感じは、多分そうだ。
まぁ、とは言っても、俺が分かるのは『コレが『道具袋』だと理解できる』って程度でしか無いから、もっと詳しく鑑定して貰うか、もしくは自分達で色々と試してみない限りは、コイツがどのくらいモノを納められるのか、俺が持っているコイツみたいに状態保存の効果が付いているのかいないのか、付いていても時間遅延程度でしか無いのか、とかは分からないけどな」
「へぇ?でも、だったとしても割りと大儲け出来るんじゃ無いのかしら?
容量が大きければ、ソレから乗り換えてしまっても良いのだし、気に入らない効果だったのなら売ってしまえば良いのだしね。
確か、ソレってかなりの高値で売れたハズでしょう?」
「…………まぁ、モノによるが、時には屋敷が建つ位の値段で取引される事も在るブツなのは、間違いないが、な……。
ともあれ、そんな小銭を拾う前に使い途を考えるみたいな事は止めて、取り敢えず行ってみないか?折角、階段が解放されたんだから、まだ先が在るにしろ覗くだけは覗いておきたいからな」
「…………まぁ、それもそうね。
取り敢えず、行ってみましょうか!」
シェイドの言葉に促される形にて、二人揃って扉で封じられていた階段を下って行く。
その頃には、既にシェイドの負傷も癒えており、未だに出血によって汚れた衣服はそのままとなってしまってはいるが、外傷については綺麗に治ってしまっていた。
…………とは言え、先の戦いにて消費した魔力は未だ戻ってはおらず、雑魚の類いを散らすのであればまだしも、先程の巨人と同等級の魔物と再戦する羽目になった場合、素直に撤退するか、もしくは貯蓄魔力の方に手を着ける事になるだろう事は、容易に想像できてしまっていた。
故に、出来ればアレ級の魔物が出て来ない様な階層になっていてくれないかなぁ、と思いながら階段を下って行くシェイドであったが、一足先に階段を降りきったサタニシスが挙げた驚きの声によりその思考は遮られ、彼も釣られる形で急いで階段を駆け降りる。
残る数段を飛び降りた彼の視界に飛び込んで来たのは、先程までの内装とは異なる、白く光を放つ壁と床。
天井は、これまで階段で降りてきたと言うにも関わらず、彼らの視点からは確認できない程に高く霞んで見える程であった。
ガラリと変わっていたのは、壁や床の内装だけではなく、構造も大きく変化していた。
何せ、ソレまでは無数の通路と小部屋にて構築されていた階層が、彼らの目の前に広がっている部屋のみとなっているだけでなく、他の階層の様に魔物が出現する訳でも罠が仕掛けられていたりする訳でも無く、部屋の中央に魔石と良く似た宝石の様な珠が、光を放ちながら浮かんでいたのだ。
「………………マジか……コイツは、『迷宮核』だ……」
「…………それって、あの?
砕けば、その『迷宮』を安全な資材庫に出来るって言う、アレ?」
「…………あぁ、そうだ。
俺も直接見るのは初めてだが、クソオヤジが話していたソレにそっくりだから、多分間違いじゃないハズだ……」
「…………そっ、かぁ……で、コレどうする?
私達で、砕いちゃう?多分、またあの巨人が復活する事になったら、私達並みの戦力が無いと突破出来ないと思うよ?」
「…………そう、だなぁ……。
一般的に言えば、偶然であれ実力であれ、『迷宮核』にまで辿り着けたのなら破壊する、って事は推奨されてる事だからなぁ……ソレに、アレとまた戦う事になるのは正直勘弁願いたい処でもあるし……。
ここは、やっぱり壊しておくのが吉、か……?」
「そうそう!
じゃあ、さっさとやっちゃおう!
あ、どうせなら、二人で一緒にやろうよ!ね?」
そう言って彼の手を取ったサタニシスは、彼が返答するよりも先に、まるで命乞いをするかの様に明滅を繰り返していた『迷宮核』に向けて繋いだままの腕を振り上げると、遠慮も躊躇いも容赦も慈悲も掛ける事は無く、そのまま振り下ろす事で真っ二つに割り砕いてしまうのであった……。
『めいき/ゅうかく』
更新日程変更しても変わらずに読んで下さる方々に感謝ですm(_ _)m




