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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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幼子と冒険者

 受付嬢の辿り着いた先は住宅街のはずれにある、集合住宅の一室であった。

 角部屋の扉を受付嬢が開くと、花のようないい匂いがふわりと香る。

 見れば玄関の脇にはエリザが見た事もないような美しい花が飾られていた。

 入口に立ったミュラが、二人に入るよう促す。


「どうぞ、狭い部屋ですが」

「お、お邪魔します」


 すたすたと中に入っていく受付嬢に続き、エリザも靴を脱ぎ中へ。

 躊躇するリョウマだったが、受付嬢にじっと見つめられると観念したようにため息を吐き、ようやく中へと足を踏み入れる。

 入ってすぐ横には小さな台所があり、扉を開けると少しだけ広い居間があった。

 受付嬢は部屋の中央に置かれていたテーブルにクッションを置き、二人に座るよう促す。

 相変わらずの鉄面皮のまま、リョウマをじっと見て言った。


「……では、脱いでください」

「へっ!?」

「あいよ」


 慌てて目を丸くするエリザを意にも介さず、リョウマは言われるがまま縞外套と編み笠の結び紐を解いた。

 そして着物に手をかけ、するりともろ肌を晒した。


「わ! わ? わ!?」


 動揺しながらもエリザは慌てて両手で目を隠す。

 しかし、指の隙間からはしっかりと着物を脱いでいくリョウマを捉えていた。

 鍛え抜かれた身体には無数の傷跡が刻まれており、その背中には先刻付けられた傷から未だ血が流れていた。

 上半身、裸になったリョウマの背中に受付嬢はそっと手を触れる。


「……結構深い傷ですね。すぐに手当てします」


 いつの間にか持っていた救急箱から包帯と消毒液を取り出すと、受付嬢はてきぱきと治療を始める。

 熱湯で濡らしたタオルで傷口を拭い、消毒液を塗っていく。


「異端狩りに、狙われたのですね」


 手当てをしながら、受付嬢は呟く。


「よくご存知だこって」


 リョウマは前を向いたまま答える。

 静かな、必要な事だけを離す事務的な会話……それはリョウマが好むものだとエリザはよく知っていた。


「あなたのような手練れが血濡れで逃げて来たということはそれほどの相手という事、半魔であるエリザちゃん絡みなら想定する相手は異端狩りしかあり得ません。簡単に推理できますよ」

「やれやれ、全部お見通しってわけかい」

「魔術で治療をしなかったのはいい判断でした。彼らは様々な追跡魔術を扱う……そんなことをすれば魔の者たちが跋扈する街の外ならいざ知らず、街中ではあっさりと捕縛されていたでしょうから」

「昔、聞いたんだよ。そういうのがあるから、魔術による治療は時と場所を選べってな……つつ」


 痛みに口元を歪めながら、リョウマは言った。

 会話を交わしながら、受付嬢はてきぱきと手当てを続けていく。

 エリザはその様子をじっと見つめるのみだった。


「……はい、出来上がり」


 消毒を終えると軟膏を塗り、包帯でぐるぐる巻いて留める。

 受付嬢は慣れた手つきで、あっという間に治療を終えてしまった。


「おう、あんがとさん」

「気にしないでください。冒険者の世話をするのも、私の仕事ですので。……あぁそうだ。ついでなので食事もしていきなさい。エリザちゃんも、いいよね」

「そんな! そこまでして貰うわけには……」


 慌てて首を振るエリザに、受付嬢は立ち上がり背を向ける。

 椅子にかけてあったエプロンを着て、台所に立った。

 その姿にエリザは在りし日の母を思い出し、息を飲んだ。


「自分のを作るついでです。構いませんよ」


 そう言うと、受付嬢はさっさと台所に入り、取り出した食材を刻み始めた。

 様々な野菜を小さな鍋に隙間なく並べて入れ、塩を振って煮込んでいく。

 その傍で、フライパンにて入りきらなかった野菜を炒めていく。

 戸棚から取り出した黒い液体が入った瓶を炒めた野菜に回しかけると、じゅわっと独特の匂いが辺りに漂う。

 エリザも良く知った匂い――――醤油であった。

 リョウマはそれを見て、ヒュウと口笛を鳴らした。


「へぇ、使ってくれてんのかい。醤油ソレ

「えぇまぁ、悪くない使い心地ですので。しかし女性に調味料をプレゼントするのは如何なものかと思いますが」

「別に、構わねぇだろ。俺とアンタの仲だ」

「……別に、構いませんけどね」


 返事する受付嬢は鉄面皮のままであるが、少し照れているような声色だった。

 エリザは切なさに胸元を押さえた。

 他にも塩、砂糖、そして白ワインを加えていく。


「そいつは……わいんってヤツかい?」

「えぇ、ショーユに合うんです……できました」


 すぐに調理は終わり、受付嬢は料理を皿に盛り付けていく。

 テーブルに置かれたのは季節の野菜炒めと、煮物の盛り合わせであった。


「おぉ、美味そうだ」

「遠慮せずどうぞ。エリザちゃんも」

「……いただきます」


 促されるまま煮物にフォークを突き刺すと、程よい柔らかさであった。

 口に入れるとその熱さの後に、ほくほくと吐息が漏れる。

 味は絶品、リョウマが作る煮物と比べても遜色のない美味しさだった。

 普段表情の少ないリョウマも、膝を叩いて料理を賞賛する。


「おぉ、美味いじゃねぇか。仏頂面で嫁の貰い手もなさそうだったが、これならいつでも嫁げるんじゃねぇか?」

「……余計なお世話です」

「はン、とはいえその素直じゃねぇ性格が何とかなりゃあ、の話か」


 軽口を叩くリョウマと、不機嫌そうに睨む受付嬢。

 だがその顔に嫌悪の色はなく、むしろ心を許し合った間柄だからこそ、そういった感情を伝え合える程のものなのだ、とエリザは思った。


 以前から何となく気づいてはいた。

 自分はリョウマの隣にいるのに相応しくないのではないかと。

 あらゆる実力もなく、子供な上、そもそも人ですらなく――――

 あまりにも不釣り合いだということに、受付嬢とリョウマのやり取りを見て思わざるを得なかった。

 胸の痛みは次第に強さを増していく。


「どうしたい? ちびっこ」


 不意に、リョウマが話しかけてきた。

 気づけばエリザの手は全く動いていなかった。

 慌てたように口をパクパク動かし、何とか言葉を紡ぐ。


「な、なんでも……ありません……」

「? ……ならいいけどよ」


 リョウマはそれ以上詮索せず、また料理を食べ始めるのだった。


「……ごちそうさまでした、いやぁ助かったぜ受付の嬢ちゃん。礼はまたさせてもらう」


 食事を終え、二人は受付嬢に見送られていた。


「今度は少し、気の利いたプレゼントをよろしくお願いします」

「ご期待に沿えるよう努力はするさ」

「私はあまり期待はしていません」

「はン、やっぱり可愛くねぇな」


 そう言って苦笑する二人。

 ずっと無言のエリザを見て、受付嬢は言った。


「気をつけて帰ってくださいね。……リョウマ、エリザちゃんをしっかり守るように」

「へいへい、わかってますよ」

「……絶対、ですよ」


 普段の鉄面皮で受付嬢は言った。

 その言葉にリョウマもまた、頷いて返す。


「……おう、じゃあな」

「では」


 受付嬢に別れを告げ、二人は夜道を行く。


「……どうやら誰にもつけられてねぇみたいだな」


 リョウマは周囲を警戒しながら、そう呟く。

 エリザはどこか沈んだ表情のまま、無言を返す。

 リョウマは少し首を傾げ、エリザの頭に手を載せた。


「おいおいおいおい、どうしたちびっこ。そんなシケた面してよぉ」


 ぐりぐりと、髪を撫で回されるこの感じがエリザは嫌いではなかった。

 だが今はどうしようもなく辛く、リョウマの手を払う。


「な……?」


 突然の拒絶に驚いたリョウマを置いて、エリザは速足で駆けていく。

 頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 異端狩りに追われた事、それを庇ってリョウマが傷ついた事、受付嬢の事、自分の気持ち……

 幼いエリザにはそれを整理する術などあるわけがなく、声を上げて追うリョウマを振り返りもせずただ走る。


「……ッ!?」


 傷が痛んだのか、リョウマの呻き声が遠くで聞こえた。

 だがエリザは止まらない。

 そのまま街の外まで駆けていった。


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