冒険者と神父、そして半魔②
レイドウが侮蔑の視線を向けた先にはリョウマと、怯えすくむエリザがいた。
無言の二人にレイドウは苛立ちを押さえきれぬといった様子だ。
「どういうことかと聞いているのだが」
「どうもこうもねぇさ、こいつは俺の相棒なんでね」
そう言ってリョウマは空いた方の手で、エリザの頭に手を載せた。
ほんの少し顔を赤らめるエリザ。それを見てレイドウは、信じられないと言った顔をした。
汚物でも見るかのような視線を二人に向ける。
「魔族を相棒……だと? 正気か貴様?」
「おうともさ」
「リョウマ……」
飄々と言ってのけるリョウマの背中をじっと見つめるエリザ。
レイドウは歯噛みしながらも、言葉を続ける。
「人類史において、魔族が人に何を行ったかを知っているのか!? 太古の昔、魔族にとって人間はたんなる食糧だった。小屋を作っては裸で鎖に繋ぎ、餌を与えて太らせ、食らう。興が乗れば人同士で殺し合わせ、それを見て愉しむ。食い飽きれば小屋に放り投げ、同族食いをさせるような、そんな家畜のような扱いを数百年続けてきたような輩だぞッ!」
熱くその歴史を語るレイドウ。
大昔から魔族は様々な方法で人を殺し、殺し、殺し、殺し、そして殺してきた。
聖書に書かれた虐殺の記録は、殆どが真実でむしろあまりの残虐さ故、記されなかったものすらあるという話だ。
それは勇者が生まれ、人類を救済するまで続けられた。
異国人であるリョウマですら知っている、闇の歴史。
魔族が忌み嫌われるのには理由がある。
だがリョウマはそれを知った上で、こう返す。
「で、エリザはなにをしたのかね?」
「……!」
リョウマの言葉に、レイドウは口を噤んだ。
「エリザは別に、人を殺しちゃあいねぇ。少なくとも俺についてきてからはな」
「そ、その前もです! 私は人を殺したことなんてありませんッ! 傷つけたことはあるけれど……でもっ! それは相手が仕掛けてきたからで……じ、自分から好んでなんて、一度だってない! 大体私は魔族じゃなす! 小緑人です!」
小さな手のひらをぎゅっと握り、エリザは声を上げる。
だがそんな抗議の声にも、レイドウは冷笑を返すのみだ。
「なるほど、半魔だから違う、と? ……愚かな。半分とはいえ魔族は魔族。キミは害虫を駆除するとき、いちいち区別をするのかね?」
「私は虫じゃない!」
「同じだ。私にとってはな」
レイドウが言葉の通り、虫でも見るかのような目で言った。
と、同時に放たれる強烈な殺意。
まともにそれをぶつけられ、エリザの髪がぶわりと逆立つ。
「……ひぅっ!?」
小さく悲鳴をあげ、うずくまるエリザ。
腰が抜けたのか、そのまま地面に蹲った。
蛇に睨まれた蛙のように、手足はかくかくと震えていた。
「どう取り繕おうが魔族は魔族。駆除の対象から逃れられられようはずもない」
レイドウは言葉失ったエリザに、そう言い放つ。
話は交わる気配すらなく、どこまでいっても平行線だった。
半魔という種族自体、種によって大分性質が異なる。
小緑人のような人から隠れて住むような種族もいれば、魔族とほとんど変わらないようなのもいる。
故に半魔と魔族の線引きは難しい。
少なくともレイドウにとっては、魔族も半魔も全く同じ意味なのだろう。
そしてそれは、リョウマにとっても同じであった。
「魔族だか何だかしらねぇが、ツレはツレだ。てめぇにゃ手を出させねェよ。生臭坊主」
――――尤も真逆の意味で、だが。
異国人であるリョウマにとっては、魔族も半魔も亜人も関係ない。
味方なら手を取り合うし、敵対するなら相手取るだけだ。
リョウマの眼光がレイドウを射抜く。
「ほぅ」
レイドウもまた、怯むことなく視線を返した。
ビリビリと空気の震えるような緊張感か、辺りを包んだ。
一触即発の中、さくりと土を踏む音が鳴る。
「なんじゃろうのう、妙にうるさいが……」
様子を見に来たのは、老人だった。
老人はきょろきょろと辺りを見渡した後、目の前で動くものを見て言った。
「……なんじゃ、猫か」
闇の中、老人は猫に背を向け元来た道を変える。
猫もにゃーんという間の抜けた声を残し、すぐに路地裏に駆け込んでいった。
「……ふむ」
何もいなくなった暗闇の中、物陰でレイドウは胸元に手を当てる。
漆黒のカソックコートは肩から腰元まで、ざっくり切り裂かれていた。
咄嗟に放たれたつむじ風による反撃は、何重にも合成を重ねられたコートの上から、同じく魔術による身体強化を施されたレイドウの肉体を切り裂いていた。
その鋭い切り口に指を当て、感触を確かめる。
「良い腕だ。……それだけに、惜しいな」
そう言って浅く切り裂かれた胸元に手を当てる。
レイドウは、ぬるりとした血の感触に口元を歪めていた。
どこか恍惚としたその表情、それを見ていた猫はレイドウに視線を向けられると、飛ぶように逃げていった。
闇夜の中、家々の隙間を縫うようにして走る一つの影。
影の主、リョウマはその腕にエリザを抱きかかえていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
エリザの息遣いが闇世の中、断続的に聞こえる。
尋常な様子ではなかった。脂汗でぐっしょりと服は濡れ、額には汗が浮かんでいた。
呼吸を整えようとするも、先刻までの緊張が容易にそれを行わせなかった。
エリザはリョウマの胸に強く抱きついて、震えていた。
「つけられては……ねぇようだな」
後方から近づく気配を探りながら、リョウマは立ち止まる。
「立てるか?」
「ぁ……は、はい」
少し名残惜しそうに、エリザはリョウマの腕から降りる。
その時ぬるりと、手が滑るのを感じる。
見ればエリザの手は血に濡れており、晴れていた部分、リョウマの左肩には串が突き立っていた。
絵はすぐに顔を青ざめる。
「リョウマ!? 血が……ッ!」
「あ? 大したことはねぇよ」
そう言うとリョウマは刺さった串を抜き、放り投げる。
「……ただの竹串にここまでの威力を持たせるたぁな。こいつも操魔術の一種かい?」
「い、いえ。これは恐らく物体強化の魔術かと……じゃなくて !怪我が! 見せて下さい!」
「ったく大げさだな」
「……」
軽口を叩くリョウマだが、エリザに涙目で見つめられやれやれとため息を吐いた。
「へいへい、おらよ。好きなだけ見やがれよ」
「……ひどい怪我じゃないですか! 待ってて下さい、すぐに治しますから」
そう言ってエリザはリョウマの肩に手を触れる。
だがリョウマはそれを拒んだ。
「ダメだな。まだあの男につけられてるかもしれねぇ。魔術を使うと居場所が悟られる。先ずは完全に捲かねぇと」
「で、でも……」
「唾でもつけときゃそのうち治るっての。おら、行くぞ。ちびっこ」
泣きそうなエリザを急かすリョウマだったが、ふと、近くに人の気配を感じた。
凩に手をやり臨戦態勢を取るリョウマの前に現れたのは、二人の見知った人物――――
「リョウマさん……に、エリザちゃん……?」
――――受付嬢、ミュラであった。
流石に私服ではあるが、お馴染みの鉄面皮はそのまま。
とはいえ驚きはあるのか、少しだけ目を丸くしていた。
ほんの少し、一瞬だけであるが。
「受付嬢さん!」
「……いよぉ」
受付嬢は傷ついたリョウマと涙目のエリザを見て、ある程度事態を察した。
「……追われているのですね。二人とも、どうぞこちらへ!」
そう言って、踵を返し走り出す受付嬢。
エリザはリョウマの手を掴むと、その後をついて行く。
「……やれやれ」
リョウマはため息を吐きながらも、それに従うのだった。




