冒険者と神父③
冒険者ギルド。
酒場と宿、そして仕事の斡旋所が一体となったこの場所では、日々様々な冒険者たちが集まり、賑わっていた。
その一角、いつもの席にリョウマが座っていた。
本日はエリザは連れず、一人である。
男は手にした特有を口元で傾け、少し濁った酒を流し込む。
喉が焼けるような辛味はリョウマの故郷、異国特有の味だった。
「かぁー!よくそんなものが飲めるなぁ。リョウマよ」
隣にいた男が呆れたような口調で言った。
男は青を基調とした派手な鎧を纏い、傍らにはその背丈を優に超えると長さの槍を立てかけていた。
リョウマは、槍使いの男を横目で見て、答えた。
「ハッ、これが大人の味なんだよ。お子様め」
「あぁん!?テメェ、俺より年下だろがぁ!」
「ほぉう、そいつぁ初耳だ。何歳だよ、槍使い」
「ドレント=ウォーゲル25歳だ」
「んだよ、大して変わらねぇじゃねぇか」
ドレントと名乗った槍の男にそれだけ返して、リョウマはまた、徳利を口元で傾ける。
「テメェは!?リョウマ!」
「大して変わらねぇ、って言ってるだろ?」
「あー!こいつ人にだけ言わせて、自分は隠し通つもりかよ!ずっけぇぞコラ!」
二人の絡み合いはギルドではいつもの事で、もはや誰も気にするものはいなかった。
ドレントは奥の方で書類を整理している受付嬢の方を向いて叫んだ。
「なぁミュラさん! ひでぇよなぁ!?」
ミュラと呼ばれた受付嬢はドレントを一瞥もせず、手にした書類を膝に置き、トントンと整えた。
「……知りません」
「つめてぇ!?」
それだけ言って、ミュラは書類を棚に戻した。
つれない態度にショックを受けるドレントを見て、周りの者はクックッと含み笑いを漏らす。
ドレントの目がぎんと鋭く光った。
「……てめぇら、笑いやがったな? ぶっ殺すァ!!」
テーブルの飛び乗り、酒瓶を蹴り飛ばした。
それがドレントを笑った男たちの顔にかかり、男たちの顔は怒りに染まっていく。
「何すんだゴラァ!」
「こっちのセリフだオラァ!」
そして始まる取っ組み合いの大乱闘。
周りの者たちは、大盛り上がりで、賭けが始まった。
割合はドレントが3で、他の冒険者が2、2、2、1であった。
「……やれやれ」
そんな喧騒を尻目に、リョウマは徳利を傾ける。
ばたん、ぎぃぃ、がらん、がらがら。
それとほぼ同時に、古びた扉が音を鳴てて開いた。
喧騒はぴたりと静まり、視線は入口に一斉に集まる。
「邪魔をする」
そう言って入ってきたのは神父姿の男だった。
黒いカソックコートに逆十字のロザリオ。
死神のような黒装束に、辺りは静まり返った。
神父、レイドウは入り口でギルド内を一瞥すると、リョウマを見つけた。
そして歩み進める。
コツ、コツと乾いた靴音が辺りに響く。
コツ、とレイドウの歩みが止まる。
立ち塞がったのは槍使い、ドレントであった。
「これはこれは、異端狩りの神父様じゃあねぇか」
いつの間にか乗っていたテーブルから飛び降りていた。
レイドウは立ち塞がるドレントを避けようとするが、ドレントはそれをさせない。
レイドウはため息を吐いた。
「すまないが、どいてもらえないかね?君に用はないんだが……」
「そりゃあ出来ねぇ相談だ。異端狩りさんよ。アンタらの噂はよぉく届いてるんでなぁ。今日はどんな難癖を付けに来たんだい?」
ドレントの言葉に、レイドウは口元を固める。
異端狩りは魔の者を狩る存在。
その貪欲さ、残虐さ、無慈悲さは、ある種同業者ともいえる冒険者たちでさえ邪魔者扱いで、同じ獲物を取り合った冒険者が「断罪」されたこともある。
冒険者ギルドの中でも、異端狩りは要注意対象とされていた。
「それは誤解だ。私は彼に聞きたいことがあってだね……」
「信じられるかよ。他の奴らもそう思ってるぜ?」
「……む」
レイドウはドレント以外からも、敵意を向けられていることに気付く。
冒険者たちの冷たい視線を受けながら、レイドウはため息を吐いた。
「……なるほど。どうやら日を改めた方がいいようだ」
くるりと踵を返すと、レイドウは冒険者ギルドを後にする。
「おととい来やがれ!」
「いーや!二度と来るんじゃねぇよ!クソ神父!」
冒険者たちの罵声が浴びせられるが、レイドウは全く意に介する様子はなかった。
「ケッ、気に食わねぇな……おう、どうしたリョウマよ」
「あれが噂の異端狩りってやつかい」
「おうよ。魔族退治のエキスパート。だがやってる事は戦いの矜持もねぇ殺し屋よ。魔族を殺す為なら何でもする汚れどもさ。そんな奴らがよぉ。エリザを見つけたらその、アレだろ?」
そう言ってドレントは、リョウマから目を逸らすと頭を掻いた。
目は泳ぎ、顔は少し赤くなっていた。
「槍使い……お前、いい奴だったんだな」
「ハァ!?ちげーよバカ!これはその……おい! てめぇら笑ってるんじゃねぇ!」
ドレントは、後ろにいる冒険者らがニヤニヤするのを見て怒鳴り散らした。
照れを隠すように、そんなドレントの背を見て、リョウマは口元を緩めた。
「……ありがとよ」
「オラァァァァ!!」
ドレントはリョウマに言葉を返さず、乱闘を開始した。
リョウマはそのまま、徳利をまた傾けた。




