冒険者と神父②
「ふんふん、ふっふ、ふーん♪」
人通りの少ない路地裏の一角で、場違いな鼻歌が響く。
ヒビの沢山入った石畳の上を軽快に歩くのは、両手に買い物袋を抱えた幼い子供だった。
すっぽり被ったフードの下には、深い緑の髪と薄い緑の肌。そして赤い瞳がちらちらと覗いていた、
その容姿はまさしく人在らざる者。
少女は半魔と呼ばれる種族だった。
半魔とは、魔物と魔族の中間の存在で容姿は人に近く、だが決して相容れぬ存在である。
例えば吸血鬼、例えば人狼……そしてこの少女は希少種である小人族。
決して成長することのない、まるで子供のままのような姿の種族である。
少女の横を独りの老婆が通りすがる。
「あらエリザちゃん、お買い物かしら?」
「はい!」
「気を付けるのよ。うふふ」
老婆は少女をエリザと呼ぶと、優しい笑みを浮かべた。
老婆だけではない。通りすがる人々は、半魔であるエリザの事を気に留める様子もなかった。
本来であれば、あり得ぬ光景。
これはエリザの展開している認識阻害の魔術のおかげだった。
「ただいまー」
エリザが辿り着いたのは、彼女が現在利用中の冒険者用宿。
中へ入ると、その中の調理場にて買って来た食材を並べる。
この宿に泊まっている冒険者は、ここで調理することが出来るのだ。
周りにも何人か、調理をしている冒険者たちがいた。
「らんらーらららーらんらー♪」
そんな彼らに入り交じり、エリザは調理を開始する。
随分と興が乗っているようで鼻歌は更に弾んでいた。
食材を刻んでは、鍋に放り込んでいく。
グツグツと煮えてきた鍋に、醤油を瓶で一回し。
出汁と砂糖を教わった通りに入れていく。
次第にいい匂いが漂い始めた。
丁度その時、一人の男がひょいと調理場を覗いた。
「いよう、戻ったぜ。ちびっこ」
「リョウマ!」
リョウマと呼ばれた男は大きな編み笠を被り、縞外套を纏った異国風の様相で、足には草で編んだ靴のようなものを履いていた。
その出で立ちは変わり者だらけの冒険者の中でも一際浮いて見えた。
リョウマはエリザに近づくと、鍋の中を覗き込んだ。
「おぉ、今日はネギ汁かい?」
「えぇ! 味を見てもらえますか? リョウマ」
「どれ……」
リョウマは渡されたおたまで汁を掬って飲むと、口に含んでじっくりと味わう。
その様子をエリザは緊張した面持ちでじっと見つめていた。
ひとしきり味わったリョウマは、ふむと頷く。
「いい味じゃねぇか。腕を上げたな。エリザ」
「でしょう! そうでしょう! 頑張りました!」
安堵の表情を浮かべたエリザは、すぐに誇らしげに小さく胸を張った。
「じゃあ一緒に食うかい?」
「はいっ!」
リョウマはテーブルに鍋を運ぶと、取り出した腕に汁をよそった。
自分の分とエリザの分。
両手を合わせ、いただきますと言って食べ始める。
「――――うん、美味ェ!」
そう言って勢いよく食べるリョウマを見て、エリザは幸せそうに頬を赤く染めた。
その口元はふにゃりと緩み、自然と笑みがこぼれた。
「いよぉ、相変わらずお熱いねぇ、お二人さん」
「俺らの分も分けるからよ。そいつをくれよ」
二人の横に座った冒険者組が持っている皿には、大盛りの肉が乗せられていた
一口大に切ったものを塩で焼いた、シンプルなものだった。
こういう場所で作られた料理は、冒険者同士で交換し合う事が多かった。
エリザはその為にいつも多く作り、そしていつもと同じように交換に応じた。
「いいですよ。はい、どうぞ」
「おーサンキュー。じゃあこれ、もっていけな」
「あんたの作る料理は本当、うめーんだわ。ウチの調理番にならねーか?」
「ありがとうございます。でもお断りします」
「チッ、つれねぇなぁ」
冒険者たちはさして残念ではなさそうに言うと、リョウマらから離れていった。
もう一組の冒険者たちがまた交換を申し込み、エリザはそれをまた受けた。
二人は十分に満足のいく量となった食事を堪能した。
食べ終えて二人はぱちんと両手を合わせる。
「ごっそうさん」
「……ふぅ、おなかいっぱいです。……それで、リョウマ」
「わかってる。部屋で話そうかい」
部屋に戻った二人は、ゆっくりと腰を落ち着ける。
安普請のベッドが、ぎしりと揺れた。
汚れた鍋に食器皿を置くと、ベッドの底から出てきた金色の粘体がそれにとびついた。
「ぴー! ぎー!」
「おうジュエ郎、腹ァ減ったのかい? たんと食べな」
「ぴー!」
嬉しそうに食器を舐めるのはジュエルスライム。
金属を溶かしたような粘体が触れると、その箇所の汚れはなくなりぴかぴかに輝き始める。
洗い物代わりにリョウマが連れている魔物だ。
一心不乱に食事するジュエ郎の横で、リョウマはごそごそと胸元を漁る。
エリザは興奮気味に、ごくんと喉を鳴らした。
「えーと……こいつだ」
そう言ってリョウマが取り出したのは、銅製の小さな板であった。
リョウマの胸元に光る銀色のプレートと、似た形のもの。
冒険者としての身分を示すプレート……エリザに渡したのは、そのレプリカであった。
日々、リョウマの手伝いをするエリザへの、贈りものだった。
「わぁっ……!」
それを見たエリザは、目をキラキラと輝かせた。
リョウマに手渡されたそれを、小さな手に取り、何度も角度を変えて見つめている。
そんなエリザにリョウマはため息を一つ。
「言っておくがそれは――――」
「わかっています。本物ではないんですよね! それでも私、うれしいですから!」
「……ならいいんだけどよ」
「うふふっ♪」
上機嫌で首にプレートを通すエリザ。
自分とリョウマが同じものを身につけている事に、とても喜んでいるようだった。
部屋の中心でくるくると回るエリザを見て、リョウマは少し口元を緩ませた。
以前、エリザは森の中、自分たちの種族だけで暮らしていた。
だが魔物使いに狙われ、一族は滅んだ。
それから成り行き上、残ったエリザの面倒をリョウマは見ていた。
当初はいつも暗い顔をしていたものだが、今はリョウマに心を開き、こんなにも明るい表情を見せるようになっていた。
否、それは心を開いているというよりは――――
ぼふん、とエリザはベッドの上に倒れこむ。
今度はその上でプレートを眺めては、笑っていた。
そしてぽつりと呟く。
「……ねぇリョウマ」
「あン」
「私は、ここにいていいんでしょうか」
少し、寂しそうな呟きだった。
半魔である自分が人のいる街に、人であるリョウマの元に、いてもいいかという問いであった。
不相応で排他されるべき者が受け入れられるか否か。
古今東西、様々な人語り、物語、にて問われてきたであろう疑問。
エリザとて、自身が「そういう者」だとわかっていたからこその問いである。
その真紅の瞳が、無言で背を向けたままのリョウマをじっと見つめていた。
「……お前の好きにしな」
帰ってきた言葉は、初めてエリザがリョウマに言われた時と同じものであった。
エリザはぶっきらぼうだが暖かいその言葉に、胸が熱くなるのを感じていた。
何だか恥ずかしくなってきたエリザは、布団にくるまりリョウマに背を向ける。
エリザの心臓は、ばくばくと早鐘のように打っていた。




