勇者の成長
「アニキ、あそこのレバーを倒して下さい」
「こいつか?」
「へい、そいつで……あだだだだっ!」
リョウマは手にした魔族の首、その口の中にレバーを突っ込んで、倒す。
ガラガラと石扉が開いた。
「ひでぇっすよ、アニキぃ!」
「ふん、どうやら罠じゃなかったようだな。エリザ、先を照らしてくれ」
「はいっ!」
開いた石扉の奥、長い通路が続いていた。
リョウマたちは注意深く進んで行く。
しばらく進んだ頃だろうか。エリザの足取りが重くなった。
「……ッ! な、何この気配……」
「すごい魔力の波動、ですね」
怨々としたどす黒い気が、この先から発せられていた。
魔術に疎いリョウマですら、何かを感じてしまう程の強烈な圧。
リョウマの手に掴まれたギルザの首が、引きつった笑いを浮かべていた。
「へ、へへ……なぁ、もう道案内はいいだろ? あとはまっすぐ行けばいいだけだよ。だ、だからよ、この辺で俺を置いてってはくれねぇか? あのお方にこんな事してるのがバレたら、殺されちまうよ……」
「ダメだ」
「そんなっ!」
冷たく言い放つリョウマに、ギルザは悲鳴を上げる。
やはり鬼だと、エリザとアレスは思った。
ギルザはなりふり構わず声を上げた。
「助けてくれッ! 旦那ァ! 俺です!ギルザです! あなたの忠実なしもべのギルザですよっ!侵 入者どもを連れてきましたんで、早く殺して下さいよォォォォォォォっ!」
「ちっ」
喚き立てるギルザを、リョウマは思いきりぶん投げた。
ギルザの顔はリョウマの放った炎で赤く燃えている。
暗闇を、炎が照らす。
「あぢっ! あぢぢぢぢっ!」
転げ回るギルザの頭に照らされ、暗闇の中に浮かび上がるのは赤子のような胎児のような……とにかく不気味な、赤黒い肉塊だった。
「ァァァァァ……ゥゥゥゥゥ……」
〝それ〟は、呻き声を上げながらギルザに泥のような触手を伸ばす。
「あぢぃっ! あ……つくない……? た、助けてくれるんですか!? 旦那ぁ……?」
「ゥゥゥゥゥ……」
触手は炎を消しながら、ギルザの頭を覆っていく。
炎は消え、白い煙が立ち昇る。
それに混じって黒い霧も同様に。
ギルザの顔が、溶けていく。
「あががっ!? な、なにをするんですか旦那ッ! やめ……やめ……て……」
「ァァァァァ……!」
「ぁ……あっ、あっ……ぁ……」
ギルザの声は触手に完全に包まれ、消えてしまった。
立ち昇る黒い霧を、〝それ〟は美味そうにしゃくしゃくと喰らう。
その光景を見て、リョウマは、エリザは驚愕の表情を見せた。
「なんでぇ、ありゃあ……!」
「すごく、邪悪な気配がします……」
エリザがリョウマの縞外套を、キュッと握る。
その他は細かく震えていた。
あまりにも強大な邪気。
半魔であるエリザは力が抜け、腰砕けになっていた。
それを見たアレスの目が鋭く光る。
「こいつは魔王の器ですね。今は意思もなく、ただ喰らうだけの存在ですが、現魔王が死んだ時にこの身体に転生するのですよ。魔王の器は生きた人間を好む……檻の中にいた人はすべて……」
「餌、か」
恐らく、街の人間丸ごとかき集めたのであろう。
それが今や、数十人足らず。
あまりの惨状にアレスは、唇を噛んだ。
血で滲む口元を、ぐいと拭き取った。
「……ですが、魔王の器を見つけたのは幸運でした。ここで器を倒しておけば、ボクたちが魔王を倒せば転生先を失いますから。ありがとうございます。リョウマさん……少し、離れていて貰えますか?」
ぺこりと頭を下げると、アレスは剣を構える。
アレスの全身を、白いオーラが包み込む。
「ァ……!」
それに反応した魔王の器は、大きな目玉でぎょろりと、アレスを睨んだ。
その目には、どこか恐怖の色が浮かんで見えた。
「はあああああああああああああッ!!」
アレスが気合を込めると、オーラは更に大きくなっていく。
まるで激しく燃える炎のような、それは、アレスの怒りを表しているように見えた。
「ァァァァァーーーッ!」
魔と対をなす白い炎。
それを危険と判断した魔王の器は、アレスに向け触手を伸ばす。
無数に別れ、津波と化した黒い魔力の奔流。
エリザを後ろに隠し、リョウマも身構える。
いざとなれば凩で、その全てを切って捨てる心積もりだった。
――――が、結論から言うとその必要はなかった。
アレスに触れようとした触手は、立ち昇る白い炎に触れた瞬間、蒸発していく。
「アアアアギィィィァァァァァッッッッ!!??」
獣のような悲鳴が辺りに響き渡る。
ぐじゅぐじゅと泥を踏むような音と共に、崩れていく触手の群。
アレスはそれを意にも介さず、剣を振り上げる。
白く燃えるその刀身は、黄金色に輝いていた。
「滅びろッ!」
斬! と、振り下ろされた剣を、その先にある魔王の器へと叩きつけた。
触れた場所から立ち昇る黒い霧と白い湯気、それすらも瞬く間に蒸発し、赤黒い肉体が火を吹き、そして頭蓋が露わになる。
パキ、パキとひび割れる音が微かに響き、頭蓋は粉々に散っていく。
剣先は止まらない。
まるで抵抗などないかのように、肉を焼き、骨を砕き、魔王の器を塵と化していく。
辺りは光に包まれ、リョウマはあまりの眩しさに外套で身を隠した。
全く視界の消え去った光の中で、凄まじい轟音が鳴り響いた。
……
…………
………………
光が徐々に収まっていく。
エリザはしぱしぱする目をリョウマの縞外套で擦り、辺りを見渡した。
先刻まで、立ち込めていた淀んだ気は完全に消滅し、目の前には巨大な崖がそびえ立っていた。
崖は随分先にあり、よく見れば周りには屋敷の残骸が散らばっていた。
目の前には巨大な破壊の跡が残っていた。
「……ふう」
アレスが大きく息を吐いて、剣を下ろす。
先刻の一撃がこれを引き起こしたのは明白だった。
リョウマも同様に、目を丸くしていた。
「……とんでもねぇな。お前さんはよ」
「いえ、まぁそういう血筋なので。ボクからすればリョウマさんたちの方がすごいですよ」
「あン?」
訝しむリョウマに、アレスは続ける。
「生まれ持った力もなく、しかしだからこそ、足元をよく見て油断なく戦っている……ボクたちのような人種には決して出来ない事です」
「ハッ、嫌味にしか聞こえねぇよ」
「本当ですよ。リョウマさんたちと旅が出来てよかったと、思います」
そう言って破顔するアレス。
そのまっすぐな、邪気の一欠片も見えぬ笑顔に、リョウマは毒気を抜かれてしまった。
やれやれとため息を吐き、踵を返す。
「……ちっ、まぁいいさ。俺もいい経験になったよ。上には上がいるもんだってな。行くぜ、ちびっこ」
「は、はい!」
崩壊した屋敷の中、木枯らしが吹く。
去って行くリョウマに向け、アレスは叫んだ。
「リョウマさん! ちょっとどこ行くんですか!?」
「もういいだろ?無駄な馴れ合いは好きじゃねぇ」
「違いますよ! まだ終わってません! この人たちを保護しないと!」
「はァ?」
振り向くリョウマに、アレスは満面の笑みを返す。
「ボクは今ので力を使い果たしてしまいましたから。お願いしますリョウマさん」
「……」
リョウマの嫌そうな顔にも全く動じる事なく、アレスはニコニコしている。
エリザはそれを見て、勇者というのは強いのだと改めて思った。
「……やれやれ」
結局折れたのはリョウマの方で、街の生き残りは全員アレスの転移魔術にて、安全な場所に送り届けられた。
リョウマはすごく嫌そうだったが、それでも仕事はこなしたという。
普段であれば「知った事か」と言い捨てるリョウマをよく知る受付嬢たちは、それをしばらく酒の肴にしていたという。
――――そして、アレス――――勇者は休暇を終え、パーティへと戻った。
治療を受けていた戦士、魔術師は復活し、また旅を始めたのである。
「この洞窟、浅いですね。煙で燻して見ますか。戦士は木を切り出して下さい。僧侶と魔術師は見張りを。ボクは他に穴がないか、調べてきます」
テキパキと指示をして、走り去アレスを戦士、僧侶、魔術師、三人の名もなき者たちが見送る。
戦士がポツリと呟いた。
「……なぁ僧侶、最近勇者の奴、変わったと思わないか?」
「やはりそう思いますか」
「だな、結構容赦ない事やり出すもんな。以前なら可哀想とか言い出すような場面でよ」
魔術師の言葉に、二人は同意した。
以前なら魔物に情けをかけ、後ろから不意打ちされたりもしたが今では命乞いに耳を貸すことはない。
それどころか、仲間の居場所を吐かせる為に拷問もどきの事までする次第だ。
三人はアレスをよく、甘っちょろいと揶揄っていたが、今ではそんな事は言えなくなっていた。
「……ま、いいんじゃねぇの? 魔王を倒す勇者サマなんだ。それくらいはやってくれねぇとな。……可愛げはないけどな」
「うぅ……私の勇者が悪い子に……」
落ち込む僧侶の頭に、戦士の手が載せられる。
「休暇中、いい出会いがあったのかもな」
戦士の視線の先には、頼もしくなった勇者の背中が映っていた。
その日の木枯らしは普段より少しだけ、暖かかった。
これにて第二章、完結となります。
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PS,おっさん竜師、第二の人生の方もよろしくお願いします。




