勇者と魔族③
大広間に降りてきたリョウマたちは、辺りを見渡す。
辺りには骸が転がっていた。
骨たちは各々皿や箒を持ち、家事に従事していたようだ。
手入れが十分に行き届いており、人が住んでいた匂いが残っているのはこの為かと、リョウマは舌打ちをした。
「リョウマ! 下室があるみたいですよ!」
エリザのめくった絨毯の下には、分厚い鉄扉があった。
「でかした、ちびっこ」
「えへへ」
リョウマは照れ笑いするエリザの頭を撫でた。
錠前を破壊し、扉を開くと石造りの階段が奥まで続いている。
リョウマはランタンを取り出し、火をつけた。
生まれた炎はぼんやりと階下を照らしている。
特に物音も聞こえない。大きな危険はないように思えた。
少なくとも、ここからでは。
「待ってろ」
「はい」
エリザにランタンを持たせると、凩の柄に手を当てゆっくりと降りていく。
耳を澄ませば、微かに聞こえる息遣い。
長い階段が終わり、地下へと辿り着いた。
周りは石に覆われており、死臭が漂っていた。
「……何か、いやがるな」
少し先、足元に見える鉄格子の中から沢山の気配を感じた。
リョウマはエリザにそこを照らすように促す。
頷くとエリザは爪先立ちになってランタンを頭上に掲げた。
リョウマの手にはいつでも抜けるよう、凩が握られている。
光が牢屋の奥を照らす。
生白い足がいくつも見えた。
数十もの人間が牢屋に押し込められていた。
ガリガリにやつれた身体、光の消えた目は虚空を眺めている。
彼らはリョウマらを見つけても口を開く事すらなかった。
「ひどい……!」
エリザの呟きが、暗がりにぽつりと響いた。
コツコツと、リョウマらの後ろから階段の音が聞こえてくる。
即座に振り返るエリザは、見知った影に安堵した。
影の主はアレスだった。
アレスは先刻の戦いでボロボロにされたマントを再度纏っている。
だが穴だらけな上に大きく裂けたマントでは、アレスの女性らしさは十分に隠せてはいなかった。
「上には何もありませんでした。下りてきたらいかにもな階段があったので。リョウマさんたちの方が当たりだったみたいですね」
「あまり見たくはなかった〝当たり〟だけどな」
ランタンの光で照らされた、牢屋に閉じ込められた人を見てアレスは顔を歪める。
意志を失った表情、時折こぼす言葉は、あーとかうーとか、不確かなものばかりである。
正気を保っている者は誰一人としていなかった。
「なんて、事を……くそッ!」
虚ろ目で見つめられ、アレスは石壁を思いきり叩いた。
衝撃でヒビが走り、石片がパラパラと落ちた。
「まァ、生きてただけ儲けもんさ。……せめて、そう考えるんだ」
「そう、ですね……失礼しました。取り乱してしまいまして」
「いいさ。そんな時期もある」
思春期特有の万能的自己肯定感。
自らを万能と思い込み、だからこそ失した時に受ける精神的ダメージは大きい。
無力感に打ちひしがれ、ふらつくアレスの姿は、危うさの残る年相応な少女のものである。
その背中は世界を背負うにはあまりに小さすぎた。
もう一皮むける必要がある、とリョウマは思った。
「だ、だれかいるのか!?」
その時、廊下の奥から声が聞こえた。
人の声にリョウマらは顔を見合わせ、頷く。
声の方へ走ると、最奥の牢屋の中、鉄格子を握る男がいた。
「助けてくれ! 魔族に掴まっちまったんだ!」
「よかった! まだ無事な人がいたのですね!」
「あぁ……でも俺以外の人間はよ……糞っ! 魔族の奴らめ!」
悔しそうに目を瞑る男。
膝をつき、涙を流しながらも身体を震わせている。
その様子を見てアレスは悲しそうに唇を噛んだ。
「少し、離れていてください」
アレスが剣を振るうと、鉄格子を切り裂かれ鉄棒がバラバラと地面に落ちた。
その隙間から、男が左足を引きずりながら出てくる。
「た、助かったぜ……すげぇんだな、あんた」
「気にしないでください。当然の事ですので」
「いや、若いのに大したもんだぜ。あんたのおかげで助かった。本当にありがとう」
何度も頭を下げる男をリョウマは見ていた。
エリザもまた、同様にである。
「じゃあよ、俺は行くから、あんたらも気をつけてな」
「はい、そちらも気をつけて」
男はアレスに別れを告げると、すたすたと階段へと向かう。
「待ちな」
それを、リョウマが止めた。
立ち止まった男は、恐る恐る振り向く。
その顔は引きつった笑顔を浮かべていた。
「えェと、何か用ですかな? 旦那」
「――――足、怪我してただろう? 右だよ、さっき引きずってた。今は何ともねぇみたいだが」
「え、えぇ。早く動かなければ、大丈夫ですよ。ほら」
そう言って男は左足を軸に、右足をプラプラと動かして見せた。
リョウマはそれを見て、凩を抜いた。
「な――――ッ!?」「リョウマさんっ!?」
男とアレスが驚愕の声を上げるのと同時に、凩は男の足を貫いていた。
しかし本来はあるべき出血はなく、吹き出すのは黒い霧。
リョウマの手には水を貫いたような感触だけが残った。
「えっ!? えっ……!? 何で……?」
狼狽えるアレス。
リョウマは目を細めて笑う。
「あぁすまん。先刻のは言い間違いだ。引きずってたのは右じゃなくて、左だった」
「ぁ――――き、きさま! 嵌めたのか!」
「こんな単純手に引っかかる方が阿呆なんだろうが。大体全員が頭ァおかしくなってんのに、お前さんだけが平穏無事ってのがすでにおかしい話なんだよ。どうせ俺たちに気付いて、慌てて人間に化けて隠れたんだろうが、あまりにお粗末だったな」
「細かい挙動もおかしいです。利き手利き足がころころ変わるし、筋肉の移動もおかしい。幻で本体を覆っているのでしょうが、もっと動きに説得力を持たすよう勉強してみては?」
エリザも気づいていたようで、リョウマの言葉を補足する。
気づいていなかったのはアレスのみであった。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
男は怒り狂い、咆哮を上げた。
身体はドロドロと醜く溶けて、躯のような面を持つ人型が姿を見せる。
真っ白な顔の半分は解け、骨とむき出しの目玉が見えている。
その身体を纏う黒いオーラはキュベレイと同質のもの――――すなわち魔族であった。
ぎょろりと目玉が動き、リョウマを捉えた。
「バレたからには仕方ない! だが! 貴様らを殺してしまえば問題なァァァァァいッ!!」
魔族の鋭い爪が更に伸び、剣のように怪しく輝く。
魔族は地面を蹴り、リョウマへと迫る。
「く……ッ!」
「待ちな」
剣を抜こうとするアレスを、リョウマは止める。
そして一歩進み出た。
凩がゆらりと銀色に輝く。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」
奇声を上げて飛び掛かってくる魔族。
その十本の鋭い爪が振り下ろされた――――
――――が、根元から切断され、五本の指が宙を舞う。
その軌跡上にあった魔族の首もだ。
首は何度か回転し、地面に落ちて転がっていく。
それをリョウマは、足で止めた。
「ぎょえぇぇぇっ!? い、いてぇぇぇぇっッ!?」
「首だけってのに、元気なやっちゃな……さて、てめェには聞きたいことがある。仲間の居場所を言って貰おうかい」
むんずと魔族の髪を掴み、リョウマは睨みつける。
魔族はそれを聞き、驚愕に目を丸くした。
「な、何故仲間がいるとわかった!?」
「ほう、やはりいるのか」
リョウマの言葉に、魔族は気づいた。
またもや自分が、嵌められたという事に。
魔族は顔を真っ赤にし憤慨した。
「貴様ァーーーッ! このギルザ様を舐めるんじゃあねぇぜ! ぶち殺すッ!」
ギルザと名乗った魔族は、切断された身体を操作し、リョウマへと飛びかからせた。
魔族の中でも自らの肉体を操作出来る死霊術師は、最も倒し難い。
身体を刻まれようが燃えかすになろうが、死ぬ事はないのだ。
牢の番を任されていたギルザには当然、侵入者を全員殺せる自信はあった。
ただ人の群れに隠れたのは、不意を突くためである。
リョウマがあのまま見過ごしていれば、背を向けたところで攻撃を開始していた。
「死ねィ!」
背後から飛びかかってくるギルザの身体――――だが、リョウマはそれを一瞥もせず身体に突き刺した。
まるで百舌の早贄のように貫かれた胴体は、両手足をバタバタと動かしていた。
「アレス、さっきの光でこいつの右腕を消してくれ」
「あ、はい。わかりました」
アレスが手をかざし光を放つと、ギルザの右腕を完全に消滅させた。
「ぎゃああああああああッ!!」
完全なる消滅、それを見たギルザは驚きに目を見開いた。
「し、神聖魔術……!?」
滅多に使い手のいない、死霊術師の天敵ともいえる魔術。
正確にはその更に上位なのだが、下級魔族であるギルザにはそれを知る術はなかった。
「……次は左を消す」
「ひっ!?」
魔族が短く悲鳴を上げる。
リョウマの目はあくまで、暗く、冷たい。
「それが終わったら右足、次に左足……どこまで耐えられるか、見せてもらうぜ」
リョウマの言葉に、ギルザは震え上がった。
脅しや語りなどでは断じてない。
本気でやるつもりだと、ギルザに確信させる目だった。
「ひいっ!? い、言います!言わせていただきますっ!」
「よし、いい心がけだ」
リョウマの顔に笑みが浮かぶ。
それが逆に、ギルザには恐ろしかった。
「……鬼だ」
アレスの呟きに、エリザも内心で同意した。




