勇者と魔族②
アレスの衣服は半分ほど破れ、白いインナーだけが辛うじてその身を隠していた。
すらりとした細身、そして童顔ゆえ少年かと思われたが――――アレスは少女であった。
その事実にリョウマも、エリザも、そしてキュベレイすらも驚き戸惑っている。
「お、女の子……だったんですか……? アレスさん……」
「まぁ、そういう事です。隠していて申し訳ありませんでした」
「あ、いえお気になさらず……」
丁寧に謝るアレスに、エリザは咄嗟にそう返した。
緊張した空気が緩むも、しかしアレスはキュベレイから視線を外さない。
キュベレイもまた戦意を取り戻しつつあった。
「く……ふざけた奴だ……ですが、いいでしょう! 威勢のいい神官娘とは、我が主も喜ぶに違いないッ!」
「神官……?」
アレスはそう呟いて、腰から剣を引き抜いた。
閃光の如き振る舞い。
剣筋に触れたキュベレイの右腕が地面に落ち、消えた。
「ぬ――――ぐ……ッ!?」
傷口からは血も出ず、そこからは漆黒の霧が吹きだす。
魔族の身体を作る魔素の消失。
神聖魔術による傷であった。
「確かに神官……いえ、僧侶は知り合いにいますが」
「僧侶……? ま、まさか貴様、名も無き者か!」
「そう呼ばれたりもしますね」
明らかに怯えた表情を見せるキュベレイに、アレスはそう返す。
真っ直ぐに、射貫くような双眸。
瞳の奥まで見透かされそうな――――
「ぐっ!」
キュベレイは歯を食いしばり、斬り落とされた右腕に力を込める。
黒い霧が集まり、大きな塊を作った。
散っていく魔素を、魔術により無理やり抑え込んだのだ。
「ふ、ふふふ。なるほど……神官ではない、か。では聖騎士……?」
「いいえ」
アレスは首を振る。
「光術導師!? いや、聖堂剣士かッ!?」
アレスはその悉くに首を振る。
その眼に映る蒼い輝きを、キュベレイは知っていた。
彼がまだ魔族として若かった頃、遠い異国で村を襲った。
不死の魔物を作る術の練習台として、村を丸ごと、グールの群れとかした。
数日間はそうして楽しんでいたが、ある日、一人の男が村を訪れた。
青い髪、赤いマントをなびかせて、その双眸に深い蒼を称えて。
男はあっという間にアンデッドと化した村人を殺し尽くした。
死んでいるのに殺す、というのは少々語弊があるが、ともかく消滅した。
その時の光をキュベレイはよく覚えていた。
それはただの神聖魔術ではなかった。
男にはあらゆる闇系統魔術が通らなかった。
男を纏う薄い光の衣が、キュベレイの放つあらゆる魔術を無効化したのだ。
その男は自分を、勇者と名乗った。
「勇者……ッ!」
こくりとアレスが頷く。
キュベレイの全身が、ぶわりと泡立つ。
「くそったれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」
キュベレイの、やけくそで放った黒い波動がアレスに直撃し、かき消された。
光を纏った剣がその軌跡を完全に断っていた。
「ふ――――ッ!」
一呼吸、アレスの姿がキュベレイの前から、消えた。
視界が半分に消える。
キュベレイの両眼は頭ごと切断され、頭蓋の上半分が斬り飛ばされていた。
追って、斬撃がその全身に走る。
縦に、横に、斜めに、無数に、剣閃は光の帯を作り、アレスの鞘に収まった。
ちん、と金属のなる音がして、キュベレイの身体は細切れに分断された。
都合、四千飛んで六拾五個の塊。
街の人間の数だったのは、偶然か、それとも意図したものか。
キュベレイの身体は、今度こそ塵となって消えた。
「……ふぅ」
アレスは完全に消滅したキュベレイを――――それがあった場所を見て息を吐く。
勇者が持つ固有スキル、光の衣は身に纏うことであらゆる闇系統魔術を防ぎ、剣に纏わせれば魔族に対して大きく攻撃力を増強させる。
加えてアレスの持つ剣は、王都の名工が勇者の為だけに鍛え上げた、聖剣アースティア。
王都中の名だたる剣を合成し、魔王を打つために作られた最終兵器ともいえる武器である。
それにより繰り出される神技――――白夜裂風陣。
これはアレスの父が編み出した技である。
上位魔族とはいえ、これを喰らえばひとたまりもない。
ボロボロになったマントを纏うアレスに、リョウマが声をかける。
「いやぁ、驚かされたぜ」
「それはどちらに、ですか?」
「両方だ。流石に強ェな。勇者さんよ」
「お褒めに預かり光栄です」
はにかむような笑顔。
それは確かに少年のものでなく、少女のものだった。
「さて、こういうの、リョウマさんの国ではイッケンラクチャク、というんでしたっけ?」
「よく知ってるな」
「父が昔、異国を訪ねたらしくて。結構気に入っていましたよ?」
「ほう」
もしや、あの時の男はアレスの父だったのか。
雰囲気が似ているし、戦い方もどこか、似ている。
技量の方はまだまだ父の方が上だと思えたが。
……と、リョウマは思った。
「だがまだ、一件落着じゃあねぇな」
「ほえ、そうなんですか?」
「キュベレイが言っていただろう。『我が主』がどうのこうのとよ」
「あ――――」
アレスとの戦いで口走った言葉、まだキュベレイの先がいるのだ。
「ふむぅ、とはいえ皆目見当がつきません」
「屋敷に火を放ってみるか」
「ダメです! 生きている人がいるかもしれません! 勇者としては見過ごせないところです」
「へいへい……正義の味方もつらいもんだな」
とはいえキュベレイはもう消滅した今となっては手がかりは全くなかった。
「仕方ねぇ。手分けして探すか」
「そうですね」
「二人とも、気をつけて!」
リョウマとエリザは下に、アレスは上に別れ、屋敷の捜索を開始するのだった。




