勇者と魔族①
ごとり、と重い音が廊下に響く。
続いて床を叩く音、キュベレイの首なし胴体が倒れ、埃が舞い上がった。
と同時に、エリザの前にいたアンデッドたちも崩れ落ちていく。
術者が死んだのでその命が尽きたのだ。
いや、命と言っていいのかはわからないが。
「ふぅ、手間ァ取らせやがってよ」
凩についた血を払い、鞘に収める。
リョウマが振り返ると、青縞の外套がばさりと翻る。
「お疲れ様です。リョウマ」
「おう、大した事はなかったがな……つっ!」
「もう! 全然大した事あるじゃないですか! 見せて下さい!」
「いてぇよ馬鹿、傷が開いただろうが」
「いーえ、さっきのは操魔術で血を止めただけです。ちゃんと治療しないとダメですっ!」
エリザは譲る様子は毛頭ない、といった感じだった。
強い口調のエリザに、リョウマはうんざりした顔でため息を吐く。
なんとなく、妹のすずに似てきたなと。
すずはリョウマが怪我をして帰ってきたら必ず治療をしたがつていた。
鬱陶しがっても、強い口調で言われるとリョウマは反論できなかった。
今は何をしているだろうかと、エリザの治療を受けながらぼんやりと考える。
「……っつ……!」
傷口に塗られた薬が沁み、声を漏らす。
その時である。
キュベレイの首なし胴体の指が、ピクンと動くのが見えた。
(気のせい……? いや、違う! 確かに動いた!)
リョウマはエリザを後ろに下げて、立ち上がる。
そして、凩を逆手に握りキュベレイの身体を突いた。
衝撃で手足がびくんと震えた。
「きゃっ……り、リョウマ……?」
「注意を怠るなよ」
そして右腕を切り落とした。
廊下に転がっていった右腕、その指は何かを掻くように動いている。
不気味なその光景に、エリザは息を飲む。
「バラバラになってもまだ、生きてる……?」
「死霊術師だからな。自らの死体を操ってもおかしくはねェ……ったく、化け物が」
リョウマはそう吐き捨てると、足で押さえつけたまま手を、足を、切り落としていく。
更に、指、関節、胸から腹まで、細かく分断していった。
辺りには赤黒い塊が転がっていた。
それでもなお、各部位は蠢いている。
エリザが気分悪そうに視線をそらした。
「う……ッ!」
「やれやれ……中々しぶといが、これでどうかね」
リョウマはそう言って、焔爪にて凩に炎を灯す。
燃える刃の周囲では、ゆらゆらと空気が揺れていた。
それを、振るう。
ごう、とキュベレイの身体は一気に燃え上がり、割れた窓から黒い煙が流されていく。
いつの間にか火は消え、煤と化した塊がいくつか転がっていた。
「流石にこれなら復活できねぇだろ」
「……そうですね。リョウマは容赦ないです」
物騒な言葉を言いながらも、エリザは満足そうだった。
お前も物騒になってきたぞと、リョウマは内心で思う。
ともあれ決着、そう判断した二人はその場を後にする。
「危ない!」
その時、声が響いた。
次いで振り向こうとしたリョウマとエリザの身体が何者かに突き飛ばされた。
倒れかけたリョウマが見たのは、自分たちを突き飛ばしたアレスの姿。
その更に後ろには、髑髏弾が迫っていた。
「アレスっ!?」「アレスさんっ!?」
悲痛な声を上げる二人。
如何にアレスといえど、躱しきれるタイミングではなかった。
目を瞑るエリザ。助けようと手を伸ばすリョウマ。
だが、間に合わない。
「――――ッ!」
誰のものだろうか、声ならぬ声が上がった直後、髑髏弾はアレスに直撃した。
黒煙が大輪の華を咲かせ、アレスの姿を覆い隠した。
呆然とするエリザの視線の先で、黒い霧が集まっていく。
霧は人の姿を――――先刻焼き尽くしたばかりのキュベレイの姿を形造った。
キュベレイが先刻、戦闘でつけられた傷はすっかりと癒え、不敵に笑う。
「くく、残念ですねぇ。完全に隙を突いたつもりでしたが……」
「てめェ……!」
「何故生きている? ……と言ったところでしょうか。先に言ったはずですよねぇ? 『死霊術師を殺すなどとは、面白い』と。あの男、カムラも最初は私に逆らっていましたが、この力を見せたらすぐに降参しましたよ。あなたもじき、そうなるでしょうねェ!」
不死身の類か、とリョウマは訝しむ。
実際、粉々にして焼いても復活するなどという芸当を見せられては、そう信じざるを得ない。
今のリョウマには、キュベレイを殺す方法が思い当たらなかった。
じり、と一歩後ろに下がるリョウマを見て、キュベレイは大きく口をゆがめた。
「ヒャハハハッ! 逃げようなどと無駄な事ですッ! さっきは妙な男が邪魔に入りましたが、今度は貴様を――――」
言葉の締め際を、眩い光が遮る。
光はキュベレイの僅か一厘程横をすり抜けた。
風圧で白い髪が舞い上がり、光に触れた箇所は消滅していた。
――――あり得ぬ事だった。
死霊魔術により、くみ上げられたこの身体はあらゆるダメージも瞬く間に回復する。
切り刻まれても、燃やされても、塵と化そうが、である。
それを消滅させる技となると、一つしか心当たりがなかった。
だが、それは――――
「……あーあ、また服買い換えないとな」
黒煙の中から聞こえてくる声。
キュベレイはぎょっとした。
髑髏弾は触れた箇所の生命を喰らい、消滅させる死霊魔術。
キュベレイにとって命とは、石や金属以外の全て。
故に先刻の戦闘では、凩を避けていたのだ。
やはり、そうなのかとキュベレイは唇を噛む。
飛び出してきたのは少年のようだったか、その背は外套を羽織っていたようだが、直撃であれば生身もろとも消し去れるはずだった。
だが、そうはならなかった。
黒煙は徐々に晴れていき、悠然と立つ人影から、ぼろ切れが落ちていくのが見えた。
「髑髏弾、ですね。なるほど。かなり上位の魔族と見ました。それを神聖魔術無しでここまで追い詰めるとは、流石リョウマさんです」
「神聖魔術……やはりか……!」
――――神聖魔術とは、多数存在する魔術系統の中でも、特に対魔族を想定したものである。
纏った光はあらゆる闇系統魔術を大幅に軽減し、放てば闇を切り裂く閃光と成る。
しかし使い手は限られ、金等級冒険者ですらまともに使える者はいない。
(輝金……いや、極金級か……!? だが神聖魔術は聖衣を纏った神官にしか使えぬはず! しかしこいつの様相は――――)
煙が晴れ、アレスの姿が露わになっていく。
たなびいていたマントは落ちて消え、白い背中が見えた。
鍛えられてはいるが、年端も行かぬ柔らかそうな背中。
破れた衣服からは、どこか丸みを帯びた体躯が覗いている。
気づいたリョウマは、驚愕に目を丸くした。
「……おいアレス。おめぇさん……!」
「あぁいえ、隠すつもりはなかったんですけれど」
「お、お、お……」
エリザが口をパクパクとさせている。
三者同様に、まともな言葉を失っていた。
ばさり、とアレスの破れた衣服がまた、宙を舞った。
「ボク――――女なので」
控えめな双房が、闇夜でも分かるほどにはっきり浮かんでいた。




