冒険者と魔族③
「殺す、ときましたか。死霊使いであるこの私を、殺すと! くくくははははは! 面白いッ! とても面白いですよ、あなたッ!!」
高笑いをするキュベレイ。
緋色の瞳が不気味に濁り、唇が醜く歪む。
「……いいでしょう、カムラも死んだことですし、次のおもちゃはあなたたちに決定しました。あぁ拒否権はないので、粛々と受け止めてください……ね!」
キュベレイの言葉と共に、ガラス戸が割れてカラスが飛び入って来た。
がしゃああああああんッ! とつんざくような音が辺りに響く。
カラスたちは羽毛の隙間から内臓や目玉、骨を覗かせている。すなわち、死術にて操られていた。
ガラスの破片とカラスの黒羽が廊下に舞う。
カラスたちはガーガーと不気味な声をあげながら、リョウマめがけて突撃してきた。
「リョウマ!」
「応」
エリザの掛け声でリョウマは跳ぶ。
同時に足元の長い絨毯が捲れあがり、カラスの前に壁となりそびえ立つ。
どすどすどす、とカラスは絨毯に突き刺さるが、貫く事も出来ずにいた。
操魔術にて強化された絨毯の壁はたかだかカラスの攻撃力では突破出来ない。
とはいえ、隙間を縫って攻撃してくるカラスもいる。
その悉くをリョウマは一刀の元に斬り伏せていた。
剣閃と共に黒羽が舞い、カラスはボトボトと落ちていく。
地面に落ちてなお、蠢くカラスだったが両断された身体ではそれが精一杯だった。
醜く這い寄ろうとするカラスを一瞥もせず、キュベレイの方を向くリョウマ。
「エリザ、しばらく任せる」
「応、です!」
エリザの返事を聞くや否や、リョウマはキュベレイに向け一直線に、駆ける。
「はあああああああッ!!」
「くくく……」
だが、キュベレイは不気味に笑うのみで避けるどころか、防御する素振りすら見せない。
ならば構わぬとばかりに、リョウマは勢いのままに凩を振り抜いた。
――――つむじ風、風の刃がキュベレイを襲う。
が、キュベレイを纏う黒いオーラがそれを立ち所に消し去ってしまった。
魔族の纏うオーラは、あらゆる攻撃を受け止め、流してしまう。
霧散する風の刃に目を丸くしつつも、リョウマの勢いは止まらない、止まらない。
やるしかねぇ、リョウマはそう覚悟を決めて凩を構えなおし、逆袈裟に振り上げる。
ずぶり、と刃が肉に食い込んだ。
筋繊維をぶちぶちと断ち斬り、骨をぐしゃぐしゃに砕く、その感触を味わいながらも、斬り進む。
そうして刃はキュベレイの心臓辺りまで達した所で、止まった。
リョウマの技量であれば、人体の両断はそう難しくはない。
だが、止められた。
肉が、骨が刃に絡まり、斬撃の勢いを殺されてしまったのだ。
「ぐ……!?」
そして、抜けない。
完全に絡まったキュベレイの身体は凩を飲み込むように、隆起していた。
「ふふふははは、その程度ですか? それで私を殺そうなど、笑わせてくれるではありませんか!?」
超再生、魔物の中にはそういった能力を持つモノもいる。
キュベレイは自分を上位魔族とか言っていたか。
その類であれば、再生能力を持っていても不思議ではない。
即座に理解したリョウマは、凩を握り直し不敵に笑う。
「ばっか野郎が……『その程度』はこっちの台詞だぜ……ッ!」
轟、と凩が炎に包まれた。
――――燃える刃、焔爪にて凩の刀身を熱した。
チリチリと聞こえてくる肉の爆ぜる音、焦げるニオイ。
キュベレイの身体は煙を上げ始めた。
「……ッ!?」
慌てて凩を離すキュベレイ。
返す刃で振るわれた斬撃も、長い髪を少し焼いた程度だ。
「何だよ。逃げるのか?」
「逃げはしませんとも。私は元々、近接戦は苦手なのでね」
キュベレイを纏う黒いオーラが強く、濃くなっていく。
オーラは髑髏を形作り始めた。
キュベレイの手のひらで髑髏たちが、踊る。
「……行け」
混じり合った髑髏は魔弾となり、リョウマに向けて突進していく。
迎撃すべく凩を振るうが、髑髏弾はひょいとそれを躱し、リョウマの眼前に迫る。
「ち……ッ!」
顔を仰け反り躱すリョウマ。
避け損ね、掠った編笠がどす黒く変色し、ボロボロと崩れ落ちた。
『ゲゲゲゲゲゲゲッ!』
更に、髑髏弾は笑いながら方向転換をし、リョウマに追撃を仕掛けてきた。
躱したリョウマだが、掠った衣服がまた、ボロボロと崩れ落ちる。
体制を立て直すリョウマの目の前で、新たな髑髏弾が再生されようとしていた。
「くくく、如何です? 私の髑髏は。生きとし生けるものを何処までも追い、喰らい尽くす……いつまで避けられるか、見ものですねェ!」
リョウマの周りを髑髏弾がぐるぐると旋回する。
弾速自体は大したことはないのだが、しつこく食らいついてくる髑髏弾を躱しきれず、リョウマの衣服は次第に穴だらけになっていた。
「さァてもう一発……行きますよッ!」
三発目、新たな髑髏弾が生成されつつあった。
如何にリョウマでも、これ以上増えれば、戦闘の継続は厳しい。
一か八か、被弾覚悟で一気に攻め入ろうとした瞬間である。
岩石が飛んできて、髑髏弾へと当たった。
まるで岩石と等消滅するかのように、髑髏は消滅した。
虚空には黒い霧のようなものだけが残った。
「やはり、ですね。どんなものでも魔術は魔術でかき消せる」
もう一発、放たれた石弾が髑髏を潰した。
操魔術にて、操作された石弾はエリザの魔力を強く帯びている。
キュベレイの髑髏弾も性質は違えど理屈は同じ、互いにぶつかれば、相殺される。
そしてリョウマの眼前、動きを阻むものは何もない。
すっかり開いた道を見て、リョウマは笑う。
「よくやった。ちびっこ」
「小娘……ッ!」
驚愕の声を上げるキュベレイの首元を――――木枯らしが吹いた。
一閃。
風に揺られる木の葉のように、白い髪が舞う。
少し遅れてキュベレイの首が、ずるりと滑り落ちた。
その目は大きく見開かれ、何が起きたかも理解しなさそうだった。
ちん、と刀を修める音が、静かに響いた。




