冒険者と侍③
「はァ……はァ……や、れやれ……」
カムラが足元に倒れ臥すのを確認したリョウマは、がっくりと膝を折った。
強敵だった。
技量はリョウマより確実に上。
勝てたのは幸運と――――
「腑に落ちねぇな。何故、この技を教えやがった?」
リョウマはカムラを見下ろし、吐き捨てるように言った。
大量の血を流しながら、カムラは答える。
「何を……言っているのかね……?」
「とぼけるな。テメェのあの動き、俺にわからせようとしてやったんだろうが」
カムラが傾けた鞘、そして首を落とすという言。
そこから斬撃の軌跡をたどると、自ずと答えは出る――――そういう動きだった。
しかしカムラは、目を閉じ微笑むのみだ。
「……さて、わからないな」
どういう意味でのわからないなのか。
血を流しすぎたカムラの顔は青ざめ、死人のようになっていた。
リョウマはそれ以上問わなかった。
カムラの意図はどうあれ、終わった勝負に物言いをつける程、野暮ではない。
「リョウマ!」
気づけば向こうでも戦いは終わっていた。
死者たちを全て潰し終えたエリザが、リョウマへと駆けてくる。
思いきり抱きついた衝撃で、リョウマは危うく倒れるところだった。
「ぁ……ご、ごめんなさい!つい……」
「いいさ」
エリザは申し訳なさそうに、声を震わせる。
「さっきはその……私を庇ったせいで……本当にごめんなさい……っ!」
「ん、あぁ。大した傷じゃあねぇ」
「でも、こんなに傷ついて……」
「殆どは自業自得さ」
リョウマの身体は血に塗れていた。
ほぼ全てが浅い傷とはいえ、その姿はあまりにも痛々しかった。
エリザは自分が不用意に前に出たせいだと、あれがなければここまで傷つきはしなかっただろうと考え、泣きそうになっていた。
それで責められればまだマシだったろう。
しかしリョウマはエリザの頭に手を載せ、くしゃりと撫でた。
「……それより、よく抑えてくれたな。ちびっこ」
「リョウマ……ぅ……ぅぇぇぇぇ……」
エリザの瞳から、涙が止め処なく溢れ始める。
それをリョウマはただ、無言であやすのだった。
故郷の妹が泣き止まぬ時と同じように、無言で。
「ふ、仲の良い……兄妹なのだな……」
すぐそばで、倒れ臥していたカムラがぽつりと呟く。
身構えるエリザだが、カムラに動く力は残っていない。
「……兄妹ではないです」
「拙者にも……それくらいの妹が……ぐっ、ゴボッ!」
エリザの言葉も既に聞こえていないのか、カムラは何度も血を吐いた。
「喋べらねぇ方がいい。傷は深いぜ」
「はぁ……はぁ……そ、それより頼む……! 妹を……殺さないで……くれ……悪いのは……拙者だけだ……妹に、罪は……」
息絶え絶えにそう漏らすカムラ。
既に死の際。
辺りはまさに、血の池であった。
カムラに言われるまでもなく、リョウマは無関係の者にまで手をかけるつもりはなかった。
ふと、リョウマはカムラの目が自身の背後に注目しているのに気づいた。
振り向くとそこにいたのは、白い髪の童女。
「ぉ……おぉ……アカネ……」
カムラは童女をそう呼ぶと、求めるように手を伸ばす。
身体を引きずるたび、傷は開き血は噴き出るが、それにも構わずに。
童女――――アカネの頬を撫でると、その白い頬が血がべっとりと濡れた。
それでもアカネは、カムラを冷たく見下ろすのみである。
「……」
「アカネ……頼む、最後に何か……喋って……くれ……兄さんに……何でもいい……」
懇願するカムラに、しかしアカネは無言のままである。
それどころか実の兄が死に瀕しているというのに、顔色一つ変えない。
尋常ではないその様子に、エリザはぽつりと漏らした。
「その子……死んでます……!」
「どういうこった?」
「わかりません……けど、心臓が動いてないんですよっ!」
「アカネ……アカネェ……」
壊れたように妹の名を呼ぶカムラ。
だが次第に声は小さくなり、身体を動かすことも出来なくなっていた。
どしゃり、と床に崩れ落ちたカムラが最後に残した言葉は妹の名、であった。
アカネもカムラを抱きかかえたまま、その動きを止める。
ぱちぱちぱち、と暗闇の奥から手を叩く音が聞こえてきた。
ゆっくりと暗闇から進み出てきたのは、長身の白髪の男。
ぱち……と鳴らしていた手を止めると、カムラへと視線を向ける。
「おぉカムラ。死んでしまうとは情けない!」
強烈な腐臭と魔力の混ざり合った気配。
あまりに邪悪な気に、リョウマとエリザはその場を飛び退いた。
傷がずきりと疼き、膝を折ったリョウマにエリザが寄り添う。
それでもリョウマの目は、目の前の邪悪を捉えていた。
「テメェが……親玉か?」
「ふ……傷を負っているのですね。丁度いい。誰かに話を聞いて欲しかったのですよ。最近話を聞いてくれる者がとんといなくなりましてねェ。聞きたいでしょう?聞きたいはずだ」
心底楽しげに、男は笑う。
この状況下を楽しんでいるようだった。
「あぁ申し遅れました。私の名はキュベレイ。親玉、というものかどうかは知りませんが、この街をこう変えたのは主に私の仕業ですとも。その兄妹も含めてね」
くっくっと笑いながら、キュベレイはアカネの頭を踏みつける。
踏みにじるたびに美しく整えられた髪がほぐれ落ちた。
「いやァ傑作でしたよ。カムラはこの街を落とす時に歯向かってきたのですがね?妹を捕らえた途端、何でもするから妹だけは、とが何とか泣きついてきやがりましたねェ!それで私の言うがまま、この街の人間どもを斬って、斬って、斬りまくってくれていた、言わば右腕的存在だったのですよ」
キュベレイの力は徐々に強くなり、アカネの頭はついに床にいていた。
すでに物言わぬカムラと、虚ろな目で見つめ合う。
「あぁ斬ってばかりと言うのは語弊がありますか。ミネウチ、とかで殺さなかった者もいるのですよ?しかし、当初は随分それが多くて……少々持て余していたのですよ。くっくっ……それでですね?これからが面白いのですが……ふふっ」
笑いを堪え切れないといった様子でアカネを踏みつけながら、キュベレイは続ける。
「このガキを捕まえたニンゲンどもの檻に入れてみたんですよ!お前らを斬って、捕らえたのはこいつの兄だと教えてねェ!くはははは!傑作でしたよ!どうなったと思います!?怒り狂ったニンゲンども、こんな年端もいかない少女に襲いかかったのですよ!」
大笑いしながら、キュベレイは何度もアカネを踏みつける。
楽しくて仕方ないといった様子だ。
「それでまァ、残念ながらこの少女は舌を噛んで命を絶ってしまったのですよ。ですがカムラはそれに気づきもせず……ははははは!これが笑わずにいられましょうか!ねェ!?」
「もう、いい」
ぽつりとリョウマはそう言った。
「いやァ!確かに一通りは語りましたがまだまだ聞いて欲しいのですよ!これだけ妹想いの兄が、死んだと気づぬという滑稽さ。エピソードは幾つでもあるのですから!」
「そうですか?」
「えェ、えェですからもう少し……」
エリザの言葉はキュベレイを向いてはいなかった。
先刻のリョウマのもである。
そもそも、この会話自体が、という話なのだが。
「あぁ、血は塞がった。動かねぇことはない。ありがとな、エリザ」
「……わかりました。気をつけて」
「き、さまら……」
ようやくキュベレイは話が繋がっていない事に気づいた。
リョウマはエリザと、ただ話をしていただけなのだ。
自分の話を無視されていた事に、キュベレイは怒りを露わにした。
「ニンゲン如きが、いいでしょう。あなた方は美味しく殺して差し上げますよ!」
ゆらりとキュベレイが構えると、どす黒いオーラが立ち上る。
いつの間にか手にしていた杖と本。
だがリョウマはそれを全く意に介さず、凩を持ち、立つ。
「さて、殺すぜ」
リョウマの言葉と共に、室内だと言うのに強い風が吹き荒れた。




